07 逃走
「ハァっ…ハァっ!」
なんなんだ!?どうして今俺たちは走ってるんだ!?
今俺たちは森の中を全速で駆け抜けている。その理由は簡単。追いかける側と追いかけられる側がいるからだ。もちろん今俺たちは後者。全力の逃走中である。
後ろを見てみると馬に乗った兵士達が迫っているのが見えた。
「いや、キツいってぇぇぇ!」
隣で匠が絶叫している。
「叫んで無いで走るんだ、小僧!!」
「キツイもんはキツイんだよ!!」
「俺もキツいわ!!年齢差考えろやボケェ!!」
後ろにこれまた全力疾走している老人、ジェスタ・ロードマンがいた。
もう、老人が高校生の全力疾走相手に全力疾走で着いてきている事は日常生活であれば異常なのだろうが今はそれに突っ込んでいる暇はない。
「みんな口動かしてる暇あったら足を動かしなさい!!」
ミーナが至極真っ当なことを言っている。
「すんません!!」
「申し訳ありません!!」
*
1時間前
*
「ジェスタさん、我々について来ていただけませんか?」
は?
愛士がいきなり意味不明な事を言い出した。
「ちょ、愛士。なんでいきなり?」
流石にいきなりジェスタさんにそんなこと言っても着いて来てくれるはずがない。
「ああ、そいつの言う通りだ。なんで今日会って少しもしないお前らと行かなきゃならん」
「ジェスタさんは逆に着いてきたくないのですか?あなたは元勇者なのでしょ?それもここ数年前まで」
「あのなぁ、俺はさっきそいつが予想したくらいの年齢なんだ。歳を取るにつれて1年ごとにどんどん体力は無くなる。以前勇者として戦っていたからと言ってそう簡単にお前らについて行こうなんて考えには至らねえんだよ。第1お前ら……ミーナ様達はどこに行かれるのですか?」
「……世界を救いにです……」
「……それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味です」
「世界を救うなどと……ここは物語の世界ではありませんぞ。私やこいつらがいた世界ではそんな物語がごまんとありましたがこの世界は決してそんなものではありません。私も初めてはこの世界がそんな世界と憧れましたが……」
ジェスタさんは何か物思いげな目をしてそう言った。
「本当なのよ!私も出来ればみかど……ジェスタさんにも着いてきて欲しいの……」
「……残念ながら私は"元"勇者です。私はもう老いました。それに私はこの国にいる資格すらないはずでした。私はもうこれ以上表舞台で大きく動くことはありません」
「……」
そんなジェスタさんの言葉にミーナも黙ってしまった。しかし、
「それはあなたの我儘でしょう?」
愛士の突然の言葉に俺は一瞬で終わる頭が真っ白になったが、すぐに我を取り戻し言った。
「ちょ、ちょ、待てって。愛士?空気読もうよ、ジェスタさんはこうやってもう自分で決めたんだから、そんなこと言うのは場違いと思えよ?」
「空気?ほう、空気ですか、どこの空気を読むのです?兄さんが言うその空気があると言うなら今こそ読まないべきです。それにジェスタさん、あなたは兄さんが言ったような決意などまだしていない、というよりずっと迷い続けている、違いますか?」
やばい、やばい。確かに、俺もジェスタさんの表情の奥には迷いを見た。だが、初対面の人に対していきなりそんな事を言っても余計なお世話というもの。するべきではない。
「……分かったような口で言うな、これは俺の問題だ」
言わんこっちゃない。やはり言うべきではなか……
その瞬間大きな崩れるような音が聞こえた。
「何、今の……」
ミーナだけでなく皆今の音に困惑している。
「ミーナ様ァァァァ!?」
突然ミーナを全力で呼ぶ声が聞こえた。
「この声って……」
「はい!!サイルにございます!!」
サイルさんが俺たちの前にスライディングして登場した。
「サイルさん、どうしたの!?そんな大荷物で」
サイルはその質問に1度息を吐いてから答えた。
「ミーナ様、それに皆様、お逃げ下さい。パール邸が襲撃にあいました。」
皆の目が見開かれる。
「襲撃!?何者によるものですか?」
「はい、確かな情報かは定かでは無いですがバスタビュート侯爵の兵たちによるものと見られます。本人も来ていると噂になっております。」
