【008】カセドラ王立魔法学院
俺は無我夢中で『王都案内スクリーン』を貪欲に触っていたのだが、
「アキラー、そろそろ余裕が無くなってきたから学校へ向かうわよ!」
「えーやだやだやだー」
駄々をこねてみた。
ドゴッ!
「……はーい。じゃあ学校、向かうわね~」
ルビアがノーモーションで俺の脳天にゲンコツを食らわせた。
「まあ、今度時間みつけて王都を案内してあげるから。今日はとりあえず行くわよ」
「は、は~い」
ルビアおっかない。
「あ、ほら見て、アキラ。あれがアキラや私が通っている学校…………『カセドラ王立魔法学院』よ」
「え? どこ?」
「あ・そ・こ♪」
ルビアが指し示す方向にはただの高い壁しかなかった。
「ほら、ドアがあるでしょ? あそこから学校に入っていくのよ」
「? でも、学校の建物は?」
そう、目の前には建物が何も見当たらなかった。
「ふふ……ほら、周囲を見てみなさいよ」
「周囲?」
ルビアの指摘どおりを周囲を見てみた。まず、この目の前の高い壁だが、壁の左右を見ると奥で曲がっている…………どうやら『円形』のようだった。
「でも……建物がないじゃん?」
「ふっふっふ…………実はね、この学校は地下に造られているのよ」
「えっ! 地下っ?!」
「そう。具体的に言うと『クレーター』の中に造られているわ」
「ク、クレーター?! じゃあ、つまり、この壁ってクレーターの周囲を壁で囲っているってこと?」
「そういうこと」
「で、でか過ぎだろっ! このクレーター! ていうか、つまり、じゃあ、ここに……隕石が落ちたってこと?」
「うん。学校の歴史で習うと思うけど昔、この場所に隕石が落ちたことがあったらしいの」
「隕石?」
「うん。それでそのクレーターをうまく有効活用しようと考えた結果、学校を建てたらしいの。このクレーターの高低差のおかげでウチでは校内で魔法の実技やテスト、大会とか行っても街に影響が出るようなことがないから良いことづくしなのよ」
「他の学校は違うの?」
「うん。他の学校は街から離れているところに建てられているわ。まあ、魔法を学習する以上、周囲に人が住んでいる場所では建てられないからね」
「な、なるほど……」
「あと、有事の際の避難場所にもなっているのよ」
「有事……」
今、ルビアがサラッと言った『有事』って『戦争』のことを言っているのだろうか……もしそうなら、この世界では『戦争』が存在するということなのか? まあ、その辺はおいおい聞いていくとしよう。
「とりあえず中に入るわよ。ドアにセンサーがあるからそこに学生証をかざして」
俺はルビアの言うとおり学生証をかざす。するとドアが開き、奥にエレベータがあった。
「このエレベーターから校舎のある『地下10階』まで降りるわよ」
そうしてエレベーターに乗り込み校舎のある『地下10階』へと向かった。
「おお……ガラス張り! 校内が一望できる!」
エレベーターの校舎側はガラス張りとなっていた為、降りながら校内を一望できた。すると、さっきの入口の壁がこのクレーターを一周して敷き詰められていることがわかった。また、クレーターの深さが意外とあることに驚く……よっぽど大きな隕石が落ちたのでだろう。それにしてもこの学校、ルビアが言うにはこのクレーター内はすべて学校のスペースだと言っていたがそれが本当ならかなり広大だ。このクレーター、目算でパッと見ても直径はニキロくらいはありそうである。あと、街や学校とクレーターの境目には森があり、それが周囲をグルッと囲っている。それ以外にも街中には公園や小さな湖なども存在しており、ただ人工的な建造物が並んでいるというわけでもないので自然と人工物がきちんと共存できるように造られているようだ。
「おいおい、学校以外にもいろんな建物が並んでいるんですけど…………これってもう、ちょっとした街じゃねーか。」
「そうね。かなり広い敷地だから学校以外にも学生寮が複数あるし、それに飲食店やショッピングモールなんかもあるわよ。まあ、この敷地を利用できるのは学生のみだから、周囲からは『学院街』と呼ばれているわ。ちなみに学生相手だから上の街で買うよりも安価な物がいっぱいあるのよ」
「へー、そうなんだ。あ、あれってもしかして太陽光パネル?」
「あら? どうしてわかるの? そう。あの学校の右側にある大きな施設は『太陽光パネル』の施設よ。あれで学校や街の電力を賄っているのよ」
「電気を賄う…………魔法だけじゃないのか」
俺はこの世界の電力的役割はすべて魔法が担っていると勝手に思っていたがどうもそうではないらしい。この辺は地球と一緒なんだな。
