ジュード君の簡単マナー講座
課題やってたら遅くなりましたわ。
書き溜めもほとんどできなかったし・・・。
「てーぶるまなー…ですか?」
「そ、テーブルマナー」
俺の言った言葉にアリアは不安を隠せないようだった。無理もない。庶民として暮らしてきたアリアにとってテーブルマナーは縁の無いものだったに違いないのだから。
「私なんかが覚えられるでしょうか、勉強もできないのに……」
いやいや、勉強は関係ないぞ……たぶん。でも今まで勉強もままならない地方暮らしだった上にまだ入学して大して経ってないんだからできなくてもしかたないレベルのはずだ。
あ、ちなみに俺の成績は良い方である。伊達に前世の記憶があるわけではないのだ。こっちの物理法則や計算方法はほぼ同じだったしあとは常識を擦り合わせていくだけなので余裕でしたわ。
「勉強うんぬんはともかく、正直に言えば難しいだろうね。 ぶっちゃけ違和感ないレベルにするにはそれこそ無意識のうちにやっちゃうぐらいに体に覚えさせなきゃならないし」
そう言うとアリアがこの世の終わりのような表情になったので慌てて完璧じゃなくてもある程度できれば問題ないだろうと付け加える。それでもアリアは涙目で「慰めになってませんよぉ……」と呟いていたのだが。
「ところで、なんでお友達を作るのにテーブルマナーが必要なんですか?」
テーブルマナーが必要な理由か、そういやあんまり考えたことなかったな。
「んー、相手に不快感を与えないためだってのもあるんだけど、ほら、貴族って何かと会食とか立食パーティーだとかするでしょ? それは食事を通じて相手がどんな人間かどうか見極めてるんだよ。 人間の教養が一番出てくるのって食事するときだからね 」
そうなんですか!とアリアは目を輝かしているけど正直いうと俺もよくわかってない。ローガンや父上が昔そんなこと言ってたなー、ぐらいの認識だ。
「だから貴族でもテーブルマナーがちゃんとできない人は結構軽んじられるんだ。 でも庶民でもテーブルマナーができればそれなりに一目置かれるってわけ」
「わぁっ、そういうことだったんですね!」
少なくともこれはマジである。テーブルマナーもできない庶民など相手にもされないってことだからね。貴族こわい。
しかしこれで教えたこと間違ってたりしたらどうしようかな。土下座でもしようかな。でもこっちに土下座って文化あるのかな?調べとこう。
授業が終わったあと、俺とアリアは食堂に来ていた。本来この時間はやってないので生徒の姿はない。秘密の特訓にはうってつけの場所というわけだ。
少なくとも食器なんかは貸してもらえるかなと思って交渉したのだが、俺は食堂の人たちを侮っていたらしい。話を聞いた彼らは全面的な協力を約束してくれた。
「みんな協力ありがとう。 もう仕込みを始めなきゃいけない時間だっていうのにわざわざしてくれて……」
「なあに、いつも良くしてくれてるあんたの頼みならいつだって聞くさ」
「それに俺たちだってプロだ、二人分のメシ作るぐらい仕込みの片手間にできるしな!」
皆、気の良い人たちだ。できることならぜひとも引き抜いて家で働いてもらいたい、だがそんなことをすれば学園長とうちの料理長に怒られてしまうので我慢する。
あ、ちなみに食堂の職員はほとんど全員が庶民出身である。庶民であるが故に普段から貴族の横暴に悩まされている彼らだが俺が庶民を蔑ろにしない良識ある貴族であることと、今回のマナー講座は庶民であるアリアのためにやるということを知ると快く場所を提供してくれた。
それどころかわざわざ教えやすいようにと時間外だというのに簡単な料理を作ってくれて、しかも普段はやらないウェイターもやってくれるというのだからほんと太っ腹だ。ついでに普段の行いは大事なんだなと実感する。ほかの貴族ではこうはいくまい。
それに食堂のコックたちはせっかくだからと新メニューの試食させてくれたし、おばちゃんも「しっかりやってやんなよ!」と俺の背を叩き激励を……ん?もしかして俺貴族扱いされてない?
まあ、その辺は置いといて、アリアにはとりあえず基本的なマナーとスープとパン、あとはお肉の食べ方を教えることにした。あんまり多くても覚えきれないだろうし一応これだけ覚えておけば、というのをチョイスした。マナーなんてものは一朝一夕で覚えるもんでもない。
というわけで、まずはアリアがマナーについてどれくらい知ってるかやらせてみることにした。
「まずはわかるとこまでいいから自分で思い出しながらやってみて。 そんでわからなくなったら言ってね、教えるから」
「は、はい!」
アリアは見るからに緊張していて動きもどこかぎこちない。そんな様子を食堂の人たちはハラハラしつつも、微笑ましく見守っている。気持ちはわかる。
「えっと、フォークとナイフは外側から使うんでしたよね」
うんうん、基本だね。
「それで、フォークは左手に持って、えーと、次は……次は……」
必死に思い出そうとしている姿を見て俺も微笑ましい気持ちになる。かつては自分もあんな風に苦労したのだ。
手助けしたいがそれをすれば彼女のためにならぬ。心を鬼にして見守ろう!
