穏やかな揺らぎ 2
街道をしばらく進むと、別の街道と合流した。そちらの街道から荷馬車をひく商人や、護衛する冒険者らしき人々が歩いていた。
「よぉ!お嬢さん。」
話しかけてきたのは、ガッチリと鎧を着込んだ大剣を背中に背負った戦士風の男性だった。
「こんにちわ。」
「そっちから来たってことは、龍人族の集落からか?」
男性は私を見定めるように見ながら話を続ける。
「はい。」
余分なことは言わないように、笑みを絶やさずに話す私。
「昨日、龍人族達が突然、魔の森のブラックトレントを掃討するって通行禁止になってな。集落でそんな話があったのか?」
「ええ。私達もそれで動けませんでした。」
どうやら情報を聞きたいようだ。私は男性の様子に合わせて返答をした。
「ったく、予定狂っちまって延滞料金取られるかと思ったぜ。」
「それは大変でしたね。間に合いそうですか?」
「みたいだぜ。お、雇い主がお怒りだ。お嬢さん、コレット村にいくんだろ?一緒にどうだい?」
男性はどうやら私目当てだったようだが、まぁそんなにすんなり行くわけがなく。
「あっちいけ。」
「おいおい、俺のかわいい妹に何か用か?」
「悪いが、彼女は俺の護衛だ。」
「フゥーーーーッ!」
私のそばにいた三人と一匹が、戦士風の男性にそれぞれの言葉で威圧した。
「おーおー、おっかね。世間話しに来ただけなのによ。お嬢さん、こんなんいて大変だな。」
「私の大事な仲間をこんなん呼ばわりする方とはご一緒いたしません。仕事中にそんな振る舞いをする方ならなおさらです。」
「っ!そうかよ。」
男性は舌打ちして立ち去っていった。合流した向こうで魔法士らしき女性に、杖でぶん殴られてるのが見えたので、良しとした。
「ははっ、よくわからんやつだったな。」
ツェルクが笑って私のそばに来た。
「アネモネはあんなやつでもちゃんと対応して偉いなぁ。」
「まぁ、話しかけてきた以上常識の範囲で対応するよ。」
エライエライ、とツェルクに頭を撫でられて私は笑った。
「アイツには気をつけて進もう。」
マルスも嫌そうにフードを深く被って先程の男性を睨み付けていた。ノインに至っては剣を構えていたらしく、その手をまだ離していなかった。
「警戒しすぎだよ、皆。」
私はノイン達にそう言いながら、街道の先を見る。先程の男性は一緒のパーティー仲間にからかわれたり、雇い主らしき荷馬車の御者に怒られているのが見える。
「何しに来たんだ、あいつ。」
マルスが深いため息をこぼした。確かに、と私がクスッと笑ってみせる。
荷馬車からやや離れながらも、のんびりと街道を進む私達。時々、前を行くパーティーがチラチラと見るが、ノインの殺気ですぐ視線を外す。
太陽が真上につく頃、大きな城壁がそびえ立つ国境沿いに着いた。
「ここが、アッシャルダとヴァーレデルドの国境の壁なのね。」
地図にもあるこの壁はブラックトレントの侵攻にさらされつつも、国境を維持し続けている。
今回のブラックトレント掃討で、平野にそびえ立つ異質さが目立っている。
「あぁ、並ぶぞ。」
壁に向かって並ぶ列に私達も加わる。すぐ前には先程の男性がいるパーティーと荷馬車がある。
関わりたくないとはいえ、すぐ近くにいるために嫌でも顔を会わせてしまう。
列は十数人の人と馬車があり、兵士らしき鎧を着こんだ数人が一通りチェックを受けたり、書類らしきものを書いているようだった。
「長そう。」
「そのようだな。船で入っても同じようにチェックしてるからな。」
「アネモネ。」
マルスと話していると、ツェルクがそっと近づいて私に耳打ちする。
「じいさんから預かってる書簡を見せれば早く済むんじゃないか?」
ツェルクが言っているのは、シュヴァルツァからブローチとともにもらった書簡のことだろう。
内容は見てないが、ブラックトレント掃討の報告とかが書かれているらしい。扱いは親書なので早急に届けなきゃいけないものだ。
