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ALICE in UNDERLAND  作者: ツギ
6/7

-双子と鴉-


 Tweedledee and TweedlduM

 ‐双子と鴉‐


「さて、なぁにすっかなぁー」

「ぅ、ひぃ……ッ!」


 突然爪を立てられて、僕の頬の瘡蓋は手荒に剥された。

 彼――ドルディーの長めの爪に、新しい血が付いている。

 僕の血。


「ゃ……嫌だ!止めッ……」

「お前凄ぇ俺のツボ突くのな」


 暴れようとする僕の両手を軽々と捕まえ、ドルディーは片手で抑え込んだ。

 なんでそんなに握力あるんだよ!?


「この……ッ」

「傷ばっか。コレとかどういう状況で付いたんだか」


 蹴り上げようとした脚を掴まれる。

 瞬間、足が砕かれたのかと錯覚するほどの痛みに襲われた。

 殺しきれない悲鳴が喉を傷付ける。


「ぎッ、ぃいいい!!」

「……んぁ?握りしめた覚えはねーんだけど」


 そう言って、彼は指に力を込めた。

 目の前が真っ白になる。


「いたいいたいいたいいやだいたいぃ――ッ!」

「なんだぁ、この可愛い生き物は」


 やっと離された脚は、いまだに灼ける様に痛い。

 僕は荒い息を吐く。


 涙が次から次へと溢れてくる。顔は涙やら血やら汗やら鼻水やら唾液やらでぐちゃぐちゃだ。

 それを拭いたくても、腕が上がらない。(拘束されていなくても、だ)

 その事が更に惨めで、嗚咽が漏れる。


「おーぃ、俺をこの頃流行の萌えってヤツで殺す気か?」


 なに言ってんだこの男。

 死にそうなくらい痛いのは僕じゃないか。


「おい餓鬼、名前は?」

「ひぅ……ふ、……」

「……痛いのは、ヤなんだろ?」


 耳元で囁かれてぞっとした。

 こいつの爪が、僕の脚の痣をなぞっている。

 刃物で切り裂かれる様な痛み。

 気を失う程ではなく、耐えられる程ではない痛みに、気が狂いそうだ。


「ぁり、アリス!」

「嘘吐け。んな名前付けられたら、俺は自殺するぞ」

「本当のなま、え、知らなくてッ、皆言う、ぃだぁ!?」

「皆って?」

「ロゼ、チェシャ、ハンプティ・ダンプティッ!!」


 絞り出した声に、やっと手が離れた。

 僕に覆い被さったまま何事かを考えている彼を、僕は睨む事も出来ない。


 こんなの知らない。

 こんな純粋な暴力、僕は知らない。

 僕は赤の騎士の死体を見た。けれど、僕にとってそれは、他人事でしかなくって。


 こわいよ、コワイ。誰か助けて。




「なぁにやってやがる?」




 目の前の男と同じ声。

 腕を組んだまま、ドアの所に寄り掛かる彼――トゥイードルダム。


「はぁん?俺が『俺の』お気に入りをどうしようと、俺の勝手だろ」

「誰が誰のお気に入りだってぇ?おいアリス、ディーのになるくらいなら、俺のになっとけ」

「僕は僕のものだよッ」


 はッ、フラれてやんの。

 そいつぁてめーだろ。


 ドルディーはベッドから下りて、

 ドルダムはドア枠から体を離して、

 お互いの元に歩いて……胸倉を掴み合った。

 聞いてるだけでも嫌な気分になる言葉で、お互いを罵り合っている。


 ちりん。


「……アリス、怪我は」

「チェシャ」


 いつの間に来たのか、チェシャは僕のすぐ横に居た。

 口許は笑っていない。……心配、させた?


 彼に手伝ってもらって、上体を起こす。感謝の意を伝えると、ますます機嫌が悪くなった。


「アリス、怪我は」

「ぇと、首、噛まれたの……だけ、かな」


 瘡蓋、思いっきり剥かれたけど。

 チェシャは無言で、傷に触らないように僕の顔を拭った。まだ腕の動かせない僕としては、本当に助かった。(でもこのシーツ、他人様家のでは?)


