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NO.15




 異変に駆け付けた数十人にも及ぶ衛兵たちは目の前に広がる光景に事態を把握しかねた。

 魔族軍を壊滅させた英雄である勇者が血にまみれて倒れている。これだけでも信じられないが、仲間であったはずの女たちが勇者を見る目がおかしい。彼らは遠巻きにしか見ていないが、勇者と彼女たちはもっと親しげだったはずだ。

 それが今、彼女たちの瞳に浮かんでいる感情は嫌悪や侮蔑に変貌している。

 また、見慣れない美少女が二人いた。一人は桃色の髪をした発育の豊かな美少女で、もう一人は黒髪の長い小さな美少女だ。桃色の髪の美少女は地面に泣き崩れ、もう一人は彼女を慰めている。


「一体これはどういうことなのだ! 事情を知る者はいないのか!」


 部隊長はたまらず大声で叫んだ。


「隊長! まず勇者様を助けましょう!」


 見た所、このままでは勇者の命は長くない。部下の言葉はもっともだと思えた。


「よし、救命魔導師を呼んで来い」

「は、お前行ってこい」

「分かりました!」

「しかし一体誰が勇者様を……」


 部隊長が勇者のそばにしゃがみ込んで傷を確認すると、腕と腹部を何かに貫かれていることが分かった。


「ひどい傷ですね」

「出来る範囲でいい。手当をしてやれ」

「は!」


 勇者の処置を部下に任せると、部隊長は勇者を暗い眼差しで見つめている奈々子に近寄り事情を聞いた。


「一体何があったのです」

「報いが来たのよ」


 抑揚のない声で奈々子は部隊長に答える。


「報い? まるで、勇者様が罪を犯したかのようですね」

「そうだ! あいつは私たちを騙していたんだ!」


 玲子は胸の内を煮えたぎらせていた憤怒を爆発させた。


「貴様は信じられるか! あいつは私たちをまるで人形のように操って遊んでいたんだ! 私は許せない! あいつはもっと苦しむべきだ! そうじゃないと……!」


 ついに感極まり泣き出す玲子。そっと肩を叩く奈々子にすがり、赤ん坊のように大声で泣き喚きだした。


「ど、どうしてこちらに!?」

「いいから通してください!」

「お、王女殿下!?」


 厄介なことに、現場にはチェリル第三王女までやってきてしまった。身分が身分なだけに部下たちは強く言い返せない。


「ああ!? 勇者様が!」


 チェリルの目に勇者の無残な姿が映ってしまう。心に大きな悲しみが訪れる。だがチェリルには同時に、大きな安堵の念も訪れていた。やっと終わったという思いが浮かんだ。理由は分からないが、これで何かから解放されたような気がしたのだ。

 膝から力が抜け、がくりと膝をつく主を支えるユリスもまた勇者の姿に同情を抱くことはなかった。彼の存在はどことなく気に入らなかったのだ。もっと明確に敵対する理由があったような気もするがそれは思い出せなかった。




 やがて救命魔導師によって一命を取り留めた玉村浩平は厳重な監視が付けられたうえで投獄された。


「嬉しいか?」


 王宮の地下牢の中で浩平が天城に話しかける。洗脳の恐れがあるため、浩平との接触の際は屈強な衛兵に囲まれながら必ず天城が同伴した。


「どうだろうな」


 浩平とのケリを付けてから二週間が経過していた。あの後、王宮中の主要人物の洗脳を解いて回った天城は国王にも謁見し事態の処理に協力を惜しまなかった。

 浩平が王国にもたらした災禍は思いのほか大きい。

 自身の武勇伝を創るためだけに北に展開していた王国軍の防衛線を一部脆弱にさせたために王都が攻撃された件では、前線の軍にも数千単位での死者が生まれ王国の軍事力の三割が喪失したことが調査の結果判明している。


