壱-1:暴走少女と誘拐部隊
1-1
他の者の義務を背負うより
不完全でも自分の義務を行う方がよい
他人の道を行く危険をおかすより
己の道を行って死ぬ方がよい
「バガヴァッド・ギーター」
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感情を逆撫でるような咆哮を上げる真っ赤な警報灯が点灯する中、安全装置が解除され、弾が装填される。
同じ装備を纏った兵士がバタバタと走っていく。
けたたましいアラートの点滅は所々錆びた鉄と金網で構成された薄暗く狭い通路を血で染めるかのように照らした。
「!」
兵士達が向かう通路の奥に白い布を上からかけただけのような子供の後ろ姿があった。
兵士の先頭の1人が拳を顔のある高さに挙げ、立ち止まる。後ろに続く兵士達がその子供の影に対してアサルトライフルを構える音がガチャガチャと響いた。
「発見、これより対象を捕獲する」
耳元の無線通信装置からノイズ混じりの[了解]という返答が聞こえた。
子供が立ち止まり、振り向いた。それは年齢にして17、8歳程度の青みかかった白銀のアシンメトリーなショートヘアをした白い肌の少女だった。大きな二重の目に厚い唇をしている。
およそこの物々しい空気感とは釣り合っていない。少女の肌は光を発するようにぼけ、無垢な神聖さのようなものを感じる。
そのせいか身体にまとっている一枚の布も、どこか宗教画の聖人を思わせるたっぷりとしたしわを湛え、幽かに金色に光っている。
その場にいる誰もが警報の存在を忘れ、温度の無い白い光の音を聞いた。
僅かに少女の背後、首の周辺から一種の後光のような光が出ているようにも見える。
少女は兵士達の方を眺めた後、フラリと少し身体を揺らしたかと思うと、それを見る者の虚を突くようなタイミングでペタペタと走ってきた。
兵士達がそれを意に介した頃には、その少女が裸足で床を蹴る挙動は、一気に物理的に取り得る加速の最たるものを体現し、言語を絶する勢いで距離を詰めてきた。
そして「天使の歌声」を連想させるような“あぁァー”という和音がどこからともなく響いたかと思ったその時、少女の首の後ろの弱い光は明確な丸い魔法陣となって刹那“ヴォン”という何かの起動音のようなものを上げて回転しだした。その一瞬の間にも少女の鉄の床を変形させる強烈な一歩一歩に勢いを増す緊張の極まりがあり、その戦慄は一線を超え、兵士達を凍り付かせ、そのうちの一人を絶叫させた。
「う、うわあぁー!」
おい、やめろ!という隊長の制止も空しく、兵士一人の《《霊的》》危機感の表出によって緊張は決壊した。
銃の引き金は部下達の全身で一斉に力強く引かれ、迫り来る少女の形をした何かに弾幕が張られた。
例え彼らに殆ど情報が与えられていなかったにせよ、相手にしているものが人間でないことは明らかだった。彼らの照準の先にある幼いシルエットと全く釣り合わない無慈悲な攻撃には、その少女に対する恐怖が色濃く反映されていた。
跳弾した弾が回転灯や通路灯を撃ち抜き、通路の奥は岩の上で弾ける滝のような火花が照らしている。隙間無き銃声の上に床に落ちる薬莢の金属音が“キンッ”と被る。
「こら、撃つな、やめろ!やめんかァ!!」
隊長の絶叫で暗闇に対する蹂躙は止んだ。
「くそ、やってしまったか」
隊長はこめかみを掌で揉んだ。
部下の兵士の1人は震える肩で息をしながら照準越しに通路の先の深淵を凝視した。
闇の中で一層黒い影が蠢き、それはのそのそと立ち上がった。
少女だった。
魔法陣のような幾何学模様は消えているように見えた。
そんなことを思った次の瞬間、兵士の視界から闇の中で蠢くその少女の影の気配は蝋燭の火を吹き消すように音も無く消えた。
思わず「ひ」と動揺の声をあげかけたその時に、彼の世界は闇に包まれ、自分の頭の中心から何かが潰れる鈍い音が周囲に響き渡った。
隊長が少女の居た筈の正面から音の方へ振り向くと、首の無くなった部下の一人がグラリと膝を付き、奇妙なバランスを保って倒れることなく制止する光景が飛び込んできた。
