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そろそろ、一限目が始まる頃合いだ。

「無理を言って悪いが時間が限られる。いい加減気づけ」

 そんな台詞が聞こえると同時に、金属バットで後頭部にフルスイングをかまされたような衝撃が走った。

 端的に言うならば、死ぬほど痛いってやつ。

「痛ッ……ってーな、いきなりなんだ!?」

「すまんな。加減が難しいのだ、許せ。あとあまりデカい声を出すな、耳が痛いぞ」

 その段階で、ようやく聞こえる声に指向性が感じられないことに気づく。全周から聞こえるような気もするし、耳より内側で響いているような気もする。

 視覚は、と思ってみるがなにを見ている感覚もなく、今が目を開けているのかいなのかすらはっきりしない。

 手足の感覚すらまるで水中にいるような手応えしかないとくれば、もはや導き出せる解はひとつだ。

夢か。

「残念ながら夢ではないぞ九条春樹。見えていないだけで貴様の肉体はきちんと目の前にある。

 ――多少手間だが、判りやすくしてやろう」

 言葉が終わると同時に全身と、視覚に黒というただ一色が認識できるようになり、そして両足が踏みしめるのは堅くて出来のいいコンクリートのように凹凸のない足場。身体を包む感触は着慣れた制服のもので、そして目の前には先ほどから聞こえる声の主とおぼしき人影があって……。

「よし理解した。これは夢じゃない」

「わしが言うのも何だがあっさりだなヲイ」

 ――いやなにせ、俺の想像力と経験で目の前の光景を作り出すのは無理そうだからな。

 周囲は相変わらず暗いか明るいかすらはっきりしない、とりあえず黒しか見えない風景で、強いて言うなら光のない闇の中でガラスの上に立っているようなもの。変化したのは声の出所がはっきりしたことで、距離はおおむね五メートル前方。

 高く澄んだ声で、成熟していない子供の声帯だということまでは判断できる。歌を歌わせたらさぞやいい声だろうとか、声を聞くだけで成長が楽しみになる程度には見事なものだが、遠峰先輩の蠱惑的なハスキーボイスに比べれば数段魅力は落ちる。

 とまあ、そこまではおかしな夢というあたりですませてもいいレベルだ。俺も年頃の男の子、なにかこう、欲望とかを司っている回路が誤作動を起こして全く興味もないロリータという新境地を開発しようとしているのかもしれない。

 だが、聴覚ではなく視覚のほうはそんな愉快な脱線では片付けられない。

「鎧とマント――からの幼女……」

 一番強烈なのは、間違いなくピンク色だ。日本語で言えば桃色だが、桃と表するにはあまりにビビットでショッキングな感じのピンク。

 それがなんと髪の色で、身体を包むようなとんでもない体積で膝下まであるというのだから、もうそれだけで目眩がするほどのインパクトだ。

 さらにその格好がまた奇抜で、透き通るような白い肌と対照的な闇色のマントを纏い、その下には黒光りする鎧姿。複雑で威圧的な意匠の施されたそれは、中世ヨーロッパを連想させる金属製のプレートメイルってやつだろうか。

 ぱっと見演劇に臨む小学生って感じだが、雰囲気と質感は間違いなく本物のソレ。そしてとうてい理解できない光景なだけに、俺の夢などというのは考えられない。

 つーか、これが本気で夢だったらあまりのセンスに自分自身を殴り倒したくなる。

「おい、わしは見ての通り器もデカイが無限ではないぞ。態度に気をつけろ、縊り殺すぞ」

「無茶言うな、いきないこんなわけわからん空間でトンチキな格好して現れやがって。俺の理解力メーターはとうの昔に振り切れてるんだよ。文句があるなら早々に要件だけ述べて元に戻せ」

 行儀なんてものはあさってにかっとばし、幼女へとまっすぐ指をつきだしてまくし立てる。俺のほうが混乱しているのだから、すなわちこの状況の首謀者はこの幼女だと断定して良いだろう。記憶をたどっても今朝自分の部屋で目覚めたところまでを思い出すのがせいぜいで、俺の手札でこの状況を考察するのは絶望的だ。

 だからもう、今は攻めあるのみ。。

「だいたいなんだその鎧。お前の田舎は七五三で鎧を着る風習でもあるのかよ、言っちゃ何だが毛ほども似合ってないぞ。おまけに黒一色のマントとか何の冗談だ、ただの悪趣味以外で利点があるなら言ってみろ。そしてこんな訳の解らんとこに放り込まれた人間の気持ちを察しろ、安心するような言葉のひとつも掛けられないのか? あと一方的に名前呼ばずにお前も名乗れこの変態」