「僕はまだ諦めてないよ。洗脳した人間はまだ残っている」

「そうか」


 今日の食事である穀物の粥を置いた天城たちはさっさと浩平の牢を後にしようと背を向けた。


「僕を見下すな」


 天城の曖昧な返事に苛立ちを覚えた浩平は粥を天城の背に投げつける。衛兵が素早く反応し皿を掴んだが、天城の頭にスプーン一匙ほどの粥がかかってしまう。


「貴様! 何をする!」

「僕を見下すな! その目を僕に向けるな!」


 衛兵と浩平の間で緊迫した雰囲気が形成される。


「ああ、すぐに立ち去るよ」




「おかえり」

「ただいま。あれ、着替えた?」

「服を汚してしまってな」


 浩平に朝食を与えて帰ってきた天城を秋月が出迎える。あれから二人はずっと王宮に閉じ込められている。ユリスの実家の人たちには無事でいると伝言は伝えていたが王宮内では常に誰かの視線を気にしなくてはならず気苦労が絶えない。秋月は宿舎での暮らしが恋しく思えた。


「ふうん。それより、本当にやるの?」

「もちろんだ。安全を確認する意味でも、私の研究の完成のためにも」


 今日、この後すぐに天城はチェリルが召喚した帰還スキルの保持者によって日本へ帰る。これは帰還スキルがきちんと発動するかの実験だ。また、一週間後にチェリルが天城をもう一度召喚して帰還スキルの安全を確かめるのも目的となっている。


「さあ、チェリルの部屋に行こう」


 二人がチェリルの部屋に行くと既にチェリルとユリスはもちろんのこと、玲子と奈々子、それに帰還スキルの保持者として召喚された斉藤雄二が待っていた。


「おっせえなあ、もっと早く来いよ」


 異世界行きを志望する人間を選択して召喚するというので、秋月は大人しそうな文学少女でも召喚されるのかと思っていたが雄二は活発な男子高校生だった。色んな国を見るのが夢で、異世界でも可だったらしい。


「すまない」

「別に謝んなくていいんだよ!」


 天城を見て顔を赤くする雄二を見てこれがロリコンなのかと考える秋月。


「ちっ、もういいやるからな」

「待て」


 手を床に付け、帰還スキルを発動させようとした雄二に玲子が待ったをかける。


「本当にいいのか。別に私が行ってもいいんだぞ」

「構わない。これは私が希望したのだ」

「じゃあ、やるぞ」


 雄二の手が天城の頭に乗せられる。目をつむり雄二が手に力を込めると緑色の閃光が煌めきその場にいた者たちの視界は真っ白に染まった。

 やがて視力を取り戻したとき、天城の姿は消えていた。


「ちょっと! まだ心の準備もしてなかったのに! あっさり過ぎるよ!」


 秋月は雄二に掴みかかる。失敗したらとんでもないことになるのに、こうも何事もなく帰還スキルを発動させた雄二には憤りを隠せない。


「俺につっかかるな!」

「何顔を赤くしてるのさ! ちゃんとこっちを見てよ!」




 夜も更け、今日と明日の境を時計がいよいよ指し示そうとしている時分。いつもは人気のない日本魔法技術大学キャンパス正面前円形広場の中心、外周を囲む街灯から離れぽっかりあいた暗闇に一人の少女がいた。

 ようやく十代に達したばかりの小さな背丈の少女は、幼いながらも神々しいまでの美しい顔つきをにんまりと緩めて立っている。腰にまで達する黒髪を、薄い生地の白いワンピースを風になびかせて立つ姿はまるで天使化と見紛うほどだ。


「何だ……? 何が起きた」


 大学内に居残っていた由以子が、円形広場から発せられた光に驚いて現場に来てみたら何ということだ。天城文月の姿が一瞬にして消え去ったかと思うと、代わりに謎の美少女が現れた。

 少女が由以子に気付き、振り向く。顔に浮かべた笑顔は由以子の心を鷲掴みにする魅力を放っていた。


「おや、清川じゃないか」


 その口調に由以子は覚えがあった。確かに以前とは違い渋くも、男らしくもない妖精が喋ったような声ではあるが喋り方に彼特有の特徴を感じた。


「な、ななななな! まさか天城文月と言い出すんじゃないだろうな!」


 信じたくない。信じられない。だが由以子の勘は目の前にいる美少女が紛れもなく天城文月だと告げている。


「何だ。分かる人には分かるのだな。久し振りというと少々語弊があるかもしれないが、また会えて嬉しいよ」


 天城は帰還した。


 ~完~


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