そしてその傍らには、官能的に開いた脚の間に両手を付いて獣のようにうずくまる少女が、降りかかる血を浴びる姿があった。
兵士の首をはねたのが、他に比べて特にどす黒い体液に染めたようになっている少女の左手であることが分かる。
顔の面を上げた少女のその表情には全く感情が感じられなかった。
【其乃壹:アヌンナキの姫君】
ナナイ達4人はトタン屋根の上からその街を眺めていた。
10m下の路地を粗末な露店が埋め尽くしている。露店のカラフルな日除け布の端が風に揺れると、その僅かな隙間から、流れ犇めく人々の群れ、人の多さに立ち往生するボロボロの三輪トラックなどがチラつく。
道の周囲には隙間なく複雑な形状の建物が生えている。
壁面は様々な素材で構成されていた。細かい端材、何の為に回っているのか分からない巨大な歯車、蒸気を吹き出す配管、空調の室外機、何か分からない鉄製のサビた何か。
一棟一棟の形状が歪で、それぞれ無計画に増設されていったということが見て取れる。そのいずれもやけに高さだけはあった。
(噂によるとこの街のどこかには、「蟻塚」と呼ばれるエリアがあるらしい。それは、元々殆ど倒れてしまっているに等しいと言える程傾いた50mの一つの建物だった。何故「蟻塚」なのかといえば、その傾きを支える為に造られた柱に対して、周辺の住民やホームレスが際限無く建物を増築していき、結果的に全体が山のようになってしまったからである。見る人によっては鳥肌が出てしまう程のグロテスクな外観だということだ)
そしてそうした建造物の間に、大量の電線やこの国特有の「漢字」という複雑な文字で書かれた店舗看板がある。その上へ更に洗濯物や布団が干され、滅茶苦茶に散らかっている。
ある建物の屋上なんかには昼寝しているのか死んでいるのか分からない裸の女が顔面から血を流しうつ伏せで横たわっていた。
そういった風景が視界いっぱい、どこまでも続いており、ナナイ達の正面遥か彼方に《《巨大な鋼鉄のドーム》》が見える。
ナナイ達4人はそれぞれアサルトライフルを持ち、腰には剣を、上下共にタイトな灰色の迷彩服に黒いプロテクターとブーツという出で立ちだった。
オレンジ色のぼさっとしたツンツン頭のナナイが、隣に立っているニャアマに聞いた。
「ニャアマ、あの遠くに一際どでかい看板があるだろ?一文字大きく漢字が書いてあるやつ、一体なんて書いてあんだ?」
あれはね、ニャアマの主観がその看板にポンと寄る。
「“天”」
と読んだと思うわ、と言ってニャアマは肩をすくめる。長い黒髪のニャアマは4人の中の紅一点ながら最も身長が高いかった。垂れ目気味の両目尻に泣きぼくろが一つずつある。
「天国という意味よ。なんでそんな言葉が書いてるのかは聞かないで頂戴、分からないし、大して意味も無いわ、多分ね」
「・・この街は嫌いだぜ」
ぼそりとブレードヘアスタイルの頭が呟いた。浅黒い色の肌をした筋肉の塊のような男、ドゥガルだった。
「つうか妙だろう、この状況はよ。なんで俺らはこんなところで待機させられてんだぁっ?折角警報システムを停止させて侵入したんだ。他の隊と一気に『アヌンナキの姫君』とやらを回収しちまえば良い。・・・ん?」
突如“ドドドド”という爆発音が遥か遠くから響いてきた
「ドームからだ。黒煙」
ナナイは目を細めた。
「どうやら僕たちの出番らしいですよ」
無線で何かとやりとりをしていた短髪の暗い紫色の髪をしたギイが言った。
「あの爆発が起こった辺りに『アヌンナキの姫君』がいる。各隊待機ポイントより現地に向かい、回収、帰投せよとのことです、お三方準備は良いですかね」
「ああ、ギイさん。俺は元々いつでも良い」
ナナイはそう言いながら空中で腕を大きく振り動かした。
その指先の軌跡が空中に光の幾何学模様を発生させた次の瞬間には、機械の“ヴォン”という起動音と共に、何も無い筈の空間が発光しながら細かくペリペリと剥がれ、流線的なデザインの『マギサイクル』が姿を現しつつ降りてきた。
ニャアマ、ドゥガル、ギイもそれぞれ腕や指先やらをそれぞれ空中に走らせ、頭上で姿を消していたマギサイクルが“ヴォン”“ヴォン、ヴォン”という音と共に降りてきた。
