-紅茶の時間-
高校生だった頃に打っていた作品をサルベージしました。
……その頃とあまり書き方が変わっていないので、ほぼそのままで投稿させて頂きます。
一応確認した筈なのですが、誤字脱字等ございましたらご指摘お願いします……。
Tea BreaK time
‐紅茶の時間‐
「はじめまして、こんにちは。ご機嫌いかがでしょうか、アリス?」
「は?」
突然言われた言葉に、僕は間の抜けた声を出した。
アリスって……『不思議の国のアリス』?
え、僕の事?ちょ、なんでそれが僕になる訳?そもそも、ここは一体何処だよッ!?
たくさんの疑問が僕の頭の中を一杯に埋め尽くしている。
どの言葉から言えばいいか分からない僕は、口を開けては閉じを繰り返していた。
「ああ、落ち着いて下さいアリス。そうだ、お茶を煎れましょうか。アリス、ジョルジはお好きですか?」
「じょ……じょるじ?」
紅茶の種類なんて分からないってば……って、そういう問題じゃなくて。
……とりあえず、ここが何処か訊いてみよう。
僕は一度深呼吸をして口を開こうとして、
「では、アリスはストレートとミルク、どちらがお好きですか?」
「え、どちらかと言えばミルクかな……?」
「ではアッサムに致しましょう。少々お待ち下さい」
そう言った後、一礼し、颯爽と去っていく男の人。
まるで役者みたいな優雅な動きに呆けていた僕は、我に返った。
ちょっ、僕訊きたい事があるんですけど!!
呼び止めようとしたけれど、その人はもう扉の奥へと消えていってしまった。
追いかけようかな、とも思った。でもその瞬間に足下の絨毯が目に入り断念。
僕の少し汚れたスニーカーで踏むには、その絨毯は綺麗な赤色をしていて、分厚過ぎた。
貧乏性と言うなかれ、それだけこの絨毯が高そうなのである。
大人しく座っていようと、僕は今座っている椅子(これもまた高そうだ)に座り直した。
「……疲れた」
結局訊きたいことは何一つとして訊けていない。
もしかして、あの人は意図的にやっているんじゃないかと疑いたくなる僕は間違っていないだろう。(僕のタイミングも悪いのかもしれないが)
それでも、今の状況はあまり良いものでない事は確かだ。
「ここは……何処なんだろう」
答える声がない事は分かっている。けれど呟かずにはいられなかった。
こんな場所、テレビでも滅多にお目にかかれないと思う。
感想としては、極端に色の少ない部屋だ。
赤い絨毯、細かな細工のされた白のテーブルと椅子、染み一つない白い壁と天井、そしてそれらの白に飾られた真紅の薔薇。
薔薇の葉や小物などのそれ以外の色もあるからか、不思議と趣味のいい綺麗な部屋、と言う印象を与える。
ただ、やっぱりあまりにも赤と白が目を惹く……少し、怖い。
でも、僕が一番怖いのは……
コンコンコン。
突然鳴らされたノックに、僕は少し驚いた。
ああ、そういえばあの人はお茶を用意しに行ったんだっけ。
扉を開けて入ってきたのは、予想通り僕が目覚めてから唯一の人。
「お待たせ致しました」
音も立てずにテーブルにカップを置く人。
その動作の全てが洗練されているのは、僕にだって分かる。
先程は混乱していた為によく見ていなかったので、不躾にならない程度に観察してみる。今、僕に答をくれそうな唯一の人を。
「………………」
綺麗な顔をしている、と思う。背中に届いていそうな長い髪を首の後ろで括っていて、それがよく似合う。
背は高い。比例して長い脚が羨ましい。着ている服は、ちゃんとしたレストランのウェイターさんみたいな格好だ。そしてやっぱりよく似合う。美形が着ればオーダーメイドですか?
この人は誰なんだろう。僕がここにいる理由を、この人は知っているのだろうか。
「アリス、砂糖はいくつ?」
「あ……じ、自分で入れてもいいですか?」
彼は小さく笑うと、どうぞ、と優しく言った。
……調子が狂うんですけど、本当に。
彼の顔を見れなくなって、視線を紅茶に固定する。
濃い紅色をした紅茶に砂糖を二つ落とした。(甘党ですが何か?)
