NO.07
天城は部屋の外がやけに騒がしいことに気づき、目を覚ました。
「おや、どうしてここに」
「失礼、今起こすつもりだったのです」
身を起こした天城は正面にいるユリスの奥、扉に引っ付くように秋月が立っているのが気になった。確かベッドが一つしかないので一緒に寝ていたはずだというのに。
「秋月、君は何をこそこそしているのか」
「しっ、静かに」
天城にすかさずユリスが注意する。
そこで天城はユリスの表情が緊張で強張っていることから何か悪い事が起こっているのではと予想した。そう考えると、秋月がびくびくと外の物音に敏感になっているのも納得がいく。
「何が起きた?」
「チェリル様と奈々子様がいなくなりました」
「まさか」
脳裏に浩平の底知れない暗い嗤いが浮かぶ。
「恐らくは。私の実家に逃げて下さい」
「でも、天城の対洗脳……何とかがあれば何とかならない?」
「無理です。万が一あなた方が処刑されでもしたらこの国はお終いです。確実に浩平を殺さなくてはなりません」
「物騒だな」
平和な日本で暮らしてきた天城にはためらいなく殺人を口にするユリスが得体のしれない存在に思えた。
「天城様の対洗脳スキルで一度洗脳が解かれたチェリル様や奈々子様が何の抵抗もなく誘拐されたのです。まず間違いなくまた洗脳されています。元凶を絶たないことにはいたちごっこです」
ユリスの考えでは、天城は結局小さな少女でしかない。そこらのチンピラに浩平が金をばらまけば簡単に殺されてしまうように見えた。それでなくとも浩平は洗脳で人を思うままに操れるのだ。下手をすればどこぞの一流の暗殺者を差し向けて来るやもしれない。対洗脳も何人に同時対処可能かも分からず多人数で迫られたら一息にやられてしまう恐れも考えられる。
いずれにせよ、最適解が得られるまで考える時間が欲しかった。
「さあ、私に付いてきてください」
広大な宮殿の中の人気のない箇所を的確に選択し、月も暗雲に隠されたこともあり誰にも邪魔されることなく天城と秋月を宮殿の外壁までユリスは連れ出すことができた。
だが外壁は天城はもちろんのこと、大の大人でも手の届かない高さである。
「どうするつもりだ」
「こちらに」
少し歩くとそこには二頭立ての幌馬車が止められていた。
「よろしくお願いします」
御者の老人は無言でうなづく。
「先輩っ」
馬車の中から昨日天城たちに食事を出した侍女が姿を現した。
「オヴィル。上手くやってちょうだいね」
「任せて下さいっ」
オヴィルに向けていた視線を天城たちに移し、別れの挨拶をする。
「私は宮殿に残らなくてはなりません。後のことはそこの後輩に任せてください」
「分かった。今まで助かったよ」
「また会えたらいいね」
「はい。お気をつけて」
ユリスは足早にこの場を去って行った。
「さあ、早く中に入ってっ」
「君は宮殿を離れていいのか」
「私今日から休みなので問題ありませんっ。いいから、早くっ」
「そうか」
天城と秋月は光一つない真っ暗な馬車の中に足を踏み入れる。
「これじゃあ何もできないよ」
「全くだ」
「私が案内しますっ」
オヴィルによって馬車の奥に押し込められ、さらにしゃがむように言われその上に何かを被せられる二人。
「出してくださいっ」
天城は馬車ががたがたと動き出したのを体で感じた。
「止まれ」
「中を改めさせてもらうぞ」
馬車の幌が開く音がする。
「何だお前か」
「ふふっ。今日から非番なのです! ジュウ、羨ましい?」
「うっせ。さっさと行け」
また馬車が走り出した。
「もう大丈夫です!」
オヴィルの言葉に二人は被せられていた物を剥ぎ取った。どうやら朝日が昇り始めたようで、幌の隙間から群青色の光が差し込んできている。
「これから我々はどうなるのかな」
「先輩のお家に向かっています! そこに泊めて頂けるそうです!」
「ほう。それにしても、異世界の街並みとはどんなものかな」
天城が幌から顔を出そうとするとオヴィルが止める。
「駄目ですよ! 何のために逃げたと思ってるんですか!」
「む」
仕方ないので幌の隙間でも見つけて外を見ようとしたが、あいにく外を窺えるものはなかった。
「ほんの少しでいいんだが駄目かね?」
「め!」
「……私は子供じゃないんだが」
「じゃあ我儘言っちゃ駄目!」
ここまでいわれると、引き下がらざるをえない天城であった。
三人は馬車に揺られ王都郊外所在のユリスの実家に到着する。その頃には太陽は全身を空に晒しさんさんと地上を照らし始めていた。
