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File.1-9『男達の会談(トーク)』

 その日の夜、僕は裁判の開始を待つ被告人の様な状況に置かれていた。

 静けさに包まれる雫さんの部屋、その机の上で僕は座りながらジッとしている。そこには僕以外に誰もおらず、話し相手もいないこの状況が、尚の事この張り詰めた時間を作り出していた。

 そんな中、この家の駐車場に一台の車のエンジン音が近づき、そして停車する。それに合わせて、階段を登ってくる足音も聞こえた。

『・・・・・・来たか』

 僕がそう呟いた後に部屋の扉は開かれ、扉の先から重い表情をした雫さんが出てきた。

「・・・・・・パパ、帰ってきたよ」

『わかった、行こう』

 僕は近寄ってきた彼女の肩に飛び乗ると、彼女に連れられるままにリビングへと降りていった。







 自分の家に帰った宮本雫の父親は厳しい顔で仕事着であるスーツから部屋着に着替えている。その背後では母親が着替えを手伝うように控えていた。

「・・・・・・で、お前達に怪我はなかったんだな?」

「ええ、雫の拾ってきたロボットが戦ってくれたおかげでね」

「ではそのロボットは今どうしてる?」

「あなたが帰ってきたのと合わせて雫に部屋から連れてこさせたわ。今、リビングであなたを待ってるはずよ」

 父親が着替え終わると同時に、母親がその背中に寄り添った。

「あなた・・・・・・今、私達の身の回りで何が起こっているのか知っているんでしょ。雫が拾ってきたり、私達に襲いかかってきたロボットについても知っているんでしょ。もう、あなただけの問題じゃない・・・・・・一人で背負い込もうとするのはやめて」

「背負いこむも何もそれが一家の長の勤めだ」

 父親は振り返り、母親を優しく片手で抱きしめる。

「だが、お前の言うとおりかもしれない。こんな直接な手段までとってきた以上、私だけでどうにかできるのも限界なのかもしれないな」

 そして父親は母親を引き剥がすと、リビングに向かって歩いていった。







 リビングでは僕と雫さんと仔猫が静かに佇んでいる。

 僕はテーブルの上で、雫さんはソファーに、仔猫は雫さんの膝の上である人物を待っていた。雫さんの父親である。

 あの襲撃の後、僕の存在が母親の知るところとなってしまい、その処遇をどうするべきか家長である雫さんの父親に決めてもらうことになったのだ。

 こうして、僕は自分の運命がかかった会談を待つこととなったのである。

 その時、背後の扉が開かれた音に反応して僕達は振り向く。

 扉の中からは眼鏡をかけた厳しい表情の男が出てきた。この人が雫さんのお父さんか。

 父親の厳しい視線が僕を射抜くように向けられ、それに僕はたじろきそうになるのをジッと耐えた。懐疑心と警戒心が入り混じったプレッシャーが隠すことなく僕に向けられているのがわかった。

