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NO.14




 雲一つない夜の道を天城と秋月は歩く。しばらく歩いて街中に入ると魔族軍の撃退の喜びで火がともされ、人通りも多かった。にぎわう人々の中を上手く避けつつ進んでいく二人。

 思い返せば王宮から宿舎まで馬車で送ってもらったが結構な時間がかかった。これが徒歩となるとどうなるのだろうか。天城はそれを考えるとげんなりした。


「おい、明日急遽勇者様の凱旋式が執り行われるそうだ」

「本当か!」

「ああ! 本式の凱旋式なら俺たちにもご馳走や金品が配られるぜ」


 天城は見慣れた男子学生たちの姿を発見した。女子学生たちも一緒にいる。


「あら! じゃあ、王宮の前で待ってましょうよ!」

「ええ、もう混んでるんじゃない?」

「何だ、俺の情報網をなめてるのかい? この情報はまだぴかぴかの新品だよ」


 学生たちのそばに停まっていた馬車から二人の男が出てくる。


「若いの。聞かせてもらったぜ」

「へへ、いいこと聞いたな」

「おいおいおっさんたち。この情報は高いぞ」

「しょうがねえだろう、聞こえちまったんだ。なあ」

「ああ、こんな場所で不用心に大事な話をする方が悪いのさ」


 へらへらと笑う二人の男を睨んで悪態を吐く男子学生。


「ちっ、好きにしろよ」

「まあまあ、俺たちだって感謝はしてるんだぜ?」

「そこでだ。俺たちの馬車で王宮までお前さんたちを乗せてやる」

「本当に?」

「嘘は言わねえ」

「俺たちは七人。あんたらは二人。計九人もいるのに乗れるのか?」

「はは、あと一人いても大丈夫だぜ」


 これに乗らない手はない。


「秋月」


 天城が秋月の迷彩服の袖を掴んで歩みを止めさせた。


「なあに?」


 いらいらした口調で返事をし振り返る秋月。敵地に向かっていることで気が立っているようだ。


「あの馬車に乗せてもらうぞ」

「何言ってるの。目立っちゃうじゃん」

「話によれば王宮前に人がたくさん集まっていくらしい。紛れたら分かるまい。それにこのまま歩いていても何時間かかるか分からんぞ」

「うーん」


 天城の言う通り、徒歩ではもしかすると夜明けになるかもしれない。しかし人の手を借りてもいいものだろうか。


「おおい! その馬車、私たちも乗せてくれないか!」


 秋月が悩んでいる間に天城はささっと学生たちの元に行き、声をかけていた。


「あれ君は……」

「文月ちゃんじゃない! もちろん大歓迎よ!」

「あ、ちょっと……もう仕方ないか」


 既に天城は学生たちの会話の輪に入り込み、話を付けてしまっていた。


「座席はあと一つしかないよ」

「大丈夫よ! 文月ちゃんは私の上ね!」

「座席がないなら仕方がない」



 王宮前に到着すると、既に百人近い民衆が金品欲しさに集まっていてさらに続々と集結しているようだった。


「すごい人だ」

「本当ね」

 

