File.1-4『現れた兄弟機(ブラザー)』
突然、僕の目の前に現れた緑色の装甲を持つロボット。そいつは部分的な意匠が僕のこのロボットの身体と似寄っており、まるで兄弟のような印象を受ける。背中には何やら大きく太い棍棒のようなものを背負っていた。
そいつは自分の後ろで腰を抜かしている強姦魔共に視線を向ける。
『おい、クソガキ共』
「こ、今度はなんだ!?」
「殺されたくない殺されたくない殺されたくない・・・・・・!!」
『別に殺しゃしねぇよ、俺の言う事きくんならな』
「い、言うこと?」
突然、そんなことを言い出すそのロボットに強姦魔共だけでなく、目の前に控えていた僕も驚く。
『なぁに、そんなに難しいことじゃねぇよ。“今日見た事、経験したことすべてを忘れる。忘れられなくても絶対に口外しない”。これだけ絶対に守るって誓うんなら見逃してやる。な、簡単だろ?』
「そ、それを守ったら見逃してくれんのか?」
『ああ、俺は約束を破らない。ただし、そっちが約束を破ったその時は、その限りじゃないけどな・・・・・・俺を、俺達を敵に回すと後が怖いんだぜぇ?』
威圧するような口調でそのロボットはそいつらに釘を刺す。それに対してその背後に控える連中は慌てて何度も首を縦に振った。
「誓う!絶対に誰にも言わない!!」
『ならとっとと失せな、でもってママのおっぱいでもしゃぶってろ!』
「は、はいぃいいいいぃぃぃぃぃぃっ!!」
「うわぁああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
緑色のそいつの怒鳴りに下衆共が我先にと逃げ走った。僕はそれを見てハッとする。
『逃がすか!!』
『それはこっちのセリフだっての!』
緑のロボットは背中に背負っていた大きく太い棍棒を手に取ると僕の進行を遮るように振り下ろしてきた。
間一髪、ブレーキをかけて避けた僕に向かい、今度はそれを横薙ぎに振ってくる。それを避けるために僕は後方へ跳躍せざるを得なかった。さらにそいつは追い討ちをかけるように僕の方へ跳躍してくる。
『随分と頭が熱くなってるみたいだが、さっさと冷やして大人しくしな!』
跳躍して着地するとすぐにそいつの棍棒の振り下ろしが迫る。咄嗟にそれを横に飛んでかわし、その後ですぐに体勢を立て直すと僕は陽電子カッターを構えてそいつに斬りかかる。
振り下ろした僕の一閃をそいつは姿勢を小さく逸らし、ギリギリのところでかわす。僕は休む暇を与えず二の太刀や突きも連続で繰り出す。
しかし、それは全て見切られているかの如くかわされ、直後に僕の腹部にまた衝撃が走る。
『ガッ・・・・・・!?』
その衝撃は身体全体に伝わるほどに大きく、僕の小さな体はその衝撃に飛ばされ宙を舞った。宙を舞う中でそいつの方を見てみると、手に持っていた棍棒を野球のバッターのように振り上げた態勢を取っている。僕はあれに打たれたのか!
しばしの無重力感を味わったあと僕は重力に引かれて落下し、床に叩きつけられる。
『熱くなりすぎだっての。動きが単調すぎて張り合いにならねぇや』
『っ・・・・・・一体、お前は・・・・・・!?』
起き上がりながら、僕はそいつを睨みつける。対するそいつは得物とする棍棒を肩に担ぎながら構えを取り直した。
『俺か?俺はな・・・・・・《お前の兄弟》だよ』
そいつの言葉に僕は固まった。
『き、兄弟・・・・・・!?』
『ああ。まぁ、兄弟っつってもあくまでこの身体の話であって、それに詰め込まれてるAIの出処はお互いに別々だぜ。・・・・・・つーか、「お前が誰なのか?」って訊きたいのもこっちなんだよ』
『何?』
どういうことだろう、訳がわからずにいる僕を差し置いてそいつは話を続ける。
『今お前が使ってるウチの《PGG》、《MT01》にAI(人工頭脳)が積まれてるなんて話は聞いてないんでな。盗まれた時にコソ泥どもが取り付けたか、はたまた研究施設の職員が盗まれる前に勝手に取り付けたか・・・・・・本当に何モンだお前、何を目的に動いてる?』
『《PGG》、《01》、それに“ラボ”・・・・・・!?』
記憶に全然ないワードの連続でさらに混乱は増す。コイツの言っている単語一つ一つが全くわからない。本当に何なんだ、コイツは。
そんな時、僕の視界にナビゲーションシステムの羅列が表示される。
