目覚めを待つは哀れな羊
8/9投稿、次話8/16予約投稿済
アスファルトが割れた大地と、塗装の剥げた建物の群れ。
それらはひび割れから雑草を生やし、カビの白と雨垂れの黒によってデコレーションされ、寂しさと儚さを感じさせる。
もっともそれらを感じるような感性を持った生き物はこのあたりには居なかったが・・・・。
世界は終わりを告げた。いや、変貌したというべきか、世界が崩壊したのは自分たちの世界が崩壊した後。
最初に自分たちを育ててくれた人が去り、そのあとを引き継いでくれた者たちが一人、また一人と消え、その最後の一人が消えた後。そんな絶望の中、私たちの嘆きを聞き届けたように世界は変わったのだ。
流星の接近。それに伴う電磁波によって、EMP対策が不完全だった某国のミサイルが各地に発射された。
それだけであれば一部の国だけが被害を受けこのような事にはならなかっただろう。
そこに自動反撃した軍事プログラムの連鎖が起き、文明の大半は吹き飛んでしまった。
自分たちを取り巻く環境も変わり、暴徒鎮圧用の警備ロボットが闊歩し、人を取り押さえ、引き渡す先もなく、餓死させる。
管理する者がいなくなった製造ラインは止まり、壊れた機械とわずかな生き残りが過去の遺物を食いつぶすそんなポストアポカリプス、黙示録に示された終末による悪の世界。
親は子を売り、子は親を殺す。そんなことがまかり通る世界で150年も前の命令に従って動いている私たちはずいぶんと滑稽に見えることだろう。
薄暗い緑の非常灯に照らされた部屋。
日々の清掃によって埃などはないものの、時間の流れによる痛みが一目で見てわかる惨状は廃墟と言って差し障りない。
電力がまだ生きていることが奇跡ともいえるそこは、辛うじて雨漏りしていないという惨憺たる有様だった。
そんな廃墟・・・、もとい廃工場の中で生きている電力の大半を浪費していたパペコン用修繕ポットがけたたましく警告音を発する。
オールレッド、重大な故障を知らせるそれにその場にいたモノは糸が切れたように床に崩れ落ちた。
土台無理な話だったのだ。それでも夢をみた。縋りついていたかった。
それももう終わり、人形に神などいなかった。ただそれだけである。
「ワタシハ・・、シッパイシタ・・・ノデ・・・スネ・・・・」
摩耗した関節部がギリギリと異音を奏で、要修理と診断プログラムが告げる。
すでに治すための自己修復プログラムは破損しており、また修理する意味もない。
緑光とポットの赤色ランプによって少し明るさが増した室内、ポットから緑の保護溶液が流れ出す。
「ア゛ァ・・・・・」
もはや視認せずともわかる。
自分たちは失敗したのだ・・・・。
150年の妄執はここで終わり、絶望を告げるアラートが止む。
湧き上がる自壊衝動のままに機能停止しようとしたが、その前にポット上部の蓋が跳ね上がり、大きな音を立てる。
最後に、一目会いたい。例え死体であったとしても、一目見て逝ける自分は他のモノより幸せだと言えるだろう。
この身を生かすために人格プログラムを残し、外装をすべて予備パーツとした5機の姉妹機・・・。
彼女たちは一番状態がよかった自分だけを残して、彼が目覚めて修復してもらうことを期待して眠りについた。
申し訳ないと思いながらもこれが最後の我が儘だと許しを乞う。
目線を上げ、ふらふらと起き上がるパペコン、LC2-MCと呼ばれたOSはじりじりとしか進まない自分の足をもどかしく思う。
(もう、動く必要もないのだから、壊れることを気にしなくてもいいのでしょうか?)
