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NO.04



 瀟洒に装飾された観音開きの扉の向こう側から聞こえて来た、爽やかな青年の声にチェリルと奈々子は喜びを露わにする。


「浩平さん! どうぞ入って」

「失礼します」


 浩平は入室するなり、見かけない女の子が二人いるのに気付いた。


「あれ、今回召喚されたのは二人なのかい?」

「そうなのよ。一体どういうことなのかしらね」


 浩平の疑問に奈々子も相槌を打つ。


「チェリルには分からないのかな?」

「ごめんなさい。何が何だか……」


 浩平に話し掛けられたチェリルは嬉しそうに頬を緩めながら首を横に振った。


「ははは、落ち込まないで。それより君たちのことを教えてくれないか」

「うむ、私は天城。天城文月だ。大学生をしている」

「僕は秋月陽です。よろしくお願いします」


 二人とも元男ゆえに浩平の前で何の疑問を持たず裸のまま相対している。その肢体を舐めまわすように見つめる浩平に危機感を持たない。


「文月ちゃんに陽ちゃんか。僕は玉村浩平、勇者として召喚されたしがないサラリーマンだよ。早速で悪いんだけど、僕の奴隷になってくれる?」


 しかし流石にこの発言は看過できない。にこやかに浩平が言い放った言葉に天城は眉を顰める。浩平の常識を疑った。


「……うん、分かったよ玉村さん」


 だが理解しがたいことに秋月は何のためらいもなく浩平の提案に了承したのである。


「はは、浩平でいいよ」

「じゃあ、よろしく浩平」


 二人はなごやかなムードで握手を交わし、それを周りは当然のように眺めている。


「うん、よろしくね陽ちゃん」


 浩平は天城に視線を移し、当たり前のように言い放った。


「君もいいよね? 文月ちゃん」


 生まれて初めて味わった異常な雰囲気を前に天城は思わず一歩後ずさりをし、浩平を拒絶する。


「お前は……何を言っているんだ? 出会っていきなり奴隷になれ、だと。最低限の礼儀も知らないのか」

「……君、何で僕の言うことに従わない?」


 浩平の視線が鋭く光る。声音には威圧感を持たせ、天城の正面に立つ。


「あ、当たり前だ。奴隷になぞなるものか」


 今までの自分の常識では測れない異常者に、敢然と天城は抵抗を示した。天城には自分がそう易々とやられない自信があった。その自信の元である頑健な肉体を既に失っていたことはすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。


