File.1-5『踊り揺らめく人形(マリオネット)』
こちらのブーストダッシュの勢いで押されてそいつの両足が宙に浮き、踏ん張りが効かなくなったそいつの胴体に向かって僕は手に握るカッターを振り下ろした。
『はぁああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
『!!』
刹那、そいつことブラストルは手にある太い棍棒でカッターの斬撃を防ごうとする。そんなものよりもはるかに巨大な彫刻像だってチーズのように切断した斬撃をそんなもので防げるわけ・・・・・・。
バチィッ!!
『!?』
『っ・・・・・・ナめんなよ!!』
カッターの刃が棍棒に触れた瞬間、激しい火花を放ちながら振り下ろした斬撃が止められていた。刃は棍棒に食い込むことすらなく、棍棒の薙ぎ払いの前に弾き飛ばされた。
予想外の出来ごとに唖然としていた僕。対するブラストルは棍棒の先端を僕に向ける。内部が空洞状になっているそれを見て、僕は嫌な予感がした。
棍棒の先端から吹き出す爆発。そのエネルギーに乗せられて飛び出した何かに僕の体は大きく吹き飛ばされた。
『うわぁああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
吹き飛ばされた僕の体は床を転がるように落ちる。対応する暇すらなかった反撃をモロに喰らい、体がバラバラになりそうなダメージをもらった。
《警告、右肩装甲損失》
《ダッシュブースターに重大な損傷、使用不能》
ナビによって表示される身体の損傷度合いを見るまでもなく、立ち上がることすらできない痛みで身体が限界を迎えているのが分かる。
『あっぶねぇ・・・・・・対陽電子加工の施してある銃身じゃなかったら今の斬撃で終わってたぜ・・・・・・』
そう言いながらブラストルは起き上がった。あの棍棒の中が空洞だったのを見てまさかとは思ったが、やはり棍棒ではなかったのだ。
あれは小型ロボット用に設計された『銃』だ。僕はあの銃の発砲にやられたのだ。迂闊だった、ナビからの情報であの機体が射撃兵装を扱うのが得意だとわかった時点で、奴の得物は射撃武器であると考えなければならなかったのに。
銃といっても小さな体には砲弾並みの口径になるそれを受けて僕の右肩の装甲はまるまると抉られて無くなっており、内部にある関節パーツが露出していた。
『しっかし・・・・・・まずったなぁ、余りにも抵抗されちまうからこっちも勢い余って撃っちまったぜ。銃声が誰かに聞かれてなきゃいいけど・・・・・・』
まいったと言わんばかりに頭を抱える相手。対する僕はそんな相手を気に出来ないくらいの苦痛と疲労感に襲われていた。
そんな時、ナビが僕の視界にある文を表示する。
《戦闘用エネルギー残量限界、戦闘モード継続可能時間:残り1分》
それを見た途端、一気に焦燥感が加速する。文章の内容はすべて理解できるわけではないが、その残り時間の部分で何となく察した。
もうすぐ、身体が動かなくなる。
『なんだ、もうバテてんのか。まぁそれも当然だよな、あんな満身創痍の体でダッシュブースターなんて使えば戦闘用のエネルギーを一気に使い切るに決まってらぁ』
どうやらダッシュブースターはその驚異的な加速力と引き換えにエネルギーの消費が激しいというリスクがあったらしい。なんてことだ、そうとも知らずに僕はそれを二回も使ってしまっただなんて。
《警告、戦闘モード継続可能時間:残り30秒》
『とにもかくにもだ、今度こそゲームセットだ。大人しく眠ってな』
そう言ってこちらへ歩み寄ってくる相手。
駄目だ、逃げようにも身体が鉛の様にとてつもなく重く感じる。それに合わせて意識も遠くなってくるのが感じられる。
《戦闘モード継続可能時間:残り10秒》
『こん・・・・・・な、とこ・・・・・・ろ・・・・・・で・・・・・・!』
目の前の相手はすぐ傍まで来ているのに自身の身体は指一つ動かすことができない。
もう奇跡でもハイリスクな機能なんでもいい、この場を切り抜けるための何かを僕にくれ。
《戦闘モード継続可能時間:残り5秒》
無慈悲に減っていく残り時間に僕は悔しさを感じていた。本当に頼む、僕に奇跡をくれ・・・・・・!