《対峙するPGGを解析、データ照合》
《該当データあり:件数1》
《倉武技術興業製PGG『MT02・ブラストル』》
《射撃兵装の搭載を前提に設計されたミリタリーテストモデル二号機です》
《本機『MT01』よりも機動力には劣りますがそれを補って余る馬力を持つので総合性能は本機と同クラスです。注意してください》
表示された図式データに目をやり、僕は戦慄を覚える。
『ブラストル・・・・・・?』
『ナビの解析結果を見たのか。つまりそういうことだよ、兄弟!』
目の前のロボット、ブラストルは不意にこちらに仕掛けてきた。
『!!』
間一髪、棍棒のひと振りを後ろに飛んで避け、すぐさまこちらも反撃の斬撃を見舞う。
だが、又しても相手は最小限の動きで回避し、その後に続く二の太刀と三の太刀も遊ばれているかの様にに避けられる。
『何で・・・・・・こっちのほうが速く動けるはずなのに、何で当たらない!?』
連続して斬撃を繰り出すがどれも空を斬るばかりで全くかすりもしない。どれもこれも寸前のところで避けられてしまうのだ。
『だから言ってるだろ、熱くなりすぎてるってよ!』
次の瞬間、ブラストルは回避と同時に僕の懐に潜り込む。直後、再び腹部に衝撃が襲う。
『がっ!?』
棍棒の柄で腹部に当身を喰らい、僕の姿勢は崩された。そこに追い討ちをかけるようにまた棍棒のフルスイングが襲いかかってくる。
『あらよっとぉ!!』
『うぁあああああぁぁぁぁぁぁっ!!』
棍棒によるフルスイングは僕の身体を大きく吹き飛ばした。大きな弧を描きながら僕は再び無重力の時間を味あわされ、今度は床を弾みながら落ち、俯せの状態になる。
《警告、腹部装甲耐久率15%低下》
《左腕部第一装甲欠落、左腕部耐久率50%》
《左膝第一装甲破損、損傷率予想数値化不能》
身体を襲う痛覚とともに各部の被害状況が僕の視界に表示される。
『ぐ・・・・・・うぅ・・・・・・!?』
僕は何とか立ち上がろうとするがここに来て足に力が入りにくくなる。
《非常事態、脚部制御系にトラブル発生》
《現状態を分析中、緊急制御数値を再構築開始...》
まずい、身動きがとれなくなってしまった。このままでは一方的にやられる。
なんとか立ち上がろうと両腕でもがき足掻くが上手く俯せの状態から起き上がることが出来ない。
『なんだ、脚部の制御系でもイカれたか?』
ブラストルはゆっくりと僕の目の前々歩み寄り、棍棒の先端を僕の目の前に突きつける。
『まったく、手こずらせてくれたぜ。いいか、お前の使ってるその身体はな本当だったらウチの部署に回される予定のものだったんだぞ。それを何でこんな風に出動沙汰にまでして俺達が回収に走らされなきゃなんねぇんだよ。一回の出動にだって金が掛かってんだよ、わかるか?』
『知らないよ・・・・・・畜生っ』
突然、相手は愚痴をこぼしてきたのでとりあえずそう返しておいた。ここまで痛めつけられて文句を言いたいのはこっちの方なのに。
『まぁいいや、そのまま大人しくしてもらおうか。なに、俺達はお前の使ってるそのPGGボディを返してもらえればそれでいいんだ。お前の換えの身体くらいは俺が上に掛け合って工面してやるよ』
何がなんだかわからないけど、今ここで捕まるわけには行かない。
僕は校舎内にいるあの女子生徒、宮本雫のことを思い出す。
やっと僕の記憶につながる手がかりが見つかったんだ。何もわからないまま終わりたくない。
そして何より、彼女の無事が確認できるまで力尽きるわけにはいかない。ここで訳の分からない奴に連れて行かれてたまるものか。
『んじゃ、もうしばらく眠ってもらおうか!』
ブラストルは棍棒を振りかざした。
『やられて・・・・・・・・・・・・たまるかぁ!!』
《再構築完了、脚部制御系を再起動》
その表示を確認すると同時に僕は足に力を入れて起き上がりながら駆け出し、ブラストルに向かって突っ込む。
『何っ!?』
『ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
そのままラグビーの様に相手の腹部に向かってタックルを仕掛けて取り付く。
『っ!それなりに根性はあるみてぇだが、パワーはこっちが上なんだ!そんな破れかぶれのタックルが効くかよ!!』
しかし、パワーは相手の方が上の為か姿勢を崩すことなく、そのまま踏ん張られてしまう。
