プロローグ:目覚めれば・・・・・・
これはテンプレ的な転生物に見えますが転生物ではありません。神様は介入しません、というか登場しません。
主人公も転生したように見えて転生してません。それを踏まえたうえでお楽しみください。
それは、いつもどおりの一日の終わり間近のはずだった。
僕はどこにでもいる今時の若者で、ただ勉強と部活にいそしむ普通の高校生男子だった。
まだ梅雨が明けない季節の夕刻、昨日の夜からの大粒の雨がその日も降り続いていた。その日の朝の天気予報では警報とまではいかないが、大雨強風注意報が出ていると告げられていたのは記憶に新しい。
そんな日の夕方の下校時間も僕は学生服に身を包み、教科書とノートなどが入ったショルダーバッグを肩にぶら下げ、雨傘片手にバス停へ次の都市バスが来るのを待つ人の列の中に立っていた。
その日の僕は部活の帰り支度を手間取ったために少々並ぶのが遅れてしまい、順番待ちの割と後ろのほうに並ぶ羽目になった。バス停に来たときにバス停のスペースからはみ出るほどの長蛇の列を目にして思わず「うわぁ」と嘆きを漏らした。バス停には雨水をしのげる屋根があるのだが、こういう日に限ってその中に入れないとはついてない。
こうして手にしている雨傘では防ぎきれない大粒の雨に曝されながら僕は都市バスが来るのを待っていた。
そのとき、列の割と先頭の方にいる人物が目に入った。その人物は僕と同じ高校の学生服を着た女子生徒。長い黒髪を後ろで留めた一本結びは大人びた印象を受け、まだ少し幼さの残る整った顔とのギャップでどこか惹かれる魅力がある。
その娘は、僕にとっては一人の男として気になる異性だ。彼女はこちらの存在に気付いていないのか、はたまた興味など抱いていないのか、一緒に下校していた女子友達と会話に夢中になっている。その顔はこの悪天候とは真逆で太陽のように明るく、それでいて僕には愛らしく写った。
ところが向こうもこちらの視線に気付いたのかこちらを振り向き、僕は不意に彼女と目が合った。僕は恥ずかしさのあまり慌てて視線をそらし明後日の方向を向く。顔が火照って熱くなるのを感じながら、バス停の天井にぶら下がっている広告を読んでいるフリをしてごまかそうとしていた。
「ねね、あいつっていっつもあんたのこと見てるよね」
「もしかして気があるんじゃない?」
「え・・・・・・?」
「あいつもあんたにアタック仕掛けてくるのかしらねぇ」
「どうだろ、この娘の「高嶺の花」っぷりは男子連中の間じゃ噂を超えて伝説級になってるみたいだし」
「もうっ!私はそんな大それた女じゃないってば!」
彼女の友人達がそういって彼女をはやし立てている声が聞こえるが無視だ、ここで反応したらそれこそそうだと感づかれてしまう。彼女の意識がこちらに向いてくれた喜びよりも、今はこの気持ちがバレてしまうことへの羞恥心の方が勝ってしまった。
僕は向こうからの視線に対して大きな反応を返さないように必死にこらえつつ、今の姿勢を維持する。
そうしている間にバス停にバスがやってきた。僕や彼女を含む列に並んでいた人々は開いたバスの扉から次々と乗り込んでいく。
そして、それが僕の運命を変える乗車となった。
その日、僕はバスの割と入口の方のスペースで立つこととなった。気になる彼女は先頭の方から乗れた役得からか、下車しやすい先頭の方に立っている。人ごみの隔てが今の僕と彼女との距離に感じて少々寂しく感じながらも、彼女と一緒のバスに乗れた幸運に小さな嬉しさを覚えていた。
僕の気になる彼女は僕の通う私立栄原高等学校の二年生だ。学校では指折りの美少女として男子に人気で、コーラス部所属のその透き通った声がまるで天使を連想させる。
