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NO.06




チェリルは一人暗く閉ざされた部屋に篭もり、後悔の念で自分を責め続けていた。


「どうしてこんなことに……」


 召喚を成功させたあの夜、あの時はとても幸せだった。お飾りに過ぎなかった私にこんな強力な能力が隠されていたなんて。だがその幸せに満ちた思いも実は浩平によって洗脳されていた時に作られた思い出なのではないかと考えると、つくづく自分のことが嫌になるのであった。

 浩平が逃げた直後、天城の倒れた姿を見てチェリルは自分の理想の勇者の所業とは思えず一瞬呆然となってしまった。自分の初めてすら捧げ、一生を浩平と共に幸せに過ごすと何の疑いも持たず、いや持たないように洗脳されていたチェリルには自分の理想の世界像が音を立てて崩壊してゆくのを感じた。

 そして自分が召喚し、初めて心の底から親しく付き合えた奈々子から「あなたのせいで」と遠巻きから呟かれたことにもショックを受けていた。あれはわざと人に聞かせようとしていなかったとチェリルは思う。それでもあの気丈で優しい奈々子が目に暗い恨みを湛えながらあんな言葉を自分に向かって吐くなんて思いもしなかった。

 暗い自責の念で自分を責め続けるチェリルの耳に、ふと窓の方から微かな音が聞こえてくる。なんだろうと視線を窓にやる。


「朝方振りだね」


 窓の先のバルコニーに、浩平が立っていた。滑らかな髪の毛は艶めき、目は爛々と底の知れない黒色に輝いている。今まで爽やかな青年を演じていた浩平は、今本性を露わにチェリルの前に姿を現した。


「あ……ああ」


 これが浩平? チェリルは疑問に思えた。あの見ただけで心がほんわかする優しくてカッコいい浩平は何処に消えたの? このとても怖い男の人はだあれ?


「震えてるね、僕が怖い?」

「え?」


 本当だ。チェリルの体は小刻みに震えている。


「心配しないで。すぐに元の幸せな君にしてあげるから」


 浩平が部屋にゆっくりと足を踏み入れる。チェリルは思考を放棄した。もうどうでもいい、また幸せな日々に戻れるなら操り人形でもいい。元々、私は人形のような物だったのだからそれが以前に戻るだけ。でも、以前と違って幸せなのよ。なら、それでいいわ。



 奈々子もまた、一人暗い部屋で悶々と考え込んでいた。

 洗脳。そんなことがあっていいのだろうか。私の意思を他人が好きなように操っていた。それもあの浩平が?

 今まで浩平に対し抱いていた恋愛感情は天城の対洗脳スキルによる洗脳解除ですっかり消え去っていた。だとすれば、事実なのだろう。今ではあの仮面を被ったような笑顔を思い出すと吐き気すら覚える。

 扉の軋む音が聞こえた。頭を気だるげに動かすと照明のない廊下に二人の人間が立っているのが見えた。暗がりでずっと起きていた奈々子にはそれが誰かが分かった。


「来ないで」


 恐怖から普段は気丈な奈々子の声もかすれてしまう。


「どうして? もう一度、一緒に楽しく暮らそうよ」


 闇に浮かぶ色白な浩平の表情は笑顔だった。能面のような笑顔を見せながら浩平はじりじりと近づいてくる。


「人生はさあ、楽しく自由気ままに過ごすのが一番だと思うだろう? ね、奈々子」

「……そうよね」


 奈々子が今まで抱いていた恐怖はすっかり消え去り、嘘のように心が幸福感に満ち溢れていくのを実感する。


「私、夢でも見てたみたい」


 浩平を恐ろしいと感じるだなんてどうかしていた。近くにいるだけでこんなに胸が温かくなる人、浩平だけ。


「そう、君はとんでもない悪夢を見ていたんだ」

「でしょうね。馬鹿にされるかもしれないけど、浩平を悪魔みたいに怖がってたのよ」


 自分の発想がとっても優しい浩平にはまるでそぐわない。その珍妙さに笑ってしまう。あまりにもおかしかったのだろうか。奈々子の瞳から涙が零れ落ちてくる。


「ふふっ。あれ、変ね」

「どうかしたの、奈々子?」


 浩平の奈々子を見る剣呑な眼差しは今の奈々子が見ると自分を真剣に案じてくれているよう。


「分からない。分からないんだけど涙が出て来ちゃった」


 そう、浩平がいるのだから何にも怖いことなんてない。そのはずなのに。

 奈々子は得体のしれない薄ら寒さに心を迷わせる。


「ははあ、さては僕の顔をしばらく見てなかったから寂しかったんだ!」

「ふふっ、ばれちゃった?」


 しかしこの葛藤が浩平のせいとは、奈々子の考えも及ばなかった。彼に心配をかけたくない。だから黙っていようと精一杯の笑みで浩平の目をごまかす。


「ほらほら、僕たちには行く場所があるんだ。いつまでも笑ってないで着いておいで」


 浩平に連れられ、二人は闇に消え去った。



 そろそろ、ご感想やご意見を頂けると嬉しいと作者は感じているこの頃です。

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