「……ぁの、」

「一人にしなければ良かった」

「ごめん、なさい」


 アリスが謝る事じゃないよ。

 そう言ってチェシャは、僕の頭を撫でた。

 優しいバリトンの声に、また視界が滲む。

 暫く彼は僕の頭を撫でていてくれていたけど、双子を見て低い声を出した。


「ディー」

「んだよ」

「お仕置き、かな」


 びっくぅ。


 そのあまりの低さに、自分の肩が跳ねたのが分かった。

 僕の位置からはチェシャの顔を見る事は出来ない。

 けれど、ドルディーの引き攣った顔を見れば、恐ろしい事になってるんだろうなとは思う。


「ディー」

「ヤだ」

「ちょっと待っててね、アリス」

「ヤだっつってんだろ、聴けよおい」


 あれだけ僕に酷い事をした人が、普通にビビってるんですけど。

 え、実は最強(凶)はチェシャですか?


 思っても言えない僕は、チキンです。

 …………ん?


「「あ、逃げた」」

「ふぅん……逃げられると追いたくなるよね」


 猫属性だね。

 あ、追いかけた。

 あとには、僕とドルダムだけが残される。


「……んと、」

「無事じゃねーのは見りゃ分かるが、へーきかアリス?」

「……一応」


 だいぶ強がりが混じっているけど、嘘ではない。

 脚の痛みは引いた。動きは鈍いけど、動かしても痛くはない。


 ……どうして、さっきはあんなにも痛んだんだろう。チェシャやドルダムが触っても、なんともなかったのに。(さもなければ、抱き上げられる度に泣いてた)


 と、思った傍から抱き上げられた。


「なに?」

「外行くぞ。猫の所為で居心地悪ぃ」


 ……ごめんチェシャ、否定出来ないよ。


 そうして、僕らは森の中の家から、一時退避したのである。

 (家の軋みやドルディーの叫びなんか聞こえないよ、ホントウダヨ)







「足下気を付けて」

「おーぅ」


 月が出ているとは言え、暗い事には変わりない。


「アリス」

「ん?」

「俺の、なんねー?」

「……そう言うのは、もっと可愛い、女の子に、言いなよ」


 今、嫌な鳥肌立った。

 ドルダムもドルディーも、言い方が悪いと思う。誤解を招く感じ。


「ヤだよ。下手な女だと恋だの愛だの、勘違いされて堪んねー」

「……今遊び人な台詞が聞こえたんですけど」

「なんつーの?俺美形だし」

「誰か、ここにイタ人が居る」

「自称アリスに言われたかねー」


 僕も他人の事を言えないので、押し黙る。

 ぐっ、ドルダムの勝ち誇った顔がムカつく……!


「ま、そろそろいいか」

「なにが?……ッ」


 近くの木に押し付けられる。背中への衝撃に、息が詰まった。

 ずりずりと落ちた僕は、木の根元に座り込む形になる。


「こ、ほッ……なにするんだ!?」

「なにすると思う?」


 にぃっと笑うドルダムと、ドルディーが重なる。(当たり前だ、双子なのだから)


「ドル……ダム……」

「普通はダム、だろ。トゥイードル・ダム、トゥイードル・ディーなんだから」


 まぁ、別にいーけど。

 楽しそうに笑みを深めるドルダム。僕に笑う。僕を哂う。


 僕の脚を跨いで、ぐっと顔を近付けてくる。

>後ろに下がろうとして、背中に木の幹が当たった。

 僕の前で、見せ付ける様に自分の唇を舐めたドルダムの舌は、紅い。


「遊ぼうぜ、アリス?猫≪ナイト≫も遠ーい所で、ディーで遊んでんだろ」

「……遊ばない、帰る」

「何処に?」


 間髪入れず、彼は僕の心を切りつけてきた。

 僕に、少なくとも今の僕に……帰る場所なんて、ない。

 僕は彼を睨む。


「とりあえずはチェシャの所」

「はぁん?猫、ネーコーぉ、帰る場所だって?」




「『アレ』が?」




「……なにが言いたいの」

「さぁ?真実なんてーのは無限にあるもんだろ。それこそ、人の数だけな」


 僕にとっての真実。

 それを知っているのは誰?


