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ALICE in UNDERLAND  作者: ツギ
2/7

-目隠し鬼ごっこ-


 Blindfold OgrE game

 ‐目隠し鬼ごっこ‐


「鬼さんこちら、鈴鳴る方へ」

「…………え、」


 突然聞こえた声に、僕は鈍い動作で顔を上げた。

 誰も、居ない。

 たった一人僕の知っているあの人さえも。

 この部屋に存在するのは、赤と白だけ。

 ……いや、誰も居ない訳では、ない。


「……僕が、居る」


 自分でも笑えるくらいちゃちな自己暗示。

 そんなものに頼らなければならない程、今の自分はあまりにも脆くて。

 今にも……狂って、しまいそうで。


「気の所為、かな……」


 深く、深く息を吐いて、僕は瀟洒な椅子の背に凭れた。

 ……頭が重い。思考が、霞がかった様にぼんやりとしている。

 目の奥は痛むし、耳鳴りさえしてきそうだ。

 そう考えると、やっぱりさっきのは気の所為なのだろう。幻聴が聞こえる程、僕は追い詰められているらしい。

 あの男は……ロゼは、どれだけ僕を傷付ければ気が済むのだろう。


「アリス、人形の次は、鬼、か……」


 我ながら嫌な幻聴だ。

 それとも、僕はそうなる事を望んでいるのだろうか?

 人間≪ヒト≫でなくなれば、もう苦しまなくていいの、かな……。


「もう……いい……」


 重い瞼を下ろす。

 この部屋≪セカイ≫には、目を開けてまで見たいものなど、何一つとして存在しないのだから……。



 ……りん。


 軽やかな……、


 ……鈴の、音……?


 また幻聴かと思った。

 目を開いても救いなどないと思った。


 それでも僕は、目を開けた。


 ずっと瞑っていた目には、この部屋は眩しい。

 瞬きを繰り返したり、米神を押したりして、ようやく痛みが和らいだ。

 けれど視界に入ったのは、先程と変わらない景色。


「………………」


 ……分かってはいたけれど、やっぱりショックが大きい、かも。

 僕はテーブルに突っ伏した。なに、行儀の悪さを責める人間は居ない。(やさぐれモードだ)

 目の前にある紅茶はすっかり冷めてしまっている。鼻を近づけてみても、湯気の出ないそれは僅かな香りしか残っていなくて、何だか悲しくなった。ごめんね、アッサム君。

 お代わりを煎れてもらったばっかりだった、澄んだ色の紅茶。そこに移っている僕の顔をは丸い。

 それが妙に可笑しくて、吹き出した。


「……何だ、僕はまだ笑えるんじゃないか」


 もう少しだけ頑張ってみようか。水面が揺れて泣きそうな顔になった紅茶は、不吉なので見なかった事にしておいて。


「よし、男は度胸、女は愛嬌!!」


 沈んだ顔でここに座っていても、何も始まらない。

 まずはここから出よう!!……えと、普通にドアから出て、ロゼに見つかったらどうしよう?

 別に出るなと言われた覚えはないけれど、出ていいとも言われてないし。というか、ロゼが部屋を出ていった時(紅茶のお代わり以外)の記憶がないし。

 そうなると、ロゼに見つからない様に行動した方がいいかもしれない。


「なら窓かな……」


 僕は、絨毯と同色の真っ赤なカーテンを思いっきり開けた。


 引いた。

 固まった。


 意気揚々と脱出を図った僕の前にあったのは、釘と板でこれでもかと言わんばかりに塞がれた窓だった。


「……嘘……こっ、怖っ……寒……」


 冗談じゃなく、これはホラーだ。腕に鳥肌が立っているのが、見なくても分かる。

 ……ここに居てはいけない。頭の中で警鐘が鳴っている……ここはコワイ場所だと。


 でも……なら、どうすればいい?やっぱりドアから出るしか…………。


 ……りん。


 また、聞こえた。

 今にも消えそうな鈴の音が。


「……幻聴じゃ、ない」


 僕は音のした方に振り返った。

 変わらない部屋がある筈だった。

 赤と白の部屋がある筈だった。


 のに。




 一瞬にして世界は塗り替えられた。

 一筋の光さえも差し込まない――闇色に。




「ッ――――!!」


 僕の喉から出た、声にならない音。

 それは谺することなく……闇に溶けていった。


「なに、これ……」


 自分の手さえも見えない闇。

 そんなものがあるなんて知らなかった。

 こんなものが存在するなんて……。


「……ぁ、」


 小さく喘いだ声は、すぐに闇に消えていった。

 全てを飲み込みそうな闇の中で僕は……一人きり。独り、きり。


「ぁ、ああぁぁぁあああああああ!!!」


 闇は、僕の絶叫さえも呑み込んで……残るのは静寂だけ。

 初めから何もなかったと言う様に。

 僕の存在など初めからなかったと言う様に。

 そんなの嫌だ!!


 僕は走り出した。

 決して広くはない部屋だったのに、僕は何にもぶつかる事もなく走り続けた。


「誰、か……誰か居ないの……?誰か……ロゼ……ッ……!」


 なんて皮肉。

 助けを乞う名前を、誰よりも怖いと思ったあの男のものしか持たないなんて。

 ねぇ、僕が何をしたと言うの、カミサマ。

 失った記憶の中の僕は、それ程までに罪深かったと言うの。


「ぁ……!」


 足が縺れて無様に転ぶ。暗闇の中では受け身も取れなかった。

 ぶつけた膝と擦った頬が痛い。

 じわじわと涙が滲む。

 けれど、自分さえ見えない闇の中では、視界≪セカイ≫に何の変化もなくて。


 目を開けていても、瞑っても、この世界に僕は居ない。




……ちりん。




 鈴の音。

 さっきよりも……近い!