「まぁ、一応見せるつもりだけど早く済むかはわからないね。」
私がそう呟くと、一気に列が進んだようだった。前を見たら、どうやら団体様だったようでゴソッと壁に取り付けられた大きな門を潜っていくのが見えた。
「あら、なんか早く抜けれそうだね。」
「そうだな。」
様子を見ていた私達は、特に何もせずに待つことにした。
「次っ!」
兵士に呼ばれて、門のそばまで私達は進む。
「身分証明を。」
「はい。」
私とノインは冒険者ギルドのカードを、マルスは魔法士ギルドのカードを、ツェルクはドッグタグを兵士に手渡した。
「あと、これを。」
と私が追加で兵士に見せた巻物のようにまるめた書簡をみせる。リボンと封蝋でとめられたその書簡を見るなり、兵士が眉をつり上げる。
「ん?何故、冒険者が親書を持っている?」
「私と兄は龍人族の長、シュヴァルツァの孫です。この度のブラックトレント掃討の報告を命じられた為、お通しいただきたいのです。」
「なに!?龍人族のものか!」
兵士がやや驚いた様子で私を見た。
正確には契りをしただけの御使いと、魔人族とのハーフなんですがねぇ。
「親書を確認する。」
兵士がよこせ、と手を出したので、私はにこやかに笑って手渡した。
ギルドカードと親書を持って、詰所らしき小屋に向かった兵士を見送る。
他にいた数人の兵士が、私達の武装や荷物を確認するためにジロジロと見てくる。
「随分と軽装だな。」
「私達には凄腕の魔法士がいますからね。」
兵士に言われて私はチラッとマルスを見ると、警戒させない為にフードを外したマルスが私を見てやや照れて顔になって顔をそらした。
誉め言葉が聞こえたらしい。
「あぁ、アッシャルダの魔法士ギルドメンバーは優秀と聞く。サブギルドマスターともなれば腕は確かだろうな。」
話をしてくる兵士は他よりも話しやすい人だった。するとあわただしくギルドカードと親書を持っていった兵士が戻ってきた。
「確認しました。ご無礼をお許し下さい。」
先程の警戒は何だったのか、といわんばかりに低姿勢に変わった兵士からギルドカードや親書を返してもらう。
「本国からいくつか問い合わせがあるのですが、伺っても?」
「え?あ、はい。答えられれば、ですけど。」
兵士の言葉にやや警戒して答える私。
「ブラックトレントの襲撃を受けた魔人族の行方をご存じでしょうか?」
その言葉に反応したのは、ツェルクだった。いつもの軽い調子がすっと真顔になった。
「ああ、その件は直接ドラゴンズキャッスルの方へ問い合わせてくれ。俺達からは答えられない。」
私は心配そうに彼を見上げるが、真顔になっていたツェルクが私を見るなり、いつもの調子に戻ってウィンクした。
「そうですか。後、ブラックトレント掃討作戦は問題なかったでしょうか?」
「────何が言いたい?」
ツェルクがギロリと兵士をにらんだ。ビクッと肩を震わせた兵士を見て、私は慌ててツェルクの腕を掴む。
「や、やだなぁ。ツェルク兄さんこわぁい。」
棒読み甚だしい台詞だったが、ツェルクはハッと我に返っていつもの調子に戻った。
「そうか?アネモネには優しいぞ?」
「嬉しい!掃討作戦の時も一緒にいて守ってくれたもんね!」
「おう、特に何事もなかったろ?」
そうだね!と無理やり仲良しな雰囲気で誤魔化した。兵士もどうしていいか悩んで黙っている。
「というわけで、何もなかったぞ。」
咳払いしながらマルスが代わりに答える。兵士がそうでしたか、と苦笑いしながら謝罪した。
「失礼しました、どうぞお通りください。」
そそくさと兵士が下がって、それに呼応するように重厚な門が開かれた。
その先には、様々な家が立つ規模が大きめな村が見えた。
それを見た私達は無事に、ヴァーレデルド王国に足を踏み入れた。
それにしても、さっきの兵士の言葉が意味深すぎるなぁ。