05 メゼルの武具商人 パート3
ジェスタという武具商人の元に向かい始めて20分が経過した。
「ミーナさん、その武具店にはまだつかないのですか?」
「ご、ごめんなさいね〜。私ず〜っとあっちの世界にいたでしょ。だからちょっと地理が危うくなっちゃって……」
そう、現在聖斗達はちょっとした迷子になっていた。
「ミーナさん、大丈夫っすか?」
「ここがちゃんとそこに書かれた住所と間違ったりとか……」
それにミーナは慌てて答える。
「だ、大丈夫よ!ちゃんとここはハルソン7丁目なはずよ!」
本当に大丈夫なのか?、と心で呟きながら引き続きそれっぽい店を探す。
ジェスタ……ジェスタ……
*
「ありませんね」
愛士の率直な言葉にミーナは、
「そうね……」
疲れた声で返す。
「そろそろ、人に聞いてみては?」
「んぐ……」
愛士の正論に対し、ミーナは何故か顔を歪めた。
「なんでミーナさん道を聞かないんすか?」
ミーナはこう返す。
「こ、これでも私は4大貴族パール家の人間よ!できれば庶民を頼らない誇り高き振舞いを保っていたいの!」
ただの意地っ張りでは?と、心では思ったがミーナを怒らせそうなので黙っておく。
「では、私が聞いてきましょう」
「うぅ、分かったわ」
愛士はミーナの少し納得の行かなさそうな態度を全く気にせず近くにいた老婆に近づいた。
「失礼、御老人。1つ尋ねてよろしいですか?」
「御老人ってのはあたしの事かい?」
「はい、そうです」
「そうかいそうかい、ふーん。御老人ねぇ、そんな風に呼ばれたのは初めてだよ。周りの奴らはいっつもあたしんことをババア、ババアって呼ぶからね」
「それは失礼ですね。お年寄りの方は敬うものだと思いますが」
「お!お前さん分かってるねぇ。周りの奴らがお前さんみたいだったらどんなに楽か」
「恐縮です」
「ははは!んで、尋ねたいって言ってたね。なんだい?」
「はい、ジェスタという武具商人の店をご存知ありませんか?」
「ああ、あいつかい……」
愛士の質問に老婆は快くなさそうな顔をした。
「店を知っているので?」
「まぁ知ってはいるがね……うーん……」
そこからしばし老婆は考え込んで遂に口を開いた。
「あいつの店はあそこ曲がって右にある看板がでてない店だよ。あいつは他の店と違って営業時間以外は看板を出さないからね。初めて行く奴はよく迷うんだよ」
「おお、そうでしたか」
愛士は老婆に例を言って立ち去ろうとした。
しかし……
「だが、あいつにはちょっと注意した方がいいよ」
「……それはどういう意味ですか?」
愛士の疑問に対し、老婆はこう答える。
「あいつはね、いっつも独り言を言ってんのさ」
その答えに対し、愛士は疑問を覚える。
「独り言は別に誰にでもある事では?」
老婆は首を振る。
「あいつの独り言はそんな普通にあるもんとは違う。独り言というより見えない何かと会話してるって言った方がいい。あいつからは何か分からんが、ただならぬ空気が漂ってるよ」
少し離れた所で会話を聞いていた聖斗達はそろって息を呑む。
「とにかくあいつには気をつけたほうがいいってことよ」
「……ふむ、分かりましたご忠告ありがとうございます」
「いいさね、それじゃ」
老婆はそのまま去っていった。
*
「だ、大丈夫なんすかね?ちょっとやばそうじゃないっすか?」
「んー……」
匠とミーナは少し引け気味な感じだ。
「取り敢えず尋ねてみましょう。あの御老人は営業時間ではないと言っていましたが、いる可能性も高いでしょう」
「俺も愛士に賛成かな……」
愛士と聖斗は取り敢えずやってみよう精神で店に行こうとしている。
ここら辺は元々同じ1人だったこともあり、かなり行動も似通って来るのだろう。
