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「仮初めの一時」

センター前にちみっと描いてみました。

携帯からなので文法危うい点ございますが、すべてが終わったら修正します。きっと。たぶん。

 停学六日目。


 六日目となるとこの生活にも慣れてきて、相変わらず両親と距離はあったが二人が仕事に行くと下に降りてきて本を読んだり学校で行われているであろう勉強をのんびりとやっていた。 たまにまだ、なんで私は勉強をしているのだろう、と思うことがある。その答えはまだ見つからないけれど、見つからないなら見つからないで別にいいんじゃないかと思うようになっていた。

 馬鹿らしいほど前向きな考え方である。きっと、世界が色づき始めていたおかげかもしれない、という捉え方もある。


「……」


 右手で走らせていたペンの動きを止めて、両手で頬を押さえる。


 熱い。


「……なんだかなぁ」


 目を閉じて一人ごちる。今まで男性に興味など持っていなかったのに。

 今まで見たことないような笑顔。中性的で、少年とオトナらしさが調和した笑み。

 落ち込んでるときに優しくされるとコロッといってしまうと本で読んだ時はくだらないと思ったものだが、案外馬鹿に出来ないものらしい。

 証拠に、明後日からの復学を心待ちにしている自分が胸の隅っこにいた。

 

 今までにない感覚。


 ……しかし、復学した後どういう風に過ごそうかという問題は依然として残る。殴った相手と今後いい関係は作れないだろうと思う。

 ただ、いきなり面を殴るというバイオレンスなことをした点については謝っておこう。


 私はペンをくるりと持ち直し、リーダーの翻訳に戻った。


 


お昼に酢豚を中心とした中華を食べ、読みかけのミステリー小説をソファに寄りかかって読む午後は、我ながら優雅である。

 紅茶なんか飲んじゃったりするのも、停学者とは思えないほど優雅だ。

 ……しかし、その優雅な一時は玄関のチャイムとともに破られた。

 

 ぴんぽーん。がちゃ「おじゃましまーす!」どたばたどたばた!!


 午後の静寂をあっさりと突き破る音に思わず本を閉じ、玄関からリビングへ繋がるドアを凝視して身構える。

 ……このどこから注意していいか判らない無礼すぎる人物は一人しかいない。


「おねーちゃん!!」


 彼女はドアを開け、叫び、ソファに座る私にめがけて正確に飛び込んで来た。

 私は目を丸くして、とにかく何とかしようと思い、


「ちょ、ちょっとタンマ、ストップストップ!!」


 遅かった。彼女は問答無用で私に抱きついた。否、ボディアタックをかました。

 体重の重みでのしかかった肘が腹にねじ込まれた。つくづく思う。女性だって体重はある。羽のように軽いわけではない。男子諸君に力説しておきたい。そこらの男子より鍛えてる私が言うのだから間違いない。幻想を持ってはいけないのだ。


「もー、お姉ちゃんならいつかやっちゃってくれると信じてたよ!」

「判った、判ったからしがみつくのやめて、苦しいから」


 なにがなんだか全然判っていないわけだが、これ以上ソファに横になって彼女が声を発する度に胸に振動が伝わってくすぐったい気持ちになるのも、バタ足がすねに当たって痛いのも勘弁だった。


「あ、ごめんねごめんね。つい嬉しくて」


 彼女――緋水奈江は胸からがばっと顔を上げて私の目と鼻の先で嬉しそうな、それはそれは嬉しそうな笑顔を向けた。


「……なにがそんなに嬉しいのよ」


 奈江の肩を持って起きあがり、マウントポジションから解放される。


「はー……。全く、髪もこんなにくしゃくしゃにしちゃって」


 ソファから立ち上がって、鏡台からくしを取って戻ってくる。


「……あなたは」


 思わず額を押さえた。


「制服に皺が付くからソファでごろごろしちゃだめってあれ程……」

「えー? だってごろごろするの好きなんだもん」

「恥じらいを知りなさいって言ってんの」


 奈江を起きあがらせて隣に座り、背中を向かせて髪をすいてやる。鴉の羽のように黒く、中学校の校則に違反しない程度に肩に掛かった髪は流れるようで、女の私から見ても羨ましい髪質である。