そんな清楚さに心奪われる男子生徒は多く、今まで幾人もの男が彼女に交際を申し込んだそうだが、結果は皆すべからくお断りの返事。中には女子生徒に割と人気のある男子もいたそうだが、それでも「ごめんなさい」と返されたそうだ。
そうして多くの男が挑み撃墜されていったことでいつしか「難攻不落」のイメージが彼女につき始め、もはや「高嶺の花」と呼ばれているのは僕たち男子生徒の間では有名な話だ。
それでも彼女に心奪われる男子はまだ健在であり、もちろん僕もその一人なわけだが。でも僕は彼女にその想いをぶつける勇気は持てなかった。相手は「高嶺の花」、僕のような女の子とまともに話すこともできない男に彼女が良い返事を返してくれるわけもないと、半ば諦めにも近い考えが頭の中にあった。
でも、彼女のことを想う気持ちはそのままだ。だからせめて、遠くからその姿を見守ろうと思っていた。彼女の笑顔は僕にはそれだけの価値があるから。そう、たとえ近くにいられなくても、話すことすらできなくても。
しばらくして、バスは結構な距離を進み、次のバス停に止まった。
「ねぇ、今日はカラオケに行かない?」
「いいね、賛成!」
「それじゃあ「高嶺の花」の歌声をカラオケで堪能させていただきますか」
「だから私はそんなだいそれた女じゃないのに!」
彼女とその友人達はそう言ってバスから降りていった。今日の彼女たちは帰りにカラオケで歌っていくようだ。彼女の歌声を聴くことのできる彼女の友人達を少し羨ましく思った。
(あの人の歌声かぁ・・・・・・)
コーラス部として普段から放課後の音楽室で練習している彼女の歌声を遠くから聞いているだけに、僕は彼女の歌っている姿を思い出す。
クラスも部活も異なる僕が彼女のことを知ったのは入学してはじめの文化祭の時だ。コーラス部の出し物として体育館のコンサートが開かれ、僕は偶々暇つぶしにそこへ立ち寄っていた。
そして彼女の歌っている姿を見た。一年生であった当時の彼女、それでも先輩達に負けず劣らずの大きな声、それでいて聞き惚れる美しい声、何よりその一生懸命な姿に僕は自然と目を奪われていた。僕は時間が経つのも忘れ、彼女が歌うコーラスを最後まで聴き続けていた。そして歌い終わったあとのあの清々しい笑顔が今でも瞳の奥に焼きついている。
後から知ったことだが、栄原高校コーラス部の部員でステージに立てるようになるのは入部してから一年経ってからが殆どらしく、彼女は確かな才能とそれを開花させるための血の滲むような努力で一年も待たずにステージの椅子を勝ち取ったらしい。そんな部分も彼女が魅力的に写る一因なわけで。
(もう一度、あの歌声を聴きたいなぁ)
この時、僕はきっと呆けるあまりにだらしのない顔をしていただろう。それだけ、僕は彼女のことで頭がいっぱいになっていたのだから。
だが、そんな時に「それ」は起こった。
突然、僕達の乗っているバスに衝撃が走る。
僕は何が起こったのか理解できなかった、その暇すらなかったのだ。衝撃の直後に僕達の居た空間の上下左右が反転する。重力はあらん方向へと傾き、前後左右にいた人の波に僕の体は押しつぶされる。
たちまち絶叫に包まれる車内。押しつぶしに来る人の波に飲まれ、さらにその時の衝撃で僕は何処かで頭を打ち、意識は闇の中へと沈んでいった・・・・・・。
*
(残念ですが、もう彼を救う手の施しようがありません)
暗闇の中で、声が聞こえてくる。
(内蔵も脊髄も原型をとどめていないんです、もういつ事切れても・・・・・・)
しかし意識が曖昧なため、何がどうなっているのか理解すらできない。次第に時間の感覚すらわからなくなってくる。
(な・・・・・・主任、正気・・・・・・馬鹿なことは・・・・・・!)
