終わりの後
───これは夢だろう、という確信があった。
何故なら、目の前に広がる光景が物語っていた。
20人弱の人が一ヶ所に集まる中、正面よりやや左には泣きはらした顔の両親がいて、
─────正面には、棺と、自分の遺影。
自分の葬式に、まさか自分が参加するとは。
これは夢だろうが見たくはないが、覚める気配がない。
何故か体は勝手に動きだし、正面の棺に向かう。
そこにはあんなにも嫌いだったはずの顔があった────はずだが、白い布がかけられていた。
棺には敷き詰められた花、白い着物を着せられた人が横になってる。
ホントに私なのだろうか───気になって思わず顔にかけられていた白い布に触ろうとした。
「申し訳ありませんが、触らないようにお願いします。」
近くにいた係員に止められた。
「ご遺族のご希望ですので。」
それだけ言って、係員が下がる。その代わりに父親が近づいてきた。
「こちらに。」
呼ばれて会場の隅についていくと、暗い顔の父親が話しかけてきた。
「失礼ですが、あの子のご友人ですか?」
父親の問いに、本人なのだが何故か私はうなずいた。
「最後に顔を見たかったかと思いますが、申し訳ないが、とても見せられる顔ではなくて。」
そこまで言って、父親は黙りこんだまま顔を伏せた。
────ああ、思い出した。
最後の記憶、見えた谷底。
────ああ、あの顔が潰れてるのか。
あんなにも嫌いだった顔が潰れてるせいか、嫌悪感が沸かず、何故か納得出来た。
黙っていたせいか、たまらず父親がすすり泣き始めた。
「こんなことになるなんて─────親らしいことをほとんど出来なくて、今更後悔しています。」
────全くその通りだよ。
私だって家族で夏には海に行きたかったし、旅行で有名なテーマパークに行きたかったし、父親が好きなスキーだって行きたかったし。
家族でいる時間をもっとほしかったよ。
「────彼女はご両親が好きだったと思います。」
突然聞こえた声に、私はビックリして周囲を見回そうとしたが、何故か動かない体。
「一人の食事が嫌だ、と言ってました。それはご両親と一緒の食事が好きだったから、だと思います。」
身動き出来ない焦りの中で、その声に唖然としていた。
─────この声、知ってる気がする。
「そんなこと、言ってましたか。」
父親は口許に手を当てて、涙を流し続ける。
「こんなこと、他人に言われても説得力ないかと思いますが。」
声の主は少しトーンを落としながら、父親をみているようだ。
「彼女は幸せだった、と思います。」
「────っ、わざわざ教えて頂きありがとうございます。」
父親は泣き崩れ、声の主は慌てて父親をフォローしている。
────間近で見る父親は最後になるのか。
泣き崩れた父親を見て、母親も駆けつけてきた。
「あなた。」
「ああ、すまない。こちら、あの子の友人らしくてね。あの子をよく知ってるようで。」
母親がこちらを見ると、声の主は頭を下げて挨拶したようだ。
「ノ────野田、と申します。」
その言葉で、私は確信を得た。
────ノインだ。この声はノインだ!
何故、ノインが私の葬式に来ているのか。
何故、その光景を私が夢として見ているのか。
様々な疑問は浮かぶが、今は何も出来ずに、目の前の光景を見続けるだけだった。
「そうですか。あの子の友人も分からず、ダメな母親ですね。」
泣きはらした顔の母親は、再び暗い顔で伏せた。
「いえ────彼女はお母様のカルボナーラが大好きだったみたいです。」
「えっ?」
ちょ、ちょっと!ノイン!なんで知ってるの!?
「───以前、私が作ったカルボナーラを食べてた時に、何とも言えない顔をしてました。その時に気づきました。お母様のカルボナーラのが好きなのではないか、と。」
ノインが作ってくれたのは寝る前なのに、以前と言ってる?
この夢は一体いつのことなんだろうか?
「まぁ、貴方にはそんなことを話していたのね。」
「本当かはわかりませんが、おそらくそうだったんだと、私は思います。」
「ありがとうございます。気を使わせてしまって。」
涙をぬぐいながら母親は声の主に頭を下げて礼を言った。
隣で父親も、涙をハンカチでぬぐいながら、同じく頭を下げて礼を言っている。
────ああ、泣かないで、母さん。父さん。私だって、辛いよぉ。
「────彼女は泣いているご両親を見たら、心配してると思います。」
────っ、ノイン。もしかして、伝わってるの?