 なのに当の本人と来たら。


「もう中学三年なんだし、少しは外見に気を使ったら?」

「む、聞き捨てならない発言。これでも私、学校だとすごい清楚でいるつもりだよ」

「余計タチ悪いわよ」

「はは、お姉ちゃんに言われちゃおしまいだー」


 ころころと彼女は笑う。どういう意味だ。


「悪いけど、私は常に外見には気を使ってるから」

「嘘つきー、私と話してるときのお姉ちゃんと学校にいるときのお姉ちゃんにはかなり差があるよ」

「……あなたに気を使ってもしょうがないでしょう」


 奈江は「それって差別ー」と後ろから見て判るくらい判りやすく頬を膨らませて機嫌を損ねたふりをした。


 一つ下で陸上部所属の彼女は、私の従姉妹であり、小さい頃から姉妹同然の付き合いをしてきた幼馴染である。こうして普段ちょくちょく遊びに来ては私の生活を見事にかき乱してくれるのだ。


「お姉ちゃん学校だと堅物さんに見えたから、もっと今みたいに自分に素直になればいいのにー」

「……素直?」


 ふと髪をすく手を止める。

 素直って、どういうことだろう。

 少なくとも、私は素直に生きているつもりである。素直、というのは自分の欲望にまっすぐと言う捉え方をしているが、奈江の言っている素直と私の素直では、どこか微妙なズレがあるように感じた。


「お姉ちゃーん、手が止まってるよ」

「あ、ごめん」


 奈江が足をパタパタさせて催促するのであわてて手を動かし始める。しかし足をパタパタさせられるとやりにくいので、「動かないで」と押さえつけた。

 もう中三なんだし、もう少し落ち着きを持って欲しい。……私より綺麗な髪を持っているのだから。


「はい終わり」

「ありがとー」


 奈江は振り向いて、


「お姉ちゃん、もっと落ち込んでるかと思ってた」

「……なんで?」

「ほら、なんだかんだ言ってもさ、こういうことって初めての経験でしょ? お姉ちゃんが人殴るなんて、びっくりだもん。私最初聞いたとき信じられなかったし」

「……確かに、初めてだ、人殴ったの」

「でしょ? だからお姉ちゃん普段優等生気取ってるし、誇りにキズとかついて落ち込んでないかなって」

「……なるほどね」


 そういう捉え方もあるか。

 確かに私は前ほど壊れてはいない。

 なぜだろうかと思えば、私が思っていたほど、自分の世界は脆くなかったことに起因する。

 当たり前だが、私が真面目でいなくても、日々は動くし、私は生きるし、両親は働くのだ。


 ――それに。


 私は頭をよぎる邪念を途中で捨て去った。

 気づいたこと。気づかなければいけなかったこと。

 自分の世界に溺れてばかりいないで、私を取り囲んでいる世界を落ち着いて見つめ直してみること。

 きっと私がすばらしいと思っていた以上のものがある世界。

 私は今なら、自分の世界の根元の扉を、なぜ私はこんな私になったのかという暗く白き雪に閉ざされた扉を開けられそうな気がした。


「――ちゃん。おねーちゃん」


 ―が、その扉へとかけた手は奈江の言葉によって再び引き戻された。私ははっとして訝しそうに私の顔を覗き込む奈江の顔を見る。


「ぼーっとしないでよ。思考の深みにはいるのは一人の時にして」

「……ごめんなさい」


 悪い癖だ。考えすぎと奈江によく言われる。『人間直感が一番だよ』とは彼女の弁だが、果たしてそれはそれで人間としてどうかと思う。


「よし、髪も整ったし、なんかして遊ぼ!」

「私今停学中だから外出歩けないんだけど」


 上に来すぎて男子諸君には目の毒になるであろう健康的なふとももが見えているので、スカートを直してやる。もう少しで中が見えるところだ。どうせ短パンか何か履いているのだろうが。


「むー、何でこの家にはTVゲームがないのかなー」

「私がしないからよ、じゃあチェスか何かでも――」


 ぴんぽーん。


「……今日は客の多い日ね」


 私は玄関の方をみながら呟く。回覧板か何かだろうか。


「私見てくるよ」


 私の返事を待たずに、奈江は玄関へと走っていったが、すぐに戻ってきて、


「お客さん。お姉ちゃんに」


 と、不思議そうな顔で言った。その顔にはありありと『お姉ちゃんにお客さんなんて珍しい』と描かれてある。私の顔にも同じものが描かれているだろうが。


「……判った」


 誰だろう。


 そう思いつつ玄関に出ると、思いも寄らない人物がそこには立っていた。

 おそらく地毛であろう栗色の髪は背中まで届くほど長く、私を見つめる目は切れ長で、理知的なものと同時に人間的な冷たさも感じさせる。


「こんにちわ」


 距離を感じさせる声だった。


「……こんにちは」


 日常の挨拶なのに、恐ろしいほど滑稽だ。


 私をいじめの被害者にしたてあげた相手。


 私の停学の原因を作った相手。


 陰満文月が、そこに立っていた。

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