150年後の周辺事情
実在する地名が出ます。
そういったことが苦手な方はご遠慮ください。
パペット工場。
それは前時代における主要産業であったロボット産業における大衆向け娯楽製品の生産拠点である。
遺跡と呼ばれる中でも比較的危険度が少なく、ソーラーパネルなどを持ち帰ればいい値段で売れ、まだ生きている合成蛋白質生成機なんて見つけようものなら、一気に大富豪、あるいは都市長と呼ばれる指導者層の仲間入りである。
もちろん他にも前時代の遺跡はたくさんあるが、比較的警備ロボットが少なく、なおかつ侵入難易度自体が低い、高度加工品の生産施設は早い者勝ちの宝の山ともいえる。
そのほかの遺跡であれば、数が少ないもののでかい当たりが見込め、侵入難易度が高いだけで警備はそこそこの、医療研究所を筆頭に研究内容によって当たり外れのある各種研究施設。
各地に必ずあり、安定して高収入を得られるが侵入、警備共に最高難易度と言われる軍事施設。
数も多く、侵入、警備共に低難易度であるが、収入としてはゴミ拾いとまで言われる低さの商業施設が存在する。
また、まったくのハズレとして扱われる重警備、侵入難易度も軍事施設に次ぐ高難易度である金融機関というものもあるが、屑鉄拾いと呼ばれる探索者が主に狙う遺跡群である。
「あー、なんかいい遺跡情報とかないのー?」
居酒屋「安寿」という名の安い飲み屋で管を巻くのは大量に居る探索者の中でも異彩を放つ小さな女性。
「んなもんあったら、大手や都市長に流して仕入れを安くしてもらうんだがね」
そう答えるのは店の主でもある、安寿だ。
爺さんの代からの飲み屋であり、その名を長男が受け継ぐという古風というよりは今は理解する者もいない風習を守り続ける老店主は管を巻く酔客を一蹴する。
「だよねぇえええ!」
そう叫んで少女は両手を投げ出し、背後に倒れこみ、そのまま足を机に乗せようとする。
「机に乗せたらその足たたっきるぞ」
一際低い声でぼそりとつぶやいた店主に少女はそのまま足を乗せるのをやめ、椅子ごと床に倒れる。
ごちんと鈍い音を立てて転がった彼女が頭を抱え、「くぉおおお」と苦悶の声を上げて、掃除の行き届いた床を転がる。
女性が一人で飲める居酒屋、かつ掃除が行き届いている。つまるところ治安がいいということ、それは治安を守る実力者がいるということに他ならない。
「足を乗せなかったのは褒めてやるが、お行儀よく飲めないのかテーザー?」
そう言って揺れてこぼれた酒を拭く店主は転がっている少女をため息交じりに見つめる。
「わたしゃテレサだ。テーザーって呼ぶんじゃねぇよ」
後頭部を抑えたまま、しかめっ面でいうのは痛みからか、名前に対する不快感か。
店主には測りかねたが、軽く肩をすくめ、「すまんな」と一言つぶやいて仕事に戻る。
彼女が腰につるしたテーザー銃は、針を飛ばして突き刺し、電気を流す。
いわゆる小型のスタンガンを弾にするような代物だ。
前時代では比較的安価な護身具として入手できたかもしれないが、現代においては精密機械の塊である弾を圧縮ガスで射出する仕様上、弾丸を回収し充電できるとしても、そのコストは馬鹿にならない。
ガスも電気もタダではない上、使いまわしていれば針もつぶれてしまうのだから当然と言える。
「あー、もー、かーねーがーなーいー」
彼女の頭の中では消耗品の補充費や、日々の生活費、へたってきたパーツの更新費用など、様々なものがよぎってしまったのだろう。
「そんな面倒なものを使ってるんだ。それこそ、しょうがない、だろ?」
そう返す店主は手をひらひらと振る。
ない物はしょうがない。
足りないのはしょうがない。
できるやつがいないのも、できないのも、しょうがない。
どうしようもない世界なのだから、しようがある事で何とかするしかあるまい。
「わーってるよぉー。だから金になりそうな遺跡情報とかねーのかーって聞いてんじゃん」
テレサはそう言って一息に酒を煽ると長い溜息をついた。
「酔っ払いに付き合うのも店主の仕事だがな・・・・」
「そうだー、つきあえー」
亭主が苦言を呈そうとするより早くテレサが空になったジョッキを店主に差し出す。
ジョッキを受け取りながら、粗悪な醸造酒ではなく、蒸留酒を利用した混成酒を注ぐ。
昔風に言うならカクテルやハイボールと呼ばれるものだが、今風に言うなら雑穀ウイスキーの炭酸割、味の良いビールもどきだ。
寝かせが足りず、エタノールなど生成に使われる連続式蒸留器を再利用して作られるそれは、香味が薄く、とがった味もないため、炭酸と隠し味である麦芽糖を少量入れることでビールに似た風味を再現している。
「イマバリのほうの工場跡とかどうなんだ?」