 討論はたいてい発言の多いほうが勝つなんてのが通用するかどうかはしらないが、とりあえず思いつくままに言葉を並べてみると、変態幼女の口元が引きつったのが見えた気がした。

「言うに事欠いてこのわしを変態だと……」

「俺の国では一般常識から脱線してさらに走り続けるようなやつを変態という。よって俺から見ればお前は間違いなく変態だ。悔しかったらワンピースでも着て出なおせこの変態」

「……ま、まあいい。貴様のその発言はいずれ死ぬほど後悔させてやるから忘れるな」

 手のひらを額に押し当て、眉間をもみほぐすように動かした幼女は指の間から剣呑な眼差しを向けてくる。

「いいか、ここでの記憶をどこまで残せるかは未知数だ。だが最低限を三つだけ今から伝える、心して聞け――」



 まず感じたのは息苦しさ。

なにやらごつごつしたものに腹を圧迫されているのが原因で、どうやら誰かに担がれているらしいと気づいたところで目を開けてみる。

「あ、ハル君気付いた?」

 横から聞こえる秋穂の声に少し安心したが、手の届きそうなところにあまりに尖すぎる刃物が突きつけられているのでもう一度目を閉じる。

何故だろう。鎧を着たローマの兵士みたいなのに槍を突きつけられているようなのだが、状況がさっぱりわからない。

「九条、気持ちは分かるが気付いたのなら立て」

 と、俺を担いでいた村越先輩の声が聞こえて、靴底に感じるのは石の感触。

場所の把握から始めるわけだが、何処を見ても石造りでさほど広くはない空間。天井の高さは民家と同程度で、面積は学校の教室というところか。照明は十分とは言えず、八方に立てられた篝火が揺れているのみ。

右側に村越先輩、うしろには秋穂の気配。

突きつけられた槍は見間違いではなかったようで、数えて六本。鈍色の鎧を着込んだでかい男たちの手にあるそれは二メートルをわずかに超える。

リーチはこちらの倍以上、数でも負けているとなれば絶望的な状況なわけだが、不思議と恐怖みたいなものは感じない。

 ま、単純に頭が働いていないせいだろうが……。

「それで、俺には遠峰先輩がお姫様を人質にとっているように見えるんですが」

「俺は事の一部始終を見守ったが、見えるのではなく事実その通りだ」

 できれば否定してして欲しかった疑問に、後ろの村越先輩ははっきりと肯定してくる。

我らが遠峰先輩が位置するのは少し離れたところ。なにやら夢の国に出てきそうな豪奢なドレスを着た女性を片手で拘束し、その首元にナイフを突きつけている。

「道を開けなさい、お姫様の血を浴びたくはないでしょう?」

 出口とおぼしき階段を塞いでいる兵士ふたりを見て、遠峰先輩はそんなことを言っている。

 なんだろう、すさまじい悪役臭がする。

「恭平、前衛を。九条くんは後ろ、天城さんは私のそばに」

「遠峰。俺には状況が掴めんのだが、どういうつもりだ?」

「私にもさっぱりよ。だからこそイニシアチブがまったく無しというのは気に食わないの」

「なるほど。状況がわからないからとりあえず主導権を握ろうと言うことか」

 いやいや村越先輩。常人の理解を超える速度で納得しないでください。

 そのお姫様は誰ですか。つーかここはどこですか。どうして鎧でお姫様で槍でナイフっ!?

 壁際で倒れてる兵士はなんですか? 状況から見るに遠峰先輩がやったような気がしてならないんですが、鎧着た兵士を昏倒させるっていったい何をやらかしたって言うんですか……?