「それにしても『太陽光パネル」なんて最近発明された画期的な電力供給設備だってのに、なんでそんなことは覚えているのよ?」
「あ、いや、覚えているというか、なんというか…………そ、そうだね、なんでだろ? ハハ」
さすがに『前世の世界で太陽光パネルがあった』とは言えないのではぐらかした。
「しかし、すごい学校だな…………こういうのは全部無料で利用できるの?」
「そんなわけないじゃない。ちゃんと『お高い学費』があるわよ。だから、本当なら私たち『農奴民』出身が通えるような学校じゃないんだけどね」
「えっ、そうなの?」
「勿論。この学校…………『カセドラ王立魔法学院』は基本的には『王族』か『貴族』が通う学校だから」「ふーん……ん? あれ? じゃあ、なんで『農奴民』であるルビアや俺がこの学校の通えているんだ?」
「それはね、お父さんが私たちのために許可をもらってきたのよ」
「えっ?! お父さんが……?」
「そっ。お父さんが言うには王族に昔の知り合いがいるみたいでさ、それで私とアキラの入学を懇願したんだって。お父さんはどうしても私たちにこの学院に通って欲しかったみたい。まあ、この学院を卒業すれば安定した職に就けるからとか……そういった私たちの将来を気にしてだと思うけどね。ちなみにお父さんのおかげで私たちはこの学校は無償で授業を受けられているのよ」
「そ、そうなんだ……」
い、いやいやいやいや、そんな昔の知り合いだからってそんな王族や貴族が通う『お金持ち学校』に通えるもんなのか? しかも無償って…………モレー・ファドライド・ビクトリアスという人物は一体何者なのだろう? ただの農奴民ではないのだろうか?
「お父さんって私にも昔のこと教えてくれないからわからないんだけど、でも、まあ、とりあえず私たちの為を思ってやっていることだし、あんまり気にしなくていいわよ、アキラ」
「あ、ああ……」
そう言われると私、気になります。
「それよりも……」
ルビアがふいに真面目な顔になって顔を近づけた。
「アキラ、あなたがイジメている連中はね、私たち農奴民が学院に通っているのを面白くないと思っている連中よ、たぶん。そいつらはおそらく王族や貴族出身どちらかか両方だと思うわ」
「思う? ルビアは俺をイジメていた連中は知らないの」
「まあね。だってアキラ……あなたが絶対に教えてくれなかったんだもの」
「あ……」
なるほど。確かにイジメられている時って誰にも相談しないのが多いだろうな…………俺もそうだったし。そうか、アキラも俺と同じことをしていたか。
「私は二年生だけど、一年とは校舎自体が離れているから一年生の情報なんてほとんど耳に入ってこないのよ」
「校舎が離れてる?」
「そう。ほら……正面から左側が二・三年生の教室で右側が一年生の教室よ」
ちょうどエレベーターが地下五階につき、俺たちは外に出た。すると、奥に学校が見える。なるほど、正面玄関を真ん中に校舎が左右に分けられている造りになっている。確かにこれだと顔を合わせる機会なんてあまりないというルビアの言っていることがわかる。
それにしても『農奴民』……か。ルビアの話を聞く限り、この世界には『階級制度』が存在しているということなんだろうな、たぶん。まあ、異世界じゃよくあることだから特に驚きもしないが、それにしても、いざ、自分がその世界にいるとなると話は別になってくる。さっきルビアが言っていた感じからすると、『王族』や『貴族』がこの階級制度の上位の連中なのだろう……。
「ちなみに……私も最初はイジメられそうになったこともあったのよ」
「えっ? そうなの?」
「うん。でも、ほら、私ってこういう性格だからさ…………イジメようとする奴らには黙ってないで向かっていったからね。そして……」
「……そして?」
「ふっふっふ、返り討ちにしてやったわ」
と、ルビアの表情は少し『般若フェイス』よりになっていた。こわ~。
「でも、アキラ、あなたは…………以前のあなたは大人しい性格だったからおそらくイジメられていたと思うわ」
「そ、そっか……」
「以前のあなたはね、イジメられているなんて言わなかったし、そういう素振りを私たちには見せなかったのよ。おそらく、あなたは私や父さんに余計な心配をかけたくないとしてそういう行動を取っていたのだろうけど…………でもね、アキラ……そういうことはもう二度とやらないで!」
「ル、ルビア……」
ルビアが少し強い口調で力強く言い放つ。
「あなたは自殺を計った…………それだけでもうわかるでしょ? 私たちに心配をかけたくないからって本当のことを言わないなんてことはもう許さないからね。あなたは私と父さんに充分心配をかけたの。だからもう、もう、自殺なんてしたくなるようなことがあったらすぐに言いなさい! これは命令よ、アキラ!」