『だったら・・・・・・!!』
まともな取っ組み合いでパワーが上の相手に勝てないのは僕にだってわかっている。僕の本当の狙いはここからだ。
《スラストノズル開放、ダッシュブースターを起動》
《ブースタ限界時間をカウントダウン開始》
背部の装甲を左右に展開し、タービン上のスクリューを内蔵した加速装置ことダッシュブースターをここで起動させる。
『!?マジかよっ・・・・・・!!』
『いっ・・・・・・けぇええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!』
噴出した熱気で生まれる推進力を上乗せし、僕は組み付いた相手を押し出した。
『う、ぉおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?』
流石のこいつも一気に増幅された突進力には勝てなかった。僕を止めようと踏ん張る足は意味を成さず、ついには宙へ浮き始める。
そしてこの時を待っていた。宙に浮いていれば回避だって出来ないはずだ。
『はぁああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
『!!』
僕は渾身の力を込めて手に持つカッターをそいつの胴体へ向かって振り下ろした。
*
美術室で強姦されかけた女子生徒、宮本雫はまだその場から動けずにいた。
自分が強姦されかけたというショックが抜けきらないのもひとつの理由だが、もうひとつ、彼女の頭の中で処理しきれないものがあった。
(善良な人間に危害を加える害獣三匹は・・・・・・駆除する!!)
「何だったの・・・・・・いったい?」
自分の危機を救ってくれたあのロボットのことだ。あのロボットがこの場に現れなければ自分はどうなっていたかわからない。
しかし、本来だったら助けてくれたことに感謝しなければならないはずなのに、彼女はその存在に別の感情を抱いていた。「恐怖」である。
あの青いロボットは激しい怒りと明確な殺意を持って強姦魔達に襲いかかり、逃げたあいつらを追っていった。
あの後、あの連中はどうなってしまったのだろう。まだあのロボットに追われているのだろうか。それとも、既にもう・・・・・・。
お人好しにも自分に襲いかかった連中のことを心配し、更にはそいつらがあの青いロボットにやられてしまったのではないかと想像してしまう。
「っ!!」
あのロボットの持っていた光る刃があの連中の首を先程の彫刻像みたく刎ねる光景を想像してしまい、一気に戦慄が走った。
あの連中が殺されてしまうことももちろん怖いが、そのあとで今度は自分を殺しに来るのではないか、そんな考えが過ぎってしまったのだ。
「そんなの・・・・・・いやっ・・・・・・!!」
そこまで考えたところで身も凍るような悪寒が走る。雫は自身の身体を抱きしめ、必死に震えを止めようとした。
どうしてこんなことになったのだろう、自分には信じられないこと、信じたくないことばかりが立て続けに起こる。いっそ、これが夢であればいいのに。ただの悪夢であり早く覚めてくれればいいのに。
雫は今にも現実逃避に走りそうなくらいの恐怖に駆られていた。
「雫ぅーーーーーーっ!!」
唐突に遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。雫は声に気づいて項垂れて顔を上げる。
自分の名前を呼ぶ声は次第に大きくなり、こちらに近づいてくる。それは雫のよく知った声だった。
そして、美術室の扉の向こうから声の主が現れる。
「雫!?よかった、やっと見つけた!!」
「幸子!!」
声の主は自身の親友であり、学校に仔猫を連れてきた少女こと幸子だった。
駆け寄ってきた幸子へ雫は抱き、溜まっていた恐怖を吐き出すように泣き出した。
「ふぇ~・・・・・・幸子ぉ~・・・・・・」
「雫、大丈夫だった?怪我も怪我とかしてない?」
幸子はそこまで言って雫の服が無残に破られているのに気付く。
「酷い・・・・・・悪い予感が当たるなんて・・・・・・」
「え・・・・・・?」
どういうことだろうか、彼女の気になる言い方に雫は目を丸くするが、その答えはすぐに幸子の口から語られた。
「さっき、校舎の方からあんたに付きまとってたストーカー連中が出てきてね、こんな時間にいるのは妙だと思ってさ・・・・・・校舎の中を任せた雫のことが気になって駆けつけたの」
