新しい世界へ 8
「アネモネ、ご飯出来た。」
ノインが迎えに来るなり、少し驚いていた。
多分、私の後ろにある壁やその他、土の塊や水をためた池、等を見たからだろう。
「これ、全部、アネモネが?」
「うん。色々試してたらこんなんなっちゃった。ごめんね、穴掘ったりしちゃって。」
私はかかしと戦っていたのを止め、長剣をしまった。ノインも私に近づきつつ、すぐ近くのかかしをしまった。
「大丈夫、すぐ直せる。それより、慣れた?」
「うん、もう大丈夫。」
長剣に触れながら、私はノインに頷いてみせた。
「この浴槽は、何?」
ふと視線を落として、私の近くにあるつやつやに光る陶器製の浴槽を指差した。
「あー、これは偶然の産物なんだよね。土を固めて火で焼いてたら、思い付いちゃって。野外でお風呂入りたいときに便利かなぁ、って。」
「さっきの浴槽、持ち歩くの?」
ノインがかなり驚いた顔で私を見た。
「あっ、まずいかな?」
「ううん、大丈夫。」
やがて、しゅんと落ち込んだ顔になったノインが、
「思い付かなかった。ごめん。」
と謝り出した。
私は慌てて手をふってノインをフォローする。
「いや、ホントに偶然の産物だから!」
「アネモネ、すごい。」
ノインは感嘆の声を吐き出す。そこまで言われると照れるな。
浴槽に触り、腕輪にしまう。
よかった、きちんと入った。
最初は私の身体がすっぽり入ったけど、入らないといけないから、160センチの私が足先出るくらいのサイズにおさめたけど、これ以上削れなかったんだよね。
「他にも色々作ってみたけど、また今度見せるね。」
ノインがキラキラした目で見ていたが、私はまた今度ね、と言ったらしゅんと落ち込んだ。
「それよりも、すっごくお腹がすいたの!いこ、いこー!」
「うん。」
私の言葉に気持ちを切り替えたノインは、微かに笑って指をならした。
着いたのは、寝室に使った部屋だった。
「よっ、お待たせ。」
ユーリンがテーブルにお皿を並べながら、こっちを見て軽く挨拶を交わした。
「全然、待ってないですよ。」
「お、よかった。ほら、席はここな。」
ユーリンが椅子を引いてくれ、私はそこに座る。
「今から焼くからな。」
「うわぁ、見たい!」
テレビなんかで見る、シェフが目の前で焼くのを見られるとか!なんか贅沢!
ユーリンは嬉しさに笑うと、テーブル近くにある鉄板付きのキッチンに異動した。
「いいぞ。他に食べたいものがあれば言えよ?」
「はい。」
高級レストランのディナーにきた気分で夕食は始まった。
パンやコンソメスープ、サラダを食べながら鉄板の上でバターが溶け、ハンバーグが焼かれていくのを見つめる。
ハンバーグとにらめっこするユーリンの真剣な眼差しや、私の近くで飲み物や空の皿をさげるノインを見て、ニヤニヤしている。
イケメンシェフが料理作って、イケメンにウェイターやってもらうとか、贅沢すぎる!
ここ数日だけで、心のカメラの残量が足りません。
「楽しい?」
ノインが微かに笑って、私に近づきつつ話しかけてきた。
「うん、高級ディナーにきたみたい!」
「ははっ!そりゃ光栄だな!」
ユーリンが私達の会話に入ってきて、賑やかに会話を始める。
「でも下界にいったら、こういうのは食べづらくなりそうだなぁ。」
「まぁな、こいつはオレの力の一部だからな。」
と鉄板付きのキッチンを叩くユーリン。
「食べたくなったら、呼んでいいぜ?つか、呼べよ。」
ユーリンがキリッと表情を引き締めて言った。
「呼べ、って言われても。」
「ユーリン。ダメ。」
私がやり方を聞こうとしたら、ノインがユーリンを注意し始めた。
「なんだよ、それは言われてねぇぞ。」
「ダメ。」
「へぇーへぇー。アネモネ、ダメだわ。わりぃな。」
ノインに怒られて、ユーリンは肩をすくませて私に謝った。
「いや、その、なんかごめんなさい。」
私は二人のやり取りに、悪い気がして謝った。
「アネモネは悪くない。」
ノインはそんな私に、申し訳なさそうに顔を歪ませる。
「我らが偉大なる主神から、属神が接触するのは程々にしろ、と言われてる。」
「それはノインもなの?」
「自分は例外。同行するから。」
ユーリンはちっ、と舌打ちをする。よっぽど悔しかったらしい。
「ノイン、その代わりにお前がちゃんとメシ用意しろよ?」
だが、ノインに向ける表情には真剣さと優しさを感じた。
仲の良さを伺わせる、二人の視線。
「任せて。」
「なら、いいや。ほら、それよりも焼き上がったぞ。」
お皿にキレイに盛られたハンバーグに、デミグラスソースをすっとかけて、ノインに渡した。
ノインが皿を私の前に置くと、ハンバーグとソースの良い匂いが漂う。
「いただきます!」
「おう、追加欲しがったら言えよ?」
ユーリンの言葉を聞いてから、ナイフとフォークでハンバーグを一口にカットし、ソースとからめて口にいれた。
─────んまぁぁぁぁぁ!
