にじり寄る影 3
冒険者ギルドを出て、エルヴィ達と別れた後。
特にすることがなくなった私達は、ブラブラとアッシャルダの町を歩いていると、
「ん?」
私の目に入ったのは、とある建物から押し出されるように出て来た女性が地面に倒れ込む姿だ。
「しつけぇ女だなァ!知らねぇっ言ってんだろがァ!」
建物から恰幅のいい男性が女性に近づき、唾が飛ぶくらいに怒鳴り散らしていた。
「でも、他に行く所なんて!」
と必死に話すその女性に、私はハッと覚めるように誰なのかを察した。
「うっせぇな!知らねぇって言ってんだよォ!さしずめお前みたいなしつけぇ女に、愛想つかしたんだろうよォ!」
「そんなことッ!」
「このアマァ!黙らせてやろうかァ!」
と男性が拳を振り上げたので、私はすかさず走り出してその間に入り込み、その拳を平手で受け止めた。
「ッ!」
「こ、このアマァ、いつの間にッ!?」
「女性に暴力をふるうのは見逃せません。」
男性はうぐっと唸ったが、引き下がれないのか唾を飛ばしながらわめき散らす。
「外野は黙ってろ!」
「いいえ、外野じゃないです。彼女は私の知人です。」
そう睨み付けた後に、背後の女性に肩越しにウィンクする。女性は私を改めて見て誰かを理解したようだ。
「貴女は──アネモネさん!?どうしてここに!?」
「はぁ?!アネモネって、あの祭りの最終戦参加者の、魔法士ギルドの"白の希望"か!?」
あ、めっちゃ懐かしいな、その"二つ名"。後から聞いたら、名付け親がやっぱりマルスで、インパクト重視で大袈裟なネーミングにしたそうだ。
私はそれなりに気に入ったので、それで呼ばれたらむしろ嬉しかったりする。
「そちらが私の名前を分かってるのは不公平ですね。私の知人を殴る不躾な貴方はどちら様ですか?」
「ッ!離せよォ!」
男性は私から手を払うと、舌打ちをしながらさっさと建物の中へ逃げるように去っていった。
「助けて頂きありがとうございます。」
女性は服の埃を払うと立ち上がった。私は男性を一睨みしてから、女性に向き直る。
「いえ、見知った女性が殴られる光景は見たくないですから。お久しぶりです、ミリアさん。」
「名前を──、ありがとうございます。」
彼女は先程会ったエルヴィの部下で、イズリールの冒険者ギルド所属職員だ。初めてのギルドでの仕事であるマッシュカウの件で、色々お世話になったからよく覚えている。
「一体何があったんです?」
「実は────恋人がいなくなりまして。」
泣きそうになるミリアにどうやら深い理由があったようで、私は彼女を連れて近くのカフェに入った。
個室はなかったので奥の席にミリアを座らせて落ち着かせ、話を聞くことにした。
ミリアの話によると、彼女の恋人はアッシャルダとイズリールを行き来する商人で、顧客である店に荷物を運び入れたりする業務を、商業ギルドから委託されていたらしい。
朝早くからアッシャルダに向かい、夕方イズリールに帰ってくるのが彼の一日らしい。
いなくなった日もいつも通りにイズリールからアッシャルダに行って───そのまま帰ってこなかったそうだ。
「たまに次の日の朝の受け取りがあると、アッシャルダの商業ギルドに泊まったりということもあったりしたので、その日は特に気にせずにいました。」
「で、そのまま帰ってこなかった?」
私の言葉にミリアはハンカチで涙をぬぐい、そのままそのハンカチを握りしめながら語り続ける。
「何も連絡なく遠出するなんて、彼らしくないんです!何かに巻き込まれたんでは、と商業ギルドに来たんですが、先程のように取り合ってくれず───。」
「いきなりアレはないですね。」
何かありそうだな、とチラッとノインを見れば、やや怒気を滲ませて商業ギルドを睨みつけている。
やはり、何かあるようだ。
「ミリアさん。少し落ち着いたら、私達も商業ギルドに同行します。私達も聞きたいことがあるので。」
「本当ですか!?」
私はニッコリと笑ってミリアに頷いた。
「お待たせしました、紅茶のセットです。」
タイミングよく注文したものが来たので、私は紅茶のポットを持ち、
「まずは落ち着いて、紅茶を楽しみましょう。大丈夫、少しの一息くらいなら、神様だって許してくれますよ。」
とミリアに言うと、彼女はハッと私を見つめた後に苦笑いしながら、私が注いだ紅茶を口にした。
あらら、エルヴィさん。もしかして、私が御使いだってミリアにも話しちゃってたかな?