ミルクを加えて、ティースプーンでくるくるとかき回す。澄んだ紅色は渦を描きながら、柔らかな色へと変わっていった。
ふわり、と。ミルクとは違う甘い香りに誘われる。高いんだろうな……。
そうして一口飲んでみる。
………………。
また一口飲んでみる。
………………。
人間、美味しいものを口にすると黙ると言うのがよく分かった。
「おいし……」
「お気に召して頂けたようでなによりです。お代わりはいかがですか?」
優しい微笑みに頷く。
……って、話が進まないッ!!
「やっと笑って下さいましたね、アリス」
男の人の指が僕の眉間を撫でた。ちょっとくすぐったい。
あ、この人指長いな。
「不安そうな顔も素敵でしたが、アリス、貴方には笑顔の方がお似合いですよ」
とても可愛らしいです。
そう言われてにっこり笑われても複雑なんですけど!!
ヤバイ、また流される。
「えーと、あの!……訊きたい事があるんです、けど……」
「私に答えられる事ならば喜んで」
あまりにもあっさり言われたので、二の句が継げられなくなった。
あれ、僕何を言おうとしてたんだっけ。
……とりあえず、いつまでも男の人と言うのもあれなので、名前を訊こう。うん。
「あの、貴方は……」
「ああ、申し遅れました。私はロゼと申します。どうかお見知りおきを」
「どうもご丁寧に。僕は……」
僕は、固まった。
喉が凍りついたのかと思った。
だって……だってそうでなきゃ、
「“自分の名前を忘れる訳がないのに”?」
………………え?
僕は彼――ロゼの顔を呆然と見つめた。
ロゼは優しく笑っている。
「可愛いアリス、お人形の様に可愛いアリス」
人形。
僕のどこが人形だと言うの。
「貴方には笑顔が一番お似合いですよ」
その言葉に、
どこかで、何かが、切れた。
「ふ……ッざけないでよ!!さっきの……名前の事、貴方が僕に何かしたの……!?」
「私が貴方にした事は、アリス、貴方を歓迎し、お茶を煎れた事だけですよ」
頭に血が上って声を荒げる僕に、ロゼは優しく微笑んだまま答えた。
まるで、子供の癇癪でさえ愛しいとでも言う様に。
……いや、違う、この人は……。
お気に入りの玩具が動き出して喜ぶ子供だ。
もっともっと玩具で遊びたいとはしゃぐ子供なのだ。
僕はやっと気付いた。
怖い。
恐い。
このひとは、こわいひとだ。
「、っ……ど、して、僕は……ここに、居るの」
「貴方がここにいらっしゃったからです、アリス」
「貴方は……貴方は、なんな、の」
「私はロゼです、アリス」
僕の質問に、微笑みながら答えるロゼ。
まるで……まるで『赤ずきん』に出てくる、おばあさんを食べて成りすました狼の様だ、と遠い所から僕自身の声が聞こえる。
なら問いかけてはいけない。
間違えてしまった赤ずきんは狼に食べられてしまうのだから。
……食べられてしまうのに。
なのに僕は、
「どう、して、僕をアリスと、呼ぶの」
「貴方の名前を知らないからです、アリス。お嫌でしたら、他を考えましょう」
優しい顔で、優しい声で、ロゼは言う。
ヘンゼル、グレーテル……
それは、二人居たから幸せになれた子供達の名前だ。
、ピーターパン……
それは、親からさえも存在を忘れさられた少年の名前だ。
、コッペリア……
それは、人間≪自分とは違うもの≫に愛されてしまったが為に壊された人形の名前だ。
次々と挙げられる名前の一つさえも、僕に優しいものはない。
救いなどないのだと囁くように。
それはまるで奈落に突き落とすように。
少しずつ自分≪ココロ≫が犯されていく。
助けて、助け、て……
この人は、
無邪気に無慈悲に無感動に無意味に、
僕を、壊す≪コロス≫。
「僕、は……誰…………」
「私には分かりませんよ、アリス」
ああ、やはり貴方はアリスがお似合いです。
此処には白兎も白の女王も居ませんが。
アリス、お茶のお代わりは如何ですか?
此処には帽子屋も三月兎も居ませんが。