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「気づくこと。大事なこと」

 午後の授業に出られないのは覚悟しておこう。

 学校から数分歩いたところにある公園は、中央にある大樹が印象的な、この町一番の広さを持つ児童公園だ。

 そして、かつて結城と出会った公園である。

 あれからまだ数日しかたっていないというのに、ひどく前の出来事に思えた。

「……」

 足が勝手にかつて座っていたベンチの側まで動き、私は大樹を見上げる。

 結城はいない。

 学校にもいなかったし、もしかしたらいるかもしれない、と淡い期待を持っていたのだが。

「どうしたの? ぽけっと樹なんか見上げちゃって」

「……いえ」

 胸をかすめる虚しさがやけに染みる。

 文月はそんな私を横目で見ながらベンチに座り、コンビニで買ってきたのかおにぎりと紙パックのレモンティーを取り出して、おにぎりのパックをぴりぴりと破り始めた。しばらくしてから私も彼女の隣に座り、膝にお弁当を広げ、手始めに玉子焼きをつまんだ。

 ――正直のところ、自由に生きなさい、と言われてほっとした反面、疑問に思う部分があった。

 自由とは、なんだろう、と。

 今までの自分の生き方でも不自由なことはなかったわけだし、急に自由に生きなさい、といわれても困るといえば困る。

 やはり私の親はどっか抜けてるんだなぁ。

「――」

 箸を止める手を一瞬止める。

 なんか、愉快。

 私は今まで両親のことを悪く思うことなんて、なかったというのに。

 これが自由になったってことなのかな。

「……ちょっと、何一人でニヤニヤ笑ってるのよ、気持ち悪い」

 文月があからさまに怪訝な視線を私に向けていた。まずいまずい、そこまで口元を緩ませてしまっていたか。頬を二、三回叩いて表情を元に戻す。

「すいません、一人悦に入っていたみたいです」

「……全く、なかなかどうして」

「はい?」

「数日でそんな顔つきが変わる人、初めて見た」

「……私、そんな変な顔してました?」

 慌ててもう一度表情が崩れていないか確認する。

「だから違うっての。ニブいわね」

 彼女は私を指して「意外に洞察力がある人」と言っていたが、彼女はそれ以上なのではないだろうか。

 ――判る人には、判るものなのかな。

 文月はおにぎりを咀嚼しつつ呆れたように私を見る。思いっきりぶん殴ってから気づくのもあれだが、彼女は、すごく美人だ。目は切れ長だし、鼻は高いし。白いし。顔のパーツのおかげか、それほど努力しなくても男子の目を惹きそうだ。努力型の私にとっては羨ましい限りだ。

 ――あ。そうだった。

「……ごめんなさい」

 頭を下げる。

「は? なによいきなり」

「殴ったこと、この前謝りそびれちゃったから。結構本気で殴っちゃったし、痛くありませんでしたか?」

「痛かったわよ。最初何されたか全然判らなかったし」

「私、感情が高まると突飛なことをしてしまうタイプらしくて」

「……人間の大半はそうだと思うけど」

「それで、何で私と一緒に昼食を食べようと?」

「よく話が変わるわね……」

 呆れたように文月は残りのおにぎりを頬張る。なんか、顔に似合わず豪快な食べ方だ。

「……翔太に、確かめてこいって言われたから」

 彼女は紙パックのレモンティーにストローをさす。

「翔太?」

 翔太って、確か結城の下の名前ではなかったか?

「そう、同じクラスの。この前話したらしいから知ってると思うけど」


 胸の奥がざわめいた。

 初めての感覚だった。

 

 急激に、頭の中が一つの言葉で埋め尽くされていく。

 彼と彼女は、いったいどういう関係なんだろう。

 聞かずに入られなかった。

「結城くんとは、お友達なんですか?」

「え、そうね、腐れ縁ってか、幼馴染なのよ。家が近いし、親も仲良いから良く話すの」

「へー……」

 お弁当と口を行き来する箸の動きをオートモードにして、頭に浮かんでは消える文月と結城が楽しく話している、妄想としか言いようのない姿を消滅させようと奮闘したが、なかなか上手くいきそうになかった。 

 文月はレモンティーを飲みながら私のほうを見ていたみたいだが、やがて意味ありげな笑みを浮かべ、

「大丈夫よ。私は男と女の間に友情は成立するって考えてるから」

 オートモード終了。

「時々いるのよ。男と女の間には恋愛感情しか生まれないって考えてるガキが。あなたはどう考えてるのか、なんて意見は聞くつもりないけどね。陳腐だし」

 よく判らなかった。

 文月は何を言わんとしているのだろう。

「でもね、長年付き合ってきた視点から言わせてもらうと、あいつはかなりひねくれてるから扱いは難しいわよ」

「…どういうこと?」

 言ってる意味がよく判らない……ん? なんだろう? 私はまた本当は気づいているのに事実から逃げようとしているのか?