(※マギサイクルはタイヤの無いスポーツタイプのバイクのようなデザインだった)
ナナイはマギサイクルに跨るとアクセルを一気に蒸した、4人は混沌とした建物の隙間を抜けながら一気にドームへの方へと飛び去って行った。
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雲ひとつ無い蒼穹に、もわもわと立ち上がる黒い煙を割り、血を被った銀髪の少女の姿が現れた。
爆発にどよめく街の人々を見据えた後、少女はふらりと身を低くすると、高く飛び上がりドームの裂け目から住人の人混みの中心に着地した。
それは降りたというより、人型の何かが不恰好に落ちたという表現が、より実際に近いものだった。
弾き飛ばされた住民の何人かが露店や生ゴミのビニール袋に突っ込んだ。壊れた籠の中から売り物の小動物が逃げ出した。
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「ゆめうつつの『アヌンナキの姫君』は《《から》》をわり、そとのせかいへとあゆみだす。まもなくわれらのせんしとふたたびあいまみえ、そして、おや、げかいのふたつのたみも、かのじょにむらがりますわ、ほほほ」
足を組んで椅子に腰かけ、少女を見つめる眼鏡の青い髪の男の眉がピクリと動く。
彼の顔の半分は爛れていた。
突如男の背後の扉がスライドすると、光が暗闇の部屋に差し込んだ。その光の上に、兵士らしき人影が乗っており、それが「神谷斗局長」と敬礼した。
「賊が侵入したようです」
神谷斗は「ああ」と答えた。神谷斗の視線の先には、黒い巫女服を着た少女がくるくると回りながら「ほほほ」と微笑み、極端に長い袖と髪を宙に漂わせている。
神谷斗は椅子から立ち上がることも無く、そのまま後方の男に言った。
「賊は下界の砂漠の民と山の民だろう。一方は『アヌンナキの姫君』を拐い、もう一方は殺そうとする。どちらよりも先にアヌンナキを抑え、賊は殺せ」
「はっ」
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「 『アヌンナキの姫君』って何なんだ」
[ハッキリしてるのは、その子供がこの殺蠱という街にいる、ということがとんでもなく危険だということです。僕たちの故郷の仲間や家族を守る為には、奴らが『アヌンナキの姫君』と呼ぶ少女を奪わなくてはいけない。そしてそのことを僕たちは知っている。僕たち兵士にはそれが一番大事なことだ、分かるかい、ナナイくん]
ナナイの呟きを無線越しに聞いたギイがそう答えた。
「そうだな、俺は約束の金さえ手に入れりゃあそれで結構だ。忘れてたぜ」
ナナイの言葉にドゥガルが唾を吐いた。
「はっ、敵だったら最初にぶっ殺したいタイプだぜ」
毒付くドゥガルにナナイは「同感だ」と不敵な笑みを浮かべ肩をすくめた。
[いつでも相手になってやる。死にたくなったら言ってくれ]
「てめえ・・」
[あなた達、やめて、本当に]
「ニャアマ、こいつ本当に使えるんだろうな?」
“ビスッ”
「ん?」
“ビスッ”“ビスッ”
「うお!?何だぁ」
突如ドゥガルのマギサイクルが被弾し再び“ビスッ”という音が機体を揺らした。
[慌てすぎだ、肉ダルマ。背後だ]
後方からナナイ達とは異なるデザインのマギサイクルに乗る集団が向かってきていた。
「山の、民・・・?」とニャアマは動揺に目を見開いた。
「ふざけんなよ畜生、何で奴らがここに居る!そして何で撃ってくるんだ!」
どことなく有機的なデザインを感じさせる『山の民』と言われる戦士達のマギサイクルは、後方から一斉にナナイ達に乱暴に射撃を始めながら散開した。
流れ弾は地上のゴミゴミとしたものを砕いた。異変に気付き逃げ惑う住民達の上をナナイ達と山の民のマギサイクルの集団が入り乱れながら突っ切っていく。
上下に大きく機体を動かし弾丸の狙いを外すナナイの斜め下の死角から、敵機が急接近し、ナナイの機体に衝突して建物の壁に叩き付けた。