 父親は無言のままリビングのソファーに腰掛け、僕の方をジッと見つめる。銃で武装したワッチドッグとの戦いとはまた違う緊張感が僕を包み込んだ。

「これが雫の拾ってきたロボット・・・・・・いや、PGGだな」

『!?』

 父親の口からPGGという単語が出てきたことに僕は驚く。僕はこの家に来てから人前で一度もその単語を口にした覚えはないのに。

 ということは、この人はPGGについて知っている関係者なのだろうか。

「PGG?」

 対する雫さんは訳が分からず僕の方を見ている。どうやら知っているのは父親だけのようだ。

 その父親は雫さんの方に目をやる。

「雫、お前は席を外しなさい」

「え、どうし・・・・・・」

「このロボットと一対一で話がしたいんだ」

 強い口調で有無を言わせない父親。雫さんはやりきれない表情になりながらも立ち上がり、僕へ目配りする。僕はそんな雫さんに静かに頷いた。

「わかった、パパ。でもこのロボットは本当はすごく優しんだからね、とってもいいロボットなんだからね!」

「それは私が話し合って判断するから早く行きなさい」

 父親に急かされるように雫さんはリビングを出ていく。そのあとを追うように仔猫も出て行き、リビングにはボクと雫さんの父親だけが残された。

 僕は改めて父親の方を振り向く。

『・・・・・・僕のこと・・・・・・いえ、PGGについてご存知なんですか?』

 僕の問い掛けに父親は大きく頷いた。

「ああ、知っているとも。正式名称「Portable.Guardian.Gadgets.(ポータブル・ガーディアン・ガジェット)」、略してPGG。私が勤めている企業、倉武技術興業も開発・製造に着手している手のひらサイズの警備ロボットだ」

 淡々と語る彼。僕は語られた内容にまたも驚いていた。

『あなたは倉武技術興業の人間なのか!?』

 僕がそう口にすると、父親は何かを悟ったようにため息をついた。

「・・・・・・その様子からすると、こちらの事情について詳しく知らないらしいな」

 父親は鋭い瞳を再び僕の方へと向け、口を開く。

「では単刀直入に聞こう。お前は何処で作られたPGGで、何の目的で娘に近づいた?」

 雫さんに近づいた目的、それは彼女が僕の失われた記憶のキーパーソンであると感じたからだ。だが、この男にそれを話したところで信じてもらえると僕は思えなかった。

『聞くも何も・・・・・・僕は自分の記憶を探して彷徨ってたら彼女に拾われただけなんだ。何処で作られたかなんて僕が知りたい』

 だから、ぶっきらぼうにそう返した。この男にそう返したのには理由がある。

『寧ろ、聞きたいことがあるのは僕の方だ。倉武技術興業の人間の家に何で倉武のPGGが襲撃に入るんだ?あなたの会社の商品なのに』

 そう、それはこの男がブラストルやワッチドッグといったPGGを作った企業である倉武の人間だったからだ。二度も倉武製PGGと対峙した為に倉武技術興業に対して警戒心が僕の中で芽生えていたのだ。

 僕の問いに対し、この男は眼鏡の位置を直しながらこう答えた。

「商品として売り出しているからこそ、だよ。法人向けと謳って販売してはいるが、会社の手から離れた機体が心無い連中の手に渡って悪用されてしまうこともある。カメラ機能を使えば盗撮できるし、武器を積めば兵器にだってなる」

『随分、淡々と言うんですね。それで自分の娘が危険に晒されたっていうのに!』

 この男の冷ややかな口調に僕は頭に来ていた。対する男は表情一つ変えないままだった。

「ここでそれについて熱く問答を交わして解決するなら私もそうしたいがね。だが今度はこちらが尋ねる番だ。娘に拾われただけのお前が何故、我が家に襲撃してきたPGGと戦った?それもそんなボロボロの体で」

『!!』

 いや、眼鏡の反射光で見えなかったが、その瞳は真剣な表情そのものだ。家族を守る、その決意に駆られた父親の目だった。家族を守るためなら何だってできる、自分の家族に害なすものには容赦しない、そう言って威圧してくるような迫力があった。

「もう一度聞く、壊れかけのお前が武器を持った相手に挑んでいった理由はなんだ?」

 強く、それでいてこちらを押しつぶしてくるような圧迫を含む問い掛け。熱くなっているのは僕の方じゃない、この男、雫さんの父親の方だ。

 この人の威圧に飲まれてか、僕は震える身体を力で抑えながら声を絞り出す。

『それは・・・・・・戦わなくちゃ、守れなかったから』

「何を守るためだ?」

『・・・・・・雫さんだ』

 僕がそう答えた途端、父親は眼鏡の奥の瞳をさらに鋭く尖らせ、とても不愉快そうな表情になる。

「拾われただけのお前が何故、娘を守ろうと思った?一体、なんの目的で娘を守る?」

『目的って・・・・・・まるで僕が彼女を利用しようとしてる言い方を・・・・・・』

「PGGなど所詮は機械だ、欠陥品でもない限り目的なく動く機械などありえん」

『き、機械・・・・・・だと・・・・・・!!』

「そうだ、お前は人間ではない。ただの機械だ。機械人形が人間の真似事をしてあれこれ聞き返してくる時点で私にとっては不愉快だ。いい加減、私の問いに対する答えだけを述べろ」