「あー、有名すぎて掘りつくされてる感じだったよ。無駄足だったね」
「ヤータハマあたりの漁港や海洋プラントは?」
「テーザーと相性悪すぎ、船持ちの海賊がうろうろしてやがっから、あいつら狩っても船以外ろくなもんもってねーからうまくないんだわぁー」
「足をのばしてコーチのほうに行きゃ海賊もろくに居ねぇだろ」
「あっちは山ばっかで海もプラントすくねーし、海産研究所なんかは地元の奴らが掘りつくしてるだろうさー」
そう答えるテレサが再びジョッキを差し出す。
役に立つ情報ではなかったが情報量代わりと言ったところか、妙なところで気が利くのもソロで探索者なんて因果な稼業を続けていられる秘訣なのだろう。
「たしかひい爺さんの代に山向こうのトウオン、カワウチだったか?ちっちぇ町工場でパペコン買ったとか言ってたな。俺がガキの時にゃ、もう壊れてたけどよ」
お得意様へのサービスとしては確度の低い情報であるが、まぁ、レアものと言える情報だ。
それを聞いたテレサの目が見開き、ジョッキに残ったビールを一気に飲み干す。
「苦労して作っている酒だ、カパカパ飲みたきゃそこらの安酒でも飲んでろ」
そう言う店主の顔は軽くにやけている。
それを聞いた彼女は少しもったいなさそうにジョッキを見るが、すぐにこちらに対して身を寄せる。
ビールというのはちびちび飲む酒ではない。
それをわかって煽るように飲み、つまみを頬張ってまたビールを飲む。そんな彼女の飲み方は店主にとっては最高の誉め言葉であり、気持ちのいい客だ。
たまに、こいつ味なんてわかってないんじゃないのかと思うことはあっても、だ。
彼女は身を寄せたまま、空になったジョッキをこちらへよこし、笑顔で片目を閉じる。
「口噛み酒なんてまっぴらごめんだし、甘ったるい醸造酒も、目がつぶれそうな工業用アルコールもお断りしたいかなぁー」
そんなことを言って、身を戻し、塩の利いた茹でただけのジャガイモを食べ、次ぎなおしたばかりの冷えたビールで流し込む。
「そんなこと言うならたまにはうち特製の清酒や、焼酎なんかも飲んでもらいたいもんだな」
穀物を大量に消費する酒というのは本来贅沢品である。
数少ない食料プラントから生産される食料類は品質、味共に高いものの高価であり、そういった用途には使えない。
だが、路地栽培、それも汚染の残る大地で農家が作るそれらは比較的安価で手に入れることができる。
それでも安いものではないが旧時代の酒を持ち代々その味を知り、酒に魅了された店主にとって酒造りは趣味でもある。
「あー、無理無理。通常の稼ぎじゃビールもどきが精いっぱいなのさー。まっ、美味いからいいんだけどっ」
テレサはそう言って、空になったジョッキを名残惜しそうにひっくり返してしずくをなめる。
店主は「そうか」と短く答えそばを離れる。
近づいてくる男たちを見て客同士の話に口を挟むものではないと判断したのだ。
早めに話を切り上げたが、どんな場所にも耳聡い者というのはいるらしい。
他の酔客の相手もある、彼女であれば質の悪い輩が相手でもそう酷いことにはならないだろうとの信頼もある。
であるならば、いつものように酒の味がわかる客に美味い酒を出すだけだ。
彼女が得た情報の使い方は彼女次第であるし、もし、男たちが酒の味もわからぬ、居酒屋のルールも知らない愚か者どもであれば腕の一本や二本、置いて行ってもらえばいいだけのことなのだから・・・・・。
―驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し―
昔の人間はうまいこと言ったものである。
地位、富、名声・・・、そして技術。
驕っていたつもりもないがそれらがもたらす恩恵に人は慣れすぎて、それらを産み出すものが何であったのか、それすらわからなくなってしまった。
「都市長なんて言われとーけど、あるものでごまかしとるだけなんよねー」
たまたま、この周辺の工場の所有者が生き残り、社員一丸となって民衆を保護した町、それがここマツヤマだ。
自分も都市長などと言われているが元をたどれば中小企業の社長の血筋というだけである。
「マサキのほーの工場地帯から使えそーなもんはたいぶ持ってきたけどなぁ。なんぼ昔の物がいでらしい言うても、限度があるで」
最近薄くなってきた髪をなでつけ、眼鏡の位置を正す。
旧本社ビルの眼下に広がるのは近代的なビル群に背の低い布張りの市場が混じるせまっ苦しい街並み。それらは地元の再生のためと、周辺一帯から使える物を根こそぎかっぱらってきた成果だ。
様々な生活必需品を産み出すマツヤマ中心街はこのあたりで有数の大都市となったが、旧マツヤマと呼ばれる外縁部は主要道路を除き、荒れた舗装路を掘り返して作られた田んぼが広がっている。