「ぐっ・・・!」
そしてそのまま機体をぶつけ続け圧力を加えていく。
“ガガガ”と建物の壁を削り、破片を撒き散らしながら2機の機体を含むマギサイクルの集団は高速でドームの方へと飛んでいく。
ナナイを壁に押し付けていた山の民の兵士は銃をナナイに向けた。
「ぐ!くっ・・!」
ナナイは片手をハンドルから離してその銃口を力づくで横に逸らした。“タタタ、ガガッ!”っと後方の壁に銃痕が刻まれた。
「てめえら、何で俺たちを襲うんだ!俺たちの敵は同じじゃなかったのかよ!」
ドゥガルが叫んだ。
ナナイと山の民の間の銃口は二人の力に拮抗して震えている。
「貴様ら、アヌンナキを連れ去るつもりらしいな。あれは悪魔だ。あれを回収してどうする。お前たちが世界の支配者にでもなろうと言うのか?」
「・・何言ってんだ、眠くて故郷に草生えそうだ」
ナナイの言葉に山の民の戦士は銃を持つ手に一層力を込めた。
「!!」
瞬間、ナナイの蹴りはまともに山の民の戦士のみぞおちを捉えた。
ナナイはそのまま一連の動きの中で腰の剣を抜刀して薙ぎ払った。
斬られた山の民はバランスを崩し、機体から落ちた。
その直後、咄嗟に避けたナナイに対して、操縦者を失った山の民のマギサイクルは電線に機首を取られた後、横軸回転をしながら失速して人々が避けた空間の上に墜落、その後、機体はそのまま何度か地面の上を滅茶苦茶に回転して跳ね上がりながら建物の一階部分に激突して爆発炎上した。
[ナナイくん、ニャアマくん、聞こえるかい]というギイの声が無線から鳴った。
「ああ」[聞こえるわ]と応答する二人に対してギイは続ける。
「僕とドゥガルくんは君達の少し後ろの方にいるんですがね、そのまま二人は『アヌンナキの姫君』を回収してくれるかい。ここは僕と、ドゥガルくんが引き受けよう]
[ああ!?この餓鬼に任せるのかよ!]
「やめてドゥガル。隊長、了解」
「了解だ」
[ちっ、了解]
[目的を達成して生きて帰るように、日と月の加護のあらんことを」
[日と月の加護のあんことを]
「・・いくぞ、ニャアマ」
ナナイとニャアマの2機は後続集団を引き離して加速して行った。
「逃がすか!・・ぐッ!」
追尾を試みた山の民の兵士の内の一人はギイに撃たれ、もう一人は後方からドゥガルに頭を鷲掴みにされ、機体から引きずり降ろされた。
「さあ、やりましょうか」
「てめえら覚悟しろよ、ぶっ殺してやる!ウガァ!」
「・・・うーむ」
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《緊急警報が発令されました。住民の皆さんは、各自建物の中に避難し、決して外に・・・》
声をあげて泣く幼子がバタバタと一方向に走る大人達の足元で弾き飛ばされている。
その人々の流れの元を辿ったところに、血塗れの銀髪の少女がとぼとぼと歩いていた。その表情は心ここにあらずという様子で、ぼんやりと足元を眺めているように見える。さらにその後方には瓦礫や何体もの死体が転がっている。
死体はいずれもが得体の知れない無慈悲な力でネジ曲がっていた。
「どけ、どけえ!」
逃げ惑う人々の流れに逆らうように殺蠱の兵士が銀髪の少女の方向へと走っていく。
その兵士達の背後の建物の陰から重量感のある4m程の人型の機械が2体現れた。
ボディ部分に「賀釈骸 弐弐号」、「賀釈骸 弐参号」とそれぞれ書かれている。それは何れも殺蠱の兵器だった。
その巨大さを見て腰を抜かす避難住民の前を、賀釈骸は“ギュイーン、ギュイーン”と露出したギアを回転させ、蒸気を噴き出しながら少女の方へと歩みを進める。
[砂漠の民、山の民が侵入したとの情報が入った、早急に対象の少女を確保せよ]
殺蠱の兵士達の無線にそんな情報が流れたその時だった。突如、賀釈骸の後方で“ドォーン”と大きな音が響いた。
それは後方の大きな十字路を、きりもみ状態で斜めに横切るように侵入したマギサイクル二機が墜落した音だった。2機のうちの一方はナナイ達と同じ『砂漠の民』、もう一方は『山の民』のマギサイクルだった。