次第に聴こえてくる声、認識できる声も遠ざかってくる。
(狂っている・・・・・・、・・・・・・は曲りなりにも自分の・・・・・・を・・・・・・に使おうと・・・・・・っ!?)
一体何だ、僕の周りで何が起こっているというのだ。
駄目だ、何が起こっているのか全くわからない。状況を知ろうにも体はいうことを聞かず、意識も霞みがかったようにはっきりとしない。
(愛しき我が・・・・・・よ、次に・・・・・・お前にもっと・・・・・・が与え・・・・・・。もう一度、・・・・・・そう)
最後に聞こえたその曖昧な声を最後に、闇に浸っていた僕の意識は雷に照らされたような閃光に包まれた。
(ッーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!?)
それまで曖昧になっていた意識が急激な激痛で覚醒し、また意識を奪われそうなほどの苦しみに支配される。痛覚はもちろんのこと、視覚は目が潰されそうな光による点滅の連続に、聴覚は黒板を引っ掻いたときに出る高音以上の超音波のようなものに。逆に嗅覚と味覚は次第に薄れていく感覚に陥っていく。
何だこれは、自分のありとあらゆるものがどうにかされていく。言葉では表せない、自分自身が自分自身でなくなるような、そんなことが起きているような。
拷問を軽く超えるような苦しみのあとに襲ってきたのは、再び自分の意識が闇へと消えていく感覚。駄目だ、もう・・・・・・何が起こっているのか、自分でも・・・・・・わからな・・・・・・。
*
しばらくして、否、自分でも知覚できない間を置いてから意識が戻り始める。最初は闇に沈んでいた視界にわずかだが光が差し込み、次に聴覚が機能し始める。
《The subsystem starts recovery with the start of the main system...》
《The subsystem succeeded in the recovery of the main system.》
《The subsystem failed in recovery of the main memory.》
《The main system usually starts approximately 30 seconds after the remainder...》
最初に目に入ったのはコンピュータの画面に出てくるような理解できない数字の羅列。まるでコンピュータの電源が入るように数字と文字の羅列が描写されていき、直後に青色のノイズで包まれる。
何事かと感じる前に今度は視界は再び暗闇。いや、僅かな光がその空間に差し込んでいるのが分かる。
先程まで霞がかかっていた意識はいつの間にか鮮明になっており、目覚めたばかりであるにも関わらず頭もすっきりしている。
だが、眠気がスッキリと取れているはずなのにどこかすっきりしない感覚がある。いうなれば、自分自身の身体に違和感があった。
自分の身体のはずなのに自分の身体じゃないような違和感。身体の自由はあるはずなのに、動かすたびになにか別のものを動かしているような感触がある。
とにかく周りの状況を確認しようと周囲に目を向ける。視界はあいかわず暗いままでほぼ何も見えないが、僅かな光に照らされてなんとなくの構造は見える。なにか箱状のものが山済みにされており、天井は何やら光を遮断する布状のもので覆われている。目を覚ましてからずっと聴こえてくるのは車のエンジン音と時々空間が持ち上げられるような大きな揺れ。
(ここは、トラックの中?)