なら、伝えて────本当に大好きだった、って。
「大好きだった、と言ってましたから。」
「ありがとうございます。」
涙が止まらない両親を、声の主───ノインが見つめている。
ごめん、ちょっと辛い。
ノイン、ありがとう。
ちゃんと両親の顔見れたから、もういいよ。
「では、これで私は失礼します。」
ノインは頭を下げて、両親から離れてくれた。
────やっぱり伝わってるんだね。
私はふとノインの見ている範囲で、あるものが見えた。
それは私の家の家具だった。
つまり、ここは私の家なわけか。
─────あああああああっ!
「アネモネ、うるさい。」
突然の叫びに、ノインに小声で注意された。
あわわ、ごめん!ノイン!他の人にバレないように、私の部屋にいける!?
「出来る。」
一生のお願いッ!部屋に向かって!
「何故?」
あああ、言いたくないけど今やらなきゃやばいことががが。
「───黒歴史の抹消?」
何で分かるの!?
「ごめん、調べた。」
あああ、もう仕方がない!ノイン、調べたならわかってるよね!?
「うん、やるよ。」
ノインは周囲を確認してから、そっと歩き出して葬式をしている和室から出る。
それから迷うことなく、私の部屋の前に来た。
大丈夫?バレてない?
「魔法使ってる。姿見えない。」
よし!なら入ろう。
ドアを開けることなく、すり抜けて中に入るノイン。
うわぁ、すごい体験してる。
「アネモネ、机と本棚だよね?」
────ホントにわかってるんだね。合ってるよ。
「持って帰る?焼く?」
あー、持って帰ってきて。ノインに焼いてもらうのも悪いし。
「あと、パソコンのデータ?」
はい、フォルダ全削除でお願いします。
ノインはどこからか取り出した紙袋に、ガサガサと本や日記、隠した同人誌を入れていく。
ちなみに、ノインは中身、知らないよね?
「───忘れる。」
はい!ぜひともお願いします!
続けて、ノインは慣れた手つきで机の上のノートパソコンを立ち上げて、全てのデータを削除して、フォーマットまでしてくれた。
スゴいなー、ノイン。ありがとう。
「ごめんね。寝てるとは思ったけど。」
ううん、逆に良かった。最後に見れて。
「自分もアネモネの両親、見たかった。あと、」
ノインは紙袋を持って、部屋の中を見渡す。
「見てみたかった、アネモネの部屋。」
嫌だな、恥ずかしいじゃん。もう。
「あとはいい?」
あ、もうちょい持てる?そこのドレッサーのアクセサリーと、洋服とかも欲しい。
「アクセサリーは大丈夫。洋服はダメ。」
ありゃ、ダメかぁ。
「不審がられる。」
あ、そりゃそうか。アクセサリー位はバレないけど、服はね。
ノインがドレッサーに近づき、アクセサリーをまとめて入れてた箱を取り出して、紙袋にしまった。
これで撤収だね。
「もういい?」
────うん、いい。大丈夫。
ノインは静かにドアをすり抜け、部屋を後にした。
葬式をしている会場をノインが見ると、母親が泣き崩れて棺に覆い被さっていた。
───良かった、私は愛されてたんだね。
そのまま玄関を抜けて、ノインは外へ出る。
外には飼い犬のレンがわん、っと吠えた。
───お前ともお別れだなぁ。
「レン。」
ノインが犬のレンに近づくと、とても嬉しそうに撫でられていた。
ありゃ、人見知りするレンがノインに撫でられてる。
「多分、分かるんだと思う。」
ああ、私が見てることを?
「うん。元気でねって言ってる。」
犬の言葉も分かるの?
「気持ちは分かる。」
なら、レンにも伝えて───今まで一緒にいてくれてありがとう、って。
「レン、花子が一緒にいてくれてありがとう、だって。」
わんっ!と大きな一声をあげ、ペロッとノインの顔をなめた。
「また遊んでね、って。」
うー、さすがに異世界に連れていけないよね。
「うん、無理。」
だよね。私の分も撫でてあげて。
ノインはレンを撫でる。すると私にもレンの毛の感触を感じた。
スゴい、感覚も伝わるんだ。
「嫌だった?」
ううん、ありがとう。
「じゃ、帰る。」
ノインは立ち上がり、そのまま敷地を出ようと歩き出す。
「アネモネ。」
なに?
「他にお別れしたいとこ、ある?」
えっ?ああ、もうないよ。元々友達いないし。
「じゃ、ゆっくり休んで。夢見せて、ごめん。」
ううん、ありがとう。スッキリしたよ。
私の言葉を聞いてから、ノインが目を閉じたのか、真っ暗になったと同時に意識が落ちた。
今、同人誌をウ=ス異本というらしい。
うん、スゴいしっくりくる。
ちなみに彼女のウ=ス異本の中身は、
ストーリー重視のエッティなこと皆無のものばかりです。
うっかり間違えて買ってしまったものも混じってます。