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File1-2『悲しみの遭遇(エンカウンター)』

「よしよーし、もう遅いから私と一緒にここから出ようねぇ」

「ニャー」

 僕をここに連れてきた子猫を腕に抱きつつ、雫と呼ばれた少女はゆっくりと立ち上がる。

『あの娘、は・・・・・・』

 僕は彼女の姿を見て固まっていた。記憶をなくしている僕には彼女がどこの誰で自分とどういう関係だったかなんて覚えているわけがない。

 でも何故だろう、彼女は僕にとってどこか特別な存在(・・・・・)だった。そんな気がする。彼女は僕に勇気や希望を与えてくれていた存在、そうであった気がした。

(・・・・・・でも何でだろう、今の彼女を見ているとどこか悲しくなってくる)

 そう、今の彼女の後ろ姿は何処か哀愁が漂い、その顔も涙目ながら無理に笑顔を作っている感じだ。

「・・・・・・ねぇ・・・・・・ちょっと私のお話、聞いてくれるかな?」

『え・・・・・・』

 突然、そんなことを口走る彼女に僕は自身の存在がバレたのではと思った。

 しかしそうではなかった。彼女の視線は腕に抱いた仔猫の方に向いている。どうやら仔猫に向かって話しかけているらしい。

「私ね、この学校に好きな人がいたんだよ。お友達とかじゃなくって、異性として観ることのできる一人の男の子」

『あの娘に・・・・・・好きな男の子・・・・・・?』

 僕は急に胸に針が刺さったような不快感を覚えた。何だ、何故こんな気持ちになるんだ。そんな僕のことなど知る由もなく、彼女は話を続ける。

「入学してすぐだったかな、通学途中の橋であなたくらいの仔猫が河に落っこちたの。その時の私はびっくりしてどうすることもできなかったんだけど、たまたま傍を通りかかった男の子がいたんだ。男の子も河に落ちちゃったその子のことに気づいてくれたんだけど・・・・・・」

 彼女はそう言って仔猫を抱いたまま教壇の段差に腰を下ろして続ける。そして不意に小さく笑い出した。

「その男の子はね、急に自分の手荷物や上着を投げ捨てたと思ったら皆が何をする気か尋ねる暇もなしに河に飛び込んだんだよ、まだ四月で泳ぐには寒すぎる河に。でもって男の子は河に落ちた仔猫ちゃんを助けて河から上がってきたんだ。今思い出してもすっごくかっこいいって思う」

 本当にかっこいい奴だと僕も思う。寒い河に戸惑いもなしに飛び込めるなんてよほど肝の据わった奴じゃないと無理だ。

「そのあとその男の子はそばにいた男友達からタオルをもらって仔猫と一緒にどこかに行っちゃったんだ。何でも、その仔猫ちゃんの里親になってくれそうな人に心当たりああったみたいでその人のところに連れて行ったんだって。信じられる?ちょっとした縁で見つけただけの仔猫のためにその男の子はそこまで頑張ってくれたんだよ。かっこいいだけじゃなくて優しいんだよ」

 僕も優しい人だと感じた。小さな命をそうやって大切にできる人は本当に心が綺麗な人なのだろう。なるほど、彼女が心奪われてしまうのも頷ける。

「でもね、私がその人のことを好きになったのはそれだけじゃないんだ。河から上がってきた時にその人が口走ったある言葉が心にすごく響いたからなんだ」

 その人はどんなことを口走ったというのだろう。僕も非常に興味が湧いた。彼女の言う男の子が嫉妬を通り越してとても好感が持てる人物だからだろうか。

 そんな期待の視線を向ける僕の気持ちに応えるように、彼女はあさっての方角を見上げながら口を開く。

「・・・・・・“ただ、そうしたいと思ったから全力で動いた”って。その時は仔猫を助けなきゃって思って必死になって他に何も考えてなかったんだって」




(“そうしたいと思うなら全力で動け”。その考えがお前に勇気をくれる)




『っ!!?』

 彼女の口から出てきた言葉に、僕の記憶は反応してしまう。

 何だ、今の言葉は。僕は今の言葉を知っている(・・・・・)

