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ALICE in UNDERLAND  作者: ツギ
5/7

-二人は仲良し-


 Tweedledum and TweedldeE

 ‐二人は仲良し‐


「どうしたの、アリス?」

「ハンプティ・ダンプティ、は……」


 突然現れて、僕の心を思うままに傷付けていった。

 居るのか、彼は。(あるのか、彼の死体が)

 この、塀の向こうに。


「僕途中からしか聞いてないんだけど」


 チェシャは抱きしめたまま、僕の顔を覗き込む。


 ちりん。


「気狂い卵に何を言われても気にしない方がいいよ。あいつは狂っているから」

「……狂って、」

「そ。自分から狂っているなんて言える奴が、正気だと思えるかい?」

 

 だから僕達も気狂い卵と呼ぶんだよ。チェシャの言葉に、僕は目を見開いた。


 卵が先か、鶏が先か。

 気狂いと言い出したのは……ハンプティ・ダンプティ。

 なら、彼は。


「……チェシャ」

「何だい、アリス」

「どうしてチェシャは……僕をハンプティ・ダンプティに合わせようと思ったの?」


 チェシャと彼は、あまり仲が良くなさそうに見えた。少なくとも、気狂いの彼はチェシャの事を好ましく思ってなかった様に思える。

 僕と彼に接点を作る理由が見当たらない。


「アリスの事、何か知らないかと思って。この世界であいつの知らない事は一つもなかったからね」

「……気狂いなのに?」

「気狂いなのに。でも所詮は気狂い卵でしかなかった」


 チェシャは、そのにやにや笑いを深めて言った。

 滴る様な悪意と嘲りを乗せて。


「そのからっぽの器全てを知識に費やしたのに、それで君を傷付ける事しか出来なかった」


 僕はチェシャの腕の中で俯く。

 本当は耳を塞いでしまいたかった。

 チェシャの腕が僕の腕ごと抱き抱えていなければ。


「その程度の知識、その程度の真実に何の意味もない。何も変わりはしない」


 ねぇアリス、そうだろう?

 知らないよ。知りたくもない。




 チェシャは僕を抱き抱えたまま森を進んでいく。

 目的地も決まってないのに、よくそこまで迷いもなく歩けるものだ。

 ――僕も歩けた。正確な時間は分からないが、少なくとも半日前は。

 そして気付く。まだ一日も立ってないのだ。あの部屋から逃げ出してから。


「……こんなの、望んでなかった」


 チェシャは何も言わなかった。


 耳に入るのは、鈴の音とチェシャが落ち葉を踏みつける音だけ。

 もう寝てしまおうか。瞼を下ろした瞬間、




 あああああああああああああああああああああああ!!!




「な、に……ッ!?」


 轟く絶叫に、僕はチェシャの服を掴む。

 飛ぶ鳥さえも居ないこの森で、一体誰が、何故、あんな叫びを。

 動転する僕と違い、チェシャは平然としている。それどころか、原因を知っているのか、にやぁと顔を歪めた。


「……チェシャ、」

「多分僕の知り合いだね。見に行ってみようか」

「ぃ、いい!僕は行かない!!」


 無様にも拒否の言葉は裏返った。自分の顔が引き攣っているのが分かる。

 チェシャは、そう?と首を傾げた。


「じゃあ放っておこうか。もう終わったみたいだし」

「………………」


 ……終わった、って、何が……?

 確かにもう叫びは聞こえない。――まるで先程こそが嘘の様に。

 嫌な汗が背中を伝う。


 がさがさがさがさがさがさ。


 ち、近付いてる……!?