 父親は僕を「機械」と断言して問い詰めてくる。それは僕にとって再び頭にこさせるのに十分な言葉だった。違う、僕は機械じゃない。身体は機械だが、人間であったという曖昧で不確かなれどそう断言できる確かな記憶がある。

「どうした、ついに問答ができなくなるまでに壊れたか。このポンコツ機械が!!」

 僕は、相手の威圧など忘れて叫ぶ。

『ウルサイ、ウルサイ!ウルサイッ!!確かに身体は人間じゃなくなってるけど、あんたが言うPGGのそれだけど、元は人間だったんだよ!人間みたいに泣いたり笑ったり怒ったりできるし、人間だった頃の人間の身体のあれこれだって知ってる。人間だったから人間としての当たり前の感情だって持ってるし、人間として当たり前の行動基準だってある。あなたに僕の何がわかる、何も知らないくせに機械だ機械だって散々言って・・・・・・自分が何者だったのかの記憶は失っても、自分が人間だったことまで他人に否定なんてさせてたまるか!!』

 僕は感情のままに目の前の男に向かって吐き出した。突然わけのわからない状況になり、人間の頃の記憶を失っても僕には人間としての尊厳や譲れぬ矜持がある。この男の言葉はそれすら否定されているようで我慢ならなかったのだ。

 こうして怒りを口にして尚も僕の感情は高ぶったままだ、目の前の男に明確な敵意を抱いて見据えている。

 対する相手は僕の叫びを聞き終わるやいなや、突然震えだす。

「・・・・・・ッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」

 そして次の瞬間、膝を叩いて大笑いしだした。

『な・・・・・・何がおかしい!?』

「ハハハ・・・・・・いや、すまない。やっとこちらの知りたかったことが聞けたからね。君が何か隠していることは容易に察することができた、だから君が感情的になるようにわざと挑発したんだよ。「お前は機械だ、人間じゃないだ」ってね」

 父親は眼鏡の位置を直すと打って変わって穏やかな表情でこちらのほうを向く。そこには先程まで感じられた威圧感はどこにもなかった。その変化に僕は先程までの怒りは何処かへ飛んで行き、今度は呆気にとられた。

『な、え・・・・・・え・・・・・・!?』

「正直、君が確かな感情を持って話しかけてきた時に何となく感じていたんだ。君が《ヒューマニックスライド》ではないか、と。まさか、本当にそうだったとは」

 そう言い終えたところで、父親はまるでこちらを哀れむような視線を向ける。

「・・・・・・しかし、まだあんな狂気の技術を使うものがいたのか」

『!!・・・・・・あなたは僕がこの身体になってしまったことについて、何か知っているのか!?』

「ああ、心当たりがある。「人間をPGGにする方法」については」

 父親は腕を組んで僕を見据え、こう言った。なんてことだ、思わぬところで僕がロボットになってしまった原因についての手がかりが手に入るとは。

『教えてください、僕の身に何があったと言うんですか!?』

「君がどこの誰だかは私にも分からない。しかし、君が本当に元が人間だったとして何をされてそうなったのか、その想像がつくくらいさ。確証の粋は出ないし、君にとっては残酷な内容でもある。それでもいいのかい?」

『構いません、教えてください!』

 それでも何もわからないよりはマシだ、僕は雫さんのお父さんに教えて欲しいと頼み込んだ。

 そんな僕の気持ちに応えてか、父親は「わかった」と言いながら頷くと真剣な表情で僕の方を向く。

「どういう形であれ、倉武の秘匿技術に触れてしまった君には知る権利がある。ただし、今から言うことは妻と娘、その他諸々には他言無用を貫くと誓ってくれ。PGGのことも、君に使われたであろう技術についても。それは倉武技術興業の企業機密・・・・・・いや、PGG業界の機密に関わる内容であり、それを悪用しようと考える連中から守るためでもあるからね」