「なんとか言ってくれ秋穂」

 目を覚ましたら知らない場所ってだけで一大事なのに、状況がいちいち絶望的すぎる。

「咲先輩、右にいる兵士の人が怪しい動きしてますよー」

 ――何故かこいつも流れに乗ってやがるし。

「あの、勇者様? こちらに何か失礼があったのなら謝罪します。暴力はおやめください――駄目ですか?」

 顔こそ見えないが、遠峰先輩が捕まえているお姫様っぽい誰かは泣きそうな声でそんなことを言っている。

 この上勇者様ときた。いい加減混乱のネタを増やすのは勘弁してほしいものだ。

「自分の非も明確で無いのに謝るのは止めたほうがいいわよ。あなた達のトップ、最高権力者、王様って言えば理解できる? そいつのところまで案内してもらえるかしら?」

「あ、兄のことですか……兄でしたら後で様子を見に来ると言っていたのでそろそろ――」

「ご所望の王は私だ異人。気がすんだのなら妹を放せ、ポンコツではあるがそれでも神官だ。失うには惜しい」

 階段の上から声が届くと同時に兵士たちに緊張が走り、階段を固めていたふたりはこちらに武器を構えたまま道を開ける。

降りてくるのは三人。最初から居たものより上等な鎧を身につけた兵士がふたりに、それに守られるように立っているのは金の長髪をなびかせる美男子。年は二十代の半ばから後半、面倒臭げに細められた緑の瞳で、部屋の状況を見渡してから浅く嘆息する。

 日本人には手の届かない彫りの深い顔の作り、身長も村越先輩と変わらないとくればルックスだけで稼げそうな男だ。

ただしかし――。

「こんな青二才が王ですって? 影武者を立てるのならもう少しまともなのを用意したら?」

 うんまあ、トップモデルだと言われたら素直に納得するが。王だって言われてもね。

遠峰先輩の言い分に眉を寄せる自称王様だが、護衛らしい兵士の方が声を上げる。

「青二才とは無礼な。これでも我がリヒテン王、アレグ三世様だぞ。ナリはこんなものだが、いちおう王だ。見た目はいいからな」

「その通り。前王の病死で急遽据えられた間に合わせではあるが、これでも民の支持はあるのだぞ――見た目だけはいいからな」

「貴様らそんなに給料が要らないか、財務が喜ぶぞ」

 ほんとうに王様だとすれば、ずいぶんと臣下に恵まれているようだ。ま、世襲制のとこなら二十代で王をやっていても不自然ではないだろうが。

とは言え、ここがどこでどういう状況なのかは相変わらず判りそうにない。

「――とにかく妹を放せ。お前たちのやっているそれは無駄な抵抗だ」

「あらそう? そこの兵士もずいぶん鍛え方が甘いようだし、後ろの男はキチガイじみた強さよ」

 遠峰先輩もたいした余裕だが、俺ですらどうにかなりそうなどと思ってしまえる以上、遠峰先輩はもとより村越先輩なら刃物が相手でも勝ってしまうかもしれないな。

ま、外の状況も判らんのにそんなことをするとも思えないが。

「そういう意味ではない。こう言えば判りやすいか? そこに転がっている男は妹の近衛だ。国の兵士の中でも上位五十程度には入るし、万が一にも女の拳で倒れるような鍛え方はしていない」

 この男は倒された部下の強さ自慢などして何がしたいやら。ここはお前が倒したそいつは我らの中でも一番弱い、とかなんとか言う場面ではないのだろうか?

「さらに言えば、このレヴィン・スタットレーは一兵卒から近衛騎士の長にまで成り上がった叩き上げでね。私の駒ではトップクラスの実力者だ――ここまで言えば理解できるか?」

 どうやら見た目に反して強いらしいのは王様の護衛の女騎士、腰に帯びた長剣に手をかける様子もなく、鋭い眼差しをこちらに向けるのみ。確かに他の兵士よりは明らかに格上という雰囲気だ。

 ただ、それにしても……。

「恭平さんのが随分強そうに見えるけどねー」

 むーっと唸る秋穂の言うとおり、俺から見ても村越先輩やら遠峰先輩を上回るとは感じない。

 あれで国のトップクラスなら、先輩なんぞ鼻歌交じりで世界選手権優勝だろう。

「なるほど、なんとなく掴めてきたわね――ごめんなさいねお姫様、何処か傷めなかった?」

 何がつかめたのかはあとでゆっくり教えてもらうとして、あっさりとお姫様を解放した遠峰先輩は改めて金髪美形に向き直る。

「ま、とりあえず貴方の言葉を信じてあげる。話し合いの席でも用意してもらえるかしら?」

「もとよりこちらもそのつもりだ。そして形だけでも言っておいてやろう――ようこそ《ロワーズ》へ、歓迎するよ勇者様」



「こんなに訳がわからないのは冗談で受けた全国模試以来です。いったいなにがどうなっているんですか」

 席の準備があるとかで、とりあえず案内されたのは中央にでかい長テーブルの置かれた部屋。やはり周囲は石造り、とは言えそれなりに豪華な感じのある調度品を見る限り来客用の待合室というところか。

