旧校舎パラドックス
あの夏の暑い日、私はある不思議な体験をした。
でも、なんだか懐かしい気持ちにもなった。
***
私が通ってる学校も夏休みに入った。
この時期、校内に出入りしてるのは部活の練習をする人かテストで赤点をとってしまって補習を受けるはめになった人くらいしかいない。
ちなみに私は補習を受けるはめになった人だ。
期末テストで赤点をとってしまった。
それも数学と英語と理科の三教科もだ。
おかげで私は楽しい夏休みとは真逆の補習浸けの日々を送っている。
でも仕方がない。
仲の良い友達と離れ離れになってしまう留年だけは絶対に嫌だからだ。
その思いだけで私は今、生きている。
そして、その想いを胸に秘めた私は数字の補習を受けるために2年3組の教室に向かっていた。
「お~い七瀬!お前スカート短いぞ!校則を知らんのか~!?」
生徒指導の久世がうるさく私に注意をする。
まさか、夏休みも学校に来てるとは…。
偶然、廊下であってしまった私はとても運が悪い。
「あ~はいはい、直します~」
適当に誤魔化して、私は久世先生から逃げた。
着崩したブレザーに短めのスカート。
そして、濃いめの化粧。
他人から見れば私の第一印象は悪いだろう。
いや、むしろ不良に見えるのかもしれない。
でもそれでもいい。
「私」は「私」なのだ。
校則がなんだというのだ。
ルールなんか守る気はさらさらなかった。
ガラガラガラ~。
補習がおこなわれる教室に入る。
私と同じように補習を受ける人が数人すでに来ていた。
私はできるだけ後ろの席に座った。
「おい、七瀬ちょっと頼みごとをしてもいいか?」
補習が無事に終わり帰ろうとしたした時、先生に呼び止められた。
「な、なんですか?私、これから用事があるので早く帰りたいんですが…」
どうせめんどうな頼みごとだろう。適当に言い繕って私はさっさと帰りたかった。
「いや、そういうなよ。難しいことじゃない。この裏に旧校舎があるのお前知ってるよな?この段ボール箱を旧校舎1ー4の教室に持っていってもらいたいんだ。先生これから、卓球部の練習に行かないといけなくて。時間がないんだよ。なぁ頼むよ!お願いだ!」
本当にペラペラとよくしゃべる先生だ。
私は心の中でそう思った。
この先生、たぶん私がはいと言うまで返してはくれないだろう。
それはそれでめんどくさい。
私はただ一言「わかりましたよ」と言った。
旧校舎…。ここには私も数回しか入ったことがない。
今時珍しい木造の校舎だ。
耐震補強されて、総鉄筋コンクリート造りの新校舎が完成してからは大きな倉庫として利用されている。
取り壊す計画も何度かあったようだが、なぜかそのままの状態で今に至っている。
私は書類が入った段ボールを抱えて、その校舎へと急いだ。
旧校舎の中は夏場だというのにとてもヒンヤリとしている。
ギィ…。ギィ…。
歩く度に床がきしむ音が聞こえる。
思いっきりジャンプでもしたら床が抜けてしまいそうだ。
きしむ音を聞いてるとなんだか急に怖くなってきた。
早くこの段ボールを持っていってさっさと帰ろう。
私は早歩きで1ー4の教室に向かった。
その「発見」は私が段ボールを置こうとしていた時におきた。
すっかり物置と化した1ー4の教室の片隅に古ぼけた手紙が落ちていたのだ。
「なに…。これ…誰かの忘れもの…?」
私はその手紙を手に取った。
その瞬間、意識を失った。
どのくらいの時が流れたのだろうか?
私が目を覚ました時、辺りはすっかり夕方になっていた」
なんてことだ。私はこんなとこで寝てしまったのだろうか?
