プロローグ
「う゛あ゛ぁ゛ーーーーーっ!!!!」
中学生にもなって、こんなだっせぇ悲鳴をあげることになるとは、思ってもいなかった。
まるで子供がおばけでもみて慌てふためいた時に出すような、甲高い声だ。
……と、言っても仕方ない。
誰でもそうなるだろうから……
なぜなら…………
『グァァォっ!!』
低音の雄叫びののち、まるで金属製の何かが衝突したような、キィーンとなるような高音が鳴り響く………
「うわぁっ!!く、食う気かよっ!!!」
今、噛まれそうになった……『人型の何か』に…………
サメみたいな歯が俺の背中すれすれを掠め、少し服が裂けた……下手したら俺自身の肉が裂けていたかもしれないと頭に浮かぶと、身震いが止まらない……
……と、まあ実際にバケモノみてぇなやつに襲われかけてる状況にあるわけだ。
『コ、ロ……ス』『グルルルルっ!!』
言ってる事やら態度を見るとますます怖くなってきた。
そして助けなんてないのに、反射的に辺りを見回す……
…………でも目に入る光景に、救いになりそうなものなんて、その片鱗さえ見せてくれなかった。
街はぶっ壊れ、そこらから火柱だの剥き出しの鉄筋だの負傷者だの、はたまたバケモノに喰われたりした死体だとか……そんなものばっかし転がってるだけだ。
さらに空気は重苦しく、鼻には常に、煙たく、かつ血生臭い匂いが流れ込み、何度もむせ返りそうな気分にさせられる。
急いで逃げようと脚を動かす…………だが、途端に力が空回りし、そのまま地面にぶつかってしまった________よく足元を見ると、大きな瓦礫、どうやらこれで転んでしまったみたい……かなりマズイ……
…… 急いで立とうとするが、途端、背筋に強烈な寒気が走る。立つより先に後ろを向いた……もう目の前に獰猛な影が俺を絶望させにきている……
『エサ……クウ』『ダサイヤラレカタ…デモウマソー…』『クウ……イヤ、オカス。』
おいまて、なんか最後のやつがいろんな意味でヤバそうなんだが……ま、まあ置いといてだ、このままじゃほんとに喰われる……
ああ、またか……また喰われる……
死を受け入れるしか、ないのかっ……!!
覚悟なんてできるわけない……
…………だがその時「はああああっ!!!!」美しいソプラノボイスが耳に響く。
はっ、と消えかけの意識が蘇って、目を見開く。
……目の前には金髪の少女____青い瞳に綺麗な肌、ボディラインを映しているふわりとした純白の白装束、そこから見える細い美脚、若干幼げで可愛らしい容姿の、背丈からして同い年のような少女が剣を振りかざし、化け物を素早く斬り殺しているのだ……
その軽々とした動きと素早さ、剣に送った魔力で流れ出る風、そして慣性で遅れて靡く髪から、『金色の風』と形容するにふさわしい。
……瞬く間に、数多のバケモンの穢れた血が宙を舞う……だが彼女は微笑みをみせる。
返り血を浴びてなお、慈悲を与える女神のような表情。
狂気を感じざるを得ない、が、その瞳が俺をジッと、ほんの一瞬だが見つめてきた時、目があった時、彼女が戦争の狂犬ではなく、天使であることを再確認させ、怯えた心を落ち着かせてくれる。
「……!」彼女が後ろに振り向いた……
今度は後ろから五体ほど、別のやつがくる。
……途端、彼女の表情は真剣味を帯びた険しいものになった。
「うらぁぁぁぁっ!!」風魔力を剣に流し、身体を捻り一体、また一体と殺していく……また、血が宙に舞った……斬られた奴らの臓物が飛び散ったが、その破片がまだ、奇妙にピクピクと動いている…………
だが、何かおかしい。少しづつ、破片たちが一点に集まるように動いている…………
少しづつその速度も速くなって行く……それに彼女も気づいたようだ。
「……自己蘇生!?」
ちいっ、と舌打ちをして、急いで殺り終えたはずの肉塊の元へ走る。軽快なステップ、風魔力で加速しながら迫って行く。
…………その間に、奴らの身体が再構築され、徐々に元の人型へ戻っていった……。
だが、彼女は怯まずそこへ飛び込んで……
グサリ……
剣を人型の胸元へ突き刺した……そして軽くそこを抉る……引き抜くと奴の心臓が出て来た。
「えいっ!」剣を上に振り上げ、遠心力で心臓を投げ上げる……そして落ちて来たそれを木っ端微塵に切り裂いた。
他の奴らも徐々に元に戻っている……が、彼女は同じ要領で心臓を確実に貫いていく…………
心臓が弱点か……奴らは蘇生能力を失い、戻りかけの身体はボロボロと崩れ落ちていった……
………『グルルル……』………
しかし、どこからともなく、俺の近くで唸り声が聞こえる……
急いで首を振った……でも何度振っても見当たらない……
………が、後ろを見ると、黒い影がそびえ立っていた……!
しまった!!!
気をとられて…………
「う、うわっ……」驚きで喉が詰まって、声が出せない。そして脚が言うことを聞かず、うまく立ち上がれなかった……
それを気にも止めず、ゆーっくり、着々とそいつは近づいてくる……
そして俺のほぼ目の前で、口を大きく開いた……
「ひっ…………!!」慌てて手を顔の前に持って来て、交差させて身構える。
だが……『グルルル……っ!?』いきなり大口から血を吹き出した。その鮮血が俺にもかかる。
『音速風刃』
彼女が剣を遠くで振り、風の刃を放って腹を切り裂いたのだ。
生暖かい血が抜けていき、そのまま力まで抜けたかのように、そいつの身体は俺目掛けて倒れて来た。
急いで右へ転がり、煤を払いながら状態を起こす。
左側にさっきのバケモンの死体が生々しく転がっている……そいつから流れ出てきた血が円状に地に広がって、呆然としてた俺の手元まで来た。
ドロリとした赤の、生温かい感触を得て、不快感とともに強烈な安心感を覚えた。
そしてそんな自分には嫌悪感を感じざるを得ない……化け物の物とは言えど、血だし、生臭さが鼻に残った、というよりは、気持ち悪い塊が心に残ってしまった……
そんな俺の元へ、戦っていた天使が寄ってきた。
「……創太さん、もう大丈夫ですよ」
いや、全然大丈夫じゃねぇよ。
重苦しい、鼠色の暗雲が立ち込める煙たい空を背景に、眩しく微笑んでこちらを見つめてくる。
でもそれが俺の恐怖心を拭い去ってくれた。
でも、今思えば、この事件の元凶といえば、このドジ天使______風を司る天使、ルヒエルとの出会いだ。
彼女との衝撃的な出会い。
それが俺の運命を大きく変化させるとは、その時はまだ思ってもいなかった…………