新しい世界へ 1
────ゆっくりと、意識が浮上する。
いい香りを感じて、目を開けると天蓋が見えて、違和感に瞬きする。
体をゆっくりと伸ばして、欠伸を一つして、体を起こした。
「おはよう、アネモネ。」
テーブルで朝食を並べていたノインが、気づいて近づいてきた。
「あっ。」
私は間抜けな声をあげた後、ガバッと掛け布団を被る。
「アネモネ?」
「あっ、いや!ごめんね、気持ち悪い顔を見せて。」
ノインが近づくのを見て、布団から顔を半分出してそう答えると、彼は不思議そうな顔をする。
「気持ち悪くない。」
「いや、朝は余計にブスだからッ!」
再び布団を被ると、ノインは何か音をたてて、何かを取り出してるようだった。
チラッと見ると、微かに微笑んでノインは手鏡を差し出していた。
「顔、変えたから大丈夫。」
差し出された手鏡に写った私の顔は、昨日エレノアに変えてもらったあの美少女の顔だった。
────そうだ、もう私は、アネモネなんだ。
「そ、そうだったね。」
あのブス顔じゃないから、隠さなくてもいいんだ。
ようやく自覚ができて、布団から手を離して鏡を受けとる。
「気にしなくていい。」
ノインはそう言ってテーブルに戻っていった。鏡でもう一度自分の顔を確認する。
頭の横から飛び出てる寝癖を見つけて、手で直しながらベッドから出る。
「ノイン、おはよう。」
改めてそう声をかけると、テーブルで食事を並べ始めていたノインは微かに微笑んだ。
「うん、おはよう。朝ごはん、出来てる。」
「じゃ、顔を洗ってくるね。」
洗面台のある部屋へ向かい、中へ入る。
ささっと顔を洗って、タオルで拭きながら、また鏡の中に写る自分を見つめる。
────あの顔は潰れてなくなった。
鏡を見ながら、自分の顔に触る。
────この顔が私の、アネモネの顔なんだ。
再度、心の中で呟いてうなずく。
洗面台の横のハンガーラックに掛けておいた洋服に着替える。
今日は動きやすいシンプルな服にした。
水色のワイシャツ、黒のコルセットとハーフパンツは繋がってるタイプで、背中の辺りのベルトで締めるとぎゅっと体にフィットして、お腹回りがきれいに見えるのだ。
長い白い髪を後ろで一つにまとめて、お団子にすると崩れないように、ドレッサーに入れといた昨日使っていたヘアピンで留める。
最後に茶色のサイハイブーツを履き、ずり落ちないように、太ももに巻き付く形の専用の金具をつけた。金具には小さな光る石がついてて、ちょっとおしゃれになっている。
浴槽の横にあった姿見を見て、全体を確認する。
「よし、問題なし。」
ワイシャツの襟元と袖にはフリルがついているが、これはシュリアが後付けしたものだ。
「こういうちょっとしたフリルの服も流行らせたいな。」
全体的に古めかしいデザインが多い、この世界の洋服。
これを変えるのも、私が世界へ起こす変革の一つ。
シュリアに約束したことだ。
「よし、頑張るぞ。」
姿見に写る自分にそう宣言すると、寝間着を腕輪にしまう。
これで勝手に寝間着がタンスに収納されるらしい。
浴槽の縁に乾かしておいた昨日の服も、触って乾いてるのを確認して、収納していく。
「便利。」
思わず呟いて、何も忘れてないかを確認してから部屋を出た。
テーブルで律儀に座って待っていたノインを見て、思わずエサを待つ飼い犬のレンを思い出す。
───あ、似てるわ。
クスッと笑いつつ、テーブルに近づく。
「お待たせ、ノイン。」
「大丈夫。パンでいいかな?」
「うん。」
椅子に座り、並べられた料理を見ながらいただきます。と声を揃えて、朝食を食べ始めた。
テーブルに並ぶ料理は、スクランブルエッグ、蒸し鶏サラダ、カボチャのポタージュ、フルーツジュースと豪華なものだった。
毎朝、トーストと牛乳の私には重たいかな、と思ったけど、意外と食事は進んだ。
昨日の味気ない料理ではなく、暖かい料理はすごく美味しかった。
────そだ、夢のことを聞いてみるか。
「ノイン、その、夢のことだけど。」
「ん、ここにある。」
