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NO.11




 召喚されてから八日、チェリルの侍女ユリスの実家に来てから一週間が経過した。

 これまでのところ、天城と秋月は命を狙われるような目に合うこともなく極めて平和に生活を続けている。

 実家に住む人々とも親しくなり天城に至ってはシギロームにべったりだ。


「これからどうなるんだろう……」


 秋月は窓から差し込む朝焼けをぼんやりと眺めながらつぶやいた。

 現在、天城と秋月は宿舎の空いている二人部屋を借りて生活していた。部屋は広くなく二段ベッドと学習用デスクで半分が占められているが、それでも異世界に来たにしては上等な生活が送れていると秋月は思う。

 だがいつまでもその好意に甘えていてもいいのだろうか。一応見せてもらったこの国の貨幣を創造スキルで複製して渡そうとしたがやんわりと断られてしまった。代わりに宿舎の清掃のお手伝いはしているがまだ恩に見合わないような気がしてならない。二日前に帰宅してきたユリスはまだ待機してるようにと言っただけで何の先の見通しもなかった。

 それに未だ浩平の行方が分からないのも恐ろしい。いつ殺されるかを怯えながら過ごすのがここまで心に負担になるとは思いもしなかった。


「あの子はどうしてるんだろう」


 浩平に拉致されたチェリルと奈々子。その内奈々子は日本出身、それも天城のような魔法が存在する日本っぽい日本ではなく秋月の住む日本のように怪物が出現することもない極々普通で平和な日本から来た女の子。

 秋月と同じ、もしかするとそれより安全に慣れきった彼女は今どう生きているのか不安を覚える。会話をしたのは召喚されたときの数分と天城が目覚めるまでの数時間だけ。

 天城に彼女らについて聞いても、なるようになるとしか答えてくれなかった。同情はしていてもどうしようもないという考えがありありと見えた。

 その考えは間違っていないと秋月は思う。でも、たった半日ほどしか接していない奈々子に秋月はどうしようもないほどの仲間意識を覚えていた。浩平という脅威に怯える者同士上手くやれそうな気がしたのだ。それに、洗脳が解けた後の彼女が僅かに見せた苦悶の表情がどうにも忘れ得なかった。

 秋月は寂しいだけなのだと自分を分析する。天城やユリスの親類だけじゃ異世界に来た寂しさや孤独感がぬぐえない。天城はシギロームがいればすぐにそっちへ行っちゃうし、アルスタやその両親は忙しいので遊ぶ機会はない。

 創造スキルで日本にいた頃あった物をそろえることはできても人は創れない。

 その点、奈々子は同い年と聞いたし楽しく過ごせそうな気がした。

 また秋月は恐ろしいだけなのだと自分を分析する。現実を冷静に直視するのが恐ろしいからこんなことを考えている。

 外から箒を掃く音が聞こえてくる。アルスタが朝の清掃作業を始めたようだ。


「起きなきゃ」


 清掃に参加すべく秋月は二段ベッドの上から飛び降りた。ベッドの下段には巻物に囲まれながら丸まって眠る天城の姿があった。その寝顔からは起きているときシギロームに近寄っては交わされる緻密で難解な会話を展開するような人間にとても思えない。


「天城はいいなあ」


 思わず伸ばした手で天城の顔を撫でる。研究ばかりに没頭して浩平に怯えていないからこんなに健やかで愛くるしい寝顔になるのだろうか。


「行って来るね」


 名残惜しげに手を離した秋月はお手伝いをしにアルスタの元へ駆けて行った。




 アルスタとその両親、それに天城と秋月がそろった昼食の席でアルスタはある噂について話す。


「お母さん知ってる? 天下一の美王女様が誘拐されてたこと」


 内心どきりと心がはねる秋月だが、かろうじてそれを外に出さない。天城の方はしれっとスープをすすっている。


「あら、初耳よ」

「今まで情報を隠してたらしいんだけど実はもう一週間も前に宮殿から拉致されてたんだって」

「へええ。怖いねえ」

「警備の連中は何やってたんだ? いつも偉ぶってるくせに役立たずな連中だ」

「まあまあ。それで」


 苛立ちの声を上げるイヴォルスグニをなだめたシルカは話の続きを促す。


「うん、それでね。誘拐された美王女様を救出した勇者様が近々凱旋するんですって!」

「凱旋式か! 久し振りだな!」

「そうね。もう十年はしていないわ」

「にしても誰に誘拐されたんだ」

「噂じゃ魔族らしいわ」

「恐ろしいねえ」




 食後、秋月は天城を宿舎の部屋まで引っ張り込む。


「ねえ、どう思う」

「分からん。だが案外勇者とやらがあの男を懲らしめたのかもしれんぞ」


 秋月は天城の言葉に賛同できない。あの男が簡単に倒されるものだろうか。


「そうかなあ」

「パレードのときに分かるだろう」


 天城とて、本気で言ったわけでなかった。洗脳されてしまえば、例え片手で熊を殺せるような猛者も形無しなのだから。


「まあね」


 それより天城が気になったのは秋月だった。椅子に座る秋月に息が触れ合う距離まで顔を近づける。背伸びをしてまで何がしたいのだろうか。秋月が困惑と恥ずかしさで顔を後ろに後退させてもすかさず追随してくる。


「何だか最近元気がないな」

「そんなことないよ」


 凝視してくる天城に耐えきれなくなり目を逸らす秋月。天城の幼いながらも美を体現したような顔に見つめられると秋月は恥ずかしくなるのと同時に羨ましくなるのだった。秋月の顔は美しいというよりも可愛いが似合う。そのせいか自分は幼くみられるが、天城の顔が自分の年齢まで育ったなら大層美しくなるだろう。そんな顔なら周りから見くびられないのになあと秋月は思う。


「そうか。それならいいが、年長者を頼ることは決して恥じゃないぞ。何かあれば遠慮なく私や助教授に相談するといい」


 天城が自身を年長者と表現したのに微笑ましくなった秋月は自然と表情が柔らかくなっていた。


「うん。ありがとう」

「では、そろそろ行くか」


 朝こそ眠っている天城だが、午後はしっかりアルスタたちの手伝いをしていた。


「うん! 今日も頑張ろう!」


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