「真実は無限、事実は一つ。アリス、お前は会ったんだろ?真実を持てず、必要のない事実だけを持っていた奴を」


 ハンプティ・ダンプティ!!

 事実だけの彼。唯一正常の彼。だからこそ真実だらけの世界で彼は唯一『狂っていた』。

 少しずつ、少しずつ解消されていく違和感。(回収されていく伏線)


「……どうして僕に、そんな事を言うの?」

「お前は気狂い卵に似てる」


 あいつにゃ逃げられちまったみてーだけどな。

 そう言ってドルダムは僕の首筋に、爪を、


「ぃ……ひ……」

「俺はな、アリス」


 血のついた長めの爪を舐めながら言うドルダム。




「真っ白い奴を真っ赤に染めんのが、だぁーい好きなんだ」




 首筋の傷に噛み付かれ。

 それでは足りないのか、傷を広げる様に尖らせた舌を捻り込もうとする。

 本来なら閉じている傷口≪ニク≫の中に、舌≪ニク≫が入り込む不快感。違和感であり、絶望。


「あ、ぁぁ、あぁああ!!」

「いーぃ声、でもちぃっとばかりデケェ」


 猫来たら面倒だろ。

 片手だけで僕の両手を拘束し、空いた手で僕の口を塞ぐ。

 もう一度傷口に唇を寄せ……僕の血液≪タイエキ≫を啜る。


「ぅ、んん――ッ!ぐぅ――――ッ!!」


 なにも掴むことも出来ない。なににも縋る事も出来ない。

 唯一痛みを耐える為に使える裸足の爪先が、何度も地面を掻く。




 ――僕は、喰われて、いる。




 ちりん。




 あっと言う間に、僕の上から退いたドルダム。

僕の前には尻尾の様な黒い布。


「おーいーぃ、あの馬鹿ヤられんの早すぎじゃねー?」

「ダム、お仕置き」

「ヤだ」


 犬歯を剥き出して――けれど笑えていないドルダム。

 その手には、初対面で投げられたナイフが握られている。

 チェシャの手にも。


「それ、ディーのだろ。あいつ死んだ?」

「いいや?貧血気味ではあるみたいだけど」

「おいアリス、さらっと恐い事言ったぞこいつ」


 僕から見れば、貴方の方が恐い。


「ダム」

「ヤだ」

「ちょっと待っててね、アリス」

「ヤだっつてんだろ、聴けよお、」


 い。


 僕の前に落ちた。

 それは、一度びくりと動いて、切り口から血液を溢していく。

 皮膚。オレンジ掛かった薄い脂肪。桃色と赤の筋繊維。白い骨。紐状の神経。

 紅い血。


「あああああああ!?」

「なんで腕落とされた方よりデケェんだよ声が」

「可愛いね、アリス」

「可愛いな、本当に」


 こいつら、狂ってる。


 残った手で腕を止血しながら、ドルダムが僕の前に来る。


「ひぃッ」

「可愛い声出してんじゃねーよ。腕、取ってくれ。あーん」


 ドルダムは目を瞑って、中が真っ赤な(僕の血で!)口を開ける。


「左手外したら死ぬだろ、出血多量でショック死で。持ってくから銜えさせて」


 あーん。







 僕が腕を取ったかは思い出せない。

 ただ、僕は変わらずチェシャの腕の中に居るだけ。




「恐いのなら、眠っててもいいよ」


 (君が恐いのなら、どうすればいいの)


 大きな鴉が飛んできた。

 双子は驚き、決闘止めた。


 真っ黒鴉も真っ黒猫も、

 不幸を呼ぶのは同じでしょう?






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