「バスタビュート侯爵!?まさか、遂にそんな事まで……分かりました逃げましょう」
そこにジェスタさんが話に入ってきた。
「逃げると言ってもどこに逃げるおつもりなのです。ここ一体に逃げ込める所など……」
「シュインバース領におゆき下さい」
その言葉にミーナとジェスタさんは大きく目を見開いた。
「シュインバース領だと!?確かにあそこは奴もいるし安全かもしれんが……森を通らなくては行けない……なんの準備無しには無理だ」
その言葉に対しサイルさんは背負ってきた大荷物をおろしながら言った。
「問題御座いません。そのために最低限の森を抜けるための装備を用意してきました」
サイルさんは1人1人に小ぶりなリュック程の大きさの袋と靴を渡していった。
「その袋には3日分の食料や身の回りの小物が入っています。空間魔法がかかっているので見た目より多く入っているのでご注意を。そしてその靴は疲労軽減、筋力強化の付与がついております。馬は目立ってしまうためご用意は出来ませんでした。申し訳ございません」
サイルさんは頭を下げる。
「何言ってるですか、こんなに準備してくれてありがとう」
「いえ、私はパール家に仕えている服屋、こんなものは当然のことでございます。さあ、お逃げ下さい。バスタビュート侯爵の手の者達は本日ミーナ様が帰ってくることを知っております。いずれ追っ手が来るでしょう」
「ええ、わかったわ」
ミーナが靴を履き始める中ジェスタさんは困ったように靴を見つめているとサイルを見て言った。
「おい、あんた、俺にこれを渡してどうすんだ。俺は関係ないから逃げる必要なんてないぞ?」
ジェスタさんは俺たちとは来ないらしい。まあ、当たり前だ。ジェスタさんはもうミーナとの関係はないというのが今の状況だ。
なのに何故サイルさんはジェスタさんに荷物を渡したんだ?
「何を言います。あなたはミーナ様と共に行くべきです。元勇者のジェスタ様」
ジェスタさんは目を見開いたがすぐに返答した。
「今の話を聞いていたのか……」
「はい、申し訳ございません。聞いてしまいました。ジェスタ様、あなたはミーナ様達について行くべきです」
「むぅ……」
ジェスタさんは下唇を噛み目を瞑った。
「ミカドさん……」
ミーナの呼ぶ声に閉じていた目を開け顔を向けた。
顔を向けた先には少し涙ぐんだミーナの目があった。
「はは……ミーナ様その目はズルいですよ」
ジェスタさんは笑いながら言った。
「分かりました。こんな老体で良ければこの命が尽きる限りあなたをお守りします。元勇者として、そして昔も今もあなたの従者として」
そう言うと即座に靴を履き始めた。
「ジェスタさん……」
「良かったっすね!ミーナさん!」
匠はいつもの能天気な口調で言った。
「ええ……そうね!」
ミーナはこぼれ落ちそうだった涙を拭いて応えた。
「あー、あと、ミーナ様。何度も言うようですが私の事はジェスタとお呼びください。身バレは避けたいですから。それに、さん付けも不要です、私はあなたの従者ですから」
ミーナはその言葉に笑いながら応えた。
「分かったわ、ジェスタ。その代わりではないけれど、貴方も私と聖斗君たちとで一人称を一致させてちょうだい。平等に行きましょ!」
それに対しジェスタさんはミーナと違って少し照れていた。
「わ、分かりました。俺……ですね。了解しました」
「いやー、いいっすね、親しげで。俺もジェスタって、呼んでいっすか?」
「はぁ?何妄言言ってんだ?お前は俺より年下だろ、ちゃんと敬称をつけろ」
なんか、今までミーナとジェスタさんのドラマ的な感じだったのに一気に匠のテンションで、現実に引き戻された気がする……
*
そんなこんなで、話してはいたが全員5分も経たない間に支度は済ませていた。
そんでもって威勢よく出発したが、森に入って10分もしないうちに兵士たちに見つかり追いかけられている。
「こんなすぐ見つかるなんて聞いてないっすよ!!!!」
「街の中はサイルさんにもらった人通りの少ない見つかりにくい道の地図で来たはずだけどこんなに相手の行動が速すぎるのは想定外だわ!」
ミーナが言った通り店を後にしようとする直前にサイルさんに貰った地図を頼りに来て街中は全く騒がれなかったのに森に入ってから即座に見つかった。
どこかで自分達が監視されていたのか?
