序章 近未来なブラック労働
完結する見込みは薄いです。
それでもいいという方のみお読みください。
8/2投稿予定、次話8/9予約投稿済
カコトピア
悪い、不道徳な世界。
ロボット産業が発達した世界において労働は娯楽になるとは誰の言葉であったろうか?
「とんま!2番、7番ライン直しとけっつったろーがっ」
はい、すみません。
「ロボ子の倍の給料で半分も働いてねぇじゃねぇか」
比べるのもおかしいです、それロボ子じゃなくてライン管理プログラムが入ったパペットコンピューター(パペコン)です。
あと給料じゃなくて維持費、もとい修繕費です。
「ったく、修理資格取らせてもつかえねぇな、とんま!」
いや、2種電脳修理士ってちょっと取ってこいで取れるものじゃないです。
世界に生体コンピューターが誕生して数十年、単純労働、ルーチン作業は機械が取って代わり、人間の行う労働は経営、企画などの頭脳労働の他は機械作業補助、修繕などの対パペコン向けの労働がほぼすべてと言っても過言ではない。
当然、資金を提供する資本家が経営に携わり、そこで決まった適当な計画を作業補助員や修理士が不眠不休で体裁を整える。
結局、資本家が富を集約する体制は変わらず、人が人である限りブラック企業というのはなくならないのかもしれない。
工場長(親族経営のアホ息子様)に言われた作業を行うため、2番ラインに行き、酷使しすぎて蛋白質が変質した生体パーツを取り外し、欠損データを調べ、パーツ交換したうえでバックアップから移行、バグが出ないか一通りチェックする。
ケーブルにつながれた2番機、L2-MCはケーブルにつながれ、椅子の上で力なく項垂れている。
マネキンのような容姿も相まって、マリオネットの様でもあり、繋がれた囚人にも見え、まるで自分のようだなと苦笑する。
各部電源ケーブルをつなぎ直していると、L2-MCの体がビクンと跳ね、ケーブルの間につながれているブレーカーが落ちる。
ブレーカーによってデータ類、CPUやデータ保存領域は無事だろうが、焼け付いた接続部が肉を焦がしたような異臭を放つ。
「おぃ、2番ラインまた止まっちまったぞ!なにしてんだっ!」
・・・・、修繕中にラインを稼働させたアホ息子のために、予備として破損パーツを修繕してくみ上げた最低限の機能を持たせた代替機を取り付けて、ひとまずの応急措置としする。
経験を喪失させないためにパーツ交換とOSの入れ直しではなく、自前のハンドツールに繋ぎ各プログラムにチェックプログラムを走らせ、エラー部位を入れ直しして接続部パーツだけを交換して直すことにする。
「OS、L2-MC、統括プログラムは無事か?」
基礎部分の修繕が終わると音声入力にてライン管理プログラムや対応記録プログラム、自己判断プログラムを統括する疑似人格に話しかける。
「ハイ ジュウド ノ エラー ハ ミウケラレマセン」
不幸中の幸いか、この様子であれば自己修繕で対応できるだろう。
「なら休息ポットで疲労抜きしながら、修繕に入ってくれ。終わったら診断2回の後、俺を呼んでくれ」
そういいつつL2-MCの脇から持ち上げて立たせ、軽く頭を撫でてやる。
「ワカリマシタ 安東主任 シュウリョウヨテイジコクハ 22ジ42フンデス」
旧式のカタコトの癖に経験蓄積によって、自然な発音の自分の名前に笑いそうになる。
(こいつらの面倒見てた先輩もみんなやめてしまったしなぁ・・・・)
そんなことを思いながら、軽く手を上げると7番ラインへ向かう。
今日も家に帰れそうにない。
ピグマリオンコンプレックスという言葉がある。
狭義では人形偏愛、広義では女性を人形のように扱うパラフィリア(性思考異常)としても扱われるがパペコンが作られてからこれらピグマリオンコンプレックスと呼ばれる人間は前者、後者に問わず爆発的に増えた。
理想の造形、理想の性格、自己学習による独自の成長性とユーザーによる自由な拡張性。