 学生たちが辺りを見回している中、秋月は降車するなり天城の手を握りあらぬ方向を指差す。


「あー! あんなとこに知り合いが! 行くよ天城!」

「分かった! 見失うとまずい! 走れ!」

「……行っちゃった」


 あまりに突拍子の無い二人の行動を前にして、学生たちは呆気にとられるばかりだった。



 全力疾走で学生たちの元から離れた二人はもういいだろうと立ち止まる。天城が後ろを見ると追い掛けてくる者は見当たらない。


「ふう。どうやら撒けたな」

「そうだね」

「じゃ、行こう」


 二人はやがて人通りのまばらな道を見つけ出す。


「だがどうやって入るんだ?」


 天城の前には高い壁がそびえたっている。大人が五人縦に積み上げられてもまだ届かないようなこの壁を秋月がどう突破するつもりなのか天城には見当もつかない。


「え? これを使おうかなって」

「何だそれは」


 秋月は細長い筒状の物体を肩に背負っている。映画などで見るバズーカに似ているのはきっと勘違いだと天城は思いたい。


「ん? カールグスタフ」


 天城は自衛隊の装備にそんな武器があったような気がした。


「まさか」


 嫌な予感しかしない。


「壁を吹っ飛ばせば入れるよね」

「待った! それじゃすぐに私たちが見つかる!」

「むしろ混乱に乗じようって思ってる」


 真顔で何を言っているんだ。頭を引っ叩きたい衝動が天城を襲った。


「ここは私に任せろ!」


 射撃体勢を取る秋月の足元が青白く輝き、体をゆっくりと浮かび始めた。カールグスタフが地面に叩きつけられる間に秋月は壁に手が届く高さまで浮いていた。


「え? うわわわわ!」

「壁に掴まれ!」


 パニックに陥った秋月は天城の指示を鵜呑みにして壁の上によじ登る。幸い、壁の上は平らになっていて人が立つことが可能だった。


「何なのさ!?」

「ふふ、私も行くぞ」


 天城も壁の高さまでふわふわと浮いてきたのを秋月が引っ張って壁に着地させる。


「これどうやって下りるの? というか何をしたのさ」


 せっかく上がったのはいいが、この高さから落ちたら死んでしまう。


「反重力を発生させただけだよ。それより、下りるときはこうだ」


 何のためらいなく飛び降りた天城に一瞬目を疑った秋月だったが、降下速度は空気の抜けかけた風船のようにゆっくりだ。


「おお。もう何だか分かんないや」


 天城に続いて秋月もこうして王宮内に侵入した。


「それで、この広い中どうする気だ」


 辺りに目をやっても見覚えのある建物は全くない。


「さっきの魔法で高く上がれば分かると思う」

「無計画だったのか」


 こんな調子では先が思いやられるなと、ため息を吐いてしまう天城。


「えへへ」


 秋月は笑ってごまかすしかなかった。


「じゃあ、ちょっと見て来るぞ」

「お願いね」


 天城が宙に浮かび王宮の鳥瞰図を頭にインプットする。夜ではあったが要所要所で明るく照らされていたので暗記には何の支障もない。この手の暗記が得意だった天城はあっという間に下りてきた。


「よし、こっちだ」


 天城の先導で先を進む。やがて見覚えのある建物に辿り着いた。僅かな時間だったが王宮での生活の大半を過ごした場所だ。二階建てでガラスが多用され、壁面は新築もかくやというほどの白さ。使われている土地面積は普通の一軒家なら優に十は建てられる。この国の王の力の強さがうかがい知れよう。


「着いたな」

「ここだね」


 二人は扉の無い入口から堂々と建物の中に入ると記憶を頼りに奈々子の部屋を目指す。通路には人っ子一人見当たらず、ただ贅の凝らした天井の装飾画と床に敷かれた大理石があるばかりだ。


「確かこっちだったはず」


 天城は奈々子の部屋を知らなかったので、秋月が前に立つ。


「この部屋か?」

「うん」


 その部屋は二階の中央付近に位置していた。一定間隔で並ぶ床から天井にまで達するアーチ状の窓から淡い月光が差し込んでくる。


「では、開けるぞ」

「誰だ!」


 天城が扉のノブに手をかけたそのとき、背後から鋭い怒声が発せられる。二人が振り返ると腰に帯刀した道場着姿の女が立っている。凱旋式で見た顔だ。


「君こそ誰だ?」

「侵入者に名乗る必要などない! 大人しく捕まれ!」

「天城、それを下ろせ」


 いつの間に構えていたのか、秋月は回転式拳銃の銃口を女に突きつけていた。


「でも」


 そこに彼が現れた。そう、玉村浩平だ。白で統一された騎士のような衣装は明日の凱旋式で着る予定なのだろう。内面と外面の差に思わず天城の口端が吊り上ってしまう。


「やあ、何の騒ぎ?」

「浩平! 不審者だ! 奈々子の部屋に入ろうとしていたんだ!」

「久し振りだね」


 爽やかな笑顔が口に浮かんでいるが、目は暗く底が知れない。


「来たか」


 出来る事なら出会うことなく退散したかった。


「彼女の声が大きかったからね」

「悪かったな。私はどうせがさつだよ」

「そんなことは言ってないだろう」

「ふん、それよりこいつらと知り合いなのか?」

「んん、何なのうるさいんだけど」


 部屋の前で騒がれ眠りを邪魔された奈々子が不機嫌さを前面に押し出して現れる。


「奈々子ちゃん」


 久し振りの再開に胸を熱くする秋月。洗脳下だろうがとりあえず無事な姿が見れて安堵した。


「あら、今日あなたのこと見たような気がするわ」


 奈々子が秋月と見つめ合っているその隣で、天城と浩平が目と目で威圧し合っていた。


「悪いがさっさと終わらせるぞ」


 もったいぶる必要もない。奈々子へ向けて即座に対洗脳スキルを発動させた。

 だが、あまり使っていない対洗脳スキルの発動の遅さが仇となる。


「玲子、こいつらを殺せ」

「分かった!」


 浩平の命令一下、玲子は一切ためらいなく刀を抜いた。天城との間に遮るものはない。彼女が二、三歩踏み出せば天城は両断される。


「危ない!」


 秋月はとっさに光を創造し全員の視界を奪う。そして天城と奈々子を創造した軽乗用車の後部座席に押し込むと階段めざしアクセルを踏み込んだ。広々とした王宮の通路は軽乗用車程度なら何とか車体をこすらずに済む。

