File.1-3『動き出す使者(エージェント)』
とある廃棄されたボロビルの地下駐車場、そこでは何やら物々しい騒音が鳴り響いていた。
騒音といっても工事現場で耳にするような重機や工事用機械の音などではない。何かを殴りつける音、銃声、そして悲鳴。人通りのないその一帯でなければ瞬く間に通報されてもおかしくない類の喧騒だ。
そしてその内部では、その騒音の主達によるぶつかり合いは決着がつく寸前だった。
白い軽トラックのフロントガラスに叩きつけられる黒いジャージに同じ色のキャップ帽をかぶった男。さらにその追い打ち様に白いハイヒールを履いた足による靴底の蹴りが男の腹に叩き込まれる。
「がっ!?」
「全く、随分と不抜けた相手だなオイ」
男の腹に蹴りを入れた赤いビジネススーツを着た女はその足に履いたハイヒールのかかとを男の腹へと押し込む。
「倉武の研究施設を襲撃した挙句、全部燃やして証拠を消そうとするからにはどっかの工作員かと思ったが・・・・・・白兵戦もろくにできないド素人かよ」
女はそう吐き捨てながら、力尽きて崩れ落ちる男を見下ろす。
そんな女の背後から別の黒服の男がナイフを持ってゆっくりと女の背後に忍び寄る。静かに距離を詰め、飛びかかれる距離にまで忍び足で近づく。ある程度の距離まで詰めたら一気に飛びかかるつもりだった。
だが、男の持っていたナイフは突然の銃声とともに弾けとんだ。
「うわっ!!」
ナイフ側面から襲いかかった強い力で得物を弾かれ、その時の衝撃は男の手首にもダメージを与える。
「はいはい、ごくろーさん」
声のした方からは水色のパーカーにベージュ色の綿パンを身につけた十代半ばくらいに見える少年がそこに停めてあった青い乗用車のフロントボディに腰掛け、左手に持ったオートマピストルを男の方へ向けていた。銃口からは硝煙が出ていることから彼の発泡した弾がナイフを弾いたことになる。
「どうやら、こいつらは金で雇われただけみたいだよ。こいつらの車の中には目的の品についてのリストと犯行計画、それに取引場所を指示された書類があったし。成功報酬は・・・・・・へぇ、なかなか良い額じゃん」
少年は今腰掛けているこの車、黒服の男たちの車の中を物色して入手した書類に目を通していた。そこに書かれていた金額の項目を見て口笛を鳴らす。
「はぁ!?ド素人中のド素人じゃないか、そんなもんを見てからすぐに処分しないなんて。呆れ果てること・・・・・・」
女は手を抑えてうずくまる男に近づき、その胸ぐらをつかんだ。
「なら、お前らの雇い主が誰なのか教えてもらおうか」
「い、言うと思う・・・・・・かはっ!?」
いきがった男の腹に女の膝蹴りが炸裂し、女は男を乱暴に放りしてる。さらに今度は男の顔面にあるものを突きつけた。
男に突きつけられたもの、黒光りする無機質な拳銃の銃口だった。
「あたし達を優しいお巡りさんだとでも思ったかい?あいにく国家権力とは無縁でお前らと同じ雇われの人間なんだ。ただし、お前らと違って素人じゃないから、甘さはない。必要に応じてなんだってやるんだ、お前らみたいなクソッタレの始末とかね」
「え・・・・・・あ、あぁ・・・・・・!?」
女の威圧に潰されて声にならない声を上げる男。
『マサミ、休日返上の急務で苛立つ気持ちはわかるがやりすぎるな』
そんな時、女を制止する機械的エコーのかかった声がどこからか聴こえてくる。声の発信源は車のフロントボディに腰掛ける少年の肩からだった。
『せっかく犯人を押さえても尋問できなければ元も子もないぞ』
少年の方に乗っていたのは灰色のボディを持つ身長20cm前後の小さな人型ロボットだった。ロボットはやれやれと言わんばかりに頭を押さえている。