……そうと思っていたのだがもうかれこれ五分ほどナイフとフォークを握ったままアリアが動かない。
ん?よく見ると目が落ち着きなくあちらこちらに動いている。これもしかしてこの娘静かにパニックになってない?
というかそのままの姿勢のままぷるぷるしだしたし、ついでにアリアの綺麗な緑色の瞳にじわりと涙が浮かび始めて……って、え、ちょ!
「泣かないで!? というかわからなかった聞いてって言ったよね!? 泣く前に聞いて、お願い!」
「ご、ごめんなさい~」
なんか前途多難な感じがするなぁ……。いや、だが負けてたまるか!
こうして厳しい(?)マナーの勉強が幕を開けた。
「こ、この布はなんですか?」
「ナプキンっていってね、手に付いた汚れや口の汚れを拭くためのものだよ」
「こんな使い古してもない布を汚れを拭くためにつかうなんて! お貴族様ってやっぱりすごいです!」
「感心するのそこ?」
というか口拭くのは綺麗な布使わんと駄目だろう衛生的に。
気を取り直して最初にスープを飲むときのマナー。
「パンをスープにつけて食べちゃダメなんですか? 固いパンを食べるときはどうすれば……歯がおかしくなっちゃいますよ?」
「安心して、ここのパンは柔らかいから。 それと噛みちぎっちゃだめ。 手でちぎるの」
「それにスープがお皿に残ったままに……もったいない……」
「うん、その気持ちはわかる」
もったいないの精神は大事はここにあり!
その次にパンを食べるときのマナー。
「ジュードさま、ジュードさま! パンが柔らかいですよ! ほら!」
「うんそうだね、ちょっと落ち着こうね」
「はい!」
「返事はよろしい、返事は」
とりあえずパンにかぶりつくのはお止めなさい。いや可愛らしいんだけどさ。
そしてメイン(お肉)のマナー。
「肉を切るときは一気に切り分けないで少しずつ……って、どしたの?」
「あの、一人でこんなにたくさんのお肉食べていいんでしょうか?」
「うん、いっぱいお食べ……」
「ああっ、またジュード様の目がおじいさまみたいに!」
ちなみに今アリアの目の前にあるお肉のサイズは小である。……俺庶民に対する理解がまだ足りなかったみたい。もっと学ばないと……!
そんな決意をしたりしている間に第一回のマナー講座は終了した。
アリアはお皿が下げられると同時にテーブルに突っ伏し目を回している。どうやら体力より精神が疲労したらしい。
そんな彼女に食堂の人たちは苦笑しながら水を渡し、ついでに甘いデザートで労っている。
「ご苦労様です」
そういって俺の前に水を置いたのは食堂の料理長だ。この食堂で働いている唯一の貴族、いや元貴族である。
彼は元々貧乏貴族の生まれだったのだがしているうちに料理に目覚めてしまい、それからというもの料理を極めるために弟に家督を譲り貴族の地位を捨て、さらには料理の邪魔だといって髭も髪の毛もすべて剃ってしまった。これはもう人生を料理に捧げていると言っても過言ではない。
「手応えはいかがですかな?」
「上々、かな? やっぱり初めてだから拙いけどそれでも覚えるのは早い。 これならあと何度かやれば人様に見せても問題ならなくなると思う」
「なんと」
事実、アリアはテーブルマナーの手順自体は覚えてしまっていた。もっともその動きはまだ優雅にほど遠いのだが。
さすが主人公というべきか、それとも元々物覚えが良い方なのか、はたまた血のなせる業か。そうだとしたらマジすげえな王家の血。そりゃ王にもなるわ。
そんなことを考えながらアリアの前の席に腰かける。
「おつかれさま」
「ジュード様……お友達をつくるのって大変なんですね」
あかん、目が死んでる。
「いやこの学園じゃなけりゃもうちっと楽なはずなんだけどね。 ま、なんにせよテーブルマナーは覚えていて損はないよ。覚えちゃえばこの先ずっと楽になるから」
実際本気で役に立つのだから困る。
それに王女様に戻ったときテーブルマナーのひとつもできなきゃ侮られるかもしれんしね……。
「それはわかってますけどぉ」
「はいはい、ぶーたれない。 頑張ったご褒美もあげるから」
自分で言っといてなんだけど俺甘すぎじゃね?あ、でもこういう物(?)で釣るのって貴族っぽいよね。ダメな方のだけど。……気を付けよう。
「ほんとですか? じゃ、じゃあお願いしたいことが……」
アリアのお願いを聞いた俺はこいつ別の方向に図太くなってるなぁ、としみじみ思うのだった。
次はほのぼの回を書きたいです