第3話 失ったもの
海斗の出来事が起こる数分ほど前、龍牙は生徒会室の前で少し考え込んでいた
さて、どうやって相手から情報を聞き出す?リヴァイルでさえ不可能なのに俺などが成功するのか?
何故かある一人の少女から話を聞きだすだけなのに敵陣に潜入し情報を盗み出す任務より困難に思えてきた龍牙はひたすら生徒会室のドアの前で背中を壁につけて考えていた
「しかし俺よりも海斗の方が絶対に成功率は上だろう」
元々の成功率が低かろうが、と龍牙は口の中で呟きながら顔を上に上げた
「もうどうにでもなれ・・・・」
龍牙はやけくそ気味に強くドアをノックする
そして中の返事も聞かずに龍牙は思いっきりドアを開けた
それこそ壁にドアを打ちつけるほど強く・・・・・・・
「すまないが、ここの副会長に用事が・・・・・・・」
龍牙が目を開いて最初に見た物は半分以上が肌色だった
一切傷のないきめ細やかで滑らかな肌だった
「へっ・・・・?」
相手も両手でワイシャツを持ちながら振り返る
その動作だけで綺麗に整えられ優美な線を描いていたお尻が揺れる
更にはその上の方にあるあまり豊かとも言えないがそれでも自己主張している掌から少しはみでるくらいの小ぶりな胸が下着に包まれながらわずかに揺れる
今の俺は仮面を被ってないんだぞ?なのになんでこんな思考回路になる!?
これも常日頃学園で仮面を被っている後遺症か!?
だから女は、と思いながら龍牙は歯ぎしりをする
更に龍牙が上を見て行くと何が起こったのかまだ分からないと言った風に目を開いたまま瞬きもせずに固まっている
腰まで伸ばした黒髪も全く微動だにしない
そして目の前の半裸少女(ほぼ全裸に近い)と龍牙の視線が交差した
彼女の黒い瞳の瞳孔は龍牙を吸い込むように見開いていた
龍牙は頬を引きつらせながら笑みを浮かべるが龍牙を見たことで半裸少女はようやく今の自体が飲み込めたのか小ぶりな胸をワイシャツで隠しながら羞恥心で赤く染まった顔を怒りをにじませながら黒髪を翻して回し蹴りを龍牙の顔面にたたき込んだ
「がふっ!!」
龍牙はそのまま衝撃と共に開いていたドアを通り過ぎて廊下で仰向けに倒れた
「やっぱ女なんて・・・・・嫌いだ」
そう呟くと龍牙はそれを最後に真っ暗闇の中へ落ちるように気を失った
そしてそれから数十分程度が立ち龍牙はようやく意識が浮上してきた
ただ龍牙が起きた理由は手首に冷たい感触があり、その上首がずっと下を向きっぱなしらしく首も痛かった
龍牙は起きるついで首を少し動かすと思ったよりも大きな音が鳴りよほど凝り固まっていたのだと感じた
そして次こそ完全に意識が覚醒するとようやく事態が把握して行く
目の前には先ほど龍牙に回し蹴りをたたき込んだ黒髪の少女が椅子に座りながら本を読んでおり龍牙が起き上がっていることすら気付かない風だった
・・・・さっき結構大きな音鳴ったよな?骨を鳴らす音が
それでも気付かないとは龍牙を意図的に無視しているか、それとも本に没入しているのかどっちかだ
分かっていないなら気付かせるしかないな、と龍牙が先ほどまで座らされていた椅子から立ち上がろうとした瞬間足が思ったより前に行かずバランスを崩しそうになったがすぐに後ろに体重をかけて椅子に荒々しく座りなおした
龍牙はそのことに驚愕を覚えながら身体を見渡すと
・・・・足が手錠で、両腕は後ろで拘束されているのか!?
