Q.布切れと音が鳴る矢で迷宮攻略は可能ですか? A.いいえ、厳しいです。
ゼレラハーマという迷宮都市がある。
そこは冒険者の街で、冒険者と商人で賑わっている。
「おい、見ろよ」
「帝攻軍だ。やっぱり、迷宮都市の開拓はあの人達のおかげで出来るんだな」
「……また、後ろからついていってたのかよ、あの女」
帝攻軍という強大なギルドが存在しており、そこに入るためには迷宮都市の開拓に参加して、力を見せる必要性があった。
それに同時期に力を見せる為に挑んだ者達は皆、役職についている。
しかし、後ろからバテそうな歩き方をしている女は、未だに力を見せることが出来ずにいる。
彼女の名はセレス。冒険者ランクは中堅にあたるのだが、実力はイマイチ。
人々は何故、中堅に入れているのか疑問に感じていた。
「おい、セレス。もう、お前、諦めてソロ活動しろよ」
「そうよ、そうよ。そんな布切れと音の鳴る矢で何する気?」
「……るさい、……まれ」
「息切らしながら、魔物除けしかしないくせに」
「《引き立て役》だから、別に構わねぇけどな」
そう、彼女はよく分からない布切れと音の鳴る矢で攻撃もしない《引き立て役》なのだ。
二つ名でもあるそれを彼女は何も言わずに、受け止めていた。
「それでは、この後、私はパーティーに誘われているので……」
「はぁ……やっと、帰ったよ。申し訳ありません、軍長ヨルス様。あのような者がずっとつきまとっていて」
「……あの子のおかげで、今回、致死率が高いハーピーを倒せた。彼女の軍入りもそろそろ考えよう」
「え、マジで言ってるんですか⁉︎」
帝攻軍の軍長ヨルスは目を細めて、パーティーの方に向かうセレスを見ていた。
* * *
疲労を感じさせない。
それが彼女のモットーだった。
中堅になるまでに身体を壊し続けた。
薬師や治癒師がパーティーのところは次第に避け始めた。
止められるのが嫌なのだ。
「お待たせいたしました。先ほど、ギルドのお手伝いに行ってました。《引き立て役》のセレスです」
「こんにちは、よろしくお願いします。セレスさんが居たら私達でも倒せると言っていました。私は剣士です」
「俺は武道家です」
「治癒師です。初心者パーティーなので、足を引っ張ると思いますが、よろしくお願いします」
三人目の治癒師のステータスを見た。
見たと言っても、本当にロクに治癒魔法を使えないかを見定めるだけ。
魔法系統を使う時、対価に寿命か血を契約している魔妖に貢ぐことになり、疲労でバテることがある。
傲慢な魔妖と契約している三人目の治癒師は、疲労を感じさせており、他の二人を治癒するほどの対価が無い。
「……どこの階層まで進んでる?」
「えーと、まだ、十階層です」
ランクは初心者の初心者で、無理矢理、経験無しに行ったようだ。
「(この子達を何処かで置いて帰ろうかな)じゃあ、十階層で経験を積もう。色々と教えるから」
セレスは初心者に怯えさせないように笑う。
傲慢な魔妖だけはセレスを訝しげに見ていた。
近くでコソコソと小声が聞こえた。
「俺だったら、途中で捨てるなー」
「分かる。《引き立て役》の大嫌いな治癒師居るみたいだしよ」
「あーぁ、あいつら、捨てられるな」
初心者パーティーはステータスが初期値だからか、聞き耳などしなかった。
セレスは経験のない彼等を見て、捨てることを決めた。
* * *
絶望。
その言葉が一番にふさわしいだろう。
《引き立て役》のセレスは真顔で、道に迷う形で消えて、遠くから見ることにした。
初心者パーティーの三人は、絶望した顔で攻撃を加えているが無駄な動きが多い。
「へぇ? キミはいつも、こうやっているんだ? 殺人犯のセレスさん」
「ヨルス軍長……。私はただ、私を使えるパーティーがこれまで同行した中で居ませんでしたからね」
「だから、見過ごし? さすがは、ソロプレイヤーだね。ねぇ、彼等を救う気はないの? 彼等とキミを軍入りさせようかなと思ってるんだけど」
「……は? は? ヨルス軍長、まじで言ってます?」
セレスの驚く顔に、ヨルス軍長はケラケラと笑う。
そして、彼は一人で来たようで、セレスの返答を待たずに、初心者パーティーの三人の補助に回った。
舌打ちをしたセレスは、仕方なく、ウエストポーチから音の鳴る矢を投げた。
「……鳴鏑。ヨルス軍長の手助けをして」
音のする方へ、オークが振り向き、そちらに向かう。
それと同時に、壁を伝って、腰に巻いている布……領布を手にする。
「オークさん、こちらにおいで……。ふふっ」
敵は皆、セレスの布を使った舞を魅入る。
女より美しい彼女は、男である。
「どうも、ありがとさん。セレスさん」
ヨルス軍長が、セレスに礼を言って大剣を振りかざして倒した。
* * *
それから、数日が経ち、セレスは正式に帝攻軍へ入隊することになった。
あの初心者パーティーは解散して、故郷で療養することを選んだ。
「セレス」
「ヨルス軍長」
「今日は最終階層に突入する。キミも来てくれるかな?」
「はい、喜んで。貴方のために引き立て役を買って出ましょう」
笑顔を見せるようになったセレスは正式に軍に入り、今では彼女専用の職業《囮》で敵を翻弄していた。
ヨルス軍長が思い切って、告白する日があったが、男だとバラした後は相棒として、共にいることが多くなった。
「セレス、今、幸せか?」
「ヨルス軍長の役に立てて嬉しいですよ?」