そう思い至ると、自己保全のために掛けていたリミッターをオフ、通常の歩行速度に戻す。
ギリギリという関節部の異音が大きく、診断プログラムが異常と警告を視界端で訴えるが、今は邪魔だ。即座にプログラムの無視リストに放り込み、ポットの中身に近づく。
「安東主任・・・」
久しぶりに発声するそれは以前と変わらず、なんどもこっそりと練習した懐かしい音。
保護溶液が上げる湯気が光を遮り、人型の影が浮かぶ。
・・・・ゲホッ・・・ガハッ・・・・・
一瞬、統括プログラムに属する人格部分がフリーズする。それは続く咳き込みによって即座に解除され、自己保全のリミッターを再び掛けなおす。
ゆっくりと伸びる手がもどかしいが、そのもどかしさも喜びと呼べる感情にかき消される。
人形にも神は居た・・・、今ならはっきりとそう言える。
「おはようございます。安東主任・・・」
何度も、何度も練習したその言葉をLC2はようやく口にした。
気が付いたら150年経過していたといわれた時、人はどんな感情を抱くのだろうか?
正解は、思考停止。現実の拒絶である。
(いや、意味わからんし・・・・)
視覚から得られる情報はそれを事実だと訴えるがそれらを無視して、するべきだと思えること、まぁ、すべきことと言って差し支えない作業に従事する。
「うわぁ・・・、発達しすぎて圧縮かけても容量いっぱいいっぱいじゃねぇか・・・。コンクリフト起こさなかったのは奇跡だな・・・。いや自分たちで優先度付けをきちんとしてたってことか・・・」
ハンディツールにつないだ2番機の生体コンピューターの中身を見ながらそんな独り言をつぶやく。
「下手にいじると、それが原因で固まるな・・・。容量増やして、処理領域も増やして・・・、古くなったパーツからデータ吸いだして移行っと・・・・」
誰も動くものが居ない廃工場で安東 亮は意識を失う前と同じ業務をこなす。
(まさか、こんなことになるとは・・・・)
彼は作業の手を止めることなく意識が戻ったときのことを思い出す。
目が覚めると見慣れた職場の仮眠室。
ところどころひび割れ塗装が剥げたパペコン、LC2-MCが感触を確かめるようにはだけた胸元に収音機に当たる耳部分を胸に押し付け、抱き着いていた。
こちらが起きたことに気が付くとそっと体を離して「おはようございます」と流暢に挨拶して見せる。
こういった無駄な発声はオミットされており流暢に話すことは出来なかったと記憶しているが、これも時間の流れの一つなのだろう。
「安東主任、アナタガ ジコ ニ アッテ 150ネン ケイカ シテイマス」
そう告げるLC2-MCは表面塗装が剥げた強化プラスチック製のボディを見せつける。
どうやら疲労で注意力が散漫になっていた自分は輸送アームに右腕を千切られて修繕用ポットに落下したらしい。
どうにも記憶があいまいだが、確かに何かにぶつかった記憶はある。
それらを隠蔽しようとしたアホ息子様が作業用ポットを破棄し、行方不明と処理した後、世界は一変したらしい。
流星による電磁波異常。終末戦争の勃発と沈静化。
どうにも現実味のない話だが、機械音声で嬉しそうに話すLC2-MCが嘘をついているとは思えなかった。
無くなった右腕の代わりについている白く限界まで元の腕に似せたセクサロイド用の腕部パーツだと言われ、触ってみるが違和感はない。若干、元の腕より力が強いくらいだろうか?