「む?」
賀釈骸に搭乗していたパイロットは上半身と頭を後方に反らせた。主従同調機構がパイロットの動きをトレースし、賀釈骸は上半身と頭を後方に反らせ、蒸気が上がった。
外の様子を映し出すパイロットのモニターディスプレイには、爆発に慄きながら大きな十字路上を散りじりに逃げ行く疎らな住民の姿が映った。
十字路の右方向からは砂煙が上がっている。
「な、なんだ、何があった?」
賀釈骸のパイロットは状況が分からず動揺した。
そして次の瞬間、多くの銃声と共に左の建物の陰から30機前後のマギサイクルが十字路に侵入して来た。
それらは砂漠の民と山の民のマギサイクルだった。
そしてその集団は交戦しながらもいきり立った蜂のようにこちら側に突撃してくる。
「て、敵襲だあぁーッ!!」
先頭を飛ぶ山の民の戦士が肩に担いだグレネードランチャーを賀釈骸に放った。
グレネード弾は直撃し、爆発に一歩後退する賀釈骸の左右をマギサイクル同士が交戦しながら突き抜いていく。
通過していくマギサイクルの何機かは、周辺にいたもう一機の賀釈骸が持つ巨大なガトリングガンや、地上の殺蠱兵に撃ち落とされた。
「見つけたぞ、死ねえぇッ!!」
賀釈骸を攻撃した山の民の戦士が叫び、再びトリガーを引いた。
“ボンッ”という音と共にグレネードランチャーの太い砲身から飛び出したグレネード弾はぼんやりと立っている裸足の銀髪の少女へ一直線に飛んで行く。
しかし、それは少女に触れる前に急速にスピードを弱め、空中で完全に停止し、その場で爆発した。
爆炎の周囲を囲むように山の民のマギサイクルは展開した。そしてグレネード弾の着弾点に銃弾が浴びせられた。それらは黒い煙の中に次々と刺さってく。
砂漠の民の一人が、しまった、やられたか、と叫んだ次の瞬間、着弾点の数メートル上の地点を中心にブワッと煙と砂埃が球形に吹き飛ばされ、その球の中心に両手を広げて光を放ち、宙に浮かぶ少女の姿があった。
光は全身から放たれていたが、少女の首の後ろ辺りから特に強い光が発せられているように見える。
次の瞬間、その後光のような光は魔法陣のプレートに姿を変え回転しだした。
周囲にどこからかゴスペルのような神々しい歌声が響きだした。
その場に居た誰もが我を失って、その光を放つ少女を見つめた。
そして少女の頭上に天使の輪のようなものが現れ、強い光を放った。
その光はとても強いにも関わらず、全く眩しさのようなものが無かった。
その場にいた誰もがその光に心の中を浄化されるような神聖さを感じた。
「美しい・・・」
兵士の一人が呟いた。
次の瞬間巨大なエネルギーの膨張が一気に広がり、周囲にある建物、人間を一瞬にして蒸発させた。
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「!・・何だ、今、光っ・・・!?」
強烈な閃光があった後、巨大な爆発音と衝撃波が円形に広がり、町中のガラスが割れ、電線が波打った。
ナナイとニャアマのマギサイクルはその衝撃波に一瞬コントロールを失い、機首は斜め後ろに弾き飛ばされた。
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両手を広げた青い銀髪の少女が、真っ白な光に抱かれている。
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しばらくの後、街中の人間がそれを見た。建物内にいる人々は窓の方へ寄り、外にいる人々も皆巨大な爆発音のした方を見た。そしてその全員が、あるものを見た。そしてそれはナナイとニャアマの後を追うギイとドゥガルも例外では無かった。
二人はそれを見た時、思わずマギサイクルを停止させた。
「これは、何故でしょうね。突然、周囲が暗くなった?太陽が出ているのに暗い・・・、おや?」
「おい、ギイ!」
「ええ、何でしょうねあれは」
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[ナナイ、見えてる?]