『まただ・・・・・・あの娘の声といい、姿といい、口にする言葉といい・・・・・・あの子の言葉は何処かおぼろげな僕の記憶を刺激してくる』

 間違いない、彼女は失われた僕の記憶におけるキーパーソンかそれに準ずる人物だ。だとすれば、彼女を頼りに僕の記憶を探せるかも知れない。

「その言葉、私の胸にもすっごく響いてさ。その時の私も“コーラス部に入ってステージで歌いたい”って思ってたから全力で動いたんだ。時間の続く限り練習して、先輩や顧問の先生に認めてもらえるように。辛くて泣きたくて投げ出したくなったときは、その男の子とその人の言葉を思い出して自分を奮い立たせてさ。そしたら、本当にステージに立てちゃった・・・・・・」

 彼女はそこまで語ると腕に抱いた子猫に自分の頬を当てる。

「でもね、今度ばかりは本当にダメ・・・・・・私に勇気をくれた人は、私の好きな男の子は・・・・・・もう、この世には・・・・・・いな・・・・・・っ」

 そこまで語ったとき彼女の瞳には涙が溢れ、泣き声で話は途切れてしまった。

 そうか、彼女がどこか悲しげに見えたのは好いていた男の子が亡くなってしまったからなのか。それを聞いて、僕は同情と同時に安心を覚えた。その男の子がいないということは彼女はもう二度とその男の子と恋に落ちないということに。

 そこまで考えて僕はハッとなった。

『・・・・・・最低すぎるぞ、僕』

 何を考えているんだ僕は、人の不幸を喜ぶなんて。それも人が死んだことに対してだ。あまりに低俗な感情を抱いてしまったことに僕は激しい自己嫌悪を覚えた。

 彼女の方を見ればまだすすり泣いており、その姿はとても痛ましかった。僕はどうにかしようとした。なんとか彼女を慰める方法はないかと。

 しかし駄目だった、今の自分の状況から不可能だった。人間であった頃と違い、今の僕はとても小さくて非力だった、それこそ仔猫から逃げなければならないほどに。彼女を慰めようと胸でも貸すか、大きさや存在自体から見て不可能だ。彼女に慰めの言葉でもかけてやるか、彼女の境遇を知ったばかりの癖に記憶喪失で空っぽな自分の言葉が届くわけがない。

『・・・・・・無力だよ、僕は』

 悔しさのあまりに僕の手にはいつの間にか握られて震えた拳があった。彼女が泣いているだけで、僕もこんなにも辛い気持ちになる。なのに何もできない自分がこんなにも腹立たしく悔しかった。

「ニャー」

 そんな時、彼女の腕に抱かれたあの仔猫が彼女の涙に濡れた頬を下で優しく舐めた。

「私のこと、慰めてくれてるの?」

「ニャー♪」

「・・・・・・ありがとう」

 涙に溢れながらも彼女は少しだけ笑顔を取り戻した。

 そして僕はその光景に呆然としていた。ほんの些細なことで彼女を慰めた仔猫に。僕には難しくてできないことを平然とやってのけたあいつに素直に感心してしまった。身体能力といい無邪気さといい気配りの良さといい、まったくもってますます仔猫には勝てない気がしてきた。

