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NO.12




 あれから三日後。今日王都にて勇者たちの凱旋式が執り行われることになる。凱旋式と言っても会戦で大戦果を挙げた英雄など、国家の危機を救った者たちのための本格的なものではなく災害救助での尽力を称えられたりとか小規模な反乱の鎮圧だとかいった功績に報いるためのいささか簡略化されたものではあった。

 天城と秋月は正午から始まる凱旋式を見るために、曇天の寒空の下ユリスの家族たちと一緒に王都の街道沿いに人ごみの中待機していた。


「すごい人ごみねお母さん」

「そりゃあ、勇者様の凱旋ですもの。みんな楽しみにしてるのよ」


 凱旋式で勇者たちが通る道は幅が広く、舗装されていてなおかつ王宮の正面門に至る。外国の使節団が通っても窮屈にならないよう、四頭立て馬車が四台横に並んでも大丈夫なほど余裕のある広々とした道路だ。普段は二車線のみ開放して余ったスペースを歩道にしているのだが、今日は王軍が木の柵を持ち出して三車線分を凱旋馬車の通り道として確保し人々は一車線分のスペースに追いやられた。柵の切れ目毎に兵が立たされていて、何だか物々しい雰囲気だ。


「何だか目つきが鋭いわね」

「あらかた、また姫様が誘拐されやしないか警戒しとるのだろう」


 天城たちも群衆の中で押し合いへし合いしながら勇者たちの到来を待つ。群衆たちのこれから始まるイベントへの期待感とは裏腹に、天城と秋月は自分たちの考えが間違いであって欲しいと願いながら体を緊張で固くしていた。


「君は人ごみは嫌いかい」


 天城にうんざりした表情のシギロームが話しかけてくる。


「僕は見るのは嫌いじゃないんだがね」

「私は好き嫌いとか考えたことがないですね。私には関係が無いです」


 天城の、人を背景として見ているかのような口ぶりににやりとするシギローム。


「研究に身を犠牲にしているという訳か」


 天城は返答に詰まる。犠牲という表現に何か抑圧された感情があるような気がした。違う、自分は楽しいから……そういえば、当初はどんな気持ちでこの分野に足を突っ込んだんだろう。そうだ、あれはただの現実逃避にも等しかった。

 いつの間にか、目的と手段をはき違えてしまったのか。気が付けば、多次元世界論の理論構築を心から楽しんでいる自分がいた。

 そしてそれは悪いことでないと天城は考えている。


「私にとって研究は生涯の楽しみですね」

「素晴らしい」

「来たよ!」


 秋月の声に続いて周囲の群衆のざわめきも大きくなっていく。

 群衆の目に凱旋馬車が映ったとき、騒然とした空気は頂点に達した。

 四頭立ての白馬に曳かれた真っ赤な馬車の上、そこに本日の役者は全て揃っていた。

 天城と秋月には凱旋馬車に随伴する音楽隊もコーラス隊も何もかもが映らない。

 チェリル。救出された王女。今日はとりわけ豪奢な白いドレスに身を包み、勇者の隣で笑顔を振るいその美貌で群衆の心をつかんでいる。

 奈々子。勇者のお供。秋月に見せたあの悲しみと憤りの表情はどこへ消えたのかと思うほど晴れ晴れとした笑みで、チェリルとはまた違う美しさで群衆を魅了する。

 もう一人。天城と秋月には知らない女性。腰に日本刀を帯刀した袴姿で凛々しい顔に僅かな微笑みを浮かべ群衆に憧れを抱かせる。

 最後の一人。勇者として紹介されたその人物はまぎれもなく浩平だった。よくもまああそこまで爽やかな笑顔をばらまけるものだ。本性を知る者には、白々しくて反吐の出る光景。