「ああ、何だあれは」
ナナイとニャアマの眼前には光の柱が立っている。
二人はそこへ向かってマギサイクルを走らせた。
「どうやら、あそこに『アヌンナキの姫君』がいるようね]
「・・・」
遠くの《《光の柱の中に人影》》があるように見えた。
ナナイは目を凝らした、光の柱の中に翼の生えた少女の姿が見える。
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「『アヌンナキの姫君』がめをさます。つきとたいようのさいかい。ものがたりがはじまる。さあ、なにをえらぶ、なにをえらぶ、ほほほ」
暗い部屋の中央で黒い巫女服を着た少女がくるくると回りながら「ほほほ」と微笑みながら極端に長い袖と髪を宙に漂わせている。
「今日は、随分とご機嫌だね。孔司」
「ほほほ」
神谷斗は顔の火傷に触れ、その手をギュッと握りしめた。
「・・・運命は変えることが出来ないのか」
神谷斗はそう言って立ち上がると一人部屋から出て行った。
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マギサイクルの機関が停止し、ブーツを履いた足が割れたアスファルトを踏みしめた。
ナナイから30mほど離れたところから天に向かって伸びる巨大な光の柱がある。
ナナイはその光の柱の中に浮かぶ『アヌンナキの姫君』の元へ吸い込まれるように歩いて行った。
「ナナイ、・・・ナナイ!それは、それは化け物だ。不用意に・・・!」
ニャアマが後方から息を殺すようにして言った。
「どちらにしてもあいつを連れていくしか無いんだろ?」
ナナイはそう言って歩を運んだ。
見えているのか居ないのか、薄く目を開いたアシンメトリーなショートヘアーをした銀髪の少女は光の柱の中に浮かんでいる。
ナナイは周囲を見回した。昼間だった筈の空が薄暗い。
「ん?」
ブーツの先に黒焦げになった死体がぶつかった。
さっきの爆発で死んだ何者かだろう。
(あれだけの爆発だ。何人死んだんだろうか)
ナナイは曇らせた表情で少女を見上げた。
穏やかな寝入り端の様な顔の子供が浮かんでいる。
「お前、そんな目で人を殺したのか」
少女は薄い目をしたまま静かに浮かんでいる。
「・・・」
ナナイは光の柱の直ぐ前まで近付いた。
そしてそっと光に手を触れてみる。
(・・手応えも、熱も無い)
ナナイは暫くその光に手を翳して握ったり開いたりした。
「・・・!?」
光の柱は音もなく窄まりだした。
ナナイは反射的に一歩引いた。
見上げると少女の身体がゆっくりと降りてくる。
細くなっていく光の柱は蜘蛛の糸のようになった。そしてキラキラとした光の粒がふわりと消えると共にその糸はプツリと消えた。
光の柱の余韻を残すようにゆっくり降りてくる少女の白い肌が微かに光っている。
彼女の体を包んでいる布は重さが無いかのように宙に揺蕩い、『アヌンナキの姫君』は、羽根が落ちるよりもゆっくりとナナイの腕の中に降りて来た。
少女の身体は全く重さが無いかのようにナナイの腕にぶつかると、ふわふわと跳ねた。
(軽い・・・)
ニャアマは両目尻に泣きぼくろが一つずつある垂れ目気味の双眸を震わせた。その光景に心を奪われている自分に気付かないままになっていた。
ナナイの腕の中で少女は再び薄く目を開き、ナナイを見た。
「お前が・・・、アヌンナキ、・・・だな?」
「さ・・び・・・」
少女の口は何かを言いかけ、そのままゆっくりと瞳を閉じた。
少女を包んでいた光がフッと消えた。
「・・ッ!」
「!?」