『全く、存在自体が反則だよ』

 口では悔し文句をこぼしつつも、彼女が少しだけ元気になったことに僕はホッとしつつ、彼女を元気づけてくれた仔猫に感謝していた。


 そんな時だった、また事態が急変したのは。

《Warning! Anything approaches here.》

 僕の視界にまたあの英文の羅列が表示される。今度は何か矢印みたいなマークも現れてそれについて伝えようとしているように見える。

『またこの羅列・・・・・・っていうか英語はわからないよ、日本語で伝えてくれ!』

 そう、僕は英語が読めない。だから何を伝えようとしているのかがその時はまだわからなかった。

 すると僕の願いに応えるように表示されている文面がスクロールした。

《メインAIよりナビゲーションシステム表示言語の変更要求を確認。これ以降の表示言語は日本語を使用します》

『え・・・・・・・・・・・・』

 案外、あっさりと日本語になった。最初からそうして欲しかった。そう思っている間に再び先ほどの矢印の出ていた画面に戻る。

《警告!動体反応の接近を確認。対象が詳細分析第一段階の可能領域まで接近》

《解析を開始...》

《解析完了、対象は身長約170cm大の人間3名。対象は尚も接近中》

 さっきの画面はこれを伝えるためのものだったのか。しかし、人間が3人って、いったい誰が来るというんだ。

「!?フゥー・・・・・・っ!!」

「ど、どうしたの?」

 今度は彼女の手に抱かれていた仔猫が急に毛を逆立てて警戒態勢をとり始める。

《目標との距離:約10m》

『もうそんな近くまで!?』

 僕が慌てている間にも視界に表示されている数字はどんどん減っていき、そいつらがこちらに近づいていることが示される。

《対象を正面に確認。位置データを表示》

 僕が教室の出入り口付近へと視界を向けると、壁のあるとこに白い線の輪郭が人の形をした状態で表示される。その輪郭はまるで引き戸の方へ忍足で向かっているように動いており、その手は引き戸の部分へと向けられる。そして、その輪郭は後方にあるもうひとつの引き戸にも同じように二人分存在した。

 考えるまでもない、この壁の向こうにそいつらがいるということだ。

『逃げ場を塞がれた!?』

「フゥウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

 仔猫の威嚇の叫びが最高潮に達した瞬間、前後両方の引き戸は同時に開かれた。

「な、なに・・・・・・きゃあっ!?」

 彼女が突然のできごとに驚く中、引き戸を開けた二人組は勢いよく彼女の方へと突撃し、二人がかりで彼女を組み伏せにかかった。

「いやっ!!やめて・・・・・・っ!!」

「そう言われて止めるなら初めからしてねぇよ!」

「むしろ、そそられるぅ!!」

 彼女に襲いかかってきたのは栄原高校の制服を着た男子生徒と思わしき二人組だった。顔は玩具店で売っているような何かのマスコットを模したマスクで隠しており誰かわからない。

「フニ”ャァアアアァァァァッ!!」

「イダダダダダッ!?こ、こいつぅ!!」

 彼女の腕に抱かれていた仔猫が襲撃者の一人の腕に飛びかかり、噛み付き引っ掻く。

 仔猫の攻撃を食らったそいつは驚いて彼女から距離を取ってしまい、その隙を突いて彼女はもうひとりを振りほどいて後方の出入口から逃げようとする。

『ダメだ、そっちは・・・・・・!』

 彼女は必死になって入口を抜けようとするが、すぐに後ずさるように引き返す。彼女の目の前を遮るように三人目の覆面襲撃者がゆっくりとビデオカメラ片手に現れた。

「おっとぉ、どこに行くのかな宮本みやもとさん?」

 逃走に失敗した彼女をあざ笑う声でカメラを持った覆面は彼女を教室の片隅へと追いやっていく。

「いやぁ、宮本さんのことは前々から狙ってはいたんだけどさ。まさか今日、こんなチャンスが巡ってくるなんてね」

「そそ。こんな時間に何かを・・・・・・って、あの猫ちゃんか。それを探して学校に残るなんてねぇ。宮本さんの姿を遠目で撮って終わるだけのつもりが、とんでもない大チャンス到来?」

 別方向からは先に教室に押しかけた襲撃者が歩み寄る。こいつら、彼女のことを盗撮していたストーカーか何かか!?

「ってぇな、この糞猫がっ!!」

「フニャアッ!?」

 仔猫に噛み付かれていた襲撃者は、腕に噛み付いていた仔猫を乱暴に引き剥がす。そしてそいつは教室の窓を開けた。

『まさか!?やめ・・・・・・!!』

「人間様に牙をむく害獣はこうだ!!」

 そいつは子猫を窓から、高さ三階もある教室の窓から外へと投げ捨てたのだ。その様子を見た彼女が悲鳴を上げる。

「ひ、酷い!なんてことを・・・・・・!!」

「大丈夫大丈夫、あんな猫と遊ぶより俺たちともっと楽しいことしよう・・・・・・よっ!!」

 そう言って男達は再び彼女を組み伏せ、今度は彼女の着ている制服を乱暴に脱がし始めた。

「やだ・・・・・・やめて!!」

「まったく、宮本さんが悪いんだよぉ?交際しようって誘う男をみんな袖にしちゃうんだから、男の純情踏みにじった罪を償ってもらわなくっちゃ」

「そそ、これは然るべき刑の執行なわけ。俺達の気が済むまで慰めてもらうっていう、ね」

「いいから早く上を脱がせろよ、宮本さんの生の胸が見てぇんだよ!!」

 彼女を強姦しようとする襲撃者達を背に、僕は奴らに放り投げられた仔猫が落ちていった窓を見て呆然としていた。

 あいつは僕の代わりに落ち込んでいた彼女を慰めてくれた優しい奴だった。彼女に降りかかる驚異に身を呈して守ろうとした勇敢な奴だった。無邪気で色々と面倒な目に遭わしてくれたが悪い奴ではなかった。