「限度は越えとりますって。それにマサキから奪ってきたせいであのあたりの強奪者に目の敵にされてますんで、しばらく遠出はできんでしょう」
気が付くと新任の副都市長がそこにいた。
「なにゆうとん、争いよる場合じゃなからろーに」
遺失技術をもとにした食料供給、それを除いた食料生産量は現在マツヤマに登録されている生存者数に対し、て7割弱しかない。
遺失技術である食料プラントと併せればその食糧生産量は150%を超える。
今後徐々に使えなくなっていくことを考えれば、十年程度を目途に自然栽培されている食料を1.5倍にあげなければならない。
「彼らは地元の資源を盗まれた側ですからね。道理は通らんでしょう」
「別に住んどるところの近くにあっただけであいつらのもんやないじゃろうに。まともに動かせもせんくせに所有権主張しよってからにしんきな奴らやのぉ」
十年の猶予のために近隣との不仲というリスクを飲み込んだが、その結果田畑が荒らされるのでは本末転倒である。
そして何より・・・・。
「製鉄プラントを抑えられているのが痛いですね」
遺失技術である生産プラントには大きく分けて2種類ある。
食料、繊維、燃料などの有機物を扱うバイオプラント。
大きくはスチール、プラスチック、細かなところではリチウム、カリウム、マグネシウム、ニッケルに銅など金属元素を加工する製鉄プラント。
「プラントをどうにか維持しようと考えたら製鉄プラントによる再生産が必須になりますからね」
「それやけどな、どう考えてもOS、機械の頭のほうが持たんわ」
製鉄プラントは生活必需品や、プラントパーツの生産において大きな意味を持つが、それ以上に武器製造という一点において回収すべき物だ。
だが、それ以上に人が生き延びる環境を作るのであれば、食料の生産が何よりも優先される。
執務室の机の中から分厚いバインダーに閉じられた点検報告書の束を取り出す。
「農業系の工場は再稼働が絶望的。あれらは無駄に超高性能やったし、しょうがないが・・・・。同じ理屈で生体コンピューター類も再生不可能という結論が出たでな」
「回収されたバイオプラントの中に生体コンピューターの設計図が入っていなかったことが痛いですね」
「設計図なんぞあってもプログラム弄れる奴がおらんかったら一緒やぞ・・・・。直せんもんのために、製鉄プラントも抑えて、これ以上周りの連中と軋轢を生む意味はないで」
資料をめくり、予測されうる耐用年数(あくまで希望的観測に基づくものだが)を見ながら段階的な食糧増産プランを見る。
「防衛のためにも、製鉄プラント奪取の進言に来たんですけどね」
「わざわざ恥かかんですむように先回りし立ったのに、自分でゆわんでもよかろ」
そう言うと軽く笑いが起こる。
「外延部に設置した警備ロボ群も限界やし、強奪者がうちらの地位を奪ってもかまわんのよ」
馬鹿がTOPであれば問題だが、奴らは無知ではあっても馬鹿ではないのだ。
そもそも馬鹿がTOPであればこの時代一勢力ではなく、ただの有象無象にすぎない。
「金の卵を産む鶏を絞め殺すアホはおらん。自分の下のもん食わすんに農家はきつくなるかもしれんが・・・、その程度や」
発言に副都市長が渋面を作るが、気にせずに話を続ける。
「飯が食えて、寝るところがあって、そりゃ多少の人死にはあっても人は絶滅しやせん。問題はいかに多くの人間を残して、持続可能な社会を再形成するか、や」
まだ若い副都市長ではあるがこちらの言っていることはわかるだろう。
「理解は出来ても、納得しづらいものがありますね」
「あほぅ、下手な功名心、優しさなんぞもっとるといつか痛い目ぇ見るで」
人が生きていく環境を作るのに誰がやったというのは関係がない。
辛い目に合う人間の多寡すら関係がないのだから当然のことだ。
多くの人を残し、生活の安定、余裕ができれば人々は再び知識を産み出す。150年前に追い付くには数百年の時がかかるだろうが、それを早めるのが自分の夢だ。
強奪者がTOPになればそれは遅れるだろうが、いつかは達成される問題に過ぎない。
「食料第一、治安が第二、教育が第三ですね」
「ま、プラントの維持と再生ができるんやったら優先順位も入れ替わるやろうけどな」
資料を閉じ、窓の外、日暮れとともにつき始めた明かりを見る。
科学の力による街の明かり、これだけのものが残っている土地は周辺にはないだろう。
「ま、強奪者に関しては安く食糧を卸したり、・・・・それでも突っかかってくるのは処分してもよかろ・・・」
8/23投稿、次話予約投稿未。エタるのを覚悟の上気を長くしてお待ちください。