「もう一度言うぞ。僕の奴隷になれ。僕に一切逆らうな」

「ふざけるのも大概にしろ」


 苛立ちを隠さない浩平に対し、天城もまた不愉快だと言わんばかりの口調で話す。


「へえ……。ちょっと、みんなは席を外してくれる? 文月ちゃんとは二人きりで話し合いたいんだ」


 今のやりとりに何も感じなかったかの如く、天城を残して全員が部屋を去ろうとする。


「お、おい」


 天城が声を掛けても振り向く者は誰一人としていない。まるで声が聞こえていないかのようだ。


「お前は一体……」


 常識では測れない事態が今目の前で起きている。自分にとって悪い方向で。それをまざまざと天城は実感した。


「ふふ、驚いた? 勇者として得た能力がこれさ。人を意のままに操ることができる」


 口端を歪めて嗤う浩平に、背筋が寒くなる思いの天城であったが冷静さを未だ完全には失っていなかった。


「では、秋月が君の言葉に従ったのも納得がいくな。しかし、あいにくだが私には効いていないようだな」


 虚勢を張り無理矢理にやりと笑って見せる天城。相手の気に呑まれてなるかと頑張ってみる。

 これが男の時の姿ならば浩平も侮りがたく感じただろうが今の姿はか弱い少女でしかなく。


「そうだね、僕もびっくりしたよ」

「さっさと他の者を正気に戻せ」


 いくら威勢よく啖呵を切っても黒髪長髪美少女では愛らしく感じられてしまう。浩平も余裕を崩さない。


「それはできない相談だね。もし今正気になられると困るんだ。ちょっと悪戯をしすぎたかも」


 その笑みには悪戯では済まされない何かをしたことを天城に連想させる。だが逆に天城は勝ちを確信した。


「なるほど。君の天下も永くはないということか」


 先ほどとは一転、余裕の笑顔を顔に浮かべる天城に浩平は少し焦りを覚える。


「それはどういう意味だい?」

「なあに。話は簡単さ、君の洗脳術は私には通用しない」


 ならば後は簡単だ。私が直々にとっちめてこの国の司法機関に送り届けてやろう。さあ、くらえ私の必殺下段蹴りを……。

 天城はファイティングポーズを取り、浩平に迫る。


「ふうん」


 そこで初めて浩平の大きさを実感する。


「あ」


 そういえば、私の体これかよ。じわりと汗が出てくる。


「そこをどかないか」


 内心冷や汗だくだくの天城は余裕だった先ほどの表情を何とか維持しながら退却にかかった。


「僕も薄々そうじゃないかとは思ってたよ」


 浩平は右腕をぐわりと伸ばすと、天城のか細い腕をわしづかみにした。


「何をする! 放さないか!」


 何と言う力の差だ。いくら動いても浩平の手から逃げられない。


「残念だけど、君には死んでもらわないと僕が危ないみたいだね」

「殺人を犯す気か!」


 平然と殺人を行動の選択肢に入れる浩平への軽蔑を隠さずに叫ぶ。


「ちょっと苦しいかもしれないけど、僕のために死ね」


 天城の言葉は浩平の心には何も響かなかった。彼にとって殺人は禁忌ではなく取り得る選択肢の一つでしかなかった。

 左手を天城の首に伸ばし力を込めていく。浩平の力仕事をしたことのないつるりとした指が天城の白磁の如き首に食い込む。

 天城は浩平の手に自由な片手の爪を突きたてるが所詮は少女の肉体。抵抗空しく自身の体から力が失われていくのを感じる。無意識に口を開き空気を望む。


「あ……」


 天城は意識を振り絞り、浩平の股間を蹴り飛ばす。息苦しさに喘ぎながらも狙い澄ました一撃は男の弱点に直撃した。


「うぐぅ」


 これには浩平もたまらず崩れ落ちる。


「はあっ、はあっ、誰か! 誰か来てくれ!」


 この好機を逃せば命はない。焦りからもつれる足で浩平と距離を取りつつ助けを呼ぶ。


「ぐあ……ああ、おのれええええええええええええええ!」


 痛みを怒りで塗りつぶした浩平が走り寄ってくる。


「何をしているの!?」


 振り上げられた拳を前に手を交差させて頭を守る天城を扉を開けるなり見せつけられ、驚きの声を上げる奈々子。その声に天城も浩平も動きを止める。奈々子の後ろに続くチェリルや秋月、ユリスも見てすぐにこの場でどちらに非があるかを察する。


「助けてくれ! 彼は正気じゃない!」


 必死の形相で助けを求めて扉のそばに集まっている奈々子たちに駆け寄る天城の首根っこを容易く掴んだ浩平はにこやかな表情でこう言った。


「君たちは部屋を出て僕が合図するまで入っちゃ駄目だよ。あと、天城文月の存在は部屋から出た時点で忘れること、いいね」

「分かったわ浩平」

「では後程、勇者様」

「また後でね浩平」


 天城は浩平の洗脳がいとも簡単に人の意思を捻じ曲げるのを目の当たりにして、愕然とした。そしてこのままでは自分の命が終わることにも絶望した。


「君たちは騙されている! 真実を見ろ!」


 天城は彼女たちの頭をがんじがらめにしている何かが砕け散っていくのを見た気がした。


「無駄だよ。君はここで死……」


 今度は不覚を取らないように背後から首に腕を回す浩平。


「やめなさい!」


 だが奈々子が浩平の腕を掴み、ユリスがグーで後頭部を殴る。女性の力とはいえ、思いっきり殴られたので浩平の力は弱まった。その隙に奈々子が天城を抱きかかえて浩平から距離を取る。


「何をするんだ!」


 目の前で天城を抱きかかえる奈々子に怒り心頭の浩平は握りしめた拳から血を垂れ流し叫ぶ。


「それはこっちの台詞だわ! あなたこんな小さな子に最低よ!」


 ここまでおかしな浩平を今まで見たことがあったろうか。自分の記憶の中の清廉潔白な浩平との落差に困惑しながらも良心に従い行動する奈々子。


「うるさい! 僕の言うことに従え! そいつを僕に渡すんだ!」


 浩平は思うままにいかない事態の全ての解決を能力に頼った。


「うぐう!」


 だが能力の発動直前に激しい頭痛に見舞われ発動を阻害される。


「……? とにかく! この子は渡さないわ! それどころか今までよくも騙してくれたわね! 覚悟なさい!」


 都合の悪くなったとき、幾度も使った洗脳能力が天城によって無力化され奈々子の改ざんされた記憶が事実に基づいた正しい記憶に戻った。奈々子の改ざんされた記憶の中にいた白馬の王子様は今、自己中心的で驕慢かつ幼稚な異常者に姿を変えた。


「くそ! くそっ! くそおおおお! 貴様のせいでええええええええ!」

「きゃあ!」

「死ねえええええええええええええ!」


 強引に奈々子から引きはがされた天城はなす術もなく首を絞められる。


「えいや!」


 そんな浩平の後頭部に秋月が日本円換算数億の壺を思いっきり振り落した。砕け散った壺の破片には浩平から流れた血が付着している。浩平は天城に覆いかぶさるようにして倒れた。

 秋月はせかせかと浩平の下敷きになっている天城を引っ張り出す。近寄って来た奈々子が天城の顔色をうかがう。


「大丈夫かしら?」


 喉に手を乗せ脈があることを確認した秋月はほっと息をなでおろす。


「息はあるようだけど……って、うわあ!」


 浩平が立ちあがった。目は焦点が合っておらず、膝はがくがく震えている。

 それでも場にいる全員を怯えさせるだけの威圧感を持っていた。

 足を踏み出した浩平の行動を全員が固唾を飲んで見張る。


「な……何をする気?」


 びくびくしながら奈々子が声を掛けるが全く反応しない。ただただ、この部屋の出入り口に向けて足を動かす。


「チェリル様、お下がりください」


 扉の前で様子をうかがっていたチェリルのそばを浩平は横切るが、目もくれずに通り過ぎた。

 浩平は一人静かに去って行った。


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