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NO.02




「ん……」


 頭に鋭い痛みを覚えた天城は目を覚ました。

 天城が目を開き、真っ先に視界に入ったのは六本の足であった。何が起きたか確認しようと俯きに倒れている姿勢から頭を九十度くいっと上げると、目の前に黒髪が垂れてきて視界を塞ぐ。ええい、邪魔だと天城は髪を心なしか白くか細くなった手で掻き分け周囲を見渡す。

 まず六本の足の所在であるが、かかとの高い黒革の靴の主はまるで社交界か結婚式にでも出るかのような絢爛豪華な白いドレスを身に纏っていた。上半身部分はボディラインが分かるのに対し、下半身部分はスカートがふわりとふくらんでいる形式のドレスで彼女以外の二人も色や質こそ違えど同じようなドレスを着用している。スカートの丈は床につきそうなほど長い。三人のうちで彼女のドレスはとりわけ豪華で、レースが要所要所に縫い付けられていたりここぞという場所に白く輝く宝石が散りばめられていたり、地位の高さを天城に推測させる。また、そのドレスを着用している者の顔立ちは天城が今まで見たことのない種類のものだった。美しいと表現すべきか可愛らしいと表現すべきなのか、凛々しいとも感じられるし艶やかにも見えるその顔立ちは世の男性の誰しもがどこか気に入るに違いない要素を持っていた。腰まで伸びる髪は朝日にきらめく新雪がごとき白銀で、肌も白磁のように白い。全体的に白で統一された中で唯一映えるのは澄んだ赤色の目。どこか消えてしまいそうな印象の美女である。眼差しを挙動不審にあちこちに動かしては何度も扉の方に戻している。

 二人目の女性は青色のドレスを身に纏っているが、着なれていない印象を受ける。顔を見つめると先の人物が西洋の美女とするならば、こちらは大和撫子とでも表現できようか。前髪を切りそろえた黒髪、気の強そうな大きな黒い双眸。でありながらも真っ白で艶のある素肌がなんとも麗しい。天城の方を睨むように見つめている。

 三人目は前者二人より質素な服装だ。格好や立ち振る舞いからして侍女だろうと天城は推測する。彼女は天城をじっと見つめているが微動だにしない顔からは感情を一切読み取ることができない。

 彼女ら三人の後ろにある窓からはさんさんと朝日が差し込み、部屋の内装を照らしだす。ソファ、テーブル、暖炉、絵画、シャンデリア……はては壁の装飾に至るまであらゆる調度品が天城の知る限り、貴族や王族など一部の高貴な存在がいるような御所でしか見られないようなものに思えた。

 これらの光景をじっくりと見回した天城はふいに体が熱くなってくるのを感じる。心臓は激しく脈動し、手足が細かく震え始める。喉元からなにかがこみあげてきて、喉が痙攣しだす。口元はぴくぴくとひくつき、ついにそれは噴出した。


「ふ、ふふ。は、ははははは」


 天城は理解した。ここが日本魔法技術大学ではないどころか東京、いや日本でさえなくそのうえ地球ですらないということを。


「ははははは! はっはっはっはっは!」


 ようやく達成した、馬鹿にされながらも努力をし続けた天城の夢は今叶った。その事実に気が付いたとき、天城はどうしようもなく笑いたい気分になった。笑って笑って、もっと笑って。胸を喜びで満たした天城は傍から見ればあたかも狂ったかのように激しく笑い続けた。

 はっきり言って異様な光景である。召喚主であるチェリルはあるはずのない二人同時召喚に困惑した頭がさらに混乱し、もうどうしていいか分からなくなってしまった。いったい何がどうなっているの、勇者様どうかして。勇者召喚後すっかり勇者に依存しきったチェリルは自身の思考を放棄してただ勇者の到来を待ち望んだ。

 チェリルの侍女であるユリスの思考はいくぶんまともであったが、あくまでチェリルに比べるとでしかなかった。ユリスは召喚に立ち会うのは初めてで、召喚時の凛々しい主の姿と召喚そのものの荘厳な雰囲気を前に主への尊敬の念を改めて持った。そして召喚終了後、二人の少女がいるのを見て驚き混乱している主の姿を見ていつも通りだと安心しなごんだ。またこの方々のお召し物を用意しなくては、と足早にこの場を去った。