ルビアが少し涙ぐみながらまた強く訴える。
「私は絶対にそいつらを許さない。だから、今日帰ってきたら誰がイジメているのか言いなさい。そいつが王族だろうが貴族だろうがお姉ちゃんがぶっ飛ばすから……いいわね? あと、学校でそいつらの名前を調べてきなさい。これも命令よ、いいわね?」
「は、はい……」
ルビアのあまりの勢いに俺はつい頷いていた。
「あと、もし、そいつらがイジメようとするような素振りを感じたら相手にせずすぐに逃げなさい。そして、すぐに家に帰るのよ。もしもの時は学校を辞めてもいいから。これは、父さんと昨日、アキラが寝た後に相談して決めたことよ。父さんも大賛成だったし、こうも言ってたわ…………『いくら良い学校でも息子が死にたくなるような場所なら行く必要なんて一ミリもない』てね」
アキラの父親であるモレーさんはすごい家族想いなんだな、とルビアの話す内容からすぐに察せた。無論、ルビアもだ。
「それくらい今回のあなたの起こした行動は私もお父さんの中でも『怒りマックス』だから。だからアキラ、あなたはもう何も心配しなくていいからね」
「あ、ありがとう、ルビア……」
何とも頼もしい姉である。
「あ、ちなみにお父さんも『怒りマックス』ということで、何やら色々と動くらしいけどね」
「父さんが? 一体、何を…………」
農奴民である俺たちを王族や貴族が通うこの学校に特別に入学させるための許可をもらったというあのモレーさんが色々動くって、一体何をしようとしているのだろう。
「さあね……でも、お父さんの目、本気だったから少し心配だけどね」
「心配? 何の?」
「うん。キレたお父さんがヤリ過ぎないかってことがね」
「ヤリ過ぎ? お父さんって強いの?」
「うん。昔、私が小さい頃、貴族の子たちにイジメられたことがあってね、その時、お父さんがすごく怒って相手の子の家に押しかけて大暴れしたの」
「ええっ! そ、それって身分的にどうなの?」
「普通なら捕まっているわね。でも、何故だか私たちはお咎めなしだったの。それどころか後日、相手の貴族の親がウチに来て菓子折りを持って謝りにきたくらいだったからね」
「はっ? どゆこと?」
マジ、どゆこと?
「さあ、私にもわからないわ。でも、ウチのお父さんはタダ者じゃないってことだけは確かよ。だからアキラ、あなたはもう何も心配しなくていいからそのイジメっ子たちの名前を調べてきなさい。わかった?」
「あ、ああ」
「よろしい! じゃあ、元気よくいってらっしゃい!」
「わ、わかった。それじゃあ、いってきます」
「あ、帰りもまた一緒に帰るからここで待ってなさいよ!」
「わかった。ありがとう」
「それじゃあね……」
そう言うと、ルビアは二・三年の教室がある校舎へと走っていった。
「さーて……俺をイジメていたであろう子たちがいる校舎へと入っていくか。まあ、さすがにすぐに出会うなんてことはない…………」
「あれっ? あれあれあれ? アキラ? おい、アキラじゃねーか! アキラ・ファドライド・ビクトリアス君じゃあないかーー!」
「ま、まさか……」
俺のセリフはまさに『フラグ』そのものであったようで、声を掛けられた先には見るからに悪そうな面構えの男が立っていた。
「なーんだ、てっきり死んだと思っていたのによ~…………畜生、お前が生きているせいで賭けに負けちまったじゃねーか!」
「えっ?」
この人は何を言っているのだろう?
「おい、アキラ、とりあえず教室いくぞ?」
すると、その男は俺の肩を手でガシッと強く掴み、そして一言呟く。
「……逃げんなよ」
「?!」
ごくり…………この感じ…………。
遠い過去…………中学校でずっとイジメられていた時にいつも心に思っていた『ここから逃げ出したい』というあの感じと同じやつだ。何だよ、何なんだよ!? こんな異世界まで来て俺はまた『イジメられる側』として生きていくことになるのかよ!
俺は、ついさっき、ルビアと話している時は学校生活を頑張っていこうと思っていたのだが、この男の凄みに一気に心臓がぎゅっと締め付けられ、震え、怖じ気づいた。昔イジメられていた『あの頃の恐怖』が蘇る。俺はゴクリと生唾を飲む。口元が渇く。さっきまでのテンションの高さがウソのようである。今の俺は冷や汗が一気に噴き出し、呼吸も鼓動も早くなっていた。俺は『この世の終わりだ』というレベルで顔は真っ青になっていた……………………………………が!
もしもこの時、冷静な判断ができていたのであれば、何も怯える必要なんてなかったことを俺はすぐに知ることとなる。
更新しました~。
そろそろ『事』が動き出します。。