『・・・・・・わかりました』

 僕は静かに頷いた。その時はとにかく知りたい一心で考えもなしに頷いてしまった。




 でも後で後悔した、こんな残酷な話は聞かなければよかったと。その時の警告に似たこの前振りを間に受けていればよかったと。僕はこの人からとんでもない内容の話を聞くこととなったのだ。

 






 MT01と雫の父親、互いの会談が終わり、暫くして雫の父親は自宅のテラスに腰掛けながらウィスキーロックを嗜んでいた。

 そんな彼のもとに妻である雫の母親が特性ソースで味付けしたハムステーキを酒の肴にと持って現れた。

「・・・・・・あなた、あのロボットとの話はどうなりましたか?」

「ああ・・・・・・大いに意味があった」

 父親はそう言いながらトレーで一緒に運ばれたフォークを使って一口大に切られたハムステーキを口に運ぶ。

 心配そうに見つめる母親に対し、彼はハムを喉に通したあとで言葉を続ける。

「あのロボット・・・・・・いや、《彼》の根っこは悪人のそれではない。まだ青臭いところを感じるが、だからこそ疑う必要もないだろう」

 彼からそんな評価が出たことに母親は目を丸くする。

「意外ね、あなたがそんなふうに人を見るなんて」

「馬鹿言え、これでも企業の重役してるんだ。相手を見極める為のノウハウなくて商売などできるか。まぁ、《彼》の場合はそんな目も必要ないくらいに単純そうだったからな、考えるまでもなかったよ」

 ここで言う《彼》とはMT01のことだ。当人が聞いたら憤慨しそうなセリフであるが、幸いにもその当人はこの場にいなかった。当人は既に娘である雫に自室へと連れて行かせたところである。

 そんな中、父親は思いつめた様に暗い表情になる。

「ただ、青臭さと合わせて繊細さもあるようだった・・・・・・彼が道を踏み外さなければいいのだがな」

 彼は本気でMT01に搭載されたAI、ロボットの体になってしまった彼のことを心から案じていた。それにはある理由があったためだ。

 その理由からか、彼の心が壊れてしまわないか、人間としての間違いに走ってしまわないか、心配で仕方なかったのだ。

「ふふ・・・・・・」

 そんな夫の姿を見て、母親は小さく笑みをこぼした。

「どうした、急に?」

「いえ、まるで自分の息子のことみたいに心配するんですもの。雫が生まれる前、男の子が欲しいか女の子が欲しいかの話で「自分の子供は男の子がいい!」って力を込めて叫んでたあなたを思い出しちゃった」

「ああ、そんな事を言ってた時期もあったな。だが、私は雫のことだってちゃんと愛してるぞ」

 父親は苦笑いをこぼしつつ、ウィスキーロックをまた口に運ぶ。

「もちろん、お前のこともな。妻と娘、私の宝であり・・・・・・大切な家族だ」

「あなた・・・・・・」

 母親は惚けたように夫に寄り添い、父親はそんな妻を優しく抱きしめる。




 しばらくした後、母親が料理の後片付けでテラスからいなくなり、その場には再び父親だけが残された。

 そんな父親の表情は先程とは打って変わって鋭いものとなっている。そして、グラスに入ったウィスキーが空になった頃に口を開いた。

「娘の警護を頼んでいたはずだが、この有様はなんだ。少々、たるんでいるんじゃないのか?」

『仕方ねぇだろ、金も人材も足りない状況で護衛任務なんてしてるんだからよ』

 父親の言葉に応えるように何処からともなく聴こえてくる声。それはテラスの足元から、テラスの軒下から出てきた小さな人型、倉武のPGGことイカズチのものだった。

『ウチがありえない程苦しい運営状態なのは資金繰りしてるあんたが一番理解してんだろ。俺一人とオペレーター一人だけでこの家の四方八方を完全にガードできたら苦労しねぇぜ』