人間がどれだけ労力と時間を費やしても追いつけないそれらは男性にとっての理想の女性、女性にとっての理想の男性を容易に生み出す。
少子化は加速したが、労働力の大半を人間ではなくパペコンを代表とした機械による代替で賄える以上、望むところでもあった。
もちろん、研究開発を行う研究者、それらを発展させる技術者も減ってしまい、技術の進歩という視点ではマイナスではあったが、それ以上に資源の消費、循環型社会への移行という観点では分母が減るというのは大きなプラスでしかなかった。
問題となったのは経済構造である。
消費が減るということは経済活動が不活発になるということでもある。
食料生産がオートメーション化されると、それらを管理する少数の人間と生産を支える資源という低コストな食料品が大量に出回り農家というのは農場の管理技術者以上の意味を持たなくなった。
家畜は合成蛋白質で生成された肉に取って代わられ、天然物は資本家の娯楽以上の意味を持たない。
こうした世界で最も盛んな産業は娯楽である。否、娯楽しか残らなかったともいえる。
余暇を持てあました人間は娯楽を求める。それも有り余る時間によって大量に、すごい速さで消費される。
執筆業や動画作成、音楽作成など才能がある人間であればそれだけで生きていけるだろうが、それらの才能がない人間は底辺労働として作業補助や少し頑張って技術者として賃金を得てそれらの娯楽を消費する。
そんな中、他者が遊ぶために養う人間など多くはなく、育児なども育児機能を持ったパペコンに任せた方が安全ということもあって、人間同士の結婚は減った。
パペコンに実在する人間の精子、卵子を搭載し生産管理する方が楽だったというのもあるが、性産業として、家政婦としてセクサロイドは爆発的に売れた。
購入すれば終わりではなくメンテナンスなどを考えれば最低限の労働しかしない人間も労働に駆り立てることができ、それら(人間の素)の提供数を納税額で差を付ければ人数管理もしやすい、富裕層が子を多く作れば、逆に言えば貧困層が子を産まなければ、逆説的であっても富の再分配が起こり一極集中による経済硬直も防ぎやすい。
こんな環境でピグマリオンコンプレックスの人間が増えないわけはない。
ある意味ピグマリオンコンプレックスであることが正常と言える世界。
セクサロイドは技術とロマンのすべてを注ぎ込んだ一大産業となった。
そこで働く研究者はある種の大変態ともいえるが、高給取りであり、現在の世界でもっとも研究が進んだ分野ともいえる。
しかしながらその巨大な富が下請けである製造現場に還元されるかというと・・・・、割に合わないというのが、自分の感想である。
憧れの研究者になる才能がなくとも、技術者として生きるには十分な知識を持ち、少しでも憧れた場所に近づこうとした結果、それがブラックな労働環境のこの場所だ。
行き過ぎたピグマリオンコンプレックス、ペディオフェリアと呼ばれる自分が酷使されるパペコンを直す日々、この業界の離職率は高い。
あぁ、眠い・・・・。
逃避という思考遊びもほどほどにして修理し終えた7番機を軽く撫でて、休息ポットに居る2番機の様子を見よう。
ふらつく足取りで、ぐしゃっという何かがつぶれた音を聞く。
「・・・あ・・・・?」
どうやら完成品のセクサロイドを搭載したポッドを運ぶアームの可動範囲に入ってしまったようだ。
あー、どこかぶつけたかな?・・・まぁ、いいか・・・・。
少し暗くなった視界のまま立ち上がりふらふら歩く。
あぁ、眠い・・・。ちょっと寒いな、そろそろ冬服に切り替えるべきか・・・。
ぼちゃん・・・・
そんな音を聞いて意識が遠のく。
2番機、組み立て中のパペコンのローン、修理、セクサロイドに乗せ換えるための貯金、衣替え、愛読している雑誌の発売日、今月の残業代全額出るのかなぁ・・・・・
まとまらない思考の中、温かい何かに包まれて自分の意識はそこで途切れた。