新しい世界へ 9
早速、寝室備え付けの浴槽に向かった。
洗面所の横に、腕輪からタンスを出して、寝巻きと下着を出した。
次に腕輪から、先程作った桶を出した。
訓練していた場所には木が生えていて、その木から枝をもらい、土に植えて大きな木にした。
それを風の刃で木の板にカットして、加工魔法で整える。
最後にそれらを桶の形にして、魔法で接着したものが、この桶だ。
「意外と出来が良かったな。」
桶をぐるっと見回して、出来の良さを見て頷いた。
その桶に、魔法で水を生み出して溜めると早速もらった液体洗剤を入れる。
「よし。」
髪をほどき、浴槽にお湯を溜めるために蛇口をひねると、溜まるまでは窓の外の星空を眺めることにした。
昨日よりは不安がなくなっていた。
「やっと、この世界に、慣れたかな。」
両手を見つめる。
今日は剣を握ってかかしと戦ったり、銃で的を狙ったり、魔法を使ってさまざまな物を作った。
ぐっと握って、再び星空を見上げる。
「自信もっていいかな。」
よし、と気合いをいれて立ち上がる。
─────前向きになろう。好きなことをして、世界を変えるんだ。
今までは我慢と遠慮ばかりだったせいか、いまだに踏み切れない気がしていた。
これからは、そんなものはいらない。
嫌いなあの顔と名前と共に、我慢と遠慮も捨ててしまおう。
そんな考え事をしていたら、浴槽にお湯が溜まっていた。
蛇口をひねりお湯を止めると、ササッと洋服を脱ぎ桶にいれた。
腕輪と指輪は濡れても大丈夫だったから、外さずにそのままにした。
ブーツを脱いで、靴下も桶に入れてから、浴槽にゆっくりと浸かる。
疲れた体に、染み入るような温かさがたまらなかった。
「明日は、そろそろ行くべきかな。」
そう呟きながら、温かい浴槽の中で微睡む。
後は文字の問題は解決すれば、後はノインのフォローの元で下界に行けそうな気がする。
今日の体力テストや、かかしとの訓練などで、身体が加護に慣れたおかげで上手くやっていけそうだ。
「話してみるか。」
そんな考え事をしながら、私は浴槽に向かって指をくるくるしながら魔法で渦を作ると、浴槽の中のお湯がかき回された。
「あ、これ。洗濯で使えるかな。」
と桶を見て、浴槽に使ったまま同じようにやってみると、洋服と共に水がかき回されて洗剤の泡がもこもこ沸き出してきた。
「あは、楽しい。」
土埃や泥汚れが洗剤と水で落ちたのを確認すると、そのまま浴槽の中ですすぎや脱水にチャレンジする。
思いの外あっさり終わり、洋服は脱水されたまま桶に置かれた。
「じゃ、干しますか。」
ようやく浴槽から出て、タオルで水気を吹き、そのまま体に巻き付けたの格好になる。
腕輪からこれも先程作った、竿とそれの支柱、ハンガーを取り出した。
竿とハンガーは全て桶と同じ木で作り、支柱だけは石を魔法で補強したものだ。
支柱に竿を横に置き、ハンガーで洗った洋服をかけた。
「うーん、大丈夫そうかな。」
きちんとシワを伸ばしながら干すと、随分と様になっていた。
「さて、髪の毛洗いますかー。」
もらったシャンプーやリンスを姿見の下の台に置き、タオルを竿にかけた。
「はぁ、ドライヤーいらずだな。」
髪の毛を姿見で確認しながら、私はため息をついた。
先程、髪を洗い終わった後に風の魔法で乾かないかを試してみたら、最初は勢いが弱くて調整している内に、いつの間にか乾いていた。
「風で乾かすんじゃなくて、水気を払えばよかったなぁ。」
そんな反省をしつつ、エレノアがくれた化粧水で手入れをし、寝間着に着替えて、タンスをしまうと洗面所を出た。
「あ、あの!」
寝室には、一人の少女が待っていた。
クリームの髪を三つ編みにして肩から胸元へ流し、顔半分が眼鏡で埋まるほど小顔で愛らしい。
白衣は身体には大きく、萌え袖になっていた。
テーブルについていたが、私が来たことでガタッと立ち上がった。
「あ、あなたが、我らが偉大なる主神のきゃ、客人ですか!?」
「あ、はい。アネモネです。」
顔を真っ赤にして一生懸命話す彼女に、私は戸惑いつつも返事を返す。
「わ、わた、私は知恵の属神、で、ウィリアと、申します!」
彼女の名乗った自己紹介を聞いて、私は驚いた。
─────知恵の属神、なの?この子。
いや、サージュのような知的なイメージのある見た目で来るかと思いきや、まさかのチビッ子博士とか。
主神は私の考えの上をいくね。
「あ、はい。う、ウィリアさん?よろしくお願いいたします。」
「はわっ!敬語、だなんて!わ、私なんかに、そんな礼儀は、い、いりませんから!」
真っ赤になりながら、あわあわと手を振り回してウィリアは私に話しかける。
─────えっと、どうしたもんか。
「じゃ、普通に話すね。ウィリア、よろしく。」
「よ、よろしく、お願い、しますっ!」
思いっきり頭を下げた結果。
ガツッ!