「そんなことくらいわかってるわよ、フォルン。お姉さんは口を割らない悪い子には容赦はしないぞってお説教してるだけ」
「そうだぞ、そのお姉さんはとっても怖いんだぞ。女の外見をした野獣と思えるくらいに凶暴なんだぞぉ?同僚の男の玉を蹴り上げるくらいに」
「・・・・・・フレッド、この仕事が終わったら覚悟しとけ」
パーカーの少年が軽口で茶化す。女は眉間にシワを寄せて少年の方を睨んでいた。
「し、知らない!俺たちは前金もらって仕事して、ここでブツを引き渡して残りの金をもらう予定だっただけだ!!」
「なら、お前らが研究施設から盗んだブツはどこにある?」
「そ、それなら軽トラの荷台に・・・・・・がっ!」
男がそういったところで女は拳銃のグリップ底で男の頬を思いっきり殴った。
「あれで全部じゃないだろ、さっき確認したが足りないものがあるんだよ。何処に隠した?」
「し、知らない・・・・・・盗んでから今まで俺たちは積荷に手をつけちゃいない!本当だ、信じてくれ!!」
男がそう言って許しを乞うていた時、少年のパーカーのポケットからバイブ音が鳴り響いた。少年はポケットからマナーモードにしていたスマートフォンを取り出す。画面には「部長」と書かれた着信画面が表示されていた。
「・・・・・・あ、部長からだ」
少年は通話モードにしてスマートフォンを耳に当てた。
「あーもしもし、フレッドです。部長、なんでしょうか。・・・・・・はい、はい・・・・・・マジですか・・・・・・うっわ・・・・・・それって俺達、完全に無駄骨じゃないですか。・・・・・・ええ、コソ泥共の身柄は確保済みです。・・・・・・・・・・・・了解です、でも《01》については・・・・・・ああ、そうですか。やっぱり・・・・・・はい、はい・・・・・・では、俺達は掃除が終わり次第そちらに戻ります」
少年はスマートフォンの通話を切ると、座っていた車のフロントボディから降りる。
「フォルン、書類データの記録は済んだか?」
『ああ、しっかりと済ませた』
肩に乗っていたロボットが頷いたのを確認すると少年は手に持っていた書類にライターで火をつけて燃やし、放り捨てる。
「マサミさん、本部から撤収命令だ。盗まれたブツは全部その場で処分した後、そいつら連れて帰ってこいってさ」
「何だよそりゃ・・・・・・まぁ、余計な仕事は上が受け持ってくれると考えれば楽なもんか」
女はそう言って男の腹を思いっきり蹴り上げた。男はその一撃で一気に意識を刈り取られる。
『随分と荒っぽい眠らせ方だな、それでは野獣の蔑称を返上できんぞ』
「フォルン、フレッドの次はあんたをスクラップにしてやろうか?」
そう言いながらも女は男達の手足をビニールテープで縛り、駐車場に止めてあった黒いワゴン車に押し込む。
一方で少年とその肩に乗っていたロボットは手分けして男達が乗っていた白い軽トラックと青い乗用車に何かを仕掛けていく。
『こちらの分は終わった』
「こっちもセッティング完了」
そして彼らが合流する頃、黒いワゴン車のエンジンが入り、クラクションが鳴らされる。
「お前ら、終わったんならさっさと乗れ!置いてくぞぉ!!」
ロボットを肩に乗せた少年は女の運転するワゴン車の助手席に乗り込んだ。
「・・・・・・で、《01》については何だって?」
「何でも運ばれてる途中で勝手に起動したみたいでさ、レーダーで所在を掴んでるから別の奴を向かわせてるって」
少年はシートベルトを締めながら答え、女はがっくりと項垂れた。
「冗談でしょ・・・・・・っ~、あたしらは空振りの挙句、掃除させられる為に動いたわけか」
「何を今更、ウチではよくあることじゃん」
その場にいた者全員を乗せたワゴン車はそこから発車し、出入り口のスロープをくぐっていく。外は既に夜の闇に包まれており、街灯のない離れの街を黒いワゴン車は走っていった。
