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NO.08



 食事があらかた終わった頃、アルスタは何とはなしにシギロームに話しかける。


「あなた、今日はいつ帰ってこられるの?」

「そうだね。日暮れまでには戻るよ」

「勤め先はどこなんですか?」


 秋月が尋ねる。というのも、シギロームが働いているように見えなかったからだ。お金に不自由していない優雅な貴族を思わせる気だるげで甘いマスクの持ち主からは、失礼だが遊びほうけているような印象を受けていた。


「シギロームはリガストグラアワ大学の助教授をしているの」


 秋月は天城をちらっと見て、それも研究と言う名の道楽なんじゃないかと思う。そうすると、自分の見立てはあながち間違っちゃいないなと勝手に結論付ける。秋月にはそういう自分の思い込みを正しいと決めつけてしまう習性があった。


「それは本当か!?」


 秋月に内心研究馬鹿扱いされているとはつゆ知らず、食事の席でシギロームが大学の助教授と聞いた天城はテーブルに手を付きシギロームに顔を突きつけた。その勢いはテーブルの上の食器を浮かせるほどだ。

 シギロームは表情を変えず、目の前に迫った天城の額を平然と人差し指でちょんとつつく。


「落ち着きなさい」

「あ、申し訳ない」


 席に腰を落ち着けた天城は仕切りなおす。


「それで、何をなさっているんです」

「僕は空間魔法スキルを持っていてね。自分のスキルについての研究をしているのさ」

「空間魔法!? 何て偶然なんだ!」

「どうかしたのかい」

「実は私もその分野を学んでいるのです」

「へええ。じゃあ、空間魔法スキル保持者なのかな」

「いえ、そのようなスキルはあいにく持っていません」

「ねえ、そもそもスキルって何なんですか」

「スキルを知らない。一般教養のはずなんだけどね」


 肩をびくんと震わせ動揺する秋月を興味深げに眺めるシギロームは深く追及することはしなかった。代わりにスキルについての説明を二人にしてくれる。秋月にとってそれは初めて聞くことで、天城にとっても詳しい内容までは知らなかった。

 スキルとは、特殊能力のようなものらしい。スキルを持たない人間はただの人間でしかないが、スキルを持った人間はスキルに応じた特殊な力を振るうことが可能になる。

 この話に得心が行かないのは天城だ。それでは努力が報われないではないかとシギロームに不平をぶつける。


「その通りだ」


 シギロームは何の疑念を持つことなく努力を否定した。


「スキルによって力は決まる。何のスキルも持たない人間は努力をしても報われない」


 もし天城がこの地に生を授かっていたら、いくら努力をしても日本でのような探求は叶わない。生まれてからの努力で運命を変える可能性くらいならあった地球とは違い、ここでは生まれた瞬間その人間の能力が決定される。


「理不尽だ」


 ぼそりと呟いた天城を目の前にして、愉快げな表情でシギロームは話を続ける。


「まだ話は終わってないよ。今のはあくまで基本的な事項でね。スキルの取得は努力次第では可能だ」

「それは本当に?」

「ただし生半可な努力じゃあないよ。スキルにもよるが十年単位の時間をかけてやっとスキル所持者の初歩に追いつくんだ」

「それでも私には朗報です」

「それより君の魔法とやらを見せてはもらえないだろうか。いや、無理にとは言わないよ」


 さっきまでと打って変わり、目が少年のように輝いているシギローム。口では大人ぶっているが内心相当楽しみにしている。


「申し訳ありません。私の……」


 天城の言う魔法というのは、コンピュータの存在が前提の極めて精密な作図によって発動する代物だ。この場では到底再現不可能と知ったらシギロームは落胆するに違いない。と言っても出来ない物は出来ないのだ。

 諦めて謝罪しようとしたとき、頭に微かな取っ掛かりを感じる。


「どうかしたかい」

「まさか……」


 天城は頭の中に浮かんだ円形の魔法陣を空間上に実体化させた。青く輝く魔法陣は人の頭ほどの大きさでシギロームに向かって緩やかな風を送っている。


「ははっ」


 そう言えば、異世界魔法と名のついたスキルを所有していたことを天城は思い出した。恐らくそれの作用なのだろう。

 頭に過去使用してきた魔法陣を思い浮かべるだけで魔法の発動が可能となっている。


「見てもらいましょう。私の努力の成果を」


 自信に溢れた表情でにやりと笑って見せる天城を前にして、シギロームはこれから見せられるものへの期待を深く持った。


「ほう」


 二人は部屋を出て宿舎の前の舗装路で何やら議論を始めた。時折怪しげな閃光やら火炎が見て取れる。


「いつもあんな感じなんですか?」


 二人の学者馬鹿っぷりに呆れた秋月はアルスタにあれでいいのかと問いかける。


「ええ、とても可愛いでしょう」

「は、はは」


 アルスタは両手を頬に当ててとろけた眼差しをシギロームに向けている。


「あれはシギロームが学生としてここに来た時かしら。私はその時両親のお手伝いをしていたの」


 おまけに聞いてもいないことを語り出した。


「あれは最初、学問学問でろくに挨拶も出来なかった」

「それをアルスタが説教してねえ」

「もう、お母さんったら!」


 ここには秋月の味方はいない。外で魔法談義をしている二人が帰って来るまで延々と秋月はシギロームとアルスタの馴れ初め話を聞かされる羽目になるのであった。 




 外に出た天城は上田教授以来自分より格上の存在とまともに議論をした経験が無かったので、興奮してせかせかと動き回りぺちゃくちゃと口を開いた。シギロームも天城の学究を本物と認め普段は短く済ます会話を引き伸ばし応対する。

