1/1
第一章 結界を越える客人
夫婦は、ミノタウロスの居城がある山麓の秘境を訪れていた。
そこは強固な結界に覆われ、人の力では決して辿り着けぬ場所――そのはずだった。
「天王様はいらっしゃいますか?」
その声に、屋敷の内がざわめく。
来訪などあり得ぬはずの人間を前に、一人のミノタウロスが怒りを隠そうともせず歩み寄ってきた。
男は静かに名乗る。
「天王様に、一夜の宿をお貸しいただいた者です」
その言葉に、ミノタウロスの怒気がすっと引いた。
無言で踵を返し、天王を呼びに行く。
夫婦はその場で膝を折り、指を組んで手を合わせ、深く頭を下げた。
やがて姿を現した天王は、結界が破られた事実に内心の疑念を覚えながらも、静かに言った。
「先日は、たいそうなもてなしを受けた。礼を言おう」 「――して、今日は如何なる用向きで参られた?」




