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「変わるのではなくて」

 停学七日目はあっという間に過ぎていき、ついに私は学生生活の舞台に再び舞い戻ることとなった。

 君の自由に生きなさい。

 父の言葉は、新たな道を私に指し示してくれた。

 朝の目覚めはかつてないほどに良いし、朝食もおいしかった。部屋に差し込む朝の光が眩しくて、暖かい。

 お気に入りのリボンで首のところで髪をしばり、忘れ物がないか確認してから家を出る。

 忘れ物はなかったけれど、心に留めておかなければならないことが一つ。

 どっかの本に書いてあった。


 人間は、自由という名の鎖につながれている、と。




 教室に入り、鞄をおいて辺りを見回す。みんな私と目を合わせようとしない。

 当たり前だ、突発的なこととはいえ文月の顔面を臆面もせず殴った私とお近づきになろうとするなんてよほどの変人だ。

 元々人と群れることもないのでいつもと変わらない生活。宿題を写しに来る人が少し減るだけ。

 そんな生活に、戻るはずだったのに。

「あの……」

 どうやら今回の出来事は、そう単純に終わってはくれないらしい。

 教室内の朝の喧噪をくぐり抜け、私に話しかけてくる人がいた。

 何の用かは知らないがとりあえず、

「おはようございます」

「お、おはようございますっ!」

 ぺこり、と。彼女は条件反射的に私に頭を下げた。

 ショートカットが活発そうな印象を見せるが、そうでもないらしい。目立たない子なのか、すぐに名前を思い出すことが出来なかった。同じクラスだというのは判るのだが。

「あの……、私、謝らなくてはいけなくて」

「え?」

「緋水さんのいじめに参加してしまって……」

「あ、なるほど」

 両手を合わせて理解する。私に謝らなければ、彼女の良心の呵責に耐えきれなかったわけだ。

「……」

 我ながら穿った見方だと思う。彼女はただ純粋に悪いと思って謝りに来ているのかもしれないのに。

「いいわ、もう終わったことだし、気にしないで。えーと……椋さん?」

 はい、と木下椋は小さく頷いた。よかった、四割くらいは当てずっぽだったから心配した。

 すると堰を切ったかのようにクラスにいた人が一斉に私の周りに集まってきた。

「……へ?」

「ごめんなさい緋水さん!」「本当は私たち、やるつもりはなかったんだよ」「まさか高校はいってまでいじめやるなんて思ってなくて……」

「あの……殴らないでね?」

 なんだなんだ。

 私は呆気に取られて人の山を見つめ返す。ああ、図らずも毒味役となった椋が山に飲み込まれ押しつぶされていく。

 どう対応したらよいか判らなかったので、苦笑だけしてみた。

「えーと……大丈夫ですから。本当に、もう気にしてません。……本当に」

 人々の視線に鬼気迫るものを感じたので、念押しに強く私に攻撃する意志がないことを伝える。

 安心した人々の、それはそれはうれしそうな顔。

 その中でも、椋の嬉しそうな顔が印象的だった。



 昼休み。

 今日は結城も文月も学校へは来ていないらしい。否、少し訂正。結城は学校へは来ているが授業に出ていないらしい。彼の机にバッグがかかっているが姿を見ていないから。

 鞄の中からお弁当を取り出し、中庭やら学食やらで大半の生徒が消え換算とした教室で手を合わせる。

「緋水さん」

 椋だった。手にはお弁当箱が入っているのか、青いバッグを持っている。

「ご一緒していいですか?」

「いいですよ」

 彼女は人懐っこく笑みを浮かべて私の隣の席に座った。

「今朝はすごかったですよね。改めて緋水さんのすごさが判りましたよ」

「そう? ただ危険物扱いされてるようにしか思えなかったですけど」

 椋は苦笑しながら、「まぁ、そうかもしれないですね」と言ってお弁当箱の蓋を開ける。私も彼女に続けてお弁当箱の蓋を開けた。

「いただきます」


「ちょっと待った」


 私と椋は、二人して顔を上げた。

 そこには、たった今登校してきたばかりなのか、荷物を持ったまんまで陰満文月が立っていた。

「…何か用ですか?」

 箸箱から箸を取り出し、ご飯に手をかけようとする。

「だから、ちょっと待ったって言ってるのよ」

 私はずいぶんと訝しげな視線を文月に向ける。隣では椋があっけにとられた様子で私たちを見つめている。さぞかし不思議な光景に見えるだろう。一週間前まではクラスの両極端にいた存在なのだから。今も同じようなものだが。

「…あの、お弁当、食べたいんですけど」

「私に付き合いなさい」

「私そういう趣味はないんですけど」

「違うわよ! 私だってそんな趣味ないわ! 昼食よ、昼食に付き合いなさい」

 クラスのどっかから「え?」という声が聞こえた。私も小さく驚きの声を漏らした。この人は何なんだ。何を好き好んで大嫌いとけなした人と昼食を食べるのだろう。私ならお断りだ。

 だが、彼女のサドっ気たっぷりな雰囲気は、有無を言わせないものが合った。

「ですけど、私、椋さんと一緒に食べるんですけど」

 隣を向いて、「ねえ?」と相槌を求めようとしたが、彼女はどうすればいいのか困っているらしく私と文月の顔を交互に見ながらどう対応するべきか決めかねていた。

 馬鹿者、こういうときは嘘でもうんと言ってくれれば正当性が出るのに。

 出るのに。

「木下さん、ちょっとこのお嬢様借りてくけど、いいかしら?」

「え、えーっと…」

 椋は私の顔をちらり、と見た。私の判断に従いたいらしい。

 全く、長いものに巻かれるばかりの人生は良くないと思うのだが。

「判ったわ。付き合えばいいんでしょ、付き合えば」

 私は観念したように肩をすくめ、

「じゃ、どっかから机を持ってきて……」

「あのね、私はここで食べたくないの。どこか別の場所へ行きたいんだけど」

 イライラしながら文月が答える。

「まあ多少は判っていましたけど」

「…あなた、性格悪くなってない?」

「気のせいです」

 お互い様だ。第三者から見たら火花でも散ってるかもしれない。椋が火傷しそうなくらいに。

「で、どこへ行きたいんですか?」

お弁当の蓋を閉めて立ち上がる。不本意だが、付き合っておかないと後々怖い。

文月は人差し指をぴっ、と立てた。

「公園」

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