……ちりん。




 僕は走った。目を開けているのかもわからない暗闇の中、全速力で。

 何度転んだかなんて知らない。擦り傷なんて知った事か!!


「……どわ、っだぁ!!」


 硬い何かに額からぶつかり、拍子に舌まで噛んだ。

 ひーひー言いながらのたうち回る僕。

 痛みが落ち着いてきたところで、ぶつかった何かを手で探ってみる。

 僕がぶつかった所はそれ程ではないが、結構でこぼこしていた。




 ……ちりん。




 鈴の音に天を仰ぐ。

 針の穴くらい小さな、光が、見えて。


「登れ……って、事かな」


 登れなくはないと思う。触っている感じ、では。

 ただ、あそこまで行けるかと言えば答えはノーだ。結構な距離だと思う。

 それに、あの光が小さな隙間から射しているものだったら、ここから出ることは出来ないし。


「……どうしよう、か」

 

 人間とは現金なもので。

 他に道がない時はどんな事も出来るのに、ちょっと希望があると途端に慎重になる。

 登った方がいいのだろう、多分。あの部屋にはきっと戻れないから、可能性があるなら登った方が……。


 その時、小さな……足音が聞こえた。

 一瞬で全身の皮膚が粟立った。

 誰か……来る……?


 オイルの切れた人形の様にぎこちなく、耳を地面に当てる。

 だからかは分からないが、その足音を少しだがはっきりと感じる様になった。

 こっちに近付いて来る……迷わずに!!


「まさか……ロゼ……?」


 呆然と呟き、慌てて口を塞ぐ。

 足音の歩く速度は変わらない。(それでも僕を捕まえられると確信しているように)

 逃げな、きゃ。


「ッ……」


 握りしめた壁は、思ったよりも鋭く手に食い込んだ。けれど僕の体重を支えることは出来ると思う。

 僕は歯を食い縛り、少しずつ壁を登り始めた。




 どくどくと心臓の音が煩い。

 足音が近いのか遠いのかも分からない。


 だいぶ登ったと思うのに、光はまだまだ遠い。

 けれど休める場所がない以上、僕は登り続けるしかない。

 僕は深く息を吐き、左足を上げようと窪みから離し、て、


 その足を何かに捉えられた。


 人間の手では、ない。この感触は、指が掴んでいる感じではない。

 柔らかくて生温かくて、ねっとりした液体を纏った……何か。

 それが生き物の様に。僕の脚を這い上がってきて、


「ぃ、嫌だ嫌だ!どっか行ってッ……どっか行けよ!!」


 振り落としたい。でもそんな事をしたら僕が落ちる。

 僕に出来る事は、引き攣った叫びを上げる事だけで。

 そして右腕にも巻き付いた、何か。


 嘘、




 増 え て る 。




 力の抜けたところを、ぎゅう、と地面の方に引っ張られた。

 滑った手は、壁を掴めなくて。


 嫌だ……助けて……誰、か、

 僕は、ただ、手を伸ばした。







 落ちる筈だった体を、力強い腕に抱き上げられた。

 瞼の上からも感じられる光。

 恐る恐る目を開けてみると、口が見えて。

 そこには一人の男の人が居た。


「……ぁ、の、」


 その人は、腋の下に回した手だけで、僕を小さな子供の様に持ち上げている。(見かけによらず、力持ちだ)

 細身の黒のパンツに、二つまでボタンを外した白のシャツ。黒のリボンタイは、結ばれずに首に掛かっている。


「おや、」


 何よりも目を引くのは、その目を覆う黒い布だ。

 後ろで縛ってもだいぶ長いだろうそれが、この人の両目を隠している。


「鬼だと思って拾ってみたら、愛らしい子供じゃないか」


 面白そうに言う男の人。

 表情がよく分からないので、口元と声色でしか判断できない。


「可愛らしい坊や?それとも、美しいお嬢さん≪レディ≫?僕にはどちらだか分からないけれど、名前を訊いてもよろしいかな?」


 名前。

 ……僕の、名前は……?

 口籠った僕に、その人は訝しげに声を掛ける。


「どうしたんだい?」

「わっ……分からない、名前……」

「ふうん、それは困ったな。なら、君は何て呼ばれていたんだい?」


 彼は抱っこの形に僕を抱き直して訊く。この人も背、高いな。


「え、あ……アリス、って、呼ぶ、人が……」

「そうか、じゃあアリス。はじめまして」


 ちりん。


 あ…………。

 尻尾に様に長い、目隠しの布の片端に、金色の鈴が括りつけられている。

 僕はこの鈴に導かれて来たんだ……。


「ぅ、」


 心地いいバリトンの声。

 その人の背後に見える草原といい、僕が怖れたものなんてどこにもない。

 じわり、と涙が溢れそうになる。

 目隠しをした彼は、優しく僕の背中を叩いてくれた。




 目隠し鬼ごっこはもうおしまい。

 暗い道で、追うのも追われるのももうおしまし。


 さあ、目を開けていよう。

 僕の見たかった、光溢れる世界が広がっているんだから。






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