パンを飲み込んで、ノインはテーブルの下から紙袋を取り出した。
「あー、今預かるわ。」
ノインから紙袋を預かると、アクセサリー箱を出して中身を見てから、箱だけ腕輪にしまった。
さて、紙袋の中身はどうしようかな。
「日記はいいけど、同人誌は残したい。」
「アネモネ、焼く?広めるの?」
「どっちも無理ッ!!」
頭を抱えながらとりあえず、紙袋のまま腕輪にしまいこんだ。
このまま闇に葬るしかないかもしれない。
「────もったいない。」
「ノイン!?内容忘れる約束は!?」
「うっ。」
ノインの思いの外の反応に驚きつつも、突っ込むと黙り込んだ。
「でも、本当にありがとう。ノイン。」
「────寂しいのは辛いから。」
そんなことを呟いて、ノインはフルーツジュースを飲んで誤魔化した。
「───アネモネ、今日だけど。」
朝食をたっぷりと食べて、ごちそうさまをした後にノインが話しかけてきた。
「下界に向かう前に、武具を揃えたい。」
「武具?」
ピンと来なくて聞き返すと、ノインは分かりやすく答えた。
「戦う武器、守る防具。」
「あー、そっか。必要だよね。」
「アネモネがいた世界よりも、この世界は危険。きちんと揃えるべき。」
確かにヴァレアもそれっぽいことを言ってたな。
「あと、加護もらったから、慣れないと危険。」
「魔法とか戦い方とか?」
「急に戦ったら危険。」
ノインが真面目な顔で断言した。
うっ、ドジの自覚があるから、ちゃんとしないと怖い。
「うん、わかった。そうしようか。」
「他にすることある?」
ノインにそう聞かれたので、んーっと考える。
あと必要そうなモノ────あっ。
「聞いてもいい?」
「うん。」
「お金、どうするの?」
この世界に来てから、まだお金的なものを見ていなかった。
全部もらっていたから、あまり気にしてなかった。
「全部、自分がやる。」
「えっ?ノインが?」
「うん。不自由ないように管理する。アネモネ、持ちたい?」
そう聞かれて、返答に困って苦笑いする。
「ううん、やりくりは苦手だから任せるよ。ただ、お小遣いはある?」
「お小遣い────必要な時は言って。」
今の間は何だろう?
「あ、たくさん欲しい訳じゃなくて、あると助かるかなぁ、って。」
「遠慮しなくていい。」
ノインが片付けたテーブルの上に手をかざすと、じゃらじゃらと金貨が沸き出すように積み重なっていく。
「うわ、すご。」
「だからいつでも言って。」
「う、うん。でもさっき、なんでつまったの?」
気になったので一応、聞いてみるとノインは困った顔をした。
「意味が分からなかった。お金は言えばある。でも、お小遣いって金額じゃなかったから。」
「あー、なるほど。だから悩んだのね。」
再びノインが手をかざすと、金貨は一瞬にして消えた。
その代わりに硬貨が数枚残った。
「お金の価値の説明、する?」
「あ、一応お願いします。」
ノインがまるでチュートリアルのような言い方で、思わずクスッと笑いつつお願いする。
「金貨一枚が一万円、銀貨が千円、銅貨が百円、鉄貨が十円と同じ。」
ノインが金貨たちを並べながら、一つ一つユビデ触って教えていく。
「五円と一円はないの?」
そう言いながら、初めて見る鉄貨に触れた。
一円よりも重く、スゴい薄っぺらい。
「ない。基本的には銅貨まで。鉄貨は昔使われてたけど、今は使わない。」
「そっか、今は幻の硬貨なのね。」
ふーん、と眺めているとノインが銀貨以外をささっと回収した。
「今の庶民は一日銀貨一枚。」
「へぇ、日本とは違うね。」
「だから、アネモネ。お小遣い、銀貨一枚で。」
ノインは残った銀貨を私に差し出した。
「ありがとう。他に欲しいものがあったら言うね。」
「うん、遠慮いらない。」
もらった銀貨をハーフパンツのポケットから、シュリアと一緒に選んだ財布にしまった。
「ポケット、危ない。」
「えっ?そう?」
「盗られる。だから、コルセットの中に。」
ノインのアドバイスを受けて、ちょっと空いたコルセットの隙間に財布をしまった。