「ニャーッ!!」
『な、何っ!?』
《戦闘モード継続限界到達、エネルギー再充填の為に休止状態へ入ります》
目の前の相手が何かに驚いて怯む姿を最後に、僕の意識はブラックアウトした。
*
雫と幸子は仔猫が咥えてきた青いロボットを呆然と見つめていた。
「何これ、人形?プラモデル?」
幸子は仔猫からそれを取り上げると手に取ってまじまじと眺める。それが何なのか見て知っていた雫は慌てた。
「ゆ・・・・・・幸子、危ないよ!」
「はぁ?どこが危ないって言うのよ、何処をどう見ても男子共が好きそうなオモチャじゃない。まぁ、なんだか至るところがボロボロで今にも壊れちゃいそうだけど」
幸子はそう言ってロボットの両腕を掴むとブラブラと振り回す。
「は~・・・・・・良く出来てるわ」
「幸子、そんなこと分かるの?」
「全然」
幸子の台詞に雫はズッコケた。
「わかったのは結構頑丈なオモチャだってこと、結構乱暴に扱っても平気そうよ。まぁ何でこんなにボロボロになってるのかは知らないけど」
そう言われてみればと、雫もそのロボットの無残な姿に気づく。
最初に現れた時のあの勇ましさは見る影もなく、代わりにあるのは何かと戦って敗れてしまったかのような痛ましさだ。
「まぁ、こんなものはどうでもいいか。雫、私のジャージを貸すからとりあえずそれに着替えて・・・・・・」
「あ、待って!」
幸子がそう言って青いロボットを放り捨てようとしたのを見て、雫は慌ててそれを制止する。
「・・・・・どうしたの?」
「幸子・・・・・・よかったらそのロボット、私が預かってもいい?」
幸子は呆然と雫の方を見ていた。自分の知る限り、この親友がこういったおもちゃに興味を示すような趣味は持っていなかったはずだ。
「別にいいけど、こんなのに興味を持つなんてどうしたの?」
「うん、ちょっと理由があって・・・・・・」
そう、理由はある。このロボットが何なのか興味が湧いたからだ、そして自分を助けてくれた恩人(?)をこんな痛ましい姿のままここに置き去りにすることがなんとなく嫌だったからだ。
やり方はどうであれ、このロボットは襲われていた自分を見過ごさず救ってくれた優しい性格のはずだと、冷静な思考が戻ってきた雫はなんとなくそう感じていた。
*
『あっちゃ~・・・・・・まだ二人も居やがったか』
美術室の扉の影から緑色のロボットことブラストルが中の様子を気まずそうに見ていた。それは青いロボットことMT01が雫達に拾われるところである。
やっと行動不能に追い込んだと思えば、今度はあの仔猫に獲物を横取りされた挙句、その獲物は更に厄介な相手に渡ってしまう。
『これ以上、下手に出て行って俺達の存在がバレるのはまずいよな』
上から事は穏便に済ませるように言われているのに、願いとは逆方向に事が運んでしまう。やはりあれだろうか、諜報部所属でない者がその真似事した報いなのだろうか。
どうしたものかと頭を悩ませていると彼のナビゲーションシステムに通信が入る。
彼は『間が悪いな』と悪態をつきつつ回線を開いた。
『《イカズチ》さん!さっき作戦エリアから発砲音が聞こえましたけど、何があったんですか!?』
回戦からはまだ少し幼さの残る女性の声が流れる。そして、その口調はかなりテンパっていた。
『大声出すなよ、真宝っち。お前の声が近所に迷惑だぞ』
『冗談言ってる場合ですか、状況を報告してください!』
『ああ・・・・・・目標を黙らせようとして交戦、勢い余って発砲っちまった』
『あなたの仕業ですか!?まったく、部長から「事は隠密に」とあれほど言われてたのにぃ・・・・・・!』
『だから大声出すなって。指揮車の中からお前の大声が聞こえちまうぞ』
『・・・・・・で、目標の身柄は確保しましたか?』
『あぁ、それなんだけどなぁ・・・・・・』
彼は気まずそうに再び雫達の方を見やる。雫達は仔猫だけでなく、仔猫の咥えてきたMT01まで運んで美術室から出ていくところだった。
『・・・・・・何か、オモチャと間違われて現場にいた女子生徒二人にお持ち帰りされちまった』
『何やってるんですか、あなたは!!』
*
何処とも知れぬ薄暗い部屋、殺風景で大した家具は愚か壁紙も、更には照明すらもない。あるのはシンプルなデスクとパイプ椅子、そしてそこに座る人物が一人。
その人物はスマートフォンを弄りながら何やら苛立った表情をしている。
「チッ・・・・・・使えねぇ連中だ。せっかく前金まで払ってやったのに・・・・・・まぁ、牽制をかけるくらいはできたか」