「そうよね……行ってみないと始まらないものね」
「えっ……、まあミーナさんがそう言うなら……」
結局、全員合意で行くことになった。
そこで匠が口を開いた
「い、いや〜何が怖いってあの婆さんの話し方よ」
「そ、そうね。ちょっと怖かったわよね」
先程の恐怖体験について匠とミーナが語り合っていると、
「そうですかね、普通の御老人だったと思いますが?」
愛士が平然とした声で返してきた。
「いや、あれは怖かったと─」
思うよ、と言おうとした時
「あっ、あの人って……」
ミーナが指を指し示す方向には例の店の前にいる老人がいた。
「あれがジェスタさんっすかね?」
「その可能性が高いですね」
「取り敢えず話しかけてみますか?」
「そうね、その方がいいわね。でも、誰が行く?」
「「……」」
先の老婆の言葉で皆萎縮気味だ。
まあ、そうだよね。結構怖かったし
そこには、誰か立候補してくれないかな〜という人任せな考えが充満していた。
しかし今回は奇跡的にその考えに応えてくれる存在がいた。
「では、私が言って参りましょう」
心で皆、ナイス!!!!、と叫んだ事だろう。愛士の存在はこれからもかなり大事になって行きそうだ。
*
愛士はゆっくりとジェスタらしき老人に近づいていった。
「すいません、こちらがジェスタさんの武具店でよろしいですか?」
愛士の存在を認識した老人はゆっくり愛士の方を向き、少しの間を取ってから、
「ああ、ここは俺の店だが」
その老人がジェスタでここが彼の店であるという返答に対し愛士は笑顔で応答する。
「そうですか、それは良かった。今は営業していますか?」
「今開けようとしていたところだ」
ジェスタの質問に愛士は聖斗達の方を示して答える。
「そうでしたか。今日はあちらに見える男子2人の服に付与をして頂こうと思いまして」
「ん、エンチャントか。分かった、取り敢えずは入れや」
そこまで怖い人そうではない、普通の老人だった。ただ、腰には明らかに刀と思われるものと古めだが使われていないような剣が差されていた。
*
武器屋の中は思ったより綺麗だった。剣、盾、鎧が規則的に並べられている。
「エンチャントの準備をしてくる。そこで待っていてくれや」
そう言ってジェスタは奥の棚へと近づいていった。
すると匠が小声で話しかけてきた。
「そこまで怖くはないな」
確かにさっきのお婆さんが言っているほど独り言が多いようには見えなかった。お婆さんの買いかぶりだったのだろうか……
「……んじゃ頼んだぞ」
「?」
今のが……独り言……?
「あの、ジェスタさん何か言い――」
「なぁっっっ!?」
俺が何か言ったのか聞こうとした瞬間、ジェスタは大声を上げて聖斗を凝視してきた。
えっ、何!?俺なんか悪いこと言った!?
「お、お前……勇者か……?」
その瞬間その場の空気は凍りついた。
*
な、何でこの人その事知ってるんだ!?さっきジェスタが何かを誰かに話していた様に見えて話しかけようとしたけど、その瞬間、『お前さん、勇者か?』なんて言われたら誰でも驚く。
「ゆ、勇者?何の事ですか?」
先程ミーナから勇者の事は言うなと言われていたから取り敢えず誤魔化そうとする……が、
「誤魔化そうとしても無意味だ。俺の目は真実を見抜く」
この状況はかなり不味い。どうにか打開する策を考えないと……
そんな風に思考を巡らせていた時に、
「ジェスタさんお待ち下さい。何故彼が勇者だと思ったのですか?」
「む!?それは……いや、お前は勇者だ。言ってもいいだろう。俺は相手の真の力を見極める精霊の目を持っている」
せ、精霊の目だと……何かただならぬ力なのか?