 だが階段となるとそうはいかない。


「このまま突っ込むよ!」


 ハンドルを切ってタイヤを滑らせ、車体を右に九十度回転させた秋月は階段に軽乗用車を突っ込ませた。

 体の小さな者にも配慮された緩やかな傾斜の階段だが天城と奈々子はシートベルトも付けておらず、おまけに目が見えないので前触れもなしにいきなり激しい振動に襲われると体をあちこちにぶつける羽目になった。


「何が起きてるの!?」

「もっと丁寧に運転できないのか!」

「文句言わない!」


 後部座席から聞こえてくる不満を一喝する秋月。階段を下りてもまだ追っ手は迫っているのだ。ガラス窓をぶち破って建物の外に出た軽乗用車は唸りを上げて加速していく。


「やったかな」

「逃がすか!」


 日本刀が軽乗用車のボンネットに突き刺さる。爆発しやしないか怖くなった秋月は急いでブレーキを踏んだ。


「二人とも車から出て!」

「私から逃げられると思うな」


 運転席から飛び出た秋月の喉元に日本刀の切っ先が突きつけられる。


「やむを得ん!」


 視界を取り戻した天城が降車し玲子の足元に魔法陣を展開する。瞬間、玲子は動きを止めた。


「何をしたの?」

「いいから何か方策を考えろ! 時間稼ぎにしかならんぞ!」

「う、うん!」


 二人で奈々子を軽乗用車から引きずりおろす。


「嫌! あなたたち何なのよ!」


 天城より少し遅れて視力が回復した奈々子は二人の手を振り払い後ずさりした。状況を確認しようと辺りを見回しても何が何だか分からない。一体何がどうなっているのだろうか。赤い軽乗用車がフロントガラスをひびだらけにして停車していたり、ガラス窓が粉々に破られてたり、玲子がまるで時間が止まったかのように動きを止めていたり。


「天城! 洗脳を解いてよ!」


 秋月は事情を説明するにしてもまずは早く洗脳を解除してくれと天城に叫ぶ。


「やってみる! 文句は後で頼むぞ!」


 逃げられては困るので奈々子にしがみつく天城。


「な、何よ」


 奈々子はいきなり十歳前後の美少女に抱きつかれ困惑する。敵意もないようだし、どう対処すべきか逡巡した。

 その間三秒。たった三秒で洗脳は解除された。


「……え? わ、私今までどうして」


 洗脳が解かれた奈々子は今までの出来事を一気に思い出していく。


「いいから逃げるぞ! また捕まりたいか!」

「逃げられちゃ困るんだよな」


 右手に両刃剣を持った浩平が砕かれたガラス窓の枠から姿を見せる。


「浩平か」


 奈々子から距離を取り浩平と対峙する天城。


「僕が勇者ってのを忘れていないか」


 剣を頭上に持ち上げ天城に駆け出す浩平。


「やめろ!」


 叫ぶ秋月を見て浩平は嗤う。


「駄目だよ。こいつは僕の能力の天敵だし、それに」


 未だ動きを止めている玲子をちらりと見る。浩平は対洗脳だけでなく、未だよく分からない能力を隠し持っている天城を恐れた。そして、今こそ殺すべきだと確信した。


「妙な技を隠し持っている。死んでもらうよ」

「やめろお!」


 回転式拳銃を取り出した秋月は迷う暇なく引き金を引いた。放たれた38口径弾は浩平の右の二の腕をうがった。


「あ……」


 苦痛で足を止める浩平。


「つ、次は殺すよ! 早く武器を下ろして!」


 足は震わせても腕は正確に浩平の下腹部に照準を付ける秋月。人を撃つ禁忌を犯して真っ白になった

頭とは裏腹に、体はやるべきことは何かを認識し動く。


「あああああああああああああ!」


 もうまともな考えもなしに天城へ剣を向けて走り出す浩平へ、機械的に秋月の指はトリガーを引いた。


「死ねえええええええええええ!」


 下腹部に当たった弾丸を以てしても浩平は動きを止めない。


「何で諦めないの!?」


 天城を守らなくちゃ……! 気付けば秋月は弾丸を撃ち尽くして空になった拳銃の引き金を引き続けていた。

 天城の足元には倒れ伏した浩平がいた。弾丸は腹部に集中して着弾している。もう内臓は原型を止めてはいないだろう。


 沈黙がこの場を支配した。


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