「あぁ!もう!なんでこんなことに…。早く帰ろう…」
そう思って教室から出ようとした時だった。
外の廊下で男がモジモジしながら何かを探している。
「何、探してるんですか?」
私はつい声をかけてしまった。
「えっ…。あぁ…。手紙落としてしまったみたいで…。知りませんか?」
見慣れない学ランを着た男は私にそう言った。
「手紙…。あぁ、もしかしてこれですか?」
私はさっき教室の片隅で拾った手紙を渡した。
「あぁ!これだこれ。ありがとう!どうもズボンのポケットに入れてたんだけど落ちちゃったみたいで…。良かった良かった」
男は笑顔でそう言った。
その爽やかな笑顔を見て、なんだか私も幸せな気分になった。
「実はこの手紙、破って捨てようと思ってるんだ」
一呼吸置いて男は衝撃的なことを口にした。
「えっ…!?なんで?せっかく書いたのに。誰かに渡すんじゃないのそれ?」
私は涌き出てきた疑問をとっさに口にした。
「実はこれ、ラブレターなんだ。由紀子さんに渡す予定だったんだけど俺には渡す勇気がなくて…」
「いや、渡せばいいじゃん。由紀子さんが誰かは私知らないけど、もし渡さなかったら絶対にあんた後悔するよ!」
私は少し感情的になってしまった。
「いや、でも…。由紀子さん他に好きな人がいるかもしれないし…それに断られたら悲しいし…」
男はモジモジしながらそうつぶやく。
私はこういうはっきりしない男が大嫌いだ。
「自分の気持ちくらい正直に伝えろよ!男だろ!なんなら、私がそのラブレター由紀子って人に渡そうか!?」
「いや、自分で渡したいです」
「じゃあさっさと行く!まず決めてそして行動する!これ成功の常識でしょ!」
私は昨日の夜、テレビのドキュメンタリーに出てた有名人が言ってた名言を男に言った。
有名人の名前はなんだって?
もちろんそこまでは覚えていない。
「はい、行ってきます。ありがとうございました。おかげで決心がつきました」
男は私にペコリと頭を下げてどこかへ行った。
本当にこの男はラブレターを由紀子さんに渡せるのだろうか?
気になった私は男の後をこっそりと追いかけた。
私は茂みの影からこっそりと外を覗く。
それにしてもなんだかおかしい。
古いはずの旧校舎がなんだか真新しいのだ。
それに綺麗に改装されたばかりの総鉄筋コンクリート造りの新校舎がなんだか古い。
気のせいだろうか?
まぁ、いっか。
今は他に気になることがある。
私はそう思った。
「おっ来た来た」
遠くからセーラー服を着た女性がさっきの男に近付いてくる。
彼女は長い髪を束ねてポニーテールにしている。
その髪型がとても似合っていてキラキラと輝いていた。
私がいるポジションが少し遠いせいか二人の話し声がうまく聞こえない。
でも、5分くらい会話を交わした後、男はモジモジしやがらもなんとかラブレターを渡せたようだった。
その光景をしっかりと見届けて私はその場を後にした。
カバンを取りにさっきまでいた旧校舎に戻る。
これで心置きなく家に帰れる。そう思った時だった。
痛い。
痛い。
頭が痛い。
私は頭を抱えた。
ガンガンと金槌で打たれてるような痛みだ。
私は意識を失った。
おーい!
おーい!
遠くて誰かの声が聞こえる。
「はっ!?」
その声で私は目を覚ました。
「おい、大丈夫か七瀬?心配になって来てみたらこれだ。なんでここで寝てるんだ?」
さっきの補習担当の先生だ。
「えっ?寝てた?いや、気を失ってたんですよ!」
「気を失ってた?まぁ、そういうことにしておこう。早く帰れよ。明日も補習がお前を待ってるぞ」
いちいちめんどうな先生だ。
嫌味ばかり言う。
「そういえば、学ランを着た他校の生徒を見ませんでした?さっきまでここにいた」
「学ランを着た他校の生徒?そんなやつここにはいなかったぞ。お前大丈夫か?」
「もういい。帰ります」
これ以上この先生と話してたら殴り合いの喧嘩になりそうだ。
私は足早に家に帰った。
***
「あれ?母さん今日なんでこんなにご馳走なの?」
夕食を食べるために台所に来てみると、たくさんのご馳走が机にところ狭しと並んでいた。
「あら、瑠璃子ったらもう忘れたの?今日はお父さんが私にラブレターをくれた記念日なのよ。もうあの日から35年の月日がたったわ」
母さんはニコニコしながら、私にそう言う。
「ふーん。そうなんだ」
私はチキンにかじりつきながらそう言った。
「それでね、実はお父さんあの日、私に渡すはずのラブレターを破って捨てる予定みたいだったの。なんでも渡す勇気がなかったとかで。その時、偶然いた他校の化粧が濃い女子高生に説教されたの。せっかく書いたんだから渡せって」
「えっ…」
手に持った箸がピタリと止まった。
母さんは話を続ける。
「それでね、その声に勇気づけられてなんとか私にラブレターを渡したのよ。あなた、その化粧が濃い他校の女子高生に感謝しないとね。あの子がいなかったらあなた生まれてきてないかもよ?」
「ははっ…。母さん下の名前なんだったっけ?」
「あなた、実の母の名前を忘れたの?私の下の名前は由紀子に決まってるじゃない」
その言葉を聞いた瞬間、私は感じたことのない不思議な恐怖に見舞われた。
ということは父さんを勇気付けて、その背中を押したのは…。
わたし??