 ユリスと同じく初めて召喚に立ち会った奈々子もまた、ユリスと同じく召喚の光景に圧倒されていた。普段はへたれているお姫様もこういう場にいると風景的に映えるわね。と、内心チェリルのことを見直していたのだが召喚されたのが二人と分かった後のチェリルの混乱ぶりに結局アホの子なのねと落胆する。ただまあ、無理もないかとも思う。私だって召喚した女の子を発狂させてしまったら罪悪感に心が押しつぶされちゃうだろうし。

 笑い続ける少女を見てなにするともなく佇む彼女たち。

 勇者の来着までこのままの状況が続くかと思われたが、とりあえず満足した天城が口を閉じようとしたとき、ようやくにして自身の体の変容に気が付いた。

 初めは声だった。馬鹿みたいに笑い続けている間はなんとも思っていなかったが、いまだ喉からこみあげてくる笑いを抑えようと口を閉じようとすると、いやに自分の声が透き通っているのに違和感を覚える。おかしいな、風邪でも引いたのだろうか。喉に手をやろうとすると、今度はあまりに小さくか細い手が喉に当たる。

 これはいったい誰の手だ。掴もうと右手を動かすと、自身の手は一向に姿を現さない。そればかりかさっきの小さな手が意思の通りに動いているではないか。


「ん? これはどうなっている」


 とっさに左手で右腕の付け根を掴む。さっきの小さな手は間違いなく自身にくっついている。さらに悲しいことに左手まで小さくなっていることを天城は知る。


「なんだというんだ」


 天城は自身の体の異変に混乱し、体全体を確認するべく立ち上がろうとする。そこで気付いてしまったのだ。男の象徴が跡形もなく消え失せているのを。


「はっ、ははっ」


 天城は再び笑い始める。今度の笑いは喜びによるものではない。実験が原因なのであろう女体化に驚愕のあまり笑いが出てしまったのだ。自身の長身で頑強な肉体に内心満足していた天城の喪失感は大きかった。だがこれが異世界に来ることのできた代償と考えると悪くはないのかもしれないという思いが生まれる。元々現実からの逃避願望の結実がこの異世界行きなのだ。この際今までの常識を捨ててかかっても構わないかもしれない。そこまで気にやまなくてもいいだろう。きっと地球に帰る際には元に戻るさ。


「君たち、聞きたいことがある」


 そうと決まれば情報収集だ。目の前の彼女たちと話をしてみよう。もっとも、言葉が通じるとも思えないが。


「なにかしら」


 さっきまで笑い狂っていた少女が今度は愉快げに笑みを口に浮かべながら話しかけてくる。天城の正気を疑いながらも、おずおずと奈々子は会話を試みた。


「ここがどこか、よければ教えてくれないだろうか」

「ここはあなたのいる世界ではないわ」


 おや、どういうことだろう。天城はまさか相手からその言葉が出てくるとは思わなかったので、面食らってしまった。奈々子は天城の態度を無理もないことだと思いさらに言葉を紡ぐ。


「私の言ったことは信じられないと思ったでしょうね。でも聞いてちょうだい。あなたは召喚されたのよ。そこにいるチェリル王女様に」


 奈々子の紹介に肩を震わせたチェリルは、天城の目線が自身に向けられているのに気付き顔を真っ赤にして天城の方を見つめる。


「はうっ! わわわ私がチェリル王女です! よろしくお願いします!」

「召喚、とは? どういうことかね」


 天城は自分の意思で、自分の力で異世界に来たと思っていただけに混乱もひときわ大きくなる。自分の労苦の結果でここに来たのではないのか。


「私はただ呼ばれたに過ぎないというのか」


 天城の魔法陣には人の生存可能な異世界を自己走査し記憶領域にその座標を記憶、それを元に異世界へ飛ぶ機能があった。よって天城は異世界に飛ばされても同じ魔方陣の記憶領域に地球の座標を指定してもう一度飛べば帰還出来る算段だった。だからこそ、女体化したとしても帰還すれば元に戻れるだろうと楽観的な思考が出来たのだったというのに。


「なんということだ」


 目を大きくかっぴらき、口をだらしなく開いてうつむく天城。


「あ、あああああ! すいませんすいません! だから頭を上げて下さい!」

「そ、そうだ! 服も着てないで寒いでしょうから私服を持ってくるわ」


 少なくとも見た目が小さな女の子である天城の落胆ぶりを目にし胸の痛みを感じた慌てだす。


「ねえ、いったいどうなってるの?」


 今まで天城の奇行に目を奪われていた三人、それに背後を全く気に留めていなかった天城の耳に甘ったるい声が響く。くるりと体を百八十度反転させた天城は召喚されたのが自分だけではなかったと知る。

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