「で、その別の奴ってのは?今あたしら以外に他に動けるやつなんて・・・・・・」
「・・・・・・《イカズチ》だって」
『な・・・・・・あいつをか!?』
少年の肩に乗っていたロボットが驚いた声を上げる。
「《01》が俺らに牙を向ける可能性も考慮したら妥当な選択だろ。搭載されてるAIがどういう奴かわからない以上、万が一に備えて取り押さえられるだけの戦力を持つ奴を向かわせないと」
「なるほどね・・・・・・確かに《PGG》に対抗できるのは現状では《PGG》くらいなものだしね。あたしらみたいな図体のでかい人間じゃ相性が悪い」
『しかし、あいつに任せて大丈夫か?あいつに我々の真似事は向いてないだろう』
ロボットはそう言って頭を抱える。それに釣られて女の方も苦笑いを浮かべる。
「そうよねぇ、あいつはどっちかって言うとあたしら見たいな諜報部隊より派手にドンパチする機動部隊が似合ってそうだし。まぁ、おとなしめの花火で済めばいいけどさ・・・・・・」
女はそう言って上着のポケットからタバコの箱を取り出す。彼女が口に運んだタバコに火をつけるのを見て少年の方も悪戯を始める悪ガキのような笑みを浮かべた。
「なら、俺達の方も花火の火をつけるとしますか」
少年はスマートフォンを取り出してあるアプリを開く。そのアプリを操作し、しばらくして画面にはこう表示された。
《Ignition!!》
直後、彼らの走る車の遥か後方、彼らがいたハイビルの地下から閃光と同時に振動と煙が上がる。それは、彼らが抑えた男達の車を積まれていた中身もろとも発破したことによるものだった。
爆煙が暗い夜空に上がる中、黒いワゴンは何事もなかったかのように夜の街を走っていった。
*
『善良な人間に危害を加える害獣三匹は・・・・・・駆除する!!』
僕は叫ぶとこの教室内で辱められようとしていた少女・宮本雫にまとわりつく強姦犯共に向かい、手に持っていた陽電子カッターを振り上げて飛びかかる。
「ひっ!!」
狙いを定めていた相手は寸前のところで身を翻し、こちらの一閃をギリギリのところでかわす。しかし、その一太刀で奴の被り物に刃は入り、奴の目元に当たる部分に大きな風穴を上下へ開けるように作る。
僕は休む間も与えず再び飛びかかり、さらに横薙ぎの一閃を繰り出す。
「う、うわぁあああぁぁぁっ!!」
又してもしゃがんで僕の攻撃をかわす。横薙ぎの一閃は奴の首の代わりにその背後にあった彫刻像の首を刎ねた。彫刻像の首は仕留めそこねた獲物の足元に落ちる。
「あ・・・・・・あああああぁぁぁぁぁぁっ!!?」
「た、助けてくれぇえええええぇぇぇぇぇっ!!」
「お、俺を置いてくなぁああああぁぁぁぁぁっ!!」
下衆共が涙目になって逃走を図る。逃がすものか、ここまでふざけた真似をした連中をただで返すなんて生ぬるい。ここでこいつらを逃がしたら、こいつらに殺されたあの仔猫が浮かばれない。僕はすぐに逃げに走った奴らの後を追う。
昼間、僕は仔猫にすら負ける逃亡者だった。しかし、今この時は追跡者となって獲物を追い回している。
「ひ、ひぃいいいいいぃぃぃぃぃぃっ!!?」
「こっちに・・・・・・こっちに来るなぁ!!」
『逃げるなっ!!』
奴らの逃げる背中を追う。だが歩幅の差からくる移動速度は向こうの方が速い。このままでは逃げられる・・・・・・!
「もっと速く移動しないと・・・・・!!」
《移動補助関係装備のリストアップ開始...》
《背部搭載ダッシュブースター:使用可能》
これが使える、僕はためらわずそれを使用する。使い方も教えてもらった覚えもないのに何故使えるのかはわからないが、この際そんなことはどうでもいい。
今、僕にとって一番大切なのはあいつらを斬り捨てることだけだ!