そう言って幸子は雫のことを抱きしめる。その目には涙が溢れ、雫と同じように震えている。
「ごめん・・・・・・本当に、ごめん・・・・・・私が仔猫を連れてさえ来なければ、校舎の中で逃がしさえしなければ、雫があんな連中に襲われることもなかったのに・・・・・・!!」
「幸子・・・・・・・」
親友が自分の危機を予感し、駆けつけてくれたことが嬉しくなった。
親友が自分のことを思って泣いている姿を見ていると自身の味方がいるという心強さと同時に、彼女が自分のために泣いていることに対して申し訳なく感じてきた。
「幸子、ありがとう・・・・・・心配しないで、服を破られるだけで済んだから」
「何言ってるのよ、それ自体が大問題だよ!!」
涙目で怒鳴ってくる幸子に対し、雫は苦笑いを浮かべた。まぁ、彼女の言うとおりではあるのだが。
「まったく、相変わらず変なところで雫は抜けてるんだから・・・・・・」
「うぅ・・・・・・幸子ってばヒドイ・・・・・・」
親友の物言いに雫はガックリと項垂れた。その様子を見て幸子は可笑しそうに微笑む。
「でも、本当に良かった・・・・・・雫に怪我がなくって・・・・・・」
幸子が微笑むのに釣られて雫の顔にも自然と笑みが溢れる。
先程まで折れかけていた雫の心は幸子の喜怒哀楽の激しい雰囲気に励まされて明るさを取り戻していた。
「さ、とりあえずは雫のその格好を何とかするのが先よ。仔猫ちゃん探しはまた今度にでも・・・・・・」
幸子がそういったところで雫は思い出す、自分を庇った仔猫があの連中によって窓の外に投げ捨てられてしまったのを。
「そ、そうだ幸子!大変なの、その探してた猫ちゃんなんだけど・・・・・・!!」
雫は慌てて幸子に探していた仔猫のみに起こったことを伝えようとする。
しかし、それを遮るように校舎内で大きな音が響く。何かの破裂音の様な緊張感を高める音に彼女達の身は強張る。
「な、何・・・・・・今の音?」
「まさか・・・・・・まだ校舎内に誰かいるの?」
二人は身を寄せ合って警戒する。
そんな中で雫はふと思い当たる節があった。あの青いロボットだ。まさかあのロボットがまだこの校内で暴れまわっているのだろうか。
幸子の話ではあのロボットに狙われた三人組は校舎の外に逃げ出せたみたいだが、そうなるとあのロボットは一体何をしているのだろうか。
(まさか、今度は私を狙って・・・・・・!?)
そう考えて再び背筋に寒気が走る。あのロボットは人を傷つけることに対して戸惑いがないように見えた。
あのロボットが再び自分の前に現れた時のことを考え、雫は幸子にしがみつく。
そして、そんな彼女に追い討ちをかけるように何かがぶつかりながら移動する音が次第にこちらへと近づいてきた。
「し、雫・・・・・・!!」
「っ・・・・・・!!」
幸子も何かがこちらに迫ってきていることを感じ、警戒しながら雫の身を抱き寄せた。お互いに寄り添いながら震える二人。
次の瞬間、二人の前にあるものが飛び込んできた。
「きゃあっ!?」
「な、何なの!?」
暗い教室内部では二人は突然現れたそれがなんなのか分からず怯える。
だが、それがすぐに怯えるような存在でないことが分かる。
「ニャー」
高ぶった緊張感に水を差す気の抜けた鳴き声。二人が目を凝らしてよく見てみれば、飛び出してきたのは二人が探し続け、強姦魔に窓から投げ捨てられたあの仔猫だった。
「あ、君は・・・・・・!」
「あ~!脱走キャット!!」
雫は仔猫の姿を見て目を丸くする。
身体の至るところ泥まみれになってはいるが、大きな怪我ひとつ無い子猫の姿を見て胸を撫で下ろした。あんな高所から投げ捨てられて無事だったのは本当に奇跡である。おそらく、木の枝にでも引っかかって落下の勢いが落ちたのだろう。
「生きてたんだ、良かった・・・・・・本当に良かった・・・・・・」
「まったく、あんたが勝手に走り回るから雫が大変な目に・・・・・・って、あんた何を咥えてるの?」
「え・・・・・・」
幸子の指摘で雫も目の前の仔猫が何かを咥えていることに気付いた。
それを見て雫は顔面が蒼白になっていく。
それは、自分の目の前で強姦魔を殺そうとしたあの青いロボットであり、ボロボロの状態となって力尽きている姿だった・・・・・・。