男は本当に苛立っていた。倉武技術興業の研究施設に金で雇ったチンピラを潜入させ、破壊工作を行わせた。成功したら盗んできたものを受け取って後は綺麗に消えて終わり。その為にわざわざ犯行計画もこちらで組んでやったというのに結局は最後の最後でドジを踏んで捕まってしまったのだ。当然、盗ませた品は手に入らない。
スマートフォンを弄りまわし、通話モードに切り替える。
暫くのコールの後、電話越しの相手が電話に出る。
「俺だ・・・・・倉武に寄越した鉄砲玉はまぁそれなりにやったよ。・・・・・・ああ、とりあえず最低限の目標は達成してくれた」
電話越しの相手と話し、男の苛立ちは収まり逆に上機嫌になってくる。
「・・・・・・そうだな、しばらくは倉武の連中の新型PGG開発が亀の足になるだろうさ。何よりもうこれで倉武の株価はガタ落ちだろうよ」
そう、研究施設から強奪することには失敗したがそれはあくまでオマケでしかない。
本当の狙いは倉武技術興業に物的、経済的な損害を与えること。研究施設を襲撃すれば研究は滞るし、こうした不審な事件を抱える企業の株は低迷する。
株の動きはそれを先読みして動いていた人間に利益を与える。例えそれが、故意で起こされたものであっても。
男は話しながら懐から折りたたみ式ナイフを取り出して眺め始める。ナイフは禍々しく、まるでその男の心を映す鏡のようだった。
「ああ・・・・・・心配すんなって、倉武が駄目でもPGGを扱ってる企業は他にもある。PGGはお前さんが思っている以上にスゲェ兵器なんだぜ、軍事産業に革命が起こるのは目に見えてる。なに、美味い汁はそいつらから頂くさ」
男はそう言って、笑いながらナイフを机の上に突き刺した。
*
《エネルギー再充填を完了、メインシステムを通常モードで再起動》
《各部のダメージレベル解析...制御系変数を最適値に変更》
《約30秒後にメインシステムは再起動を完了します...》
意識が戻っていく感覚で最初に目にしたのは、既に馴染みになってきたナビゲーションシステムの文字列。そこから画面が切り替わる形で目視の情報が流れてくる。
「ニャー」
目視の情報に切り分かって最初に飛び込んできたのは、猛獣の顔面のドアップだった。
「ニャ?」
『ニ゛ャァアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァッ!!?』
あまりのインパクトに僕は絶叫を上げて飛び起きた。そしてものすごい勢いで長距離を後ずさる。
すると、今度は後ずさった先の足場がなかった。
『て・・・・・・・ほぁあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
何処ぞの司令官のような奇声をあげながら僕の身体は奈落へと落ちていく。
いや、幸い奈落ではなかったが頭からモロに落ちたのでかなり痛かった。頑丈なロボットの体でなければ昇天していただろう。
痛みの残る身体を労わりながら起きるうちに、床がが何やら柔らかく感じたのでよく見てみる。
これはカーペットだろうか。周りをよく見てみると本や小物の収められた棚に、カワイイ柄の布団が敷かれたベッドがある。自分が落ちてきたところは勉強机だろうか。
『ここは、誰かの私室か?』
僕の記憶では気を失う前までにいたのは放課後の校舎内だったはず。そこで宮本雫を強姦しようとした連中を追い詰めて、その後そこに割って入った緑色のロボットと交戦して・・・・・・。
『!そうだ、あの後で僕はどうなって「ニャー♪」・・・・・・ってギニャアアアアアアァァァァァァッ!?』
突然僕の頭上から襲いかかってくる毛玉生物。やめてください、本当にこわれてしまいます!
というか、こいつはまさか・・・・・・。
『!やっぱり、お前生きてたのか!?』
「ニャー」
返事をするように鳴くのはあの仔猫。驚く僕をよそにまたじゃれついてくる。
そんな僕達の騒ぎに引き寄せられるように、部屋の扉から誰かが入ってきた。
「・・・・・・あ、目が覚めたんだ」
その人物の姿を見て僕は呆然とする。僕の失われた記憶のキーパーソン、宮本雫その人だった。
『き、君は・・・・・・「ニャー♪」ってアアアアアアアアァァァァァァァッ!?』
この小動物のじゃれつきのお陰でシリアスな空気には入れず、なされるがままの僕。そんな僕の姿を、彼女は苦笑いで見つめていた。