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「気の向くままに」

 時計の針の音がやけに大きく聞こえる。

 目の前には、定額の一因となった影満文月がテーブルを挟んで座っている。


 両者無言。


 息が詰まる思いだ。

 どう切り出していいか、私は目の前の彼女を見つめるばかり。

 なぜかつまらなさそうな目で、文月は私を見つめるばかり。

 ああ、無常にも時ばかりが過ぎていく。


 焦る。  

 私の優雅な午後はどこへ行った。


 と、私と文月の目の前に氷と麦茶入りのガラスのコップが置かれた。


「粗茶ですが」


 いろんな意味でこの発言に突っ込んでやりたい。だがそれも叶わず、私は黙ったままで神妙な面持ちで右の椅子に座った奈江を見ていた。


 再び無言。


 ――ああ、もう耐えられない。


 無意識に手がコップに伸びた。きっとこの緊張状態で生じた喉の渇きを潤そうとしての行動だろう。それに胸に渦巻く喚き散らしたい思いを沈めようとしたのだと思う。

 コップに口をつけて、どうせ味など感じないし一気に飲み込もうと思って、


「何をそんなにびくびくしているの?」


 飲み込む寸前に吐き出しそうになった。こくん、と喉を鳴らしてコップを置き、出来るだけ穏やかな笑顔で、


「そんなこと、ないですよ」

「そう? 嘘が上手いわね、相変わらず」


 『相変わらず』とわざとらしく付け加えているあたり、私に明らかな敵意を向けている。視線がすでに刺々しい。


 奈江なんてどうしたらいいか判らないらしく、麦茶をずっとすすっている。


「……あの、何の御用でしょうか? 停学中はあんまり出歩かないほうが」


 私が言えたことでもないのだが。


「問題ないわ」


 一蹴された。


「わざわざ住所まで調べてここに来たのわね、一応謝っておこうかと思ったからよ」


 個人的な見地から言わせてもらうと、目つきとか『一応』とかのおかげでとても謝りに来たなんて言い分信用できない。


 文月は指を組んでテーブルに肘を立てる。


「まさかあなたの洞察力があんなに鋭いとわね。ただのボンクラお嬢様じゃなかったってわけか」

「……ボンクラ」


 ……もはや突っ込む必要もない。

 張り詰めた雰囲気とは逆に、出された麦茶をそれはそれは優雅に飲む文月。


「あとね、どうしても言っておきたいことがあって」

「…言いたいこと?」

「ええ」


 文月は麦茶を飲み干して一言。



「大嫌いなの。あなたのこと」



 カラン。


 テーブルに置かれたこっぶの中の氷が、冷ややかな音を立てた。

 いやまぁ、判っていたけれど、口に出さないわけにはいかなかった。


「……え?」

「あら、聞こえなかった? 私は、あなたのことが嫌いだって」

「いえ、聞こえましたけど……」


 なんという人だ。私の家という完全アウェイな状況の中、ここまで自分の思うがままに振る舞うとは。


「えっと…、それを言うことでいったい何を」

「自己満足よ。嫌いな人に嫌いって言うと胸の中がすっきりするでしょう」


 サドっ気たっぷりな発言だ。

 何も切り替えせずに手をこまねいている私の様子が余程おかしかったのか、文月は優越感を漂わせた笑みを浮かべ、


「だってあなた、気持ち悪いんだもの」

 

 あ。

 なんか胸に刺さった。


「周りの人はみんなあなたのことを優雅なお嬢様タイプとか何とか言ってるけど、鈍感にもほどがあるわ。あなたの奥底には、つまらない虚栄心と見栄しかない」


 彼女の一言一言が、胸の一番刺さってほしくないところに刺さってくる。


「見てて気分悪いのよね。そういうの」


 もはや返す言葉もない。

 ……私は判る人にはそのように見られていたのか。

 少々ショックだった。こうして面を向かって言われたのは初めてだが、今までの学校生活、同じように判る人は何人もいたはずだ。そんな人たちにどう思われたかと思うと、背筋が寒くなった。

 どうしてだろう。人の目など気にしていないつもりだったのに。

 私は親の笑顔を見れていれば万事OKなのではなかったのか?


 とりあえず麦茶を飲んで落ち着く。私は今どういう顔をしているのだろう。

 文月の顔など怖くて見れないから、テーブルの木目に視線がいく。

 ため息をつく。でもまあ何もそんなに


「何も、そんなに言わなくたっていいでしょ!!」


 机をたたきつけて、奈江が立ち上がった。彼女の迫力にびっくりして奈江を見る。さっきの緊張感などなんのその。目が怒りに燃えていた。


 ――心なしか、少し赤くなってる気もしたが。


「黙って聞いてれば大嫌いだの気分悪いだの、アンタ一体何様のつもり!? 誤りに来たとか言ってるけど、用は単にケンカ売りに来ただけでしょ!? お姉ちゃんが殴ったのは正解だった。お姉ちゃんのこと何も知らない癖に、知ったような振りして満足してんじゃねぇ!」


 どうしよう。奈江がキレるの初めて見た。しかもこの子、言えば言うほど自分の怒りをヒートアップさせるタイプだ。


「な、奈江、言いすぎだよ、ほら一回座って……」

「お姉ちゃんも何呑気に構えてるのよ! あんなこと言われて悔しくないの!? ケンカ売ってきたんだよ、売られたら買うもんでしょ、徹底抗戦でしょ!」

「……あ、えっと」


 気圧されてしまった。どうやら火に油を注ぐ結果となってしまったらしい。どうすればいいのか判らないので、助けを求めるようになぜか文月の顔を見た私は、


「――」


 笑みを浮かべる彼女の顔に、はっとした。


「いい妹さんをお持ちのようね」

「私は従妹だ!!」

「いい従妹をお持ちのようね」

「二度も言わんでいい! んなこと判ってる!」


 …どうやら、文月の言うことはなんでも否定したいらしい。

 文月は楽しそうに奈江を見て立ち上がり、「帰るわ」と言った。


「おーよ、帰れ、今すぐ帰れ!」


 リビングを出て行く文月に噛み付かんばかりの勢いで騒ぎ立てる奈江。

 文月は去り際に、


「――あなたにもう少し彼女みたいなところがあれば、可愛げがあるのに」


「……え?」


 彼女は去る。奈江は「塩まいてくる、塩!」と息巻いて本当に塩を持って玄関へ行ってしまう。

 残された私は、文月の残した言葉を理解できないでいた。


「…どういうこと?」



 緋水杏子は、閉ざされたドアへかける最後の鍵を手に入れる。

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