 なのに、なのにだ。なんでそんな奴がこんな最期を迎えなければならない。こんな理不尽な命の奪われ方をしなければならない。

『ふざけてる・・・・・・ふざけすぎてるだろ・・・・・・人間のやることじゃない』

 僕は再び彼女の方へと視線を向ける。彼女は今も襲撃者たちに暴行を受けており、スカートも乱暴に引きちぎられてあられもない姿を晒させられていた。

 彼女の顔は恐怖の涙で濡れて、最早痛々しいなんてものじゃなかった。

『おい・・・・・・泣いてるのに何でまだそんなことしてるんだよ。お前達、その人は僕にとって特別な人なんだぞ・・・・・・!』

 嫌がる女の子を、ひいては小さな命を平気で弄ぶこの下衆どもの存在が僕は許せなかった。何でこいつらが笑ってて、彼女やあの仔猫が苦しみ涙しなければならない。逆であるべきだろう、そうじゃないのか。

「お、いいねぇ。その泣き顔も相まっていい絵だ♪」

「うひょおっ!!これが、これが宮本さんの生乳ぃ!!」

「所謂、美乳ってやつだな。いやぁ興奮するねぇ・・・・・・よし、それじゃ次はブラから下をご拝見~~~」

 襲撃者の手が彼女のブラジャーに伸ばされる。もう僕の怒りはとうの昔に沸点を超えていた。

『お前達は・・・・・・僕の、《敵》だっ!!』

「や・・・・・・やぁあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 彼女悲鳴を合図に、僕は襲撃者に向かって跳躍した。





《メインAIの判断により対象を【enemy(敵)】と認定》

《ナビゲーションを通常モードから戦闘モードへ移行、敵対する反応の排除を第一目標に設定》

《現在、使用可能な武装をリストアップ...》

 僕の視界にこの体に搭載されている武装に関するデータが図になって表示される。

《陽電子カッター:使用可能》

 左肩装甲部分にあるそれが使用可能であることが記されていた。僕は無我夢中で左肩へと右手を伸ばす。左肩装甲内部にマウントされていたスティック状の物体が僕の伸ばされた右掌に向けて出てくると直ぐにそれを掴んで引き抜く。

 そして、僕は彼女に・・・・・・宮本雫(みやもとしずく)に暴行を振るう襲撃者に向かってそれを振り上げた。

「うわぁっ!?」

 突然の攻撃に怯むカメラ担当の襲撃者。手に持っていたカメラはそいつの手から離れて床へと落下する。

「は?」

「おい、どうしたよ?」

 残りの襲撃者はカメラ担当の方へと目を向ける。一方のカメラ担当は自分の持っていたカメラを見て絶句していた。

 それもそうだろう。ただ床に落ちて壊れただけならともかく、そのカメラの残骸には何かで真っ二つに焼き切られた跡があるのだから。しかもそれは赤熱化していて暗がりの教室では異様な存在感を見せつけており、襲撃者達の瞳には強烈な衝撃となって焼き付いているだろう。

『お前達・・・・・・自分が何をしたのか、わかってるのか?』

 床に降り立った僕は襲撃者達に僕は静かに語りかける。襲撃者達は僕の方を壊れたゼンマイのおもちゃみたいにゆっくりと振り向いてくる。

『わかっていたら初めからこんなことはしないよな、善悪の区別も持たない獣以下なんだから』

 今の僕は妙に芝居じみたことをしていると思う。でも、必要なことだ。僕のこの怒りをこいつらに恐怖として与えてやるには。

『善良な人間に危害を加える害獣三匹は・・・・・・駆除する!!』

 僕は目の前の害獣共に向かって、カメラを焼き切った武器、手に持つスティックから伸びる金色に光る刃こと【陽電子カッター】を振るいながら飛びかかった・・・・・・。

 


ついに主人公が戦闘モードへ。

せつない悲恋ばなしのあとは強姦未遂というハードな展開へ突入してしまいました。ロボットが人間に牙をむくなんて「ロボット三原則はどうした!?」的な内容ですが、それものちのち綴っていく予定です。

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