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若君は吸血鬼  作者: 関川二尋
第十三章 あたしの戦いとその決着
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守護者

 それは吸血鬼がさえずる奇妙な舌打ち……

 そして吉永さんの雰囲気ががらりと変わった。まるで猫から虎に変わるみたいに、藤原君の手からパッと離れ、四つん這いになって頭を低く落とし、あたしとマーちゃんを睨みつけた。


 ……チチチ……チチチ……


 あたしたちは思わずあとずさる。ベッドの上の吉永さんはまるで獣だった。

 獣だけが発する殺意みたいなものがまともに吹き付ける。


「やめて、吉永さん……」

 あたしは彼女の名を呼んだ。

「……おねがいだから、やめて、ねぇ、吉永さん、聞こえてるんでしょ?」


 吉永さんがベッドからスルリと降りてくる。床に降り、腰をかがめ、そのままジリジリと近づいてくる。


   †


「おい! 静香、こっちだよ」

 藤原君が短く呼んだ。その声に吉永さんが藤原君を振り返る。

「飲むならこっちを飲めよ。同性の血はまずいんだぜ」


 藤原君は彼女に右手を差しだすと、左手でナイフを抜き出し、スッパリと脈のあたりを切った。

 白い腕にみるみる血が盛り上がり、あふれ出す。

 吉永さんはパッとベッドの上に戻ると、藤原君の手に顔を埋めるようにして血を飲みだした。


「……これも『()()()』の役目だからな……」

「守護者?」

 それは初めて聞く言葉だ。つい反射的に聞き返す。


   †


「ん? おまえでも知らないことがあるんだな。伝説によればだな、守護者ってのは、()()()()()()()()()()()()()()のことなんだ。守護者はちょっと特別でな、太陽の光も致命傷にはならないし、人としての意識も保っていられる、それから吸血鬼並の身体能力と、おそらく再生能力、不死の能力もあるらしい。全てヤカタを守るための能力なのさ」


 そうか……だから藤原君は昼間も出歩けたんだ。

 でも、まてよ? ということは、若君にも守護者がいるってことなのかな? 不死だとすれば、今も生きているってことなのかな? どうして若君はそのことを話してくれなかったんだろ?


   †


「俺はこいつの守護者。だから俺はこいつを守る。もちろん契約の印も消させない。この町の連中全てを吸血鬼に変えて、俺は俺の王国を作る」


 藤原君は吉永さんから手を引き抜いた。手は血だらけだった。

 それを自分の舌でなめとると、それだけで傷口がきれいに直っていた。


「無駄話はもういいだろ? 今度は俺にも血が必要だ。補充しないとなんねぇからな」


 藤原君が立ち上がる。

 いつのまにかその背後にぽっかりと満月が浮かんでいた。

 ついに夜が始まったのだ。


「あきらめろな。もうなにをしても無駄だ」


   †


(終わり?)

(あきらめる?)


 藤原君が近づいてくる……牙をむきだして……その手をあたしの肩に伸ばしてくる。


(本当にこれで終わり?)

(あたしは失敗したの?……結局なにもできなかったの?)

(なにもできないまま、血を吸われて死んでしまうの?)


『――まったく呆れた家臣じゃ――』


 不意に若君の言葉が脳裏によみがえる。

 そうだ。まだ若君がいる。

 生きてさえいれば、まだ何とか出来るかもしれない。

 若君なら何とかしてくれるかもしれない。


   †


 思いっきり他力本願だけど……まだ希望はある。


 ()()()()()()


 あたしはパッと銃を向けた。藤原君ではなく吉永さんに。

 もちろん撃つつもりはない。ただ藤原君が隙を見せると思ったのだ。


「ごめん! 吉永さん!」

「てめぇっ!」


 思ったとおり藤原君は吉永さんをかばって彼女の前に移動した。

 でもそれを見届けるまでもなく、あたしはクルリと振り返り、マーちゃんの手をつかみ、病室を出て廊下に飛び出した。


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