そのなな
あれから、ぐるりと庭園を周り草花を観察したが、
魔力が存在する以外の目新しい発見はなくその日はお開きとなった。
こちらの世界に飛ばされて数日経ったが、何も進捗が無い。ヘッドフォート家の皆さんはとても良くしてくれる。リコリス様は、いつも気にかけてくれて、手が空いている時は話相手になってくれる。
ウィリアム様は、先日の出来事から警戒心を解いたのか、移動しているときに見かけると抱き上げて連れていってくれる。
ただ、困ったことがある。
スティーブさん以外の使用人は私の中身が16歳であることを聞かされていないのだろう。魔法の説明をするわけにもいかないから仕方の無いことだけれど、皆さん3歳児と思っているようで、対応がお子様向けである。
そして、今現在もメイドの膝の上で絵本を読んで貰っている。完全に善意なので、断るのも申し訳なく半分死んだ目で聞いている。
今日の絵本は"建国物語"。この国では有名な絵本らしい。
--むかしむかし
まだ、魔物あふれる世界だった頃。
人々は、魔物に脅かされ、恐怖に震え、貧しい生活を送っていました。
その状況に立ち上がったのが、魔物を滅する力を持つ聖女様を筆頭に、力に自信を持つもの達だった。
しかし、魔物の数は多く、聖女様の力をもってしても
魔物退治は進まなかった。
そこで、藁にもすがる思いで聖女様と賢者達は召喚魔法を使い現れたのは、魔物の力を凌駕する魔法使いだった。
魔法使いは、とても優しく話を聞くとすぐに了承した。
それからは、魔物の数が激減した。聖女様と魔法使いが空高く舞い、戦う姿はとても神々しく、見るものを魅了したそう。
この世界から魔物を消し去った2人は、王と王妃となり
その地に建国した。
-----おしまい。
なるほど、幼児が聞くには少々グロテスクな場面もあったが、概ねこのような内容だった。
しかし、魔法使いか…。
「このお話は、本当にあったお話ですか?」
「どうでしょう。このお話は建国物語とされていますが、今では魔物も魔法使いもお伽噺ですわ。それこそ、魔法が使えたら素敵なんでしょうけど。」
この地に受け継がれる伝承は、数多くあれど真偽は分からないらしい。それもそうか、人を介すごとに話は少しずつ変わっていくものだ。
「あ、でも。魔法使いが開けた穴から水が湧き出たらしく、そこは今も観光地になっているみたいですよ。」
近くの窓を拭いていた、もう1人のメイドが教えてくれる。
膝の上から飛び下りた私は、2人にお礼を伝えウィリアム様の部屋に本を持って向かう。
ここ数日で勝手知ったる屋敷を歩き、ウィリアム様の部屋の前までたどり着く
ノックをしても返事が無いが容赦なく扉を開く。
ウィリアム様らしく殺風景な部屋には執務のための大きな机とソファが置いてある。
ぐるりと部屋の主を探すとソファで横になり、腕を顔の上に乗せていた。寝ているのであろうか。
顔の横に立ち、鼻でもつまんでやろうかと画策していると
「返事はしなかったはずだが。」
どうやら起きていたようだ、腕の隙間からこちらを睨んでいた。
伸ばしかけた手を慌てて引っ込める。
「この時間は、部屋にいらっしゃるとスティーブさんに聞きました。」
「貴重な休み時間だったが。…君が完璧なのは、食事のマナーだけだな。」
褒められたと思い照れていると、褒めていないと一蹴され
君は僕に遠慮がなくなったなと文句も付け足された。
最初は私も猫をかぶっていたが、今ではこの通り。性格上仕方がない。
「そんなことより、この絵本についてなんですけど!」
持ってきた絵本をウィリアム様の鼻先に突きつける。
「絵本の読み聞かせなら姉上に頼んでくれ。」
「違います!内容について聞きたいことがあるんです!それに、リコリス様は外出中です。」
頼れるリコリス様が外出中なのはすでに確認済みである。
私も、話せるならリコリス様が良かった。
リコリス様の予定を思い出したのか、気だるげに起き上がる。
「それで?その幼児向けの絵本がなんだって?君は16歳じゃなかったっけ。」
「私が望んで読んだわけではありません!ウィリアム様は本当にあった話だと思いますか?」
「その本を信じている人なんているのか?御伽噺にすぎないだろう。」
「でもでも、魔法はありますし、魔物も私の世界には居ます!」
「たしかに、まぁ相当前の話だからあってもおかしくはないかもな。」
でしょう!と誇らしげにする私に鬱陶しいような目線をおくる
それを気にせずに、ウィリアムの横によじ登る。
「そこで、メイドの方に話を聞いたんですけど。水が湧き出ている観光地があるとか。」
「あぁ、王都にあるが今は噴水になっている。」
王都!思ったより近場であった。
「そこに行きたいんですけど、場所を教えてもらっても良いですか?」
「…。それなら、1週間後に王都で収穫祭がある。それまでは僕も姉上も忙しいから無理だな。」
3歳児の体ではひとりでは行けないし、事情を知っている人に連れていってもらうのが一番である。
よろしくお願いしますと頭を下げる私を追い払うように手を振る。
スキップになりそうな足元を抑えて、部屋から出る。
これから、1週間時間があるからもう少しこの世界について勉強をしよう。
その日の夕食時に、リコリス様にも経緯を説明する。
「あら、そうだったの。たしかに、建国時には魔法があったとされていたわね。
でも残念だわ、収穫祭は一緒に行けなさそう。約束がなかったら一緒に行きたかったのに。」
とても残念そうに呟き、ウィリアム様に提案する。
「ねえ、ウィリアムが私の代わりに行ってくれないかしら。」
「嫌ですよ、馬に蹴られるのはごめんですね。」
名案とばかりのリコリス様にウィリアム様は即座に断りをいれる。
「姉上が一緒に行く相手は婚約者で病で臥せっていることが多い方なんだ、やっとのデートに僕が来たら相手も可哀想だろう。」
「そうかしら、カイ様も久しぶりに会いたいんじゃない?」
「現地で会いますよ。」
どうやら、リコリス様のお相手はカイという名らしい。
しょんぼりしているリコリス様には悪いが、ウィリアム様もカイ様も可哀想である。
「当日時間があったら一緒に周りましょうね。」
楽しそうなリコリス様に曖昧にほほ笑む。
何はともあれ当日が楽しみだ。