 理性では、判っているのだ。

 私は、結城のことが

「好きなんでしょ? 翔太のこと」

 耳まで赤くなったような気がする。

「いや、いや、いやいやいやいや!! そ、そんなことは決して!」

 ダメだ、認めるわけにはいかない。

 認めたら私は負けな気がする。何の負けか判らないけど。

「ウブねー杏子お嬢様。普段の落ち着きが欠片もないわよ」

「そ、そんなこと言ってからかわないでください!」

 ツバが飛びかねない勢いで文月に噛み付いた。やばい、理性が機能低下して上手く働いてくれない。

 文月はおかしそうに笑いながら紙パックをつぶし、「やっぱり面白いわ、あなた」と呟いた。

「ギャップがね。一昨日も、あなたと従妹さんのギャップが面白かったし、あなた自身にも二面性があるのはとても面白いわ。ギャップを保つために普段お嬢様を気取るのも悪くないかもね」

 なんか、毒気を抜かれてしまった。

「他の人はどうか知らないけど。私、ギャップに弱いタイプだから。私の彼氏も普段なよなよしてるくせにいざという時芯が強いみたいでね」

「――へ?」

 彼氏?

「か、彼氏いるんですか!?」

「いちゃ悪い?」

「そ、そういうわけじゃないんですけど……」

 オ、オトナだ。

 彼女からしてみれば私を馬鹿にするのも頷ける……じゃなくて。

「だから、安心して。翔太とはただの友達だから。あなたがその気なら、応援してあげるわよ?」

「いりませんよっ」

 つん、と顔を背ける。これ以上からかわれるのはごめんだった。

 ――同時に生じた、奇妙な違和感。

 食べ終わったお弁当箱に蓋をする。正直何を食べたかすら覚えていない。ごめんなさいお母さん。

「あの」

「ん?」

「嫌いじゃないんですか、私のこと」

「ええ、大っ嫌いよ」

「……嘘じゃ、ないですよね?」

 家に押しかけてきたときとは違う、距離が近くて、温かみのある声で文月は返答する。

「どうしてそう思うの?」

 質問に質問で答えるのは無礼な行為なんだぞ。

「いやまぁ、なんとなくなんですけど」

 それでも答えてしまう私、ああ、なんて真面目。

「お嬢様が野生の勘に頼っても良いことないわよ」

 文月はビニール袋の紐を縛り、立ち上がる。

「遅刻の手続きとかしなきゃならないから、先に行ってるわね。あなたも急いだほうが良いわよ」

 携帯を見る。五時限目が始まるまで十五分程度。間に合うか間に合わないかぎりぎりのラインだ。

「無理につき合わせて、悪かったわね」

 初めて聞く謝罪の言葉は、私の耳にやっと聞こえるくらいで、すぐに風に流れて消えていってしまった。

「――いえ。そんなことないです」

 文月が謝罪の言葉を口にするとは思わなかった。彼女はそのまま、振り返りもせずに「じゃ」と言って公園から立ち去ってしまう、その背中を見送った私はうーん、と伸びをして立ち上がる。

「――悪い人じゃ、ない気がする」

「や、もしかしたら油断させておいて後ろからぐさり、なんて奴かもしれないぞ」

 大樹の裏から返答があった。

 私は首だけ動かして大樹を見る。目を凝らして透視しようと試みなくても、声で誰かすぐに判った。

 これくらいで動じないとは、成長したもんだ。慣れって恐ろしい。

「あなたが文月さんのことをそういう人だと言うんだったら、きっとそうなのでしょうね」

「そうだな、俺が言えるのは、あいつは後ろじゃなくて前から刺すタイプだって事だ」

 おかしそうに笑う声が、大樹の陰に響く。全く、趣味の悪い。

 私はベンチに座りなおす。最初から諦めていた五時間目だ、今更急いだところでしょうがないだろう。

 こんなに広い公園だと言うのに、お昼と言う時間帯では人影もほとんどない。白い鳩たちが、人間の代わりに公園の支配者になっていた。お菓子とか持っていたらよかったなぁ、と残念に思う。