自分が居るのはどうやらトラックの荷台のようだ。
でも妙に広い荷台だ。暗がりでよく見えないとはいえ、その上下左右の空間はやけに遠くにあるように見える。空間の端から端だってサッカーやバスケットボールができるくらいに広く感じる。
暗がりの空間をもっとよく確認しようと瞳の神経を集中する。
《A mode shifts to a nightvision goggle.》
自分の視界に再びコンピュータの文字の羅列が出てきたかと思えば一気に視界が明るくなった。
いや、正確には緑色のノイズがかった状態ではあるが、暗闇が鮮明に見えるようになったのだ。何故だかは分からないが、これで暗闇に隠れていた周りの光景がはっきりと見えるようになった。
思ったとおり、ここはトラックの荷台の中だったようだ。ダンボールが積まれている。
ところが、今度はそのダンボールを見て驚いた。見た目はどこにでもあるようなどこかの会社のロゴマークが入ったそれだが、その大きさが異常だった。遠目から見ても見上げなければならないくらい大きく、まるで二階建ての一軒家くらいあるのではないかという程なのだ。
それも一個や二個じゃない、至るところにほぼ同じものがいくつも、しかも何段にも積み上げられてあるのだ。
どうなっているんだ、自分は何か悪い夢でも見ているのだろうか。とにかく、外に出ないと。荷台の後部と思われる場所からは光が差し込んでおり、覆いかぶさっている布の隙間からなんとかでられそうになっている。あそこか出ることにしよう。
ごちゃごちゃした荷台の中をかき分けて進み、なんとかそこまでたどり着く。そしてその隙間からそっと身を乗り出して外へと出ようとした。
そして再び驚きの光景を目にする。
そこにあったのはなんの変哲もない街並みだ、ビルが立ち並び車が行き交う見慣れた光景だ。でも、普通ではなかった。その大きさが普通ではなかった。
何もかもが大きくなっていた、今乗っているトラックの荷台だけでなく、その横を走る赤い普通車も、走っている車道も、傍で自分達を追い抜いていくバイクとそのライダーすらも。
(夢でも・・・・・・見ているの、か?)
何だ、本当に何がどうなっているのだ。隠せぬ戸惑いの中、呆然と周りの光景が受け止められずにいた。
呆然としていたためか次にきたトラックの大きな揺れに対応できず、荷台から乗り出していたこともあって自身の身体は外に放り出されてしまう。
(うぁああああぁぁぁぁぁっ!!)
高所から落下し、死を覚悟する。
(イテッ!?)
だが死ななかった。死なない代わりに多少の痛みと身体が弾んで着地する感触が残った。そして気を失うこともなく、意識もはっきりと残っている。
頑丈になっている身体に驚くも、じっとしている暇は与えられなかった。すぐ目の前に別の車が迫っているのが見えた。このままではあの巨大な車体のタイヤに踏み潰されてしまう。
(轢かれる!!)
無我夢中で足に力を入れ跳び上がる。
(へ・・・・・・・・・・・・)
そう、文字どうり『跳んだ』のだ。まるでバッタやカエルのように長距離を跳躍してしまった。そしてまるで初めから出来たかのように高所からの着地も行えた。驚きの連続でもはや頭が追いついていない。
だが、このあとに最大の驚きが待っていた。
着地と同時に目の前には衣服店のガラスのショウケースがあった。そして、そのガラスに映し出されたのは自分自身の姿。映し出されたのは自分自身の姿のはずだった。
でもそれが信じられなかった。無機質で、機械的で、青と白とで塗り染められた外殻を持つありえない身体。かろうじて人間と同じ関節構造はしているけど、明らかに人間でない身体。
『・・・・・・・・・・・・何・・・・・・だよ、これ・・・・・・』
自分の驚愕に染まった呟きが機械を通したようなエフェクトがかかって発せられる。声すらも人間でなくなっていた。
それもその筈だ、今目に前に写っている自分自身は所謂『ロボット』になっていたのだから。ガラスの反射を通して、ロボットとなった自分がその無機質かつ変化のない表情でこちらを見つめ返していた・・・・・・。
というわけでプロローグを書き上げました。
くどく言いますが、これは転生物ではありません。主人公が瀕死から生き返ってますが転生ではありません。異世界にだって飛んだりしてません。主人公補正チート?なにそれおいしいの?
そんな具合にこのサイトの読者に喧嘩売るような方向性でこの物語を目指します。それでもOKなら是非とも読んでいただけると幸いです。
さて、ロボットになってしまった主人公。彼がこれから迎える物語はまだ誰にもわかりません。作者にもわかりません。物語は、流れのみぞ知る。