「これはこれは!今年の祭りの最終戦参加者のアネモネ様が、わざわざ私ども商業ギルドに何かご用ですかな?」
カフェから出て、再び商業ギルドにやってきた私達の目の前には、屈強な用心棒を引き連れた先程の恰幅のいい男性がいた。
私達を出入口で待ち伏せしていたかのように、ささっと用心棒共々囲み始めた。
私の背中にしがみついて、肩を震わせるミリアにウィンクで目配せした後に、正面に向き直る。
「ギルドマスターはいらっしゃいますか?お聞きしたいことがありまして。」
「申し訳ないが、ギルドマスターは別件で不在なんですよ。代わりに────。」
と言ったあたりで奥の階段からバタバタと慌てた足音が響き、転びそうになりながらも男性が走って近づいてきた。
「グランダンのバカ野郎ッ!!何故、俺を呼ばないんだッ!?」
「ッ!マスター!しかし、このアマ────。」
「口を慎めッ!恐れ多くも、彼女は魔帝王の婚約者だぞッ!」
周囲がざわつくと同時に、ギルドマスターがグランダンの頭を思いっきりぶん殴り、その頭を床に擦り付ける勢いで彼共々土下座し始めた。
「大変失礼致しました!こいつにはよーく言って聞かせますッ!ご無礼をお許しください!」
「いえ、あまり公言してないことですから。」
「ッ!それは大変失礼致しました!おいお前ら!わかってるなッ!?」
テンパりまくるギルドマスターに、商業ギルド内にいた商人達は一様に苦笑いしながら、呻くように返答するのが精一杯のようだ。
「ささ!どうぞこちらへ!」
ギルドマスターは慌てて私達を奥へ案内し始める。そんな状況に肩をすくめながら、私は足を向けた。
奥の部屋に通された私達は、勧められた豪華なソファや高級そうな茶器で淹れた紅茶を出され、ご機嫌を伺われているのが手に取るように分かった。
「改めまして、アッシャルダ商業ギルドへ。私はギルドマスターのジョージア・ヴェネッティンと申します。今回の部下の無礼を、どうぞお許しください!」
ジョージアは名乗った後に、必死の謝罪を繰り返した。
「それはこれからの話し合い次第になりますね。あまり公言していないことまで、あんな大声で話されたら正直、ねぇ。」
と意味深に呟いて私がジョージアを睨みつけると、真っ青な顔になりながら顔の汗をハンカチで拭きながら、ジョージアはテンパって頭を打ち付ける勢いで頭を下げた。
「誠に申し訳ありませんでした!」
「色々気になることがあるのですが、勿論聞いていただけますよね?」
「勿論でございます!我々の総力を持ってお答えさせて下さい!」
はい、言質とった。
「まずは、何故私がアイズ様と恋仲だとご存知で?」
ミリアには悪いけど、先にここを聞いとかないと気になって仕方がない。
「────和国で逮捕されたあのバカ野郎は、実は私の弟でして。」
まさかの回答に私は思わずジョージアをギィッと睨みつけてしまった。ジョージアもソファから崩れ落ちるように私に向かって土下座をした。
「申し訳ございません!申し訳ございません!」
「────貴方の弟さんは、あのまま一生、陽を浴びることはないでしょうね。」
「分かっております!当然の報いです!和国にとっても神々に等しい神霊様を愚弄する行為!あいつは、なんてバカなことをッ!」
未だに信じられないのか、真っ青な顔のままで土下座を続けるジョージア。
「あいつを和国担当にしてから、やたら羽振りがよくなったと思っていました!まさか、悪魔族に関わって、あんな大罪に加担していたとは!」
「では、貴方は知らなかった、と?」
「はい!ジョージア・ヴェネッティンの名に誓って申し上げます!私は全く関与しておりません!」
ゴンッ!と床に頭を叩きつけ、必死の謝罪が痛々しく見えてきて、先程の嫌悪感は薄らぐ。
「顔を上げてください。話をしに来たんですから、顔を合わせて話しましょう?」
「ッ!────御慈悲に感謝します!」
ジョージアはようやくソファに戻るが、顔は真っ青のまま先程よりもやつれた様子だった。
よっぽど堪えているんだろうが、申し訳ないけどこちらは容赦しないことにした。
「次に彼女、ミリアに関わる話です。もうこちらには何度か顔を出していますから、話は分かっていますね?」
「はい、フェージンのことですね。」
やや落ち着いた様子になってきたジョージアは、ミリアをチラッと見ながら話し始めた。
ミリアの恋人フェージンは、9日前まではいつものように、ここ商業ギルドからイズリールへ荷馬車で荷物を運んでいたのは確認取れていた。
「実は、その頃に南方の大森林に新しく出来た国への行商人を募っていまして、フェージンはそれにギリギリで応募、それで人数もちょうど揃ったのでそのまま採用しています。」
「えっ!?」
ミリアが目を見開いて驚いた。
「彼が、そんなことを。」
「我々も驚きました。普段からミリアさんとの仲を自慢し、悲しませるからと遠出の行商は引き受けなかったフェージンが、他国への行商人の募集に来るとは。」
「何故止めてくれなかったんです?!」
ミリアは今にも泣きそうな表情で、ジョージアに訴えると、私の方を伺いながら申し訳なさそうに答える。
「我々はてっきり、ミリアさんとの話が済んでるものかと。今思えば、フェージンは少し様子がおかしかったんです。彼だけじゃない、応募しにきた行商人全員が、妙に高揚した様子でした。」
「────ジュリアスだ。」
突然今まで黙っていたノインが憎々しげに呟く。
「そう、やっぱりか。」
まるで呪いのようにつきまとうその名前、その存在に、私は頭を押さえつつ、深いため息をついた。