 映像でしか見たことはないが、雰囲気はまるっきりヨーロッパの古城。ま、照明が天井からぶら下がっている光る石だってのがツッコミどこだ。

 ここに通され、お茶を運んできたメイドっぽい女性が退室するなり暖炉に飛びついた秋穂を眺め、完全にリラックスしてティーカップを口に運ぶ遠峰先輩に目を移す。

「とりあえず言っておくと、ここは地球じゃないわねきっと」

「日本じゃないとか、そういう話ではなくて?」

「九条君、あまり言いたくはないけどあんな金髪碧眼と日本語でやりとりしておかしいとは思わない?」

「む……」

 返す言葉もないが、言葉とかそういうレベルで気にできる状況じゃなかったです、はい。

「いやしかし、日本語の達者な劇団員という可能性は?」

「私も、新手の仕掛け番組というのを疑ったのだけどね。一番大きな問題はここの人間の口元を見る限り言葉と発声が一致しないってこと。映画の吹き替えに近い感じだけど、何故だか意識して見ないと気づかないのよね。あの場に居た全員が一級の腹話術師だっていうのなら可能な話だけど、どう思う?」

 どうもなにも、先輩の表情が物語っている。

「意味が分からない話より、荒唐無稽な話のほうが納得できると?」

「そんなところね。あのお姫様が言うには召喚術に翻訳術式も組み込まれているなんて話もしていたから、そっちを鵜呑みにすると納得できるでしょう? リアルタイムの相互通訳技術と魔法なら似たようなものだと思わない?」

「魔法……ですか」

「ええ、そして地球とは違う異世界って実演をもうひとつ」

 言いつつ、先輩はナイフを取り出してみせる。

お姫様を脅していたやつは返していたが、手癖が悪い。

「ナイフに使っているくらいだから、材質は鋼かそれに近い金属だと思うわ。外観と音でしか判断していないけど、強度もそれなり。けれど力を加えてみるとどうなるか――」

 遠峰先輩がナイフの両端をもって力を入れると、乾いた音をたてて刃の根元から真っ二つになる。

「ご覧のとおり。手応えはせいぜい割り箸ね」

 折れたナイフをテーブルに置いた遠峰先輩は、代わりに持ち上げたティーカップに口をつけて目線を落とす。

「この世界は、なにもかもが脆いのよ。あの兵士たちにしても別に弱かった訳じゃなくて、私達のほうが異質なんじゃないかしら――恭平、垂直飛びの記録はどのくらい?」

 話を振られた村越先輩は壁の油絵をまじまじと見つめているところだった。人間兵器に芸術が理解できるかどうかは疑問だけど。

「覚えている数値は一メートル前後だったような気がするが、それがどうかしたか?」

 俺が知っているバレー部のエースが七十センチ代でかなり騒がれていたような気がするが、それを軽く上回る村越先輩というのはやはりアレなのだろう。

「ちょっと跳んでみてくれない? 軽くでいいから」

 首をかしげる様子はあったものの、疑問するまでもないと村越先輩は判断したらしい。その場で軽く膝を曲げると、手を振り上げつつ跳躍し――、

「は……?」

 村越先輩の身体は見上げるほどに跳ね上がり、三メートルを超える天井に頭突きをかましそうな勢いだった。天井に手をつくことでそれを回避した村越先輩だが、驚きに目を見開きながらも音もなく着地するあたりがいちいち芸達者だ。

「どういうことだ遠峰」

「さあ? 物理的に考えるなら重力が弱いってことなんでしょうけど、とてもそうは思えないのよね」

 ナイフの柄を放り投げ、そこに釈然としない眼差しを向ける遠峰先輩。先輩は一瞬だけ眉間にシワを作ると空中で手刀を叩きこむ。

 でもって、当然のように鋼鉄の部品をあっさりと叩き割る。

「とりあえずは、いろいろと試す必要がありそうね……」

「ハル君、このお皿とか持って帰ったら高く売れると思うんだけどどうかなー?」


 日本に帰ることができるのかとか、そういったあたりまえの不安を共有できる奴はどこかにいないものだろうか……。



 魔王討伐――。

白状すれば、そういった単語を予想しなかったわけではない。なにせ勇者召喚、そんなことをして家事手伝いをさせるなんて話もなかろう。

なにかの生贄のためだとか、そんな話でないだけ救いはある。

 ろうそくの代わりに光る石のついたシャンデリアのぶら下がる天井。ローテーブルを挟んで向かい合っている豪奢なソファに、床には金色の刺繍がすこしやかましい絨毯。

謁見の間みたいなところで玉座に座る王様との対面みたいなのを予想していたわけだが、案外近代的なレイアウトの応接室で、アレグ三世とやらとの二度目の対面。

王様は先程も見た護衛二人を後ろに立たせ、ソファに深く腰掛けて足をくつろげている。そこから威厳を感じ取るのは難しく、起業に成功して若干調子に乗っている若社長ってのが精々だ。