 僕はチェシャのシャツを引っ張った。

 けれどチェシャは笑ったまま、動く事も腕を解く事もしてくれなかった。


 音はどんどん近く、大きくなる。


 そして、




 銀色の光が目の前を走った。




「ッ――――!」


 回る視界に、声にならない叫びを上げる僕。

 ぎぎぎぎと音が鳴りそうな程ぎこちない動きで首を回せば、木に刺さった大振りのナイフ。

 僕は血の気の引く音を聞いた。チェシャが動いてくれなかったら……あれは僕の、頭に、


「……んぁ?なんだ猫かよ」

「やぁ、随分な挨拶だね」

「あのボケだと思ったんだよ。ったく、紛らわしい奴だな」


 反省の色もなく悪態を吐く乱入者。

 ちょっと、待て……!


「なん、っだよその態度!」

「はん?おい猫、なんだコレ?」


 胡乱げな顔で僕を見る乱入者。


「あんなの投げたら危ないじゃないか!?しかも人をコレとか言うなッ!それが悪い事した方の態度かッ!?」


 普段の僕だったら、不審人物であろうと初対面の人に本気で怒鳴るなんてできなかった筈だ。

 散々危険にさらされて、僕の堪忍袋の緒は切れたらしい。


「……おい餓鬼、名前は?」

「貴方に名乗る名前はない!」

「はぁん?そーくるってか」


 乱入者の彼は、距離を詰めて顔を近付けてきた。

 それには僕も流石に驚いて、チェシャに抱き着く。

 彼はそんな僕を見て、何かを考えている様子だ。


「……まあいいか。おい餓鬼、自己紹介してやる」


 頤を指で上向かされ、彼と目を合わされた。

 息を呑む。貴方近いよ近眼か!(動転中)


「俺はトゥイードルダム。この森に馬鹿と一緒に住んでる。質問があるっつーんなら、スリーサイズ以外でな」

「野郎のそれ聞いて何が楽しいんだ馬鹿野郎」


 どいつもこいつも、気色の悪い冗談しか言えないのか。


「口が悪いじゃねーか、姫さんよ」

「僕のどこを見て姫と言うのかが分からない。お医者様に見てもらえば」

「猫に姫抱きされてたじゃねーか。つか、口が悪いのは否定しないんだな?」


 ここに来てから口が悪くなったんだよ。

 でも、他人の事を言えない彼に言うのも癪なので、口を噤む。


「酷ぇな、俺だけ自己紹介させてだんまりか。そいつぁ失礼ってモンだろ?」


 物騒な笑みを浮かべ、低く囁くトゥイードルダム。

 この人、さっき僕が怒鳴ったの根に持ってるな。


 ……黙りたくて黙ってる訳じゃない。自己紹介したくても、僕は……。


「アリス、大丈夫かい?」

「アリス?痛々しい名前だな」

「本名じゃないよッ」


 記憶はないけれど、いくらなんでも、そんな子供が苛められそうな名前を付ける親は居ないと信じ、たいなぁ……。女の子の名前としては可愛いかもしれないが、それ以上に『不思議の国のアリス』が思い浮かぶ名前の僕だけなんだろうか。