 しかし、外面の良さが群衆の支持を与える。

 凱旋馬車が通り過ぎた後の群衆は口々に勇者一行に賛辞を送った。


「相変わらずチェリル様はお美しい!」

「いやあ、お供の二人も可愛かったよ」

「それより勇者様よ! 異国風の顔立ちがかっこいい!」


 全く不満の声が聞こえてこない。

 秋月は洗脳されていやしないか疑問に思ったほどだ。


「だいぶ空いたね」


 シギロームの言う通り、群衆はもう一度勇者たちの姿を見ようと移動をしていた。残った少数者も道のあちこちに集まっては声高々に勇者たちについて雑談中の様子。

 秋月はますます洗脳の線を疑う。人は一目見ただけの人物をいきなり熱烈なファンのように追いかけまわすものだろうか。とても信じられないように秋月には思えた。


「これからどうしましょうか」

「私はあの混雑で疲れちゃったわ」


 アルスタの問いかけにシルカがこう答えたことでみんなで帰ろうと決まる。




「ねえ、どうする?」


 帰宅した秋月は早速天城を抱き上げて宿舎の部屋に連れ込んだ。


「どうすると言われてもな」


 浩平の顔を至近で見た天城は、喉を絞められたことを思い出し無意識に手が喉に触れてしまう。


「私たちに何ができる?」


 天城の言う通りだ。洗脳スキルを封殺可能なのは天城だけでそれもいつまで継続するか分からない。もはや、ほとんど天城の対洗脳スキルが通用しなくなっている恐れもあるのだ。

 秋月はふと頭の中で狙撃すれば気付かれずに殺害できそうだという考えが思い浮かぶが、自分に人が撃てる自信があるかと自問する。


「どうしたらいいのかなあ」


 やっぱり撃つ自信はない。殺人が選択肢からないと、取り得る対抗策が思い浮かばないのが現状だった。


「まず浩平に近寄れるかが疑わしい」


 今の彼は勇者として遇されている。護衛が付いてもおかしくない。


「次に拘束する場所の確保だ。もし捕まえることができたとして、浩平に接触する場合私が常に必要になる」


 天城は自分が浩平の洗脳を解くことはまだできると考えていた。

 その後もあれこれと知恵を出し合うがいずれにせよ、二人が何を考えたところで何をすることもできないのだった。




 翌日、秋月が目をさまし宿舎の三階から外を見るとアルスタと男子学生の一人が話していた。その学生は挙動不審にアルスタの周りをぐるぐる回ったりしきりに口を動かしたりしている。アルスタのことが心配になった秋月は急いで階段を下りた。


「どうしたんですか!」


 宿舎から出てすぐ秋月は二人に声をかけた。


「大変だ! 魔族が軍を引き連れてきたんだ!」


 学生は秋月にそう叫ぶと、みんなにも知らせなくちゃと宿舎の中に駆けて行った。


「どういうことですか?」


 軍が攻めてくる。秋月にはよく分からない話だった。だが、あまりいいことではないことはアルスタの血の気の引いた顔を見て理解した。


「分からないわ。こういうときは落ち着きましょう」


 数分後。男子学生の知らせが行きわたった宿舎では、早朝にも関わらず学生たちが慌ただしく動き始める。


「魔族軍の侵攻だとよ」

「実家大丈夫かな?」

「俺は逃げるぞ! お前らも急がないと殺されるぞ!」

「私は帰る場所ないからなあ……」

「つうか何で攻め込まれてんだよ。軍は何してんの?」


 中には気の早い者もいて、早々に荷物をまとめ逃げる準備を始める者や荷物をまとめる時間すら惜しいと身一つで飛び出す者もいたが少数派で、多くはもっと詳しい情報を欲し手当たり次第に近くの人間を捕まえては事実を求めた。


「何だかうるさいな」


 天城もようやく外の騒がしさに目をさまし、部屋を出る。部屋のある三階は入居者が十人そこそこなのだが、そのほとんどが薄暗い廊下に立っていた。誰しもが浮かない表情でこれからどうするか話し合っていた。


「あら、文月ちゃん」


 天城に気付き、一人の女子学生が天城に呼びかける。


「どうかしたのかな、随分さわがしいようだが」

「それがね、魔族の軍がここに迫っているそうなのよ」

「軍、軍隊か」


 天城には想像もつかない状況だった。


「天城さんも秋月さんとこれからのことを相談した方がいいわ」

「まー、別に私たちについてきてもいいのよ」

「まだ何も決まっていないじゃない。それにあなた、目つきが危ないわよ」


 そこへ階下から一人の男子学生がやってくる。


「おーい! 君たち! どうやら王国軍が出撃したようだよ」


 この男子学生、王都にひとっ走りして集めた情報を気前よく話してくれた。

 曰く、魔族軍の数は二十とも三十万とも言われているがある確かな情報筋によれば三百であること。迎撃のために近衛騎士団百と近衛魔法隊五十が王都を出発したこと。防備を固めるために王都にいる全兵力千二百が臨戦態勢を取りつつあること。近隣にいる部隊へ集結命令を携えた早馬が走っていったこと。既に王都外周を囲むヘミスロック王の城壁は一切の出入りが禁止されたこと。じきに旧市街地を囲むハイルテイン王の城壁も閉鎖されるそうなので宿舎はヘミスロック王の城壁との間に閉じ込められてしまうこと。