「さっきも言ったが、ここはロワーズと呼ばれてる。お前らの言う惑星の名前だ。俺はまだ信じちゃいないが、俺達は惑星ってでっかいボールの上に居るんだろう?」

 とまあ、どうりで話が早いと思ったら、どうやらこの男以前にも俺達と同じ異世界人に会ったことがあるらしい。話を聞く限り日本人のようで、惑星の概念やら「勇者」などと称される異世界人のことも理解している。

 簡単に話をまとめるならば、このロワーズには人間種族と勢力を二分する魔族とやらがいて、そいつらの頭。つまるところ魔王を倒すために異世界から「勇者」とやらを呼び出す試みが行われてきたらしい。

勇者の力は絶大で、古文書でしか残っていない大魔法を使いこなし、飛竜と対等に渡り合う。その力はまさに一騎当千で万夫不当とか。

 大した話だが、しかしその力ゆえに過去には召喚した勇者にそのまま国を滅ぼされるなんて話もあったらしい。

 ま、俺達と同じなのだとしたらある日突然異世界に呼び出され、そこでは敵なしのチート状態。頭のネジの外れたやつならこれ幸いと欲望のままに暴れまわったとしても不思議じゃない。

「故に、俺達はお前らに対してひたすら下手にでるしかないんだよ。まあ、中にはなにも分からない異人に口八丁で刷り込みをして手駒にするような陰湿なやつもいるらしいが、あいにくと俺はそこまで暇じゃない。勇者召喚の儀式も六王家が各国に義務として架しているから仕方なくやっただけで、俺の本意じゃない。ちなみに、元の世界に帰せと言われても俺にはどうしようもないし、どうにかしてやれる伝手もない。とんでもない話しなのは承知のうえだ。だから腹いせに国を滅ぼされても文句は言えんし、言うつもりもない。召喚した勇者に滅ぼされるか、召喚を拒否して国ごと奴隷化されるかの違いでしかないからな」

 両足を開き、手のひらをこちらに見せるアレグ王。その仕草、目線、口調。どれをとっても俺には嘘を言っているようには思えず、そして自分の感覚を信じるならばあまりに笑えない話だ。

 この男の言うことがすべて事実だとは思わないが、推理するのならただ一点、元の世界に帰る方法を知らないという部分は事実だろう。

俺がこいつの立場なら、どんな状況にしろ元の世界へ返す伝手すらないなどと言うわけがない。

普通に考えれば――ここ大事だ――普通に考えるなら突然異世界なんてところに呼び出された相手が望むのは元の世界への帰還。そんなカードを最初から放棄するなんて真似はどう考えても間違っている。

 考えにくいが言葉通りに馬鹿正直に話をしているだけなのか、もしくは俺達と交渉をするつもりが無いといったところだろうか。

とはいえ「異世界」とやらに放り込まれてまだ数時間。この男が国王だとか、魔王討伐だとか、そもそも前提条件の裏付けがなにひとつ無い以上、まともな判断など下せるはずがない。

「ねえハル君? お姉ちゃんは魔王を倒して世界を救うとか、けっこう憧れたりしたんだけどな――小学校の頃だけど」

 いや、召喚されたのがこの女ひとりとかではなくて本当によかった。基本的に疑うってことをしない奴だ、妙なのに捕まったら言われるままになにをしでかすか分かったものじゃない。