さすがは料理の属神!叫ぶのをおさえるのに必死だわ!
近くにあるライスと一緒に食べると、ますます止まらなくなる。
「ノイン、お前はどうする?」
「チキンソテーでいい。」
ユーリンは鶏肉を出して、調味料でササッと下味を済ませて焼き始める。
ハンバーグが半分終わる頃に、ユーリンとノインは同じテーブルに座った。
「ユーリンさんも食べるんですね。」
「ん?ああ、まぁな。作ったものを食べないとな。納得できるのを出したいからな。」
ユーリンも私と同じハンバーグを一口食べて、考えこんだ。
まだこれでも試行錯誤をするんだ。すごいな。
ノインはソテーを切り分け、黙々と食べている。
────だが、目がキラキラしてる。
そんな二人を見ながら、私は小さく呟く。
「やっぱり、一人より、いいな。」
その呟きを隠すようにハンバーグを口にいれた。
食後のティラミスを堪能し、全員でご馳走さまをすると、ユーリンとノインは立ち上がった。
食器の片付けを手伝いながら、ユーリンは私を見た。
「ありがとな。じゃ、次は下界で、かな。」
「ユーリン。」
「わーってる。狙って会ったりしねぇよ。」
ノインに注意されつつ、ユーリンに私は笑って見せた。
「そのときはまた、美味しい料理食べたいです。」
私も同じく笑ってユーリンに答えた。
「おぅ、任せろって。またな!」
ユーリンは鉄板付きのキッチンと一緒に霞むように消えていった。
「自分も。」
とノインも去ろうとしたところで、私はあっと呼び止めた。
昨夜の困ったことを思い出したからだ。
「シャンプーとか洗顔料とかあるかな?」
お風呂に入った直前に気づいていたが、その場で呼べなかったので、そのまま忘れていた。
だが、今日は戦闘や先程の加工で土埃等を被ったため、使いたいなと思い出したからだ。
「ああ、ごめん。気づかなかった。」
「ノインは使わないの?」
「うん、水浴びして終わる。」
────思わず、キレイな泉で水浴びするノインを妄想してしまった!私、アウトー!!
「はい、これ。」
ノインはテーブルにシャンプーボトルと洗顔料を置いた。
────当然のように、私の好きなブランドだ。
「ありがと。」
何故知ってるかについては、もう考えないことにして、もうひとつその時に思ったことを聞いてみる。
「あ、あと、液体洗剤とかあるかな?」
さも当然のように、ノインは液体洗剤をテーブルに置いた。
「柔軟剤入りのやつ、って言うまでもなかったね。」
「任せて。」
置かれた洗剤を見て、ノインの万能ぶりに呆気にとられる。
────これ、もしかして。
「け、化粧水とか、ダメだったり?」
一応、聞いてみるとノインはなにかを思い出したかのような顔をして、テーブルにガラスのボトルを並べた。
「ごめん。エレノア様から預かってた。」
見れば化粧水らしき液体が入っていた。ちゃんと名前や使い方が日本語になってたので驚いた。
「そうなんだ。ありがと。」
「出すの、忘れた。」
「はは、ノインでも忘れたりするんだね。」
ノインは顔を赤くしてうつむいてしまった。
「ごめんね、気にしちゃった?」
「恥ずかしい。」
私が謝ると余計に真っ赤になり、顔を手で隠したノイン。
恥ずかしがるイケメンとか可愛いだろ!
「じゃ、じゃ、また明日。」
ノインは顔を隠したまま、すっと消えていった。
あははー、ノイン可愛いー。
いつもと違うノインの一面を見れた私は、ほくほくした気分でボトルや洗剤を腕輪にしまった。