「いつからいたの?」

「緋水たちが来てからずっと」

 ――つまり、先ほどの恥ずかしい会話は本人に全て筒抜けだったわけで。

 うう、意地でもさっきの話を蒸し返さないようにしなければ。

「あのさ、ちょっとした仮説、聞いてもらっていい?」

「聞くだけならな」

 彼は、大樹の陰から姿を見せようとしない。なんか話し辛いのだが、私の方から行く気にもならなかった。

「文月さんって、本当に私のいじめの首謀者だったんですか?」

「本人が肯定してるなら、そうなんじゃないのか?」

「でも、とてもそんな風には見えないんですよね」

 陰満文月は、クールで理知的で、言いたいことははっきり言うし、人をおちょくる茶目っ気もあるみたいだし、そして何より、行動派だ。

 先ほど彼が言ったように、「やるんだったら後ろからじゃなくて、前から」なのだ。

 どうしても、私が受けたいじめの陰湿さと、かみ合わなかった。

「受けた本人が言うんだから間違いないです。文月さんだったら、体育館裏に呼び出してタイマン張りそうだとは思いませんか?」

「違いねぇ」

 二人して笑う。安易に想像できてしまう所がさらに笑いを誘った。

「……その調子だと、吹っ切れたみたいだな」

「え?」

「この前あったときはウジ虫みたいに悩んでたみたいだけどよ、今は元気そうだしな」

「――心配してくれてたんですか?」

「別に。俺は自己中心的な奴だからな、人の心配なんてしないんだ」

 眉を寄せて大樹のほうを振り返る。なんで私の周りはやさしい嘘をつく人がいないのか。

「ま、よかったじゃねぇか。俺はどっちかと言うとお嬢様じゃない緋水のほうが好きだから」

「そ、そう?」

 なに顔赤くしてるんだ、馬鹿か私。結城は恋愛対象じゃなくて、人間として私のことを好きといってくれているんだから、落ち着け私。

 無理だった。

「なんかそう言われると嬉しいな」

 すぐそこにいる想い人のために、一生懸命言葉を紡ぐ。

「結城くんのおかげだよ。結城君と会ってなかったら、きっと私、まだ立ち直ってなかった」

 たとえ偶然だったとしても。気まぐれであって、一目惚れであっても。 


「ありがとう」


「礼を言われるほどのことでもないが、悪くないな、礼を言われるのも」

 まんざらでもなさそうな結城の声。

 ――今はこれだけ距離があるけれど、いつか手を繋げるくらい近づけたらいいな、と思う。

 空を見上げて、目を閉じた。やわらかく吹く風が気持ちいい。まぶたを貫いて届く日の光が、暖かくて、安心する。

 もう大丈夫。

 まだすべてが万事解決したわけじゃないけれど、きっと私はもう平気だ。

 強がりじゃない。本当だもん。

 もう私は、幼い頃の私じゃないから。

 これから自分自身の物語はずっと続いていく。

 いろんな人との繋がりを大事にしながら。

 

 文月さんとも仲良くなれると思うし、


 結城くんとも、もっと話せたらいいなと思う。


 この世界は、さまざまな色に満ち溢れている。


 私は変わったわけじゃなくて、世界の見方に、気づいただけ。


 だから、これからの物語で、何が起こるか楽しみだ。


 今度は、私以外の誰かに大変なことが起こるかもしれないけれど、

 そのときは、助けよう。


 結城くんが、私を色のない世界から、救ってくれたように。




リトル・ガーデン第一部、「杏子の場合」これにて終了です。

第二部は「文月の場合」。別視点からのお話になります。

杏子視点では解き明かされなかった、結城と文月との関係、文月の彼氏、本当のいじめの首謀者とは…などなど、伏線の回収に参ります。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしかったら、「杏子の場合」までの感想をいただけたら文月の物語を書くときに励みになります。

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