「のっけから言い訳か、まったく・・・・・・で、《彼》については知っている上で泳がせていたのか?」

 彼はMT01がこの家に入ってきたのにも関わらず放置したことについて問い詰めているのだ。

『ああ、悪い奴じゃなさそうだったしな』

 イカズチはそう言ってサムズアップを返す。その清々しい態度に父親の方は頭痛が走りそうな頭を抱えた。

『だが旦那もあいつの人柄を見ただろ、危なっかしいところはあるが根っこに熱いのを持ってる性格。で、それに期待して少しばかり任せてみたら大当たりよ。確信したね、こいつはウチに入れるべき戦力だって』

 イカズチは楽しそうに語りだす。そんな足元のイカズチに対し父親は呆れた表情のままグラスにウィスキーを注いでいた。

「随分と買っているな、そんなに凄かったのか?」

『それなりにやれるぜ。一応、ここに転がり込む前にあいつとはり合ったからな。まだまだ荒削りな部分もあるがそれを補う根性もある。情けない話、相手した俺も一瞬ヒヤッとした程だ』

「ほぅ・・・・・・」

 父親はどこか嬉しそうに口元を緩ませる。

『・・・・・・で、旦那。あいつと面向かって話をしたんだろ、どうだった?』

「どうだった、というと?」

『旦那だって気付いてんだろ、あいつも(・・・・)《ヒューマニックスライド》なんじゃないかって』

 その言葉を聞いた途端、父親の顔から笑が消え失せる。代わりに、何かに怒りを覚えているような険しい顔つきとなった。

 その表情を見たイカヅチは何かを悟ったように首を振った。

『また・・・・・・使っちまった馬鹿が出たんだな』

「反吐が出る話だ、本当に」

 父親はグラスに注いだウィスキーをあおるようしてに口に運ぶ。

「そのことで《彼》自身の心が壊れなければいいがな・・・・・・」

『その様子からすると・・・・・・当人は何も知らないままだったのか?』

「まさにその通りだった。私の口から《ヒューマニックスライド》がどういうものか聞かされて大変ショックを受けていたよ。今は娘に彼のことを頼んであるが、正直に言ってまだ不安が拭えん」

『だったら黙ってやったほうがよかったんじゃないのか?』

「PGGとして今を生きている以上、いつかは知り得てしまうことだ。知らせるなら早いうちがいい」

『まったく優しんだか、冷酷なんだか・・・・・・』

 イカズチはやれやれと言わんばかりに手を上げる。

「まぁ、そういうわけだ。しばらくの間、《彼》のことは私に預けさせてもらう。お前達の《部長》には私から追々詳しい事を直接話すと伝えておいてくれ」

『了解だ。で・・・・・・あいつのボディについてはどうするんだ、何かあった時の為に修理が必要だろう?』

 その言葉に対し、父親は強気な笑みを浮かべる。

「今でこそ役員の椅子に収まっているが、これでも元は技術部の人間だぞ。あの程度の損傷なら私一人で十分だ」

『そういやそうだったな』

 イカズチは不意に自分の背後にあるマウントスペースを漁り、そこからあるものを取り出した。

 それはMT01がイカズチとの戦いで落とした陽電子カッターのスティックだった。

『あいつに返しといてくれ、いつまでも丸腰ってのは不格好だろう』

「ああ、修理のついでに返しておこう」

 父親は前屈みになって姿勢を落とし、イカズチからスティックを受け取る。

『それじゃ、俺は任務に戻るわ。良い夜を、宮本役員殿』

「うむ、しっかりと頼むぞ」

 その挨拶の後、イカズチは静かに夜の闇へと消えていった。

 何処かのご近所で飼い犬が遠吠えをあげる夜の中、父親は夜空に浮かぶ満月を見上げていた。

 そんな父親のもとに片付けを終えた母親が歩み寄ってきていた。

「あなた、何か喋ってたみたいだけど・・・・・・誰かと話してたの?」

「いや、柄にもなく一人言を呟いてただけだ」

 父親は微笑みながらウィスキーをまた口に含んだ。



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