これは気を失っている最中にやられたのか全く気がつかなかった
意識外の時にこのようにされても人と言うのは全く気がつかないものなんだな、と新しく変な知識を蓄えてしまった
だとすればやはり気付いてもらうには
「おい・・・・・」
それでも龍牙の目の前にいる彼女の視線は本に向けている
「おい」
それでも彼女は視線を龍牙によこそうとはしない
「おい!!」
ついに三度目にして龍牙が怒鳴る様に呼ぶと流石に彼女も気づいたらしくピクッ、と反応した
ようやくか、とため息をつきたくなったが次の行動によってさらに龍牙の苦悩を広げて行く
「・・・・・何?」
明らかに敵意を孕んだ視線とぶっきらぼうと言うより自分の中に異物が入り込んだような不快感を示しながら龍牙を睨みつけた
別に彼女を怒らす様なことは・・・・・・・さっきの出来事を除いては特にない
さっきの出来事を怒るならばもうちょっと違った視線を向けてくるだろう、それこそ汚物を見るような目とか・・・・・
だが彼女は明確に龍牙に敵意を向けている
その理由は龍牙にも皆目見当がつかない
・・・これだから女は嫌いだ、わけわからん
だがそれでも中佐から任務を承った以上、龍牙のやることは一つだ
「聞きたいことがある」
「あなたの質問に答える義務はないわ。早く口を閉じなさい」
「それじゃ、聞けね―――――」
「早く口を閉じなさいと言ってるのだけど分からないのかしら?」
先ほどの視線よりもはるかに敵意と今度は憎しみの様な物が混じっており龍牙は一瞬ひるんだ
彼女の怒っている理由は先ほどのことが原因じゃない、だがそれでも俺に敵意を向ける理由が分からん
これではまともに話すことができないな、と思い龍牙は制服の後ろポケットにしまいこんでいた通信器を取り出した
口を閉じろと言うならばこちらにも考えがあると言わんばかりに龍牙は通信器を起動させた
『おい、少しくらい話を聞け』
そう龍牙が投影型のキーボードで打った言葉が音声出力で発せられた
そのことに黒髪の少女は一瞬ビクつき龍牙の方を向いた
後ろ手は縛っていることは彼女が一番知っている以上普通にキーボードを打っているとは思っていない
彼女は敵意の孕んだ視線をこちらに向けながら
「本当に何なの?何の用?早く出て行ってくれる?」
『お前が縛り付けているのにどうやって出て行くんだよ』
龍牙は両手の位置が反対で打ちにくいな、と思いつつ目の前の少女に視線を向ける
『俺はお前に話しを聞きに来た。それが終わればすぐにでも出て行くさ』
「あなた、自分で縛られているって言っておきながらどうやって出て行くつもり?」
敵意の視線が緩んだ代わりに嘲笑の視線が龍牙に刺さる
『言っておくが俺を普通の人間と同じに見るなよ』
そう打ち込んだ瞬間、龍牙は両手を思いっきり左右へと引っ張った
手錠が肉に食い込んで痛みと同時に少し痺れが出てきたがそのひとつの動作だけで手錠から亀裂が生じる嫌な金属音を聞く
今のは勢いをつけなかったから亀裂程度で済んだがもしも勢いを付ければこんな手錠は木端微塵だ
『分かったなら―――――』
そこまで打ち込んで龍牙は手を止めた
黒髪の少女の周りに何かの金属でできた飛行物が二つ漂っていた
翼の様なものはない、だがその銃口と思しき先端は龍牙に向けられていた
龍牙は額から汗を一筋垂らす
それはただその用に銃口をこちらに向けられていることに関して焦りが出ているわけではない
彼女の視線こそが龍牙に本当の焦りを生ませている
・・・・・俺のことなどどうでもいいような、死んでも特に気にする風ではないあの視線はなんだ?
