生まれ変わるなら 5
「アネモネ様、体調は大丈夫ですか?」
テラスに戻り、一息ついたところでノインが心配してくれた。
「へっ?あ、あー。大丈夫、大丈夫。」
「先程から色々続いてますので、この辺りで一度休まれた方がよいかと。」
「そ、そうだね。」
ではこちらに、とノインが私をそばに立たせるとまた指を鳴らし、テラスから豪華な寝室に移動した。
赤と金で施された内装、天窓から差し込む夕日、壁に飾られた絵、机や椅子、そして、天蓋付きのベッド。
部屋の奥に開いているドアの向こうから洗面台が見えた。
────ひゃー、海外のお高いスイートルームかよってレベルだわ。
「この世界の時間軸で、現在夕方に差しかかっていますので、何をするにも明日にするべきでしょう。今日はこの部屋でお休みください。」
「あー、はい、ありがとうございます。」
「では、夕食の用意をいたします。アネモネ様、何がよろしいですか?」
ノインはそういうと、さっとエプロンを取り出して身につけた。
────まさかのイケメンの手料理か!?
「あ、あー。あの、何でもいいんですか?」
「ご遠慮なさらずに申し付け下さい。」
「じゃあ、カルボナーラ、かな?」
するとノインはメモを取り出して、さらさらと書いてから、ちらっとこちらを見る。
「それだけで大丈夫ですか?」
「え、あ、あー。大丈夫、です。」
「失礼ですが、我らが偉大なる主神から伺ってますが、もう少しお召し上がりになるはずですが。」
ぐふっ!バレてる!主神さん、ちょっと恨みます!
「遠慮なさらず、仰ってください。」
微かに微笑んでノインが言った。
────イケメンに言われちゃ、仕方がないか。
「じゃ、後はコンポタージュと、肉料理があれば嬉しいです。」
ちゃんとリクエストすると、ノインはすっと頭を下げて瞬く間に移動していった。
「───はぁぁ。」
一人の時間を取れたと分かった瞬間、ため息を吐いた。
───まさか、自分が異世界転生するとは。
最近流行りの小説サイトに溢れるジャンルの一つで、よく妄想したもんだけど。
実際に体験してみると、色々心労に来るわぁ。
「主神さんからのお願い、か。」
最初に聞いた限りだと大したことないかな、位だったけど、エレノアやシュリアのあの台詞を聞いてから、やっぱり私を異世界から呼ぶ位なんだから危機迫ってるよねぇ。
────でも、なんで私だったんだろう?
だって、私なんか大したこと出来ない、地味な普通の女子高生だよ?
特に何か賞を取ったりするレベルじゃないし。
ふと見上げてみた壁の絵────不思議な雰囲気を纏った人物画だった。
「主神さん、かな?」
描かれたその人物は中性的な見た目は目を引くほどの美貌だった。
「────イケメンやろ?」
「ひゃうっ!」
突然声を掛けられたので、情けない声を出して振り返る。
「あははははっ!ごめん、ごめん。」
そこには金髪碧眼で、目が冴えるような美女が立っていた。
溢れんばかりの胸元を隠そうともせず、白のシースルーの洋服は要所だけ見えない大胆なドレスを着ていた。
「許してな?アネモネちゃん。」
「ど、どなたですか?」
「アタシは生命の属神──ライラや。よろしくなぁ。」
何となく関西弁っぽいが、ちょっと違う気がする。
独特な喋りに、私が困惑しているとライラはふふっ、と笑ってみせる。
「そんなに驚くと思ってなかったん、ホントに許してな?」
「あ、はい。すみません、ぼーっと見ていた私も悪いので。」
「我らが偉大なる主神の肖像画、そんなに気になったん?」
ライラは私の隣に立つと、肖像画を見上げた。釣られて私も見上げて改めて見る。
確かにキレイだけど、どこかを寂しげに見える。
「ノインがご飯作ってる間に、顔だけでも見たくてな。随分、可愛いやないか。」
「頑張って愛されアイドル顔にしてみました。」
「ああ、確か変えたんやな。前でも可愛いのに。」
エレノアもいってたが、多分お世辞だろう。
「せっかく異世界転生したんですから、顔だけでも可愛いのが良くて。」
「そうかそうか。中身も可愛いから満点やねぇ。」
べた褒め作戦が流行ってるのか?
「そや、私からいくつか話があってん。」
用件を思い出したのか、ぽんと手を叩くライラ。
「悪いんやけど、この世界でも生死があるんよ。万が一にもあったらあかんけど、アネモネちゃんもそれは対象やからね。」
「あー、はい、わかりました。」
さすがに不死にはなれなかったか、まぁそうならないように闘争と魔法の加護をもらったんだから、文句は言わない。
「あと、歳を重ねるスピードは極限に緩やかにしてあるからなー。ドラゴン位には長生きできるはずや。」
ドラゴン並の長寿────って、どんなくらいだろうか。
「ちなみにそのドラゴンの寿命は?」
「平均は2000年単位や。長くても、3000年かそこらや。」
長ッ!そこまで長生きできても嬉しくないかも。
「ちょっと長すぎませんか?」
「そうか?まぁ、のんびりやったらええやねんで?」
にしたって寿命が長いのはなぁ───。とりあえずは考えないようにしとこ。
「あとは子供はいつでも産んでええからな?」
「こ、子供───。」
まず子作りの相手すらいません。
「まぁ、そんなん追々やろうけどな。」
「ぜ、善処します。」
クスクスと笑って私を見るライラ。
「ほな、夕食出来上がったみたいやし、アタシはおいとまするな。」
スタスタと私から離れていくライラ。
「あの、ありがとうございます。」
「大したことしてへん。またな、アネモネちゃん。」
軽く手をふると、ライラは音もたてずに消えていった。
────ついに、不老まできたわ。
不死まで来たらさすがに辞退しようかと思ったけど、これで済んでよかったわ。
「お待たせしました。」
ライラが消えた場所から台車ごと現れたノイン。
その台車には豪華な夕食が乗っていた。
さて、まずは腹ごしらえ、といきますか。