「精霊の目!?そんな!精霊の目を持っている人なんてこの国でも圧倒的少数よ!?何故あなたが!?」
かなりミーナがテンパっている。精霊の目っていうのはそんなに珍しいようだ。
「俺は《憑藻詠み》というスキルを持っておる。実の所、これは他言無用なのだが、俺もお前と同じ勇者だった……」
「「「!?」」」
一同が、驚愕をあらわにしている。そして、いち早く立ち直った(愛士の方が先だが)ミーナが質問する。
「ジェスタさんは勇者だったんですか?で、でもジェスタっていう名前の勇者は私の記憶には……」
「ジェスタは偽名だよ、俺の本当の名前は加嶋 帝人、1年前に勇者を辞めた今やただの武具商ジジィだ」
その時、隣で凄い顔で話を聞いているミーナがいた。口をあんぐりと開け、目は完全に思考が止まった目だった。
「ミーナ……?大丈夫?」
「ん?うん?ううん?全然大丈夫じゃない」
かなり混乱して大丈夫なのかそうではないのか分からない答えが返ってきた。
「そこの嬢ちゃんは大丈夫か?どれ何か体調に異常がないか見てやろう。頼む。」
今また誰かに話しかけたような気がし、聞こうと思うと次はジェスタの方もミーナと同じような顔になった。
いや、この状況なに?この美人な少女と老人がどちらも同じ顔して見つめ合ってるシュールな状況は?
だんだんと聖斗自身までも混乱し始めてきた時、
「皆さん大丈夫ですか?」
ここでいつも通り超冷静愛士君がこの状況を打開してくれた。今日会ったばかりだが、もう予定帳場になっているのはまあ気にしないでおこう。
「お、お前さん、いや……貴方様はまさか……ミーナ様……」
「貴方も……帝人さんなのね……」
そう2人が言った瞬間ミーナがジェスタに飛びついて行った。
「良かった……!勇者を辞めたって……帝人さんに何かあったのかなと思ったわ……!」
そう涙目になりながらミーナが言ったのに対し、
「な、なんと……ミーナ様が……おお、なんということだ……お久しぶりでございます。私はこのとおり元気ですぞ……」
ジェスタさんも涙を零しながら言った。
*
「ごめんなさいね。取り乱してしまったわ」
ミーナはすぐ涙を拭い、こちらに話しかけてきた。
「俺もすまなかったな」
「いえ、大丈夫です」
驚かなかったと言ったら嘘になるけれど。
先程の事を見てるとジェスタさんもとい帝人さんは元々勇者で、恐らくミーナは帝人さんを慕っていたのだろう。
「ところで、さっきから聞きたかったんですけど何に話しかけていたんですか?」
「そうよー、昔は独り言なんて多くなかったのに」
「独り言?ああ、あれは独り言ではなくそこの勇者(仮)君が言ったように話しかけていたんですよ。先程、私が『憑藻詠み』というスキルを持っていると言ったでしょう」
「言ってたわね。でもあの時はそんなスキル持ってなかったでしょう?」
「ええ、無かったというよりはスキルが隠れていたと言った方が良いでしょう」
隠れていた?まだ俺はスキルやその他もろもろのこの世界での常識を全く知らないから何も言えないがそんなことがあるんだろうか?
「隠れていた?どういうこと?」
「《憑藻詠み》は憑藻の者っていう精霊の1種を見れたり、会話ができるスキルなんですがね、憑藻の者と会話が出来ると国のお偉いさんに知られたら悪用されかねないのでね。だから、俺が勇者としてカルザ王に仕えていた時は憑藻の者達が意図的に俺のスキルを隠してたんですよ」
「あ!それってもしかして帝人さんの天性スキル?」
「ミーナ様の仰られる通りですよ」
「そっかー、だから召喚された勇者なのに天性スキルが無くて見捨てられそうだったのね」
「ええ、もし俺に付与剣術士の才が無ければ、お払い箱に言っていたかもしれませんな」
「そんなことないわ!帝人さんいい人だもの!」
ジェスタさんはミーナを見て微笑み、
「ミーナ様、コミュニティに於いて大事なものは、実力よりも信頼性と言われますが、その当時私は信頼すら勝ち得て居なかった。私が言ったことが現実になっていた可能性は十分あったと思います」
ミーナは少し俯いた。
「そうよね……でも、そうならなくて私は本当に嬉しいわ!」
「……ありがとうございます……ミーナ様」
ジェスタさんはミーナと再会した時と同じ顔でそう言った。