修繕ポット内で治療を行うという無理を押し通しつつ、生身の部分を保存するために自分のことを商品として定義し、ごり押したらしい。
まさか工業用のパペコンにここまでの自我が芽生え、治療されたうえで、抱きつかれるなんて想像もしていなかった。
いや、うん。ペディオフェリア(人形愛好家)の自分にはご褒美ではあったけれど、それを素直に喜ぶには彼女の破損部位がとても痛々しい。
状態は外装しかわからないが耐用年数の二倍を超えた彼女たちはいつ停止してもおかしくない。
「ひとまず、修理してから今後のことを話そう。製造ラインはまだ動くか?」
そう聞くと、電力不足と経年劣化で一部稼働していないとLC2-MCは答えた。
製品のセクサロイド保管庫は生きているためそちらにあるパーツは使えるだろうとのことだ。
「あー、主任権限で流用はできないよなぁ・・・・」
製造ラインが生きていればCPU兼データ保存領域部分である生体コンピューター部分と、ボディパーツ内部の人工筋肉等は乗せ換えれたのだが、今ある商品を流用するとなると少なくとも副工場長クラスの管理権限がいる。
「イエ、安東主任 イガイ 従業員ガ イナイタメ 権限ハ スベテ 主任ニ イジョウ サレテイマス」
なんとも都合がいい、踊りだしそうになる内心を抑え、ひとまずは功労者たる彼女たちの修繕を第一に動くことにしよう。
自分の食糧確保や生活拠点の改善を後回しにする。彼は生粋の変態であった。
「しっかし、感情プログラムなんて入ってないはずの工業用パペコンが学習プログラムだけで類似システムを構築するなんて、やっぱ優先度付けのためか?・・・うーん、興味深い」
ハンディツールに表示される解析情報を視界の隅に表示して、生きているセクサロイドポットの中でも最高級品に必要な情報を打ち込んでいく。
確かキャッチコピーは「自分で作る、ただ一人の伴侶」だったと思うが、まさかこんな形で夢のマイパペットを手に入れるとは思わなかった。
宙に浮いた疑似キーボードで外装を細かく指定し終えると、AIの人格設定に移行しますか?と言われるが、乗せ換えを選択して終了する。
ポット内部の基礎骨格に肉付けが始まり、終了予定時刻6時間と表示される。
「中身はLC2なんだけどなー・・・・」
そこに不満はないが、最初のマイパペットは一から作りたかったそんな思いもある。
だが、自分を失いたくないとプログラムと倫理規定のギリギリどころか完全にアウトな内容を無理やり通し、コンクリフトを起こさなかったのが奇跡、安全装置による緊急停止がよく起きなかったというレベルで自己進化させた彼女?である。
(それはもはや愛じゃね?)
そんなことを考えると自然と顔がニヤける。
ハンディツールを介してポット内部の生体コンピューターにLC2のデータを転送する下準備を行う。
いくつかのプログラム、工場の管理プログラムなどは経験蓄積を捨て完全に入れ直し、倫理や疑似人格プログラムの中で優先度のおかしい部分を修正して順次ポットに移していく。作業中に彼女の150年分のログに目を通すとおびただしいエラー報告と改変履歴が表示される。
それらに目を通しながらセクサロイド関連の自立プログラムや行動管理プログラムが、工業用パペコン時代のプログラムと競合しないようにエラーチェックと修正を繰り返す。
まぁ、彼女たちにとっては自分は親のようなもので直してくれる大事な人という意味合いでしかないだろうと思っていたが、その妄執ともいえるログは依存と呼んでいいほどの感情をこちらに示してくれている。
「立ち振る舞いなんて、いくらでも修正がきくしなぁー」
自分では一生かかっても手に入らないそんな高価なボディに彼女を入れていくことに興奮する。
病院に運ばず隠蔽したアホ息子に思うところはあるが、こんな環境であるなら感謝してもいいくらいである。
普通に止血して病院に運べばなんとでもなったろうにと、アホさ加減に見下しと侮蔑をこめて苦笑いを浮かべ、愛おしいパペットの中身を覗く。
こんがらがったプログラム群を自分好みに整えていくことに興奮する。ログが訴える感情と呼べる内心に狂おしいほどの愛しさを覚える。
ブラックな環境でやめなかったのは自分が居なくなった後のパペコンたちの扱いが心配だったからというのが大きい。同好の士であった先輩たちは自分がいるから、任せると言ってやめていった。
中には体を壊し郷里へ帰ったものもいる。彼は最後まで自身が担当していたパペットの心配をしていたが、自分からすれば「自身の嫁を他人に任せるな」の一言である。
これは最後まで残った自分へのご褒美だろう。
150年たった外もこれからの生活への不安も、そのご褒美に比べれば霞んでしまうあたり、自分は生粋の人形馬鹿だったのだろう。
「はぁ、早く動いているところみたいなぁ・・・・」
肉付け中の人体模型のようなボディを覗きながら作業スピードを上げていく。セクサロイドとしての機能、発声プログラムの入れ替え、肉体制御プログラムの入れ替えに、各種経験とスパゲッティコードと化した自己判断プログラムの紐づけと最適化、するべきことは多い。
「あ、名前も考えてやらないとな、LC2-MCじゃあんまりだもんなー」
動くものが居ない廃工場内部でやけに楽しそうな男の声とそれに呼応するような駆動音だけが響いていた。