 彼は大して気にせずに、ふぅんと呟いた。


「ならアリスって呼ぶぞ。……ふッ」

「笑いたきゃ笑え。いや、やっぱムカつくから笑うな。……一応、はじめまして、トゥイードルダム」


 ぶっきらぼうに言い放った僕に、ぽかんとした顔になる彼。

 その顔は、かなり幼く見える。実はチェシャより僕の方が近いのだろうか。

 突然彼が、チェシャの腕の中から僕を奪う。

 文句を言おうと、抱き抱えるその腕の持ち主を睨むと、


「……はじめまして、アリス」


 八重歯を剥き出しにして、にぃっと笑う。

 その無邪気な笑みに毒気を抜かれた僕は、あ、だの、う、だの呻く。


「なんだぁ、この妙に可愛い生き物は。猫、こいつ俺にくれ」

「ね、可愛いよね。君にはあげないよ。僕のじゃないけれど」

「なぁアリス、俺のになれよ。いっとーのお気に入りにしてやるぜ?」

「人を物扱いするなぁー!」


 ぎゅうっと抱きしめる彼の腕を叩いて抗議する。しかしこの男、聞きやしない。

 ……疲れた。自然と落ちてくる瞼が重い。


「あ?おねむの時間にゃまだ早いぜ。日が沈んだら眠くなるって、どんだけ餓鬼だよ」

「疲れたんだろう。怖い思いもいっぱいしたしね」


 冷たい指先(多分チェシャの)が僕の額を撫でる。それが気持ちよくて、猫の様に喉が鳴った。


「可愛いね」

「可愛いな」


 うつらうつらと船を漕ぐ意識の中で、二人の話し声が聞こえる。

 何かを訊かれた気もするが……返事をしたのかもあやふやだ。


 冷えた布(ベッドかな?)に静かに下ろされて、温かさに縋る様に手を伸ばしたら小さく笑われた。(失礼な)

 寝てていいよ。そう言われた気がして、その言葉に甘える。

 シーツから香るお日様の匂い。少しずつ温まってきたベッドに、僕は意識を手放した。




 ――ではアリス、御機嫌よう。




「――ッ、はッ……ぁ、」


 頭に響いた声に、僕は跳ね起きた。

 早鐘を打つ心臓が痛い。呼吸を整えようと大きく息を吸って……噎せた。

 苦しくて目が潤む。ようやく落ち着いて、ずきずきと痛む米神を押さえながら暗い室内を見回した。

 小屋、と言うには大きくて、家、と言うには雑な建物だ。トゥイー……長いな。ドルダムの住んでる場所なんじゃないかと思う。


 二人は何処に行ったんだろう。

 窓がないとはいえ、この静けさは多分まだ夜だ。


「っぅ…………」


 血管が詰まっているかの様に痛む。水分が足りないのかもしれない。

 何かないか。近くに水の入った瓶があったので頂いた。

 すっと染み入る水に、しばらく痛みは増したものの、やがてそれも消える。

 僕は一息吐いた。


「どうしよう」


 寝覚めと違って、目はすっきりしている。二度寝はしばらく無理そうだ。

 帰ってくるであろう二人に、何か煎れようか。他人の家だけど、主を迎える為と言えば許してくれるだろう。


 そう決めてベッドから下りた。一瞬立ち眩みに襲われるが、やり過ごす。

 さて出ようか。一歩踏み出したその時、


「……ドルダム!?」


 開いたドアから、血塗れの彼が入ってきた。


「………………」

「ど、どうしてこんな!?とにかく座って、安静にして、ッ救急箱は!?」


 僕は傷を診ようとして彼に近付こうとして、


 突き飛ばされた。


「…………は?」


 回る視界についていけない。ベッドに倒れ込んだ僕の前には天井。

 眩暈がして、視界が真っ暗になる。

 気付けば、僕の顔の横には彼の手が、


「……ドル、」

「何だ、もう新しいお気に入りを見付けたのか」


 ゆっくり……恐怖を煽る様に首筋に噛み付かれる。痛みに、僕は引き攣った悲鳴を上げた。

 彼は血の付いた八重歯を剥き出しにして笑う。


「いーぃ声。お前、“俺”のお気に入りにしてやるよ」


 べろり、と音を立てて頬を舐められた。おぞましさに総毛立つ。

 そんな僕を見て、彼は笑う。哂う。


「その反応、凄ぇ好き。なぁ餓鬼ぃ、俺のになれよ。そしたら、壊さないでやる」


 あの阿呆は壊すかもしんねーけどな。あいついつも俺のお気に入り壊すんだぜ。


「だから、さっきあいつのお気に入りぶっ壊してやった」

「貴方、は」

「自己紹介いっとくか」


 僕は、知っていたのに。

 マザーグースの詩、≪鏡の国のアリス≫に出てくる双子。




「俺はトゥイードルディー。お前、いっとーのお気に入りにしてやるぜ?」


 お気に入りのガラガラ。

 先に壊したのはどっち?


 そんな二人は似た者同士。

 喧嘩する程仲がいい?






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