プロローグ 空母『翔鷹』南へ
この作品は、史実をモチーフとしておりますが、実在する人物・団体・組織とは何ら関係ありません。
一九四一年十一月六日 黎明
マーカス(南鳥)島東南東三〇〇浬
一見、平和そのものに見える南国の海。しかし、その平和はかりそめのものでしかない。
この、太平の海と名付けられた大海を挟んだ二つの列強の間には、かつて無い緊張が張りつめていた。太陽の意匠を掲げる最古の帝国と、星と横縞をもって連帯を示す連邦国家が争う原因は大陸権益にあった。
大陸権益を巡って吹き出した可燃性の不満は、列強としての面子と世界的な不況を熱源に徐々に温度を高めてゆき、双方が軍事と経済の分野で火花を散らした結果、今、ついに戦争という火を噴こうとしていたのだ。
太平洋の西に位置する島礁国家では、この前日首脳部の集まる最高会議を招集。最早、開戦もやむ無しであるとの結論に達していた。開戦の第一撃は、敵根拠地への大胆な奇襲攻撃でもって行われることになっていた。
あくまで表面上はのどかな蒼い海を、旭日旗を艦尾に掲げた一隻の大型艦がお供の小型艦を引き連れ南へと白いウェーキを曳いて航行していた。
大型客船のように寸胴の艦体に広大で平坦な飛行甲板を乗せ、右舷に煙突と一体化した小ぶりな艦橋を備えたその艦の名は、航空母艦『翔鷹』である。
翔鶴型航空母艦『翔鶴』特型駆逐艦『朧』甲型駆逐艦『秋雲』と共に第一航空艦隊の第五航空戦隊に属する航空母艦『翔鷹』は、今次々と改装されつつある春日丸型特設航空母艦と同じく商船を母体としている。しかし特設航空母艦と違って、艦首に菊の御紋を戴くれっきとした軍艦である。帝国海軍には『翔鷹』の他にこのように商船を母体としながら特設航空母艦ではなく正規の航空母艦籍にある艦は存在しない。
この艦は、昭和十三年に三菱造船長崎造船所にて竣工して以来、各種の試験や母艦搭乗員の育成に航空機輸送任務と、まさに『翔鷹』は東奔西走してきた。
現に今もルオット島の第六根拠地隊に向けた人員物資と、同方面に進出する海軍千歳航空隊の九六式艦戦二十四機と搭乗員を満載している。
この艦が、商船改装空母でありながら唯一正規の航空母艦籍にある理由。正規の航空母艦でありながら搭乗員練成や航空機輸送などの二線級任務ばかり行っている理由。それらを語るには、まずこの艦がまだ日本郵船の客船であったたころの話から始めねばなるまい。空母『翔鷹』のかつての名は『浅間丸』。“太平洋の女王”と称えられた豪華客船であった。