<変わりゆく歩み>
「あのさ、あなたも男だったらひとつかふたつくらい女子を楽しませるような話題作りなさいよ」
「男女差別ってあんま好きじゃないんですけど、なんか正論っぽく聞こえます」
馬鹿にしているのかこいつは。
悟志は「話題……話題」と呟きながら唸っていたが、結局、
「好きな食べ物はなんですか?」
「……ありきたりすぎて、ため息つくことすらできないわ」
「……ごめんなさい」
しょげる悟志。やはりこいつは女子に可愛がられているというよりはいじられているのではないのだろうか。
「カステラ」
「え?」
「好きな食べ物。洋菓子が好きなんだけど、その中でも特にカステラは好きなの。あなたは?」
「ボクですか? ハンバーグです。あ、チーズがのってるともっと好きです」
外見も子供なら中身も子供だった。狙って言ってるようにさえ聞こえる。
「文月さんは、なにかボクに聞きたいこと、ありますか?」
「ん……、そうね……」
自分で偉そうなことを言っておいて、実際男子とあまり話したこと無いから、みたいな理由で話題が作れないなどというのはどう考えても情けないだろう。しかし、ありきたりな話題を提供するのもまた、負けな気がする。
考えること文月が二十歩、悟志が二十三歩、彼女はようやく切り出した。
「私があなたに興味を持っていると、思ってる?」
文月の意地と性格の悪さが垣間見える質問だ。彼女は椋から経緯を聞いているわけだから、悟志は文月が自分に興味を持っている、と思い込んでいる。「イエス」と答えると確信している。
そんなわけないのに。
さらにともすれば、この質問から派生する会話次第で悟志を諦めさせることも文月になら可能である。おそらく、彼女はそれを狙って悟志にこの質問を投げかけたのだろうか。
だが、文月との下校で舞い上がってしまっている悟志にはそこまで深い意図は読めはしない。
だから、悟志は正直に言った。
「思ってないです」
「――え?」
予想外の答えだった。
だって、それならなんで。
文月は足を止めそうになってしまったが、悟志はそれに気づかず彼女より狭い歩幅で歩きながら「今は」と付け加えた。
「今は、って」
「そうですね、最初はちょっと期待してました。告白したとき文月さんの様子が少し変だったので。でも三日くらいご一緒させていただいて、すぐに勘違いだと気づきました。当たり前ですよね、あの文月さんが、男子に情を与えるなんてありえないですもんね」
悟志の中の陰満文月像は、どんな感じなのだろう。ろくなイメージがないような気がする。
「……少し、いや、かなり残念でしたけど」
そう言ってどこか遠くを見つめる悟志は、まっすぐな子供の心と、大人の心が入り混じった姿だった。
「それでも」
悟志は文月を見る。
「ボクにとって、文月さんは仲良くなりたい人だったから、何かの縁だと思ってちょっとがんばってみようと思ったんです。…迷惑でした?」
「…まぁ、うん、かなり」
こういうときに嘘をつけない自分が痛い。何も言わず、何も告げず、静かに首を振ればそれだけで悟志の心は安らぐのかもしれないのに。
「ごめんなさい。……でもボクは、文月さんのことが好きだったんです。ずっと」
「理由になってないわよ」
「でも、そうとしかいえないんです」
沈黙。
いつの間にか、悟志の話に聞き入っている自分がいることに文月は驚く。
「広い世の中、出会うすべての人と仲良くなろうって思っても無理ですよね。馬が合う人と会わない人がいるんですもん。でも出会う人たちの中に、絶対仲良くなりたい、話してみたいって思う人はいます。ボクはそういう人と仲良くなるための努力は惜しみません。……努力しな買った後の後悔より、努力した後の後悔の方がかっこいいですし」
それは、文月にとって、一番足りないもの。
「文月さんはその中でも、特別に仲良くなりたかったんです。見て、聴いて、話して、触れ合いたい……。それが好き、っていう感情だと、そう思うんです」
夕暮れの路上で、二人並んで歩く路上で、悟志の声が風にのっては消えていく。文月は何故か消えていく声を逃さぬよう、真剣に聞いていた。
「なんか、えっちぃわね」
口だけは真剣になりきれなかったようだが。
「……うーん、ボクも男ですし、多少えっちぃかもしれませんが」
正直、人を好きになることなど、どうでもいいと思っている。それは昔から思ってきたことで、今も同じ。
ただ、悟志に言わないほうがいいと思ったし、言うつもりもなかった。
豆っ子は豆っ子なりによく考えているのだから。
「――あなたの意見は、よく判ったわ。いい暇つぶしになった」
「そう言ってもらえると嬉しいです。…あ、あの、それでですね」
急に悟志は先ほどの雄弁さとは一転、口をもごもごさせて文月を上目遣いに見る。
「……なによ」
「ご迷惑でなければ、これからも一緒に昼食をとったり、一緒に帰ったりしていいですか?」
迷惑だって、さっき言ったのに。
文月は前髪をいじりながら、沈み行く夕日を眺める。
断るのは簡単だ。いつものことだ、慣れている。
だが。
「――しょうがないわね」
自分でもどんな心境の変化か判らない。
人を、特に男子を今まで拒んできた心が、悟志に限って緩んだような感じだった。
「ありがとうございます!」
悟志は小躍りをして小走りして、T字路で一回くるりと回った。
普段女子から可愛がられているからなのかどうか知らないが、仕草がいちいち女性らしい。
「じゃあ、ここでお別れですね」
「え? ……ええ」
後まっすぐに少し歩けば文月は家に着く。悟志はT字路を左にでも曲がるのだろう。
「さようなら、文月さん」
「はいはい」
去っていく悟志をぼんやりと眺めながら、口元に自然な笑みが浮かんだ。
案外、悪い下校ではなかったかもしれない。