「いやぁ!この靴すごいっすね!こんな全力で走ってるはずなのにちょっと喋れる余裕はあるっす!」
「そうだな!あの店の奴にはいつも頭が上がらん!」
「おや、ジェスタさんはやはりあの方を知っていたのですか?」
「お前余裕か!?その話はまずあいつらから逃げたらにしとけ!」
確かに匠の言う通りこの靴はかなり余裕を与えてくれる、愛士ほど効果は大きくないが……
「あっちの乗ってるのは普通の馬だからこの道が整備されていない獣道はほとんど着いて来れないはずよ。さっきより明らかに差は開いてる。このまま振り切るわよ!」
ミーナの声に応え、皆が喋っていたのを止め、サイルさんから貰った靴の最大出力て走ろうとした。
しかしそこに、ヒュンッ、グチャ、という瞬間音が俺の耳に確かに聞こえた。
「ぐぁぁあ、くそ、足か……っく」
ジェスタさんのふくらはぎに矢が刺さっていた。
どこだ!?どこからやられたんだ!?
ジェスタさんのふくらはぎの刺さり方からしておろらく上からだと察し、上を向くとそこには十数人の黒い服に身を包んだ集団が木の上にいた。
それを認識した瞬間そのもの達は俺たちの頭上に落ちてこようとした。
それに応じてジェスタさんは近くの小石を拾い、唱えた。
「《【煙幕】【爆風】急速付与》!!」
その詠唱に呼応し、黒服達に向かって一気に煙が放たれた。そして一瞬にして奴らの影すら見えなくなった。
"お前ら"
!?なんだ?頭に直接声が……
"絶対に声を出すなよ。アサシンに察知される"
"ジェスタさん……ですか?"
"そうだ。ああ、言っとくがこれは通信魔法だ。驚くことはねぇぞ"
通信魔法……
"何が起きたんすか!?それにこの煙はなんなんすか!?"
"落ち着け。これは俺がやった。奴らの目をくらますためにな。この煙幕に乗じてお前らは逃げろ。なぜかは知らんが、幸運なことに罠は仕掛けられてねぇみたいだ"
"わかったわ。でも、これじゃどちらに行けばいいのか分からないわ"
"そこはご安心を。今からミーナ様達の背中を押します。押した方向に全速力で走っていって下さい"
"ジェスタさん、あなたには周りが見えているのですか?"
"ああ、見えてるから言ってんだよ。お前ら準備はいいか?あと5秒で背中を押すぞ"
そこからジェスタさんのカウントダウンが始まった。そして0になった瞬間俺たちは背中を押され、1拍置いて全速力で走り出した。
「《【転移】急速付与》」
そのジェスタの声を聞いた刹那、俺たちは煙幕を抜け出した。そこはさっきまで走っていた、鬱蒼とした森ではなく切り開かれた草原だった。
「逃げれたのか……?」
後ろを振り返り木々の合間を注意深く見てみても追ってきていた兵士の影は見えなかった。それを確認して一同は安心で地面に腰を下ろそうとしていた、しかし……
「帝人さんは!?」
しかし、そこにジェスタさんは着いて来ていなかった。