御者にお礼を言って別れた三人の目の前には、塀に囲まれた三階建ての重々しい雰囲気の建物が構えられていた。
「すごい大きなお家。ユリスさんてお金持ちなの?」
馬車の揺れを発端とする胃からこみあげてくるものを押しとどめる戦いに終止符を打った秋月は、ようやく口を開いた。
「これは大学の宿舎ですよ! ユリスさんのご両親は住み込みでここの保守点検をしていられるんです!」
「へええ」
「大学があるのか」
「さあ、行きましょう!」
意気揚々と歩き出すオヴィルの後に続く二人は開かれた門をくぐり、敷地内に入る。門から宿舎に至るまでの道は石で舗装されていて、その道を清掃する女性へオヴィルは駆け寄っていく。
「おはようございまーす!」
箒を手に地面を掃く女性、ユリスと同じ黄金色の髪をしている。その女性にオヴィルは右手を上げて挨拶した。
「おはよう! あれ、オヴィアちゃんじゃないですか。どうかされたんですか?」
「はい、ユリス先輩がこの子たちを預かって欲しいそうです」
「分かったわ。あなたたち、こちらにいらっしゃい」
オヴィアの発言に女性は驚く素振りすら見せない。このような来客には慣れているようだ。
穏やかな微笑を口の端に覗かせながら天城と秋月へ手招きをする。手招きされた二人はオヴィアの後ろから前に出る。
「私はユリスの姉でアルスタよ。よろしくね」
「私は天城文月。よろしく」
「僕は秋月陽です、よろしくお願いします」
「まあ、可愛らしい」
頬を染めて手を合わせるアルスタ。箒は地面に叩きつけられた。
「ささ、お家の中に入って。朝ご飯にしましょう。お父さんとお母さんももうすぐ戻って来ると思うわ。オヴィアちゃんも食べていくでしょ?」
「ありがとうございます!」
アルスタは箒を拾って道の門から宿舎に至る道の左側に建てられている二階建ての木造家屋に歩き出す。
「失礼する」
「お邪魔します」
室内はテーブルとベンチがある位で、質素な内装だった。
ベンチには一人の若い男がカップを手に座り、こちらを見ている。
「お客さんだね、アルスタ」
「ええ、天城文月ちゃんに秋月陽ちゃんよ」
「ふうむ、君たちはこの国の人じゃないね?」
「ええ!?」
「やはり分かりますか」
秋月は驚くが、天城にしてみれば驚く方がどうかしている。
「そりゃあね。名前が我が国では見かけない」
「あ、そっか」
「もう少し言えばこの世界に君たちの名前のような命名基準を持つ民族を僕は知らない。もし身を隠したいなら何か考えておくことだ」
「我々のような客はよく来るのですか」
「ふふ。僕の妻の妹はどうも世話焼きでね」
「苦労をかけるかもしれませんが我々にはここ以外行き場がない。どうかしばらく住まわせていただけないでしょうか」
「お願いします!」
「駄目かい、アルスタ?」
「とんでもない! 歓迎するわ。ええと、天城……」
何を迷っているのか察した天城はすかさず助け船を出した。
「天城が家名、文月が個人名です」
「そうなの、じゃあよろしくね文月ちゃんに陽ちゃん!」
「はは」
ちゃん付けされるなんて、小学生以前までしかされていなかったなと苦笑する天城。そこに初老の男女がやってきた。
「おやまあ、可愛らしい娘さんたちね。お客さんかい?」
柔和な笑みを浮かべながら女性がアルスタに問いかける。
「ユリスのお友達よ。しばらく預かることになったわ」
「ご迷惑をおかけするかもしれませんが、なにとぞよろしく」
天城の口上を男性が豪快に笑う。
「はっはっは! 堅っ苦しい言葉を使うお嬢ちゃんだ! ワシはこの家の家長のイヴォルスグニだ」
「私はこれの家内のシルカよ。よろしくね」
「そうだ、僕は自己紹介してなかったな。シギロームという」
天城と秋月は彼らに再度自己紹介を終えると、人懐っこいイヴォルスグニが二人を自分の両隣に座らせる。
「さあ飯にしようじゃないか! なあ!」
「はい、お父さん。でも浮気は許しませんよ」
天城をひょいと持ち上げてイヴォルスグニの隣を占めるシルカ。天城は彼女の膝の上に置かれた。
「ははっ! ワシはお前一筋だ!」
どこか凄味のあるシルカの笑みをものともせず、シルカの肩を抱き寄せて見せるイヴォルスグニ。
「もう、うちのお父さんとお母さんったら……」
アルスタはでれでれな両親を羨ましく思う。私の夫ったら……。
「何だい?」
「何でもありませんっ」
あれを見て少しは参考にしてはくれないかとシギロームに嘆くアルスタだった。