「秋穂、とりあえず黙っとけ。会話の邪魔だ」

 無駄に目を輝かせる秋穂の顔を引っ込めつつ、俺は我らが交渉役たる遠峰先輩へと目を向ける。

この人ならば異世界だろうが国王だろうが対等以上で渡り合うだろうから、俺としては塵ひとつぶんほども心配してはいなかったりするが……。

 気まぐれで魔王討伐とかやってしまいそうで、それに付き合わされた時のことだけが不安だったりする。

 そんな感じで信頼と不安を絶妙な感じでブレンドした眼差しを向けるわけだが、遠峰先輩は眉の力を抜いてため息をひとつ。

「そこまでノーガードでぶっちゃけられると逆に困るわね。それで、あんたが一緒に旅したって勇者は結局どうなったの?」

 そこそこ地雷臭のする話題のような気がするが、先輩は配慮する気はさらさらないらしい。対する王にしても特に気にした様子もなしに、後ろの護衛を制してから口を開く。

「竜に食われて死んだよ。紆余曲折はあったがな」

 口調こそあっさりだが、地雷と言っても戦車が吹き飛ばせそうな風味があった。

「ハル君、お姉ちゃんは胸が痛いよ――」

 秋穂の言も理解できる。というか、押し殺してなお漏れてくる殺意みたいなものを滲ませる護衛二人を見るにとんでもないタブーなのだろう。

「もとの世界に帰る方法で、心当たりはひとつもないの?」

 しかし、そんな空気を歯牙にもかけない遠峰先輩が素敵すぎる。

「真偽不明なのはいくらでもあるがな。一番有名なのは魔王を殺せばその手段が手に入るって類の話だが、当の魔王が健在な以上実証はされてないし、魔王を倒すために呼び出した奴に目的を果たせば帰れるなんて吹きこむんだ。信じるほうがどうかしてる」

 こっちの王様もたいしたもので、瞳にわずかな動揺すら浮かべずにすらすらと言葉を並べる。これがすべて演技だとしたらたいした役者だ。少なくとも古傷をえぐられたようには見えない。

「召喚魔法とやらの詳細については?」

 どの段階でかは謎だが、遠峰先輩の頭のなかではすでに質問する順序と内容が組み上がっているようだった。ところどころ謎の単語が出てくるおかげで王様の言葉を追うのがやっとの俺に対し、遠峰先輩は一秒にも満たないような瞑目を行うのみ。

まるでその一瞬で内容を理解したとばかりに、矢継ぎ早の疑問が連続する。

「術式と魔力込みの宝玉が六王家から与えられて、下請けの俺達はそれをしかるべき場所で起動させるだけ。召喚術の詳細は秘中の秘だよ。召喚術の基本を考えると、作用を逆にした送還術の難度は数倍と言われてる、勇者召喚の術式規模を考えると送還術が実用化されてるなんて事は考えにくいな。とはいえ、魔法の知識に関してなら妹のほうが専門だ。詳細はあいつに聞いてくれ」

「突然呼び出された私達だけど、貴方個人として望む今後の行動は?」

「建前込みと完全本音、どっちが聞きたい?」

「本音のほうでお願い」

「近いうちに六王家からの監査が来る、そいつの前で当たり障りの無い振る舞いをしたら後は好きにしろ。できればこの国を出て行ってくれると助かる。

 最低限だが、こちらは勇者召還を実行したという証明さえできればいい」

 ――うむ、これまでの発言の中で一番本音っぽい。

 迷惑なものを見るときの眼差しを取り繕う様子もなしのアレグ王。会話の端々からそんな雰囲気は感じていたので今更ではあるのだが、しかし世の中こんなに無責任な話があっていいものだろうか。

 異世界おそるべし――か?

 さて気になるのは遠峰先輩のリアクションなわけだが、先輩はこれまでよりも数秒ばかり長く目を閉じ、それまで若干前傾だった上体をソファの背に預ける。俺とは反対に座る村越先輩となにやら目配せしたのちに。

「なるほど……。まあ、貴方から聞きたいことは今のところこんなところかしらね。あとで地政学――って判るかしら? とりあえず政治とか風土なんかに詳しい人を貸して貰いたいのだけど」

「もっともな要望だ。見繕っておこう――レイシア、入れ」

 なにやら、とりあえずの会談は終わりの流れらしかった。秋穂の眉がいい加減くっつきそうなほどに寄っていたので頃合いか。情報の半分くらいしか理解できていないがそのあたりはあとで遠峰先輩に解説をお願いするとしよう。

 で、アレグ王とやらに呼ばれて入室してきたのは茜色のワンピースにフリル付きのエプロン姿。実に分かりやすいメイドさんだった。

 肩までの金髪に碧眼、どっかで見たコスプレメイドとは比べることすら失礼だと感じるような佇まいではあるのだが――。

「れっ、レ、レイシアです。まま、参りました!」

 見ているこっちが気の毒になるほど緊張しているのはどういうことか。

「若手の中では優秀な使用人だ、暫くはお前らの専属にするからなにかあれば使え、知識の方も一般常識程度ならば問題ないそうだしな」

 言って、若き王様はため息をこらえるように天井を仰ぐ。苦労はあるんだろうが、そんなものに配慮してやる義理はない。


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