そのろく
とはいえ、案内してくれるウィリアムは高身長であり、この身体で歩みを合わせるためには小走りどころか、もはや走っている。
「ちょっ…ちょっと待ってください!」
息も絶え絶えに声をかけると、初めて気が付いたように立ち止まる。
「…すまない、子供をエスコートするのに慣れていないんだ。」
私が呼吸を整えている間、顎に手をやりなにやら考えこんでいる、
「だが、君の早さに合わせると日が暮れてしまうな。」
ウィリアムを見上げていると、お尻に片腕をまわされ抱き上げられる。突然近くなった目線に顔が赤くなるのが分かる。
「こちらのほうが早い。」
慌てる私をよそに、1人で納得したようにまた歩き出す。
中身は16歳のレディなのだからとても気恥ずかしい。
すれ違う使用人にほほえましく見守られながら屋敷のなかを進んでいく。
落ち着きを取り戻した私はウィリアムを少し観察する。
ニキビ1つ無い綺麗な肌に、片側は耳にかけているさらさらの金髪、誰がどうみてもイケメンというやつだ。
歩くたびに、耳にかけている髪の毛がはらはらと落ちてくる。手を伸ばして耳にかけ直してあげると、ちらりとこちらに視線を向けた後なにも言わず、目線を前に戻した。触っても特に問題無いようだ。
「この屋敷は、一般的な屋敷と変わりがないから案内するところが無い。案内するとすれば庭ぐらいだろう。」
口頭で屋敷を案内した後、庭に続く扉を開けて庭に下り立つ。そこは、丁寧に管理されていることが一目で分かるほどとても豪華な庭園だった。
「とても素晴らしい庭園ですね。このようなところは初めて見ました。」
「そうか?君のところはそう大きくないのか?マナーも完璧だったから貴族のご令嬢だと思ったのだが。」
「マナーは師匠が厳しかったものですから、私自身の身分は平民です。」
いつ使うかも分からないマナーに厳しかった師匠を思い出し苦笑いがこぼれる。
「師匠は君がこちらにいて心配しないだろうか。」
「それも大丈夫です。師匠は気まぐれなのでどこに居るか分からないんですよ。」
ふらっと立ち寄り、いつの間にか帰っている師匠だから私が居ないことにも気が付かないだろう。
「それなら良いのだが。」
それからウィリアムはひとつひとつ草花の説明を始める。
「よく、これだけの数覚えていられますね。」
「あぁ、両親が好きだったんだ。小さい頃から耳に胼胝が出来るほど聞かされた。」
嫌そうに言ってはいるが大事な思い出なのだろう、どこか懐かいようにしていた。
私には両親との良い思い出が無いから少し羨ましくなった。
しばらく歩いていると魔力に近い気配を感じた。
「ウィリアム様、少し止まってください。」
地面に降ろしてもらいそこに生えている草を観察する。
ウィリアム様曰く薬草にもなるそうだ。
「この草を少しいただいても良いですか?」
「ん?少しならば問題無いとは思うが…。少し待っていてくれ、聞いてくる。」
ちょうど近くで作業をしていた庭師に確認を取ってくれる。
「問題無いそうだ。傷薬などにも使用するのだがその草がどうかしたのか?」
不思議そうに私の隣にしゃがみこむのを横目で確認しながら、許可を貰ったので一枚引き抜く。やはり少し魔力を帯びているようだ。
「この草に魔力が微量ながら含まれているみたいなんですよね。」
そう説明しながら草をそのまま口に含み、咀嚼する。
うん、微量だ。この量ではあまり回復しないな。
もぐもぐしながら立ち上がる。
「…。ええ…君は何をしているんだ。毒は無いがそのまま食べるものでもないぞ。子供はなんでも口にするとは聞いていたが。」
不意にとった私の行動にドン引きである。
それに失礼な発言は聞き捨てならない、中身はレディである。
「魔力の吸収は、粘膜からが一番効率が良いんです。お腹が空いていたわけではありません。」
口の中の草を飲み込んだ私は胸を張って答えたが、きっと彼の知り合いの中にはそのまま草を食べるご令嬢など居なかったのであろう。冷めた目でこちらを見ている。
「そ、それに、こちらの世界にも魔力が存在することが分かりました。草で元の魔力量に戻るのは難しそうですが、他に手段があるかもしれません。」
これ以上冷めた目で見られるのに耐えられず、必死に弁明する。
「まぁ、一歩前進か。ただ、こちらの世界では落ちているものは食べないようにな。」
一言余計なことを言うな。
黙ってウィリアムに向かって両手を伸ばす。それだけで伝わったのか行きと同じように抱き上げてくれる。最初は恥ずかしかったが、慣れてくるとこの身体なら便利な移動手段のように思えた。