「ブーストッ・・・・・・!!」
《スラストノズル開放、ダッシュブースターを起動》
《ブースター限界時間をカウントダウン開始》
背部の装甲が左右に展開し、内側からタービン上のスクリューが露出する。内部のそれが高速回転を始め、やがて赤熱化するほどまでにタービンが熱せられて、取り込んだ空気を膨張させる。膨張した空気はそのまま後方に向かって噴射されて僕の身体を勢いよく押し出す力となる。
その力を背中に受けて僕は前屈みの姿勢となり、それまで走っていたスピードの何倍にまで加速した。それは人間が足で走るスピードの1.5倍近い速度となり、引き離されていた距離を今度はじわじわと詰め始める。
「な、何だよあれは!いろいろと反則だろ!!」
「それ以前になんだってんだ、あれ!?」
連中がごちゃごちゃ言っているが僕の耳には入っていない。加速した僕はついに連中を追い抜き、連中の前方に躍り出る。
《5・4・3・2・1・・・・・・ブースト限界時間到達》
《冷却の為ブーストを一時停止》
同時にブーストも使用限界を迎え、冷却の為に展開されたままその動きを止める。だが、ここまで来れば十分だ。
連中は慌てて急ブレーキをかけて立ち止まるが、僕はその一瞬の隙を狙って斬りかかった。
×の字に入れた太刀筋は一番前方にいたやつの覆面に入り、その大きく開かれた切り口からそいつの顔が顕わになる。
「あ・・・・・・ああああああぁぁぁぁぁぁっ・・・・・・!?」
恐怖の涙で汚れた醜い顔が破れた服面の下から現れる。でも、だからなんだ。あの娘の味わった恐怖はこんなものじゃない。あの仔猫が受けた苦しみはこの程度では済まない。
『もう観念したらどうだ』
僕は着地と同時に振り向き、ゆっくりと連中に歩み寄る。僕が向かってくるに連れて奴らは腰を抜かし、這いずるように後ずさり始めた。
「殺されたくない殺されたくない殺されたくない・・・・・・!?」
「く、来るな!この化物!!俺達に何の恨みがあってこんなことするんだよ!?」
『恨み、だと?』
僕は陽電子カッターを奴らの方に突きつけ、睨みつけるように視線を向ける。
『初めに言っただろう、僕は“害獣を駆除する”だけだって。嫌がる女の子を辱めようとした挙句、それを止めようとした小さな仔猫をお前らは・・・・・・』
そう、窓から放り捨ててその命を奪った挙句、さらには見向きもせずに再び彼女を襲おうとしたのだ。こんなことをする連中を許せるわけがない。僕は手に持った得物を握り直して構え、続ける。
『卑怯で卑劣で身勝手で野蛮で残忍で最低なお前達は・・・・・・人間以下な害獣以外の何者でもない!!』
その叫びとともに僕は奴らの息の根を止めるために力の限り跳躍し、斬りかかった。
僕の振り下ろした刃は奴らに、届かなかった。
間合いも、踏み込みの勢いも、振り下ろした太刀筋の軌道も全てが奴らを捉えていたはずだった。
『・・・・・・ったくよぉ、随分と洒落にならないことしてるじゃねぇか?』
『!?』
それでも刃は届かなかった。奴らに到達する前に、それを遮るものが現れたからだ。
『オラァッ!!』
『グ・・・・・ッ!?』
ボクと奴らとの間に割って入った何かは僕の腹部に蹴りを入れ、その衝撃で僕の体は大きく後退する。
『それにしてもよ、何があったかは知らねぇがガキ相手にこいつはやりすぎだろうが。一歩間違えば傷害通り越して人命沙汰になってたところだったぜ』
僕は何とか姿勢を立て直し、割って入った何かに目を向ける。
『・・・・・・・・・・・・えっ』
直後、僕は驚きのあまり呆然とし、更には身体が震え始めた。
『さーて、夜も遅いからとっとと用事を済ませるか・・・・・・なぁ、《01》よぉ!!』
そう言って僕に向かって構えるそれ。
僕の目の前に、“緑色の装甲を持つ、僕とよく似た姿のロボット”が立ちはだかっていた・・・・・・。
ついに物語は主人公と同じ身体を持つ存在が登場する戦闘シーンへ突入。
主人公の身体の秘密、出自、存在理由などが明らかにされていきます。