とデカイ音を立てて、テーブルに額を叩きつけてしまうウィリア。
「いたたっ。」
両手で額を押さえながらうずくまるウィリア。
「だ、大丈夫?ウィリア。」
近づいてウィリアを見るが、こちらに気づくと慌てて後退しようとしたが、見事に椅子につまずいて仰向けのまま、床に倒れた。
「いたーっ!」
悲鳴をあげて地面を転がるウィリアに、私はどうしたもんか、と頬をかく。
「本当に大丈夫?」
手を差し伸べるが、ウィリアは真っ赤なままで両手を顔を覆ってしまった。
「はず、恥ずかしい、ところを、ごめんなさい!」
「いや、私もたまにつまずいて転ぶよ?」
はい、と強引に腕をつかむと、茹でタコのように真っ赤になって、ウィリアは立ち上がった。
「あ、あり、がとう。」
「これぐらいは。」
愛想好く笑うのは得意なので、ニコッと笑うと、ウィリアは顔を下に向けたまま、モジモジし始めた。
「や、優しい。」
「いやだなぁ。神様に言われると、どう反応していいやら。」
笑ってはいるが、内心ガチでどうしたもんか、と模索してる私。
「わ、わた、私。アネモネに、こ、これを。」
とウィリアがテーブルに置かれた本を私に手渡してくれた。
「ああ、辞書か。ありがとう、ウィリア。」
「お、お礼なんて。す、数百年ぶり、です。」
────どんだけ嫌われてるんだ、この属神。
思わず心の中で呟くと、真っ赤なままでウィリアは頬をかきながら、そっぽを向いた。
「あ、あと。」
テーブルに置かれていた、大きな紙を一枚渡してくれた。
「こ、これは、世界地図です。」
紙の一部を触ると、文字が浮かび上がり、何か文章が並んだ。
ところどころで数字が並ぶが、数字は何故かアラビア数字で見慣れたものだった。
「そ、その街の情報、とか、ひ、表示されるの。」
「数字は一緒なんだね。」
「う、うん。わ、わかり、やすかった、し。」
ウィリアは世界地図を私に押し付けるように渡すと、次にテーブルにあった分厚い本を手に取る。
「に、日本でいう、ひゃ、百科事典、です。」
「ああ、それは助かるかも。ありがとう。」
百科事典を受けとると、私はウィリアンにニコッと笑う。
ウィリアはビクッと飛び上がるように驚いて、両手で顔を覆ってしまった。
「ご、ごめんなさい!や、やっぱり!」
そのままうずくまってしまったウィリアに、私はまたか、と内心呟く。
「もしかして、赤面症?」
私がそういうと、ウィリアが顔を覆っていた手を下ろした。
「せ、せきめん、しょう?」
「ああ、ごめん。人前で緊張して顔が真っ赤になったりするのを、赤面症っていうの。」
心理学的なものもかじったから、そんなことを知ってたりする。
ウィリアは考えこんだ後、
「そ、そうかも、です。」
思い当たったのか、頷いた。
「そうなんだ。なら、もっと自分に自信をもってみて。」
私がウィリアを立ち上がらせると、再び彼女は真っ赤になって、そっぽを向いた。
「自信、を?」
「そ、知恵の属神なんだからさ。自信を持って、前向きになると収まるんだって。」
ね?っと声をかけると、ウィリアはうん、と小さく笑った。
「アネモネは、物知りなんですね。」
まだ顔は赤いものの、さっきよりはマシになったウィリアが呟く。
「たまたまだよ。」
「会えて良かった、です。」
ウィリアは嬉しそうに笑うと、私の手をとった。
「最後に、これを。」
そう言いながら、ウィリアは白衣から羽ペンを取り出した。
「こ、これで手紙を書いて、あて、宛先を指定すると、こちらに、手紙が届きます。わ、私を含め、全ての属神に、て、手紙を出せます。」
「─────ちなみに主神さんにも?」
「えっ?も、勿論、です。我らが偉大なる主神でも、です。」
ウィリアは私の言葉にかなり驚いて答えた。
「そっか、お礼言いたかったんだよね。下界について落ち着いたら、書こうかな。」
私は笑ってそんなことを言うと、ウィリアはとても幸せそうに笑った。
「こ、これからも、仲良くして、ください。」
「こちらこそ。何かあったら、必ず手紙を書くね。」
たくさんのものをもらい、ウィリアは最後に、っ握手を交わした。
またじんわりと温かさを感じたが、気にしなかった。
「また会いに来ますね!」
「うん。」
こうしてウィリアは来たときよりも、落ち着いた可愛らしい笑顔で去っていった。
ウィリアさん、噛まないでください。台詞が書きづらいです。
ウィリア「はうー。ご、ごめんにゃさい。」
はい、許した。