第四話 宣託の儀
さらに三か月がたった――転生してから丸一年だ。
実際僕は詳しい日付はわからなかったのだけれど、この一年だけは正確に分かった。
僕の誕生パーティーが行われたのだ。
このころには僕はこの国の言語を大分マスターしていた。日常会話程度なら簡単にわかる。前世の英語なんかよりもしっかり理解している程だ。
まぁそれはさておき、僕の誕生パーティーだ。場所は普段の食事をとるところではなく、映画などで見たことがあるような大広間だった。広間には多くの食事が並び、普段は見たことも無いようなコックたちが料理を運んでくる。このパーティーの主役は僕だけれど、その豪華な食事は僕の為の者ではない。僕なんてまだ歯が生えて少しだしね。誰の為かと言われれば、それは来賓の方だ。僕は特別席に座り両脇にいるエミリーとデイブと共に来賓の方々の相手をしていた。いやまぁ、こちらの顔を見てくる相手ににっこり微笑み返すだけなんだけどね。ていうか来賓って! 前世では僕は来賓なんて言葉学校の卒業式くらいでしか聞かなかったよ! 来賓の方々は一様に豪華な服を着ていて、気が滅入るほどだった。だんだんとそれが嫌になってきて逃げ出したくなるがこの明らかに儀式のような催しに、おそらくそこそこ名のある家であるエミリーとデイブの面子を考え自重した。
しかし僕の意思とは関係なく赤ちゃんとしての体力の限界が訪れた。僕はゆっくりとまどろみの中に沈んでいく。
ガタガタとした振動に体を揺さぶられ、僕は目を覚ました。ここはどこだろう。
随分とぐっすり寝てしまったが、いつものベッドではない。周りを見渡すと僕はとってのついたゆりかごのような物の中にいるようだった。周りにはデイブにエミリー、それにリンダもいた。珍しい事にヤコブとジークもいる。
しばらくするとこの揺れの正体もわかった。僕は馬車の中にいるのだ。
僕が目を覚ましたことに気が付いたエミリーがこれから教会に行くのだと教えてくれた。向こうは僕が理解できているつもりで話していないんだろうけどね。
エミリーは僕をゆりかごから出し、自分の胸の前で抱えた。すると今まで見えていなかった物が見えてくる。僕はあたりをきょろきょろ見回した。
僕らは電車のようなところにいた。ただ、窓は無く、席数も僕らだけでいっぱいになり、壁は木に布を張り付けただけのように見えた。形は長方形で、横が長い。上の辺と下の辺、それに右の辺の部分に席が取り付けられ、左の辺の部分には布が垂れ下がっているのみだった。席の真ん中にはテーブルが置かれているが、上には何もない。この揺れだ、飲み物か何かをおいても倒れてしまうだろう。
「御者さん。教会まではあとどれくらいですか?」
エミリーが僕を抱えながら前面の布を捲った。その先には馬が二頭、それとその手綱を握っている御者がいた。これは馬車だったのか。
「あと五分程で御着き致します」
「そう、ありがとうね」
御者の回答に満足したかのようなエミリーは僕に微笑んで話しかけた。
「もう少しで着くって。レヴィ、楽しみだね!」
楽しみ? 教会で? そんなに教会って楽しみにするようなイベントがあるとは思えないんだけど……。
「ふん、宣託の儀など、楽しみにするようなもんではないわ。どんなに資質が優れようが本人の気質次第ではただの宝の持ち腐れじゃ。その逆もしかり。それはあんたが一番わかっているのではないか?」
エミリーの言葉に真っ先に返したのはなんと偏屈老人のヤコブであった。ヤコブは皮肉っぽそうな顔で、エミリーを見た。
「しかし大旦那様、大旦那様もかつてデイブ様の宣託の儀を楽しみにされていたではありませんか」
「うるさいぞジーク! お前は黙っとれ!」
ヤコブは顔を真っ赤にしてジークを叱った。二人は長い付き合いの様だ。
それはそれとして、宣託の儀? なんだそれは。キリスト教では頭から水をかけたりする洗礼なんてものがあるみたいだけど、そんな感じかな? でも資質? なんのことだか全くわからない。
僕が悩んでいると御者の言った通り直ぐに教会へと着いた。
教会はとても大きな建物で、入口の上にはステンドグラスでできた壁で神秘さと厳かさを醸し出していた。
僕らはエミリーに抱えられ、教会へと入った。中はやはり広く、けれど内装は映画なんかで見る教会と同じだった。一つだけ違うところは十字架の代わりになにやら大きな魔方陣が描かれているころだろうか。
デイブが神父へと話しかける。
「今日宣託を受けると伝えていた、アルケストだ。こっちにいるのが息子のレヴィ。よろしく頼む」
神父らしき男は微笑みながら僕らを奥の部屋へと案内した。
「それじゃ神父様、お願いします」
エミリーはそう言って僕を神父へと手渡した。その表情は馬車で見た時とは打って変わって真剣そのものだった。
神父に抱かれた僕は得体のしれない台座へと置かれた。
「少し寒いですが、じっとしていてくださいね」
神父は僕の服を脱がせ、台座のすぐ横にある甕へと手を入れた。
甕から手を出した神父の手は濡れていた。その手で僕の背中に何かを書き始めた。神父は頻繁に甕へと手を入れ、濡らし、また背中に何かを書く。それを繰り返した。
「準備は終わりました。それではこれより選択の儀をはじめます」
僕の背中に何かを書き終わったのか神父は何やらお経……いや呪文? 何かを唱え始めたのだ。
「『われらはこの世の理に従いし者。そして理を理解し、操ることのできる者である。理の中で生き、理を操る。この幼子の中に眠る理の力をわれらに示したまえ。』」
神父が呪文を唱え終わると僕の背中が光った。直接光ったのを見たわけではないのだが、確かに光ったのを感じた。
僕の背中に描かれたものは魔方陣だったことに今気が付いた。
僕の背中から光の玉が現れ僕の心臓のある位置へと入っていく。皮膚を貫通し、中に入る。それに痛みは無く、どこか心地よい感覚がした。
僕の背中の光が収まり、部屋が少し暗くなる。神父が僕を抱えて言った。
「この者――レヴィ・アルケストの宣託を告げよう。レヴィ・アルケストに宿りし理の力は無。無属性である」
僕は何が何だかわからなかった。属性? いったいそれはなんだ! 周りの人達はじっと構えるようにこちらを見る。その中で一人エミリーがこちらに駆け寄り僕を抱きしめる。
「大丈夫。大丈夫よレヴィ。あなたはあなただもの……。私が守ってあげるから。だから、だから……」
「ふん、だから言ったんじゃ。宣託の儀は楽しむようなものではないとな」
エミリーは僕を抱きしめながら泣いていた。
大粒の涙がその大きな目から零れ落ちている。真っ白な頬を涙が伝う。その涙をデイブがそっとふき取り、僕らをまとめて抱きしめる。
「エミリー、今日はもう帰ろう」
デイブにそういわれ僕らは家へと向かった。
帰りの馬車の中ではエミリーの泣きじゃくる音だけがしていた。ガタガタした揺れなど気にならないほどに。
僕はそんなエミリーの姿を見てなんだか無性に悲しくなった。
僕の転生して一年目の日は、苦い思い出となった。
ご指摘などいただけたら幸いです。