「じゃあ、私たちは魔族軍が撃退されるのを祈るくらいしかできないわね」

「女子供はね。俺たちは防衛軍に参加するつもりさ」


 男子学生はひとしきり言い終えると階下へ消えてしまった。


「失礼ね! 女だって戦えるわよ!」

「それより敵は三百ぽっちだそうじゃない。最強の近衛騎士団なら楽勝よ」

「ま、敵も気付かれずにはるばる徒歩で二か月はかかるこの王都まで来れたんだし精鋭なんじゃない?」

「近衛騎士団なら大丈夫よ。あの堂々とした行進を見たことがないの? かっこよかったなあ!」

「彼女、騎士団に彼氏がいるのよ」

「あら、文月ちゃんどこに行くの?」


 天城は階段に足をかけた状態で振り返り質問に答える。


「秋月と話をしたいから失礼するよ」


 階段を下りていく天城の背中に女子学生たちの声が降りかかる。


「階段転ばないでね」

「また転んじゃだめよ」

「私と来てもいいのよ! いいのよ!?」

「うむ、ではな」


 生返事で彼女らに返答した天城は宿舎からユリスの実家に足を向ける。


「文月ちゃん起きたのね」


 室内では一家全員と秋月がすでに集まっていた。


「大変なことになったものだね」


 口調こそ軽やかだったが、シギロームも普段見せるおちゃらけた表情を引っ込めていた。


「噂ですが私が聞いた話ところによると……」


 天城は全員に向けてさっきの話を聞かす。


「どうしたらいいのかしら? ねえアルスタ、どうしたらいいと思う?」


 気の弱いシルカは動転し、枯れ木のような腕で娘の手にすがる。普段見せる品の良い老婦人の姿を崩してヒステリックに取り乱す母に、アルスタはただ愛想笑いをするしかない。握られた手を見てどうしたらよいか分からないアルスタにイヴォルスグニが助け船を出した。


「落ち着かねえか、こういうときにじたばたしたってどうにもならん」

「とにかく、様子を見ましょう。軍も出てるんだしきっと大丈夫よ」

「となれば情報がいるな。どれ、ワシがちょっと出てみよう」


 腰を浮かせたイヴォルスグニにシルカが取りすがる。


「だめよ! 私たちはどうなるの!」

「じゃあ、お父さんは残ってて下さい。僕が見てきます」


 シギロームがそう言うなりさっと出口まで足を進める。戸口のノブに手をかけたシギロームは振り返り、今にも泣きそうな顔のアルスタにいつもの飄々とした笑みを浮かべた。


「大丈夫だよ」


 アルスタに向けて放たれた一言。それだけで行ってしまったシギロームに不満を持ちながらもアルスタは信じて待つしかない。目に涙を浮かべてアルスタはシギロームが去った戸口をじっと見つめた。


「私も行ってきます」


 シギロームに続こうと戸口に駆け出した天城だが、これは残った者たちからの猛反対をくらうことになる。席を立ち戸口に駆けた天城をすかさず捕えた秋月は蒼白な表情で叫ぶ。


「何考えてるの!? 馬鹿でしょ君!」


 シルカも信じられないと絶叫する。


「文月ちゃん外は戦場なのよ! 馬鹿な真似はよしてちょうだい!」

「戦場は言い過ぎだろう。でもな、ワシにも我慢の限界がある」


 づかづかと天城に近寄ったイヴォルスグニは秋月から天城を取り上げ、額と額を合わせて怒鳴る。


「こんなときに何を考えている! 大人しくせんか! 遊び場じゃないんだぞ!」

「お父さん落ち着いて」


 イヴォルスグニから天城を抱き寄せたアルスタは床に下ろすと天城の両頬を引っ張る。あんまり痛くないが、何故こんなことになったのか天城には全く訳が分からない。


「あのね。文月ちゃんみたいな小さい子が出て行っても混乱した街中じゃ踏んづけられたり誘拐されたりして危険なの。だからもう出て行こうなんて考えないでね」


 今更にして気付いた、天城は自分が心配されているということを。また自分が例え出て行っても役に立てないことを。


「ふぁい」


 間抜けな返事をして、天城は部屋に残ることにした。


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