本来迷いのある人間がこのように牽制目的で銃などを出す分には龍牙は焦らないが迷いのない人間の場合、逆にいろいろと気を使わねばならない
なにせ不用意な一言で間違いなく人を殺すからだ
龍牙は下唇を噛んで自分がどれほど劣勢な場面におかれているかを思い知る
『分かりました。降参します』
そう打つだけ打って手を止めた
どうやら龍牙の腕の微妙な揺れで何か打っているということを見抜いていたらしい
「男なんてどいつもこいつも、信用ならない」
龍牙は男嫌いということ分かっていたがどうやらリヴァイルも龍牙も同じように見られているようだ
・・・・・あいつと一緒にされるのは心外だな
なんてこんな任務をわざわざ残して他の任務に行った奴の顔を思い浮かべる
「―――っと言うかわざわざ俺を縛りつける必要もないだろ?外で気絶したんならそのままにしてれば・・・・」
「着替えを覗いたくせにそのまま立ち去れると思っていたの?」
あれは覗いたと言うより堂々と見たと言った方が合ってるよな、と馬鹿なことを考えていると少女が立ちあがり右手に短剣を展開する
「一様何をする気か聞きたいんだが・・・・・・・」
龍牙は額にべっとりと汗を付けながら机を迂回して近づいてくる少女に声をかける
「凌遅刑・・・・・・」
「はい・・・・・・?」
今、嫌な単語をぼそりと呟かれさらに汗が額から噴き出る
・・・・もう嫌、帰りたい
今思えばここからリヴァイルは生還できただけでもすごいな、と変なところでリヴァイルを感心していると少女の短剣が頸動脈辺りをつきつけられる
「どこからが良い?」
その言葉と少女の視線が龍牙を射抜いた時、龍牙の脳を何かがよぎった
寒い、暗い、そして冷たい
それが全身を掌握し身体を氷漬けにしてしまうような感覚
眼すらまともに開かぬ中で見たものは――――――
「うわあああああああああああああああ!!」
龍牙は自分の股の間に顔を埋めるようにして屈んだ
「な、なんなの!?」
少女の短剣を手放し龍牙の突然の異変に戸惑いを隠せなかった
龍牙は眉間に幾つものしわを寄せ何十滴と言う汗が床をぬらす
両腕は後ろで拘束されながら痙攣したようにふるえあがっている
そう、今の一瞬で龍牙が脳内で見たものは短剣を持つ白衣の人物が狂気の笑みを浮かべて龍牙の頸動脈にその短剣を沈めて行く光景だった
龍牙はそのまま闇の泥沼へと意識を沈めて行った
◇◆◇◆◇◆
龍牙は自分の右手に確かなぬくもりを感じ瞼を開いた
「ここは・・・・・?」
龍牙はまだ覚醒しきらない頭で考えつつ身体を起こした
「第三保健室よ。あなた運び込まれたの、ここにね」
そう言って龍牙の右手からぬくもりが消える。どうやら脈を測っていたようだ
舞佳はそれを確認し終えると椅子に座ってこちらを見ていた
龍牙はまだぼんやりする頭を抱えながら先ほどまで何があったのか再び思い出してみる
確か、魔導科の生徒会室にいて、その後なぜか着替えを結果的に覗いてしまい、拘束されの首に短剣押しつけられの・・・・・・
その瞬間再び脳裏に気絶する前に見た光景が頭をよぎる
眉間にしわを寄せ今度こそ気絶することのないように精神的に踏ん張る
どうやらよほど最悪な夢だったらしく来ていたシャツがびしょぬれだった
それを見ていた舞佳は
「とりあえず四時間目は休みなさい。もし必要ならば早退も考えるからそのように担任に連絡しておくわね」
そういいながら彼女は立ち上がり仕事机の上に置いてある名簿帳の様なものに何かを印していく
「すみません。ご迷惑をかけて」
「これが仕事だもの。別にかまわないわよ」
そう言って聖母のような笑みを浮かべた
「そう言えばあなたの担任って真弓ちゃんよね?」
真弓ちゃんと言うのは龍牙の担任である浅風・真弓。本名、浅風・エルディア・真弓である
銀色の髪を首元で束ね少し目つきが鋭くその上銀ぶちの眼鏡をかけているので更にそう見えてしまう日本人と北欧系のハーフの先生だ
「知っているんですか?」
「昔の同級生」
そうウインクして舞佳は出て行った
龍牙は舞佳が出て行くのを確認すると怒涛の様な疲れが龍牙の身体を襲った
龍牙はベッドの背に倒れ込むように身体を預ける
・・・・・何なんだ、俺は・・・・・
龍牙はシャツで隠れている左手首をまくりあげた
そこには真新しい包帯が巻かれていた
もちろん巻いたのはほかでもない龍牙だ
しかし龍牙はこの包帯の下にあるものがなぜできたのか思い出せない
いや、かつては嫌というほど覚えていたのかもしれない
だが今は全く思い出せない。勿論精神的な逃避によってなる記憶喪失ではない
もちろん物理的でもない
そう、龍牙は魔術的に断片的な記憶喪失となっていたのだ
先ほど脳裏に浮かんだ前後の記憶はない
だが時折何かが原因であのように龍牙の最も不愉快で不快な記憶の一場面だけふとした時に出てくるのだ
しかし龍牙はその記憶喪失があったとしても数日後には普通に日常生活に戻れていたのだ
なにせ龍牙自身、友達の名前も、先生の名前も、学園の名前も、数学の計算ですら覚えていたのだから
龍牙が失ったものはただ一つ
悲しかった、苦しかった、思い出だけだった