 宿舎の前の道を塞いで何やらやっている二人を興味深げに眺める通学中の学生たち。ちらりと見て終わりの者もいたが、何人かは二人から少し離れ様子を見つめている。


「あらあ、シギローム助教授は何をしてらっしゃるの? その子は? お知り合い?」


 二人を囲む何人かの中から一人の学生が一歩踏み出し話しかけてくる。


「キュアウニア。今は黙っててくれ」

「さあ、やってみせてくれ」

「はい、行きますよ」


 学生たちの見る限り、小さな女の子が青白く光る魔法陣を出現させただけのようだったがシギロームにはそれの意味するところが理解できた。


「素晴らしい! 私も是非習得したいね!」

「助教授なら基本さえ身に付ければすぐ理解されると思いますよ。代わりに私にもこの世界の知識をご教授下さい」

「いいね。取引成立だ!」


 この二人は知的興奮に身を任せてその他のことは何も見えていないようだった。二人とも目をきらきらさせ、頬を赤く染めている。

 それに加えて天城は右手をしきりに空中でぐにゃぐにゃ動かしている。天城にしてみれば空中で架空の魔法陣を作図しているのだが、周りにたむろしている学生たちには特に意味のある行為とは分からずただ小さな女の子がおかしなことをしているようにしか思えなかった。

 一方シギロームはシギロームであごに手を付けぶつぶつと小声であれこれ呟いている。傍目には目の前の美少女を見て呟いているようにしか見えない。危ない構図と考える者も中にはいた。


「助教授! もうすぐ講義の時間よ! 奥様に言いつけますわよ!」


 これはまずいと学生の一人が大声で止めに入る。


「残念だが僕は行かねばならないようだ」


 その表情は本当に残念そうで、止めに入った学生の心に罪悪感を抱かせた。

 しかし何かを思いついたようでぱっと顔を笑顔に染める。


「そうだ! 君も来ないか?」

「よろしいのですか!?」


 シギロームを除いて、天城の大輪の花を咲かせたような笑顔を前に男女の差別なく心に大きな衝撃を受け彼女を直視できなくなる。誰もが顔を赤くし、鼻を押さながら一斉にその場から逃げ出した。


「僕の口利きなら大丈夫さ! さあ、行こうじゃないか!」

「はい!」


 意気揚々と歩みを進める二人は家に戻る。


「アルスタ! 僕は行って来るよ!」


 興奮が冷めないシギロームは普段は中々出さない大きな声を出す。


「あら、もうそんな時間?」


 出発の準備を始めるシギロームを横に、天城は秋月の元に近付く。


「秋月、君も異世界には興味があるだろう?」

「そりゃ、あるけど」

「よし! 話は決まった!」


 シギロームと同じく興奮のさなかにある天城は座っている秋月の手を引っ張って立ち上がらせた。


「天城君! 出発だ!」


 外套を着こみ、鞄を手に持ったシギロームは天城の手を掴んで大股で歩き出す。


「はい! さあ、ついて来い!」


 歩幅の違いを全く考えないシギロームの速度に一刻も早く大学に行きたい天城は小走りでついて行く。


「え、え? 何々? 何なの!?」


 事情の呑み込めない秋月はただただ繋がれた天城の手に引かれるままになってしまう。


「行って来るよアルスタ!」

「行ってらっしゃい。でも、その子達も連れて行くの!?」

「うん、僕の研究に役立ちそうだ!」


 速足で家を去って行く三人に、あの調子で大丈夫かしらと不安になるアルスタだった。

 一方シギロームと天城の勢いに乗せられ引っ張って来られた秋月だが、こうも堂々と行動していていいのかと今更になって不安がこみ上げてくる。

 既に宿舎の門はくぐり、石造りの舗装路に出てしまっている。とはいえ、小走りで戻れば一分と経たずに宿舎に戻れる距離だ。今なら間に合うと思い、意を決して口を開く。


「ねえ、僕たちって危ないから隠れてなきゃだめなんじゃないかなっ」


 秋月のおずおずとした主張は早速息が切れ始めている天城の耳には届かない。


「何を言う。こんな機会滅多にないんだ。私は例え死んでも助教授の講義を聞く!」

「そ、そう」


 天城の覚悟とその小さな体躯の愛くるしさに負けた秋月は結局主張